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551冊目 ブレンダと呼ばれた少年
ブレンダと呼ばれた少年ブレンダと呼ばれた少年
(2005/05/24)
ジョン・コラピントJohn Colapinto

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評価:☆☆☆☆☆


 1966年、生後8ヶ月の双子の兄弟が包皮除去手術を受けようとしていた。陰茎の先端で包皮が固くついていて、尿が出にい状態だったのを治すためである。年に何千件も行われる、何の変哲も無い包皮除去手術は、しかし失敗に終わる。兄ブルースの手術中に電気焼灼機がペニスに当たってしまい、無残にも黒焦げになってしまったのである。

 焼け焦げたペニスは機能が喪われてしまったことから切り落とされ、ブルースは女の子としてブレンダの名を与えられて育てられることになる。自分が男なのか女なのかを認識する前の事故だったため、周囲が女の子として育てれば女の子としての自我が育っていくはずだった。それが当時の学会の重鎮である、ジョン・マネーらの考えだった。

 かくしてブレンダは、自分が男の子だった過去を知らされること無く、女の子として育てられる。だが、ブレンダは決して世間から期待される女の子を演じることは無かった。おしっこは立ってすると言い張り、自分に与えられた女の子向きの玩具には目もくれずに弟と男の子向けの玩具を取り合った。喧嘩が絶えず、女の子の間でも孤立していたのである。周りがどれだけブレンダを女の子の枠に嵌めようとしても、それは成功に向かっているとは言いがたかった。

 いや、それでもたった一人だけ成功を確信している人物が居た。ジョン・マネーその人である。彼はブレンダの問題は一時的なものだと言い張り、ジェンダーは後天的に、つまりは環境によって作られるという根拠にブレンダの症例を当てはめ続けたのである。

 他人に自分と異なる性を押し付けられ、やりたいことが悉く反対される。そして止むを得ずその性に留まろうとしても、今度は”同性”の人々から排除される。ブレンダの生活は過酷なサバイバルとなっていった。学業からは落ちこぼれ、ジョン・マネーの元への訪問を嫌悪するようになっていく。それがブレンダに起こったことだった。

 結局、14歳のときにブレンダはかつて自分が男だったことを知る。それを知るや否や、ブレンダは女で生きるをことを辞め、再び男として生きることを決意する。巨人ゴリアテを石で打ち倒したダヴィデに因む、デイヴィッドとして。1980年のことである。

 本書はデイヴィッドの過酷な半生と、脳科学の発達の歴史、そして人々が性をどう考えているかを追ったノンフィクションである。今となっては、赤ん坊が誕生するときには既に母の胎内で脳の性分化が進むことが明らかになっている。だから、デイヴィッドが幾ら周りから女の子として振舞えと言われてもそれを拒否したのは当然と言える。では、その明らかなサインを無視したのは何か。

 両親にとっては、それは愛である。他にどうすれば良いのか?男なら知っている。少年時代、”飛ばしっこ”に興じること。いつか思春期を迎えたとき、パートナーと一緒の時間を過ごしたいと強く願ったとき。そのときに、ペニスが無いのはどのような意味を与えるだろうか。悩む両親の前に、科学の権威が女性として育てれば新たな性に満足し、出産はできなくても女性として幸福に生きる道が残されると言われればどうするか。両親にとってはジョン・マネーが救世主に映ったことは不思議ではない。

 ジョン・マネーにとっては自分の仮説の正しさを証明するまたとない機会だった。そして、性は後天的に創られるものだと信じる一部の人々にも。

 彼らはデイヴィッドの例が明るみに出ていないことをいいことに、これを成功例だと言い張り続けた。デイヴィッドが成功したから、として似たような事例についても同じような性転換を勧めていたのである。だからこそ、デイヴィッドは実名を明かしてのノンフィクションに協力することを認めたのだ。次なる犠牲者を出さないために。デイヴィッドはこう語る。

「もし俺の過去を洗いざらい消しさってくれる催眠術師がどこかにいるのなら、おれはすべてをなげうってでもその人に会いに行くね。あんな拷問はない。考えようによっちゃあ、だれだって、体に受けた傷より心に受けた傷が深いこともあるだろう。やつらが仕掛けてきた心理ゲームのおかげで、おれの頭んなかはめちゃくちゃになっちまったのさ」
(P.8~9)


 本書は性分化がどれほど早い段階からあるのかを実感させてくれる。子供は生まれたときから既に独自の人格を持った存在として生まれるのだ。それを環境で直そうというわけにはいかない。ジェンダーは後天的に創られる、という神話を打ち砕いた貴重な記録を是非読んでみて欲しい。特に、最終章でデイヴィッドが語る言葉は読む人の心を討つに違いないと思う。

 恐ろしいことに、この話は日本でも無視して良い話ではない。人はどう生きるべきか、という点では世界のどこでも通用する話だからである。

 男女の平等とは、決して男女がすべての行動を等しくするという意味するのではない。それぞれが平等に幸福を追求する権利を持つことを示しているのだ。多様な人間が、多様な幸福を目指せる社会こそが成熟したものである。その多様さを押さえつけるのは、従来の性別で分けようとジェンダーで分けようと、不幸の源泉としかならないだろう。デイヴィッドの事例は、きっとそれを教えてくれているのだと思わずには居られない。


 なお、本書の最後に真の男として生きていくことを語ったデイヴィッドは、後に自殺を遂げたそうである。両親は今でもデイヴィッドの過酷な過去が彼を自殺に追いやったと思っているそうだが、無理もなかろうと思う。本当に残念で、心から悔やみの言葉を贈りたいと思う。

 なお、本書の解説で、本書が一度絶版になったことがフェミニストの陰謀であるかのような扱いがなされるなど、極めて政治的な発言がされているのは残念。もうちょっと冷静な論者に登場いただけなかったのかと思われてならない。伝統の性別にすべての人間を押し込めるというのは、ブレンダの例と同じように不幸を招くだけだ。多様性を認められる社会こそ、我々は目指すべきではないか。
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ノンフィクション | 2008/09/07(日) 15:25 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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