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348冊目 科学好事家列伝―科学者たちの生きざま 過去と現在
科学好事家列伝―科学者たちの生きざま 過去と現在 科学好事家列伝―科学者たちの生きざま 過去と現在
佐藤 満彦 (2006/08)
東京図書出版会
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評価:☆☆


 科学が職業として成り立つようになったのは、歴史上そう新しいことではない。特に国が保護するようになったという意味で言えば二次大戦後、有能な科学者を技術者として抱えるために雇ったようになるのも19世紀後半に過ぎない。

 しかしその前にも有能で科学史に名を残した科学者は沢山いる。そんな好事家として科学を愛した人々を中心に話を集めているのが本書である。

 取り上げられているのはレオナルド・ダ・ヴィンチ、マイケル・ファラデー、ダーウィン、キャベンディッシュ、ラヴォアジエ、メンデル、ベンジャミン・フランクリンら押しも押されもしない有名人である。

 彼らがどのようにして科学者となり功績を挙げたかはなかなかに面白い話で興味があったのだが、読んでみると物足りなさが残る。しかも面白さが足りないのが悔やまれる。『人類が知っていることすべての短い歴史 / ビル ブライソン』が面白すぎたのでこれと比べてしまうのも原因かもしれないが。よって、本書よりもむしろ『人類が知っていることすべての短い歴史 / ビル ブライソン』をお勧めしたい。


 それと、ラヴォアジエの扱いにどうしても不満が残る。ラヴォアジエは革命前のフランスで徴税請負人をやっていて、それが原因で革命後に人民の敵として死刑に処されている。友人であった数学者ラグランジュは「あの頭を切り落とすのは一瞬だが同じ頭脳を得るには百年あっても足りないかもしれないのだ」と嘆いたことで知られる。

 悄然と刑場の露と消えたラヴォアジエに、後世の人々は愛惜の情をを惜しまなかった。革命の行き過ぎは明らかだ。

 これに対し、著者は徴税請負人が一般市民に対してどれほど恨まれる素地があったのかを示し、ラヴォアジエもその恨みから逃れることができなかったことを明らかにしている。そしてラヴォアジエが貧しい一般の人々に対して同情が欠けていたことも。それによって、哀れな被害者としてのラヴォアジエという見方に対して一石を投じている。

 しかし、問題とされるのはあの時代の処刑の濫用である。しばしば政治的な失脚が死を招いた。その恐怖の時代はロベスピエールがギロチンに処されるまで続いたのだ。そこでは中国共産党の吊るし上げ、人民裁判のような蛮行がまかり通っていた。

 ラヴォアジエは一般市民から見れば褒められた人間ではなかったかもしれない。しかし、それは同時にフランス革命後に人民の敵として処刑されても仕方がないということを意味しない。

 たとえば現在に生きる一般人はどうだろう。結婚のときにダイヤモンドの指輪を欲しがる女性を考えてみよう。このダイヤモンドを巡って、アフリカでは争いが絶えないのは厳然たる事実である。我々が手にするダイヤモンドの裏に数多の少年兵達を使った過酷な闘争があり、目を覆いたくなるほどの死者が生まれている。

 ではここで問おう。いま問題としている、結婚の際にちょっとしたダイヤモンドの指輪を欲しがっているだけのこの女性は、アフリカの貧しい人々が命を賭けているその現状に想像を巡らせなかったという一事で、そんなダイヤモンドを手に入れて喜んだというだけで死刑にされてしかるべきだろうか。

 私の答えは断固として否である。ある立場の人々が、貧しい人々への思いやりを欠いているからといってそれが死刑になってはいけない。それでは共産主義国家ではないか。

 同じようなことは貴族の一員として生涯働くことなく研究に没頭したチャールズ・ダーウィンがブルジョアかどうかと問うところでも見られる。

 差別や貧困への理解のなさは嘆かれても仕方がないかもしれない。確かに同時代には恵まれた科学者の傍に貧しい人々が居たかもしれない。しかし、だから彼らが優れた人間ではないというのも勝手な台詞だ。我々のこの贅沢な暮らしが後進国の人々の犠牲の上に成り立っていることが事実だからといって我々全員が非難される筋合いがないのと同じこと。余りにも建設的ではない、ルサンチマンっぽい視点にどうしても反感を覚えてしまったのが残念である。
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その他科学 | 2007/07/14(土) 23:16 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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