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1641冊目 空白のユダヤ史: エルサレムの再建と民族の危機
空白のユダヤ史: エルサレムの再建と民族の危機 (学術選書)空白のユダヤ史: エルサレムの再建と民族の危機 (学術選書)
(2015/02/12)
秦 剛平

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評価:☆☆☆


 ユダヤ人は早くから文字を持っていた。おまけに、古代にあって驚くほど高い識字率を誇っていたという。それなのに、彼らの歴史を彼ら自身が残した資料からは追うことは困難である。何故かといえば、強国に挟まれていたために独立を保てなかったからだ。

 そもそも、イスラエル人の名前が史上に現れるのは、エジプトがシリア地方へ遠征した時の戦勝記念碑で、イスラエルの民が滅んだことを記すものだった。その後もエジプトやアッシリアといった国に悩まされることになるが、中東を席巻した新バビロニア時代に、破局を迎える。エルサレムは占領され、人々はバビロンに連れ去られてしまうのである。いわゆるバビロン捕囚である。このバビロン捕囚の間にユダヤ教は整えられていく。

 アケメネス朝ペルシアが新バビロニアを滅ぼすと、キュロス2世はイスラエル人がエルサレムへ帰ることを許す。だが、再び手に入れた独立も長くは続かなかった。最終的にローマに滅ぼされると、第二次世界大戦後にイスラエルとして復活するまで彼らは依るべき国を失ってしまったのだ。

 ユダヤ人が凄いのは、この間のおよそ1900年間を異国の地で過ごしながら、民族としてのアイデンティティを失わなかったことであろう。そうした彼らの拠り所の一つだったのが、ユダヤ戦争を目撃し、後にユダヤ人の歴史を書き残したヨセフスの著作だ。

 本書はこのヨセフスの著作についての史料批判である。本書を読むと、ヨセフスが巧みに複数の先行する文献を使い、極力矛盾を無くしながら、自分たちの歴史を顕彰していることが分かる。

 分かった中に正確性がないことに気が付かれただろうか?

 そう。ヨセフスは、あるがままの事実を書くつもりはなかった。ユダヤ戦争でローマに打ち負かされ、故国を失ったユダヤ人であっても、過去は優れた歴史を持っていた(だからその誇りを胸に生きていこう)だとか、過去神とともにあるユダヤ人に対して悪く接した国や人はひどい目に遭っている(だからローマ帝国はユダヤ人を保護すべきだ)だとかいうことを一生懸命書いていることが分かるのだ。

 だから、彼の本を歴史書として読んではならない。ユダヤ人が自身の歴史をどのようなものであって欲しいと願ったかを見るべきであろう。

 中には我々の倫理観とは相容れない話もある。同胞の男が異民族の女と同衾していたのが気に食わないと女を追放してしまうあたりは、そういうことをやるから嫌われてしまうのだろうと思ってしまう。彼らが他民族と交わろうとしなかった(実際にはしっかり交流していたことが現代のユダヤ人の遺伝子に残された証拠からは分かっている)ことは、差別の原因ともなっていく。その指摘は、現代史における悲劇を見ると実に重いものに感じられる。

 ユダヤ人ではない私からすると、選民思想が鼻につくのは事実だ。先行する資料を平然と捻じ曲げ、都合よく引用するところも好意的にはなれない。その一方で、膨大な文献をまとめ、生きる縁にしようとして纏める意志力には感嘆する。なので、ヨセフスの本はフィクションとして読むために、こうした本で事前に知識を得ていくのは良いと思う。
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未分類 | 2015/04/23(木) 23:47 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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