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1627冊目 ペルシア帝国
ペルシア帝国 (「知の再発見」双書)ペルシア帝国 (「知の再発見」双書)
(1996/05)
ピエール ブリアン

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評価:☆☆☆


 バビロニアを滅ぼし、エジプトまでも支配下に組み入れることで、エーゲ海からインダス川に至るまでの大帝国を築いた、アケメネス朝ペルシア。その版図の大きさは、古代世界でも屈指のものだったと言って良いだろう。

 ペルシア帝国を大きく飛躍させたのが、第4代の王であるダレイオス1世である。本書はこのダレイオス1世が仲間とともに簒奪者を倒して即位してから、アレクサンドロス大王の東征によって滅亡するまでの歴史を追いかけている。

 上記の通り、建国からのスタートではないため、始まりが分かりにくいのが難点だ。そして、アレクサンドロス大王に敗北しての滅亡も、実にあっさりと流されている。ではどこに中心があるのかというと、対ギリシア戦争である。確かに、民主制に踏み出したばかりのアテナイとの間で行われたマラトンの戦いや、その後のサラミスの海戦は大きな目玉だろう。

 戦勝を告げる使者がマラトンからアテナイまで駆けたのがマラソンの起源であるとはよく知られることだが、実際にはマラトンの戦いは小競り合いに過ぎなかったようだ。それよりもむしろ、サラミスの海戦の方がギリシアへの野望を打ち砕くものだった。この敗北を知った帝国各地では叛乱が起こり、一度は手に入れたエジプトには独立されてしまう。

 サラミスの海戦を知っていると、どうしてもここでペルシアが弱体化したように思えてしまうが、本書を読むとどうやらそんなことは無さそうだ。勿論、地中海の覇権は失った。しかし、他の地方においてはしっかり攻勢に出て、大帝国を築くことに成功している。一度は失ったエジプトの地も、再び支配下に組みれている。

 この大帝国の栄光を、様々な図版からも感じられるのがこのシリーズの嬉しいところ。国が広かっただけのことはあり、ギリシアの赤絵の壷や、バビロニアから引き継いだ円筒印章、エジプト風の絵と、色々な表現が楽しめる。国自体は200年余りで滅ぶことになったが、その影響はアレクサンドロスの帝国、そしてその跡を継いだセレウコス朝によって続いていく。

 これまでアレクサンドロス大王とその後の後継者戦争くらいしか興味を持っていなかったが、もう少し後の時代も面白そうだ。
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その他歴史 | 2015/02/26(木) 19:23 | Trackback:(0) | Comments:(3)

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そうですね。ペルシャ戦争はギリシャ側があたかも「勝った」みたいなことを言われますが、実質的には、ペルシャ優位が少し揺らいだだけ。結局ポリス国家群のまま統一しなかったギリシャ人たちはその後もペルシャの黄金に操られて、対立を繰り返したとか。
同じことがツール・ポワティエの戦いにも言えます。イスラム教徒に「勝った」などと言われますが、実際のところ、ピレネー山脈から東への侵入をようやく防いだだけ。その後イベリア半島は何百年もイスラムの支配下にありました。勝った、負けたの印象はだいぶ違うと思います。
2015/02/26 木 23:02:54 | URL | ゆうちゃん #-編集
確かに、ツール・ポワティエも同じですね。
勝った方に戦勝をアピールしなければならない理由があるときにそうなるのかもしれませんね。
この場合は、カール・マルテルの武勲を大きく見せたいというのがあるのでしょう。

ただ、ヨーロッパ全域がイスラームに飲み込まれるのを防いだという風に見るのであれば、
また違ったことになるかもしれません。

その辺りの判断は難しそうですね^^
2015/03/01 日 14:47:03 | URL | Skywriter #-編集

そうですね。歴史の二面性でしょうか。だから隣国との関係もややこしくなる・・。
2015/03/01 日 19:56:28 | URL | ゆうちゃん #-編集
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