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1562冊目 サバンナ・ミステリー 真実を知るのは王か人類学者か
サバンナ・ミステリー 真実を知るのは王か人類学者か (ネットワークの社会科学)サバンナ・ミステリー 真実を知るのは王か人類学者か (ネットワークの社会科学)
(1999/12)
川田 順造

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評価:☆☆


 久々に、文化人類学ものを。

 本書には、西アフリカで数百年前から王を戴いてきたモシ社会を研究テーマとしてきた著者が、それまでほぼ前例のない即位33周年の儀式に立ち会った顛末が記されている。

 先進国で生まれ育った人であれば、「では過去の記録を読むか映像を見れば何を為すべきか分かるよね」と思うだろう。しかし、この人々は文字を持たない。勿論、映像など存在しない。ということは、儀式で何をすれば良いのかも分からない。

 だったらいっそのこと儀式なんて辞めちゃえば?というのが伝統やら常識に全く重きを置かない私なんぞは思ってしまう。伝統なんて、誰かが始めたことなんだよ?盛り塩の泣けてくるくらいに情けない由来、知ってます?三国時代終了後、晋の莫迦皇帝が後宮にこれでもかとばかりに抱えていた美女の部屋を訪れるとき、自分で選ぶのは面倒だからと羊に乗ってその羊が止まったところの女性を相手にしていた。女性側は部屋の前に塩を盛って羊が塩を舐めるために止まってくれるように祈ったのが起源。知ってみれば何の威厳も無い。ついでに、この晋はあっという間に崩壊して戦乱が長く続く。

 まあ良い、仕来りは仕来りというわけで、彼らはほぼ噂話でしか知らない儀式を行うべく、奔走を始める。

 面白いのは、その中で語られる建国物語。ローマが狼に育てられた兄弟を戴くように、日本が出来損ないの子供は海に流してしまうイザナギとイザナミに作られたように、ギリシアが我が子を喰らう恐ろしい神に端を発するように、モシにも伝承がある。ある王国から出奔した女性の話だ。彼女は荒野を彷徨い、そこで出会った狩人と結ばれて子をなしたのが起源だという。しかも、その女性の名前は日本語にすると「私の体を好きにして良い」という大変に色っぽいものだという。

 このモチーフが繰り返し出てくるのだが、詳細は記録される場所によって異なる。そこから、モシ社会がどのようにできてきたのか、著者はまずは理詰めで考え、次いで想像を巡らせる。

 全てが口伝でしか語り継がれないところにおいて歴史はどのようにありうるのか。その問の真骨頂が、まさに著者の目の前で起こる出来事。記念式典は、王が行った儀式は誰に向けたものか、著者の調べはモシ社会の人々が信じるものとは全く違う。読者には著者が正しいように見えるが、モシの人々には彼らは正しいと映っている。

 事実は一つでも、真実は人の数だけあるのだ。

 ただ、私としては、このように人によっていうことが違うことから歴史を探るのはなんとも迂遠で、しかも得られた結論が信用出来ないと思えてならない。歴史書(これもまあ実際には歪曲や捏造だらけなのだけど)や遺物といった、もうちょっと客観的な評価が可能なものに頼りたいと感じてしまう。

 そうした思いはともかく、社会において伝統がどのように作られていくか、その貴重な証言なのは間違いがない。やがて、この儀式は歴史へと姿を変えていき、そして変容した形で社会に語り継がれていくのだろう。

 もしかしたら、文字がある社会であろうとない社会であろうと、あらゆる伝統はこうやって作られていくのかもしれない。
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ノンフィクション | 2014/10/31(金) 19:03 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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