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1512冊目 三国志 第十二巻
三国志 第十二巻三国志 第十二巻
(2013/09/17)
宮城谷 昌光

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評価:☆☆☆☆


 長い戦乱の時代も、ようやく終わりが近づいてきた。だが、まだまだ血なまぐさい事件は潜んでいる。

 まず、呉を見てみよう。老害を余すところ無く発揮した孫権が、トドメとばかりに忠臣名臣を失脚させてしまった後でようやく死んだと思ったら、実権を握った諸葛恪が外征で躓いて誅殺されている。その後に権力を掌握したのは孫峻。これがまた実に酷い男で、権力を壟断するばかりで何も生み出さない。それでも、彼の病死後に後を襲うことになる孫綝よりはマシだ。

 孫綝は次々に自分の邪魔になる人物を除いていく。遂には、皇帝の孫亮まで廃される有り様だ。その次に即位したのは孫休。歴史に残る、最も古いDQNネームの名付け親である。彼は皇帝である。そんじょそこらのDQNとは程度が違う。なんと、自分の子供用に新しい漢字を考えだしたというのだから、DQNの思考は想像を絶する。三国志に膨大な注を付けた裴松之は、そんな阿呆なことばかりやってるから死後に妻子が皆殺しになるのだと呆れ顔。でもこの人、趣味は勉強だったのだよね。勉強は人格を陶冶しないことが分かる。そういえば、ヒトラーもスターリンも毛沢東もすさまじい読書家だった。

 次に、魏。淮南の地で反逆事件が起こる。それも、3度も同じ土地で。後にの三叛と呼ばれることになるこの事件は、それぞれ王凌、毌丘倹、諸葛誕が起こしたものだ。端的に言ってしまえば、曹氏から司馬氏へ権力が移っていくに際してのゴタゴタである。ライバルだった曹爽派の人物は次々と誅されてしまうため、彼らと親しかった重臣が不安になって起こしたのだ。

 しかも、淮南の地は、呉と隣り合っている。事と次第によっては呉の助力を得ることができること、形勢不利となれば呉に亡命することができること、が精神的に追い詰められた彼らが蹶起するにあたって重要だったのだろう。これを叩き潰したことで、司馬氏の専横は著しくなる。もっとも、この戦いの間に司馬氏の頭領である司馬師が死に、実績の少ない司馬昭が継いだのは計算外であっただろうか。

 蜀は劉禅の治下、特筆すべきことが無いまま時がすぎる。唯一目立つのは、姜維の度重なる出兵である。しかし、彼の行動はなかなか実を結ばない。しかし、それは確実に蜀の力を削いでいった。

 劉禅は暗愚であるとされるが、思うに政治面で特筆すべきことがないというのは、下々の者にとっては過ごしやすい時代ということである。苛斂誅求があれば、史書はそう記す。華々しい軍功も、一将功成りて万骨枯るの言葉どおり(その言葉が生まれたのは遥か後の唐代であるが)、その影で国民は苦しい時代を迎える。前漢で最も華々しい武帝の時代、匈奴を圧した影で国民の負担は凄まじい物だったという。

 ともあれ、こんな状況の中で、魏で起こったある事件をきっかけに、三国時代は一気に終わりへ向かう。4代目の皇帝に即位した高貴郷公曹髦<ソウボウ>は、司馬昭の専横に耐え兼ねて遂に討伐の軍を起こし、敢え無く敗死する。この時に動きまわった賈充が、私は三国時代でトップクラスに嫌いだ。

 結局、曹髦は廃帝ということになり、諡すら与えられず、即位前の高貴郷公と呼ばれることになる。

 皇帝弑逆という汚名を晴らすためだろうか。司馬昭は、連年の出兵で弱っていた蜀を一気に鏖殺すべく、鐘会と鄧艾という、この時代有数の将軍2人を中心に、大軍を送り込む。三国志の、ラストシーンだ。

 物語は、実質、蜀が滅び、そのドサクサに紛れて蜀の一部を切り取ろうとした呉軍を防いだ羅憲の活躍で終わる。孫綝より遥かに酷い孫晧が皇帝として即位し、暴虐の限りを尽くした呉のことは書かれない。ちょっと残念だ。太りすぎて馬に乗れなかった杜預の話なんかも見たかったのに。因みに、杜預は杜甫の先祖と言われておりますです。

 まあでも、ここまでしっかり書いてくれただけで満足である。

 ただ、納得いかない点もある。大好きな三国時代を、それも正史ベースで書いてきた本に☆5つをどうしても付けられなかった理由がある。それは、どうにも登場人物の野望が感じられないところだ。特に、司馬一族は曹爽をクーデターで打倒した後は権力の中枢にあり続けるために陰謀を巡らせ続けた。そうした原動力の背後に権力欲があったと思うのが自然であるのに、どこかこう、王朝を良くしようとしているうちに気がついたら簒奪もとい禅定を受けるようになっていた、みたいなところがある。どうしてもイメージと合わない。もちろん、私の正史理解が甘いせいかもしれないが。そうしたギラギラした欲望についても書かれていればもっと面白かったのではないかと思われてならない。
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その他小説 | 2014/08/18(月) 19:37 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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