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1101冊目 アレクサンドロス大王 その戦略と戦術

アレクサンドロス大王 その戦略と戦術アレクサンドロス大王 その戦略と戦術
(2004/01/26)
パーサ・ボース

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評価:☆☆☆☆


 稀代の英雄と言えば、何と言ってもアレクサンドロス大王を外す訳にはいかないだろう。紀元前356年に生まれ、紀元前323年に僅か32歳で急死したこの人物は、ギリシアにとって辺境の地であったマケドニアの王子として生まれ、父フィリッポス王の暗殺により王位に登るやたちまちギリシアを制圧して東方へ向かう。幾度と無くギリシア都市国家と争ったペルシア帝国を滅ぼすだけでは収まらず、エジプトを手中に収め、アフガニスタンを経由し、遂にはインドまでその勢力を伸ばした。史上空前の大帝国と言えよう。

 その版図の広さにおいて彼に匹敵するのは、僅かにチンギス・ハンあるのみかも知れない。

 本書はアレクサンドロス大王の一生を追っている。必然的に、多くの戦いの経緯と、戦いに赴くに当たっての大王の決断に多くのページが割かれている。

 ギリシアを制したカイロネイアの戦い、アケメネス朝ペルシアを滅ぼす一連の戦いであるグラニコス川の戦いイッソスの戦いガウガメラの戦いといった、大王の主要な戦いについての詳細な流れが記されているのは嬉しい。

 なぜ彼は戦いに次ぐ戦いで、勝利を納め続けることができたのか。その答えは、彼の発揮したリーダーシップにある。意思決定と、一度決めたことをやり抜く忍耐力、敵の想定しない方向からの攻撃。全てに大王の果断さが現れている。

 大王の急死後、彼の部将たちは後継者戦争に明け暮れ、帝国は急速に瓦解し、大王の親族は尽く戦禍に倒れゆく。後継者のうち、最も成功したのはエジプトに王家を築いたプトレマイオスだろうか。プトレマイオス朝はクレオパトラの代にローマ帝国に滅ぼされるまで13人の王を輩出する。もう一人挙げるとすると、中東一帯を支配したセレウコス朝の始祖セレウコスであろう。

 後継者を眺めても、帝国の大きさともたらした影響の大きさに驚かされる。

 そして、本書ではなぜ帝国がこうもあっけなく崩壊したのかにも触れている。勝利がリーダーシップによって得られたのと同様、崩壊もまた彼のリーダーシップの欠如にあった。

 実際、アレクサンドロスはその生涯において幾つかの大きなミスを犯している。側近の粛清、都市の破壊、追従者の重用、そして後継者を定めなかったこと(享年32歳であることを考えると最後のを責めるのは酷かも知れないが)。一代の英雄も、人間としての限界からは逃れられなかった、というイメージである。

 本書によって、大王の生涯をかなり細かく知ることができるだろう。文化面の影響についてはやや弱いきらいはあるが、それは本書のテーマと異なるため、そちらに興味が有る方は別の歴史書を当たるべきだろうが、その他の点については文句なしである。

 私としては、ビジネス云々にはどうしても興味が向かなかったので、その分だけ評点が辛めだが、そちらに興味がある方には、リーダーシップ論としても勉強になる点が多いのではないだろうか。




 でも、カイロネイアの戦いを、史上始めて戦略的に開戦場所を選んだとするのはちょっとやり過ぎではなかろうか?少なくとも、春秋時代、普が三分割されることになる晋陽の戦い(紀元前453年)の方が前だと思う。こちらは防御側が戦う場所を決めた戦いだけど。

関連書籍:

知識の灯台―古代アレクサンドリア図書館の物語知識の灯台―古代アレクサンドリア図書館の物語
(2003/03)
デレク フラワー

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その他歴史 | 2012/11/07(水) 21:01 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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