カレンダー
05 | 2015/06 | 07
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -
プロフィール

Skywriter

Author:Skywriter
あまり一般受けしない本ばかりが好きと言う難儀な管理人です。
お勧めした本を面白いと思ってもらえると最高です。

BK1書評の鉄人31号。
鉄人


宣伝目的以外のあらゆるコメント、TBを歓迎します。

↓ランキングに参加しています。面白いと思ったら押してください。


にほんブログ村 本ブログへ


kids goo弾かれサイトですので閲覧はご注意を。頭が悪いのが伝染する恐れがあります。
notforkids.jpg

FC2カウンター
最近の記事
Tree-Arcive
カテゴリー
最近のコメント
最近のトラックバック
巡回先

にほんブログ村 本ブログへ



うちの子も元捨て犬です。今はすっかり我が家の一員。甘えるのは下手だけどとっても可愛い子です。

Skywriterさんの読書メーター

ブロとも申請フォーム
ブロとも一覧
ブログ内検索
RSSフィード
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 | --/--/--(--) --:-- | |

献本サイト レビュープラス

ランキングに参加しています。面白いと思ったら押してくださいませ。
(ランキングサイトが立ち上がります。不快でしたら無視して下さい)
にほんブログ村 本ブログへ

1661冊目 技術の歴史 3 地中海文明と中世 上
技術の歴史 3 地中海文明と中世 上 -
技術の歴史 3 地中海文明と中世 上 -

評価:☆☆☆☆


 技術にも歴史にも興味があるので、図書館の蔵書を「技術 歴史」で検索してみたらこんな本がヒットしたのですよ。これは読まずに居られない!と思って申し込んで見たら、やたらとゴツイ本が出てきたのでびっくり。とりあえず、驚きは顔に出さずに借りてきました。本のサイズに27cmとか書いてあるのを見なかったこちらの敗北です。

 閑話休題、ぱらぱらとめくってみたら、農具、陶器やらガラス細工、家具といった様々な技術を丁寧に取り上げた本であった。土器を得たことで液体の貯蔵ができるようになったり煮炊きができるようになったりと、人類文明は大きく変わっている。なので、原始的なものといえども侮れないのである。

 地中海世界の技術史ということで、ギリシアの宴会でワインを薄める(ワインを生で飲むのは蛮族のやることだと言われていた)混酒器や、ワインの貯蔵に用いられたアンフォラが触れてあったり、アンフォラが見つかる地域はギリシアと交易していたことが分かることからギリシア人の商人が訪れていた範囲が分かるのは面白い。

 農具については、犁についてかなりつっこんだ議論がされている。農業についての知識がもっとあったなら、価値を深く知ることが出来ただろうにと思うとちょっと残念。

 面白かったのは、ガラスについて。エジプトで発達したというのは、ガラスがケイ酸、つまりは砂からできていることから考えると納得。関心するのは、主に金属酸化物を用いてガラスの着色が行われていたところ。実用性だけではなく、芸術性も求められていたというのを見ると、人間の感性が今も昔も変わっていないことに安心する。

 鉱山の模様が中世以降の日本の金山と比較されていたり、軍事技術について「ギリシア火」と呼ばれる瀝青やナフサを詰めた火炎瓶のような兵器が紹介されていたりするので、読者の興味を引くことはできていると思う。

 が、いかんせん、専門的に過ぎる。余程の物好きでないと読まないだろうし、読む必要も無さそうだ。一方で、歴史について勉強するなら、バックグラウンドとなる知識は大量に詰まっているので、役に立つことだろう。知的好奇心だけで読むなら、気になる項目を拾い読みすれば十分だと思う。
関連記事
スポンサーサイト
技術 | 2015/06/29(月) 23:26 | Trackback:(0) | Comments:(0)

献本サイト レビュープラス

ランキングに参加しています。面白いと思ったら押してくださいませ。
(ランキングサイトが立ち上がります。不快でしたら無視して下さい)
にほんブログ村 本ブログへ

1660冊目 歴史の中の『新約聖書』
歴史の中の『新約聖書』 (ちくま新書) -
歴史の中の『新約聖書』 (ちくま新書) -

評価:☆☆☆


 旧約聖書がバビロン捕囚やプトレマイオス朝エジプトの図書館で長い時間をかけて生まれたように、新約聖書もまた長い時間をかけて完成したものである。ナザレのイエスは、自身の教えを文書にして残さなかった。本書では敢えてそうしたのではないかと推測しているが、識字率数%の時代に、地方出身の貧しい大工が文字を読み書きできたと考える方が無理がある(例えばシャルルマーニュですら文盲だった)。

 おまけに、イエス死後の60年代にユダヤ人はローマの支配に対して反旗を翻し、エルサレムが徹底的に破壊されるといったことが起こる。

 福音書は全てこのユダヤ大反乱の後に書かれたものである。しかも、ヘブライ語ではなくギリシア語で書かれたもの。つまり、彼らが想定する読者は、エルサレムを逐われたユダヤ人ではなく、ローマの人々だった。その過程で、ユダヤ人相手にのみ意味があったイエスの教えは世界宗教へと変わっていくのである。

 本書はこのあたりの歴史を踏まえながら、新約聖書がどのようなものかを説いている。

 著者はストラスブール大学でプロテスタント神学部の博士課程を修了しているので、聖書研究について述べるのであればこれ以上適した人は居ないだろう。で、そういう人は往々にして、新約聖書の無謬性、絶対性を信じていない。著者も、所謂正統的な教えに対して、論理的に無理があるのではないかとツッコミを入れているところがあって、読んでいて面白い。福音書間で見られる差が何を意味するのかについても解説してくれているので、聖書を俯瞰的に眺めるようにさせてくれてもいる。

 こうしたことから、新約聖書を一歩離れたところから知るにはうってつけであろう。色々と勉強になった。
関連記事
その他歴史 | 2015/06/25(木) 21:28 | Trackback:(0) | Comments:(0)

献本サイト レビュープラス

ランキングに参加しています。面白いと思ったら押してくださいませ。
(ランキングサイトが立ち上がります。不快でしたら無視して下さい)
にほんブログ村 本ブログへ

1659冊目 ヘロドトスとトゥキュディデス―歴史学の始まり
ヘロドトスとトゥキュディデス―歴史学の始まり (historia) -
ヘロドトスとトゥキュディデス―歴史学の始まり (historia) -

評価:☆☆☆


 前5世紀に、ペルシア戦争の記録を中心に聞き知ったことを全て著作にまとめあげたヘロドトス。ローマの政治家カトーが彼を歴史の父と呼んだのは無理もない。尚、中国においては史記を著した司馬遷が祖と言えるだろうが、ヘロドトスは司馬遷に先んじること300年以上にもなる。

 ヘロドトスより一世代ほど後に生まれたのが、トゥキュディデスである。彼はペルシア戦争後に、アテナイが強大化したことに対抗するスパルタ(その背後にはペルシアの存在があった)とその同盟国の間で戦われたペロポネソス戦争に従軍し、目的を達成できなかったことで追放刑に処されている。彼もまた、亡命者として自分も参加したペロポネソス戦争を書いている。

 彼らが本を書いた頃、まだ歴史学という概念そのものがなかったのだから、今日的な意味合いで彼らが歴史を書いたとはとても言えない。特にヘロドトスは荒唐無稽と思えるような話であっても、彼が見聞したことでさえあれば採用している。一方、トゥキュディデスは信頼の置ける資料にのみ準拠し、事実を厳しく峻別している。こうしてみると、トゥキュディデスの方が歴史というのに相応しいだろう。とはいえ、それでは同時代史しか書き得ない。

 我々が今、ペルシア戦争やペロポネソス戦争について知ることができるのは、彼らのおかげである。エジプトやペルシアの歴史についても同じ。その上で、彼らの著作を読む際にはどのようなことに注意が必要か、また、なぜそうした注意が必要なのかを教えてくれる店でありがたい本。
関連記事
その他歴史 | 2015/06/22(月) 19:14 | Trackback:(0) | Comments:(0)

献本サイト レビュープラス

ランキングに参加しています。面白いと思ったら押してくださいませ。
(ランキングサイトが立ち上がります。不快でしたら無視して下さい)
にほんブログ村 本ブログへ

1658冊目 ギリシア文明とはなにか
ギリシア文明とはなにか (講談社選書メチエ) -
ギリシア文明とはなにか (講談社選書メチエ) -

評価:☆☆☆


 現代文明が遡ればギリシア文明に行き着くことから、ギリシアは古代史でも中核的な位置付けで教えられた記憶がある。ポリスでは民主主義が発達していたし、アレクサンドリアの大図書館では数学が発達した。ソクラテス、プラトン、そして天才以外の形容が相応しくないアリストテレス、ユークリッドといった人々が綺羅星のごとき活躍をした時代だ。学問としての歴史にしても、ヘロドトスやトゥキディデスといった才人が活躍している。

 そのギリシアが最も輝いたのが大国ペルシアの侵攻を退けたペルシア戦争であろう。マラソンの語源ともなったマラトンの戦い、テルモピュライの隘路で命を賭して戦ったスパルタ王レオニダス、そして戦いの帰趨を決定付けたサラミスの海戦。こうして見ると、ギリシア文明が古代史における最先端地域に見えてくる。

 しかし、著者に言わせると、それは誤りである。国力としてみれば、ペルシアはギリシアを圧倒していた。都市間で合従連衡していたギリシアに対し、ペルシアは大帝国だった。しかも、ギリシアは土地も痩せ、産物もろくにない。先進国ペルシアVS後進国ギリシアの構図だ、という。

 論理からすると頷ける。ただ、それではどうしてペルシアが敗北を喫したのかということが問題になろう。本書では明確な答えを出していないが、『戦争の科学』では、その答えを青銅製の防具に求めている。他の本を眺めてみても、ペルシア兵が軽装だったことは間違いない。こうした、技術的な差が戦争の帰趨に大きな影響を与えたのは間違いないだろう。

 ギリシアの圧倒的な不利は、しかしアレクサンドロスの時代に大逆転を迎える。本書は、アレクサンドロスの時代は何だったのか、そしてローマによるギリシア支配は何だったのかを眺めている。

 上述の、科学や技術に大きな足跡を残した人々についての記載が少ないこと、通史として書かれているわけではないことがやや残念ではあるが、ギリシア文明の大まかな姿を知った上で、本当はこうだったのではないかという仮説を楽しむには良さそうだ。


関連書籍:
戦争の科学―古代投石器からハイテク・軍事革命にいたる兵器と戦争の歴史 -
戦争の科学―古代投石器からハイテク・軍事革命にいたる兵器と戦争の歴史 -
関連記事
その他歴史 | 2015/06/19(金) 23:00 | Trackback:(0) | Comments:(0)

献本サイト レビュープラス

ランキングに参加しています。面白いと思ったら押してくださいませ。
(ランキングサイトが立ち上がります。不快でしたら無視して下さい)
にほんブログ村 本ブログへ

1657冊目 イェルサレム (世界の都市の物語)
イェルサレム (世界の都市の物語) -
イェルサレム (世界の都市の物語) -

評価:☆☆☆☆


 ユダヤ教が多神教から一神教へ変わり、キリスト教が生まれ、イスラム教の聖地をも抱えるエルサレム。その歴史はなんと4,000年前にまで遡ることができる。

 エルサレム周辺の地域は、ヨーロッパとアフリカとアジアを結ぶ回廊として、古くから大国同士が角逐を繰り返す場所だった。エジプト、アッシリア、新バビロニア、ペルシア帝国、アレクサンドロスの帝国、ローマ、ムスリム諸国と、様々な民族や王朝がこの地を支配している。おまけに、各宗教が聖地を抱えるものだから、更に争いは増し、平和な時代でも巡礼者への対応には悩まされる。

 そんなエルサレムに視点を当て、建設から現代に至るまでの歴史を追いかけているのが本書。

 少なくとも近現代以前の日本の歴史には全く絡んでこない地域なのに、世界史の授業等で名前くらいは知っていることが少なくない。バビロン捕囚、アレクサンドロスはともかくとして、その後のプトレマイオス朝エジプトとセレウコス朝シリアの争い、そしてナザレのイエスが煽動罪で十字架刑に処されたところであり、ムスリムに支配されてからは数次にわたって十字軍が送り込まれた。

 個人的には中世よりも古代史に興味があることもあって、バビロン捕囚あたりの詳細な流れが押さえられているのは嬉しいところ。また、知識の欠けていたプトレマイオス朝VSセレウコス朝の角逐や、イエス処刑後の66年に勃発したユダヤ大反乱あたりも細かく書かれている。

 私のように信仰心が無い人間にはどうしてこんなに熱心になれるのかと思わなくもないこともあるが、読み物としては得るものが多く面白かった。イスラム教支配のエルサレムについてももっと読まないと。

 今の世の中から眺めて皮肉に思うのは、十字軍の頃はキリスト教の方が文化的に劣っていて、そこに原因があるのか無いのかは知らないが、キリスト教の方が遥かに不寛容だった。近現代になって逆転後、イスラムは寛容さを失ったように見えてしまう。実際は、一部の過激派が目立っているだけなのではあるだろうけど。

 3つの宗教に関係があるエルサレムについての本だけに、宗教間の関係についても考えさせられる一冊。
関連記事
その他歴史 | 2015/06/14(日) 01:22 | Trackback:(0) | Comments:(0)

献本サイト レビュープラス

ランキングに参加しています。面白いと思ったら押してくださいませ。
(ランキングサイトが立ち上がります。不快でしたら無視して下さい)
にほんブログ村 本ブログへ

1655冊目 イエス・キリストの生涯 -  &1656冊目 人間イエスを科学する―キリストの心理分析 -
イエス・キリストの生涯 -
イエス・キリストの生涯 -

人間イエスを科学する―キリストの心理分析 -
人間イエスを科学する―キリストの心理分析 -


評価:☆

 『イエス・キリストは実在したのか? - 』が余りにも面白かったので、イエス本を続けて読んでみた。

 ……のだけど、「これは酷い」の一言。それ以上を費やすのは勿体無い出来で、ワタクシめの読書時間は勿論、こんなものに紙やインクを使っている事自体が勿体無いレベル。福音書にかかれていることが全部事実で、我がイエス様はぁぁぁぁぁぁぁ!世界一ぃぃぃぃぃ!!!な感じで、そりゃあ信仰持っている人はそれで良いけど、本にするならちっとは考えろよと言いたくなる。

 一応、『人間イエスを科学する―キリストの心理分析 - 』の作者は無神論者らしいが、特に根拠を示すこと無くイエスは特別な人だとかなんとか持ちあげるばかり。

 聖書が書かれたのは何時だろうか。最も早いもので、イエスが死んでから20年以上経ってからのものだ。20年も前の記憶が正しいことはあり得ない。

 スペースシャトルチャレンジャーが打ち上げ途中で爆発した印象的な事故について、この事故が起こった時あなたは何をしていましたかという質問に対して、事故直後と数年後で言うことが全然違うという調査がある。詳細を知りたい方は『抑圧された記憶の神話―偽りの性的虐待の記憶をめぐって - 』を御覧ください。

 まして、新興宗教の教祖のことだ。我々は、オウムの信者が麻原彰晃が奇跡を起こしたと主張していた事実を覚えている。彼がサリンによる大量殺人という犯罪を犯さずに、例えば信者を守って死ぬ(とも強弁できる)ような死に方をしていたら、今でも信者たちは彼の奇跡に尾ひれをつけて語り続けていただろう。

 福音書も同じだと考えるのが妥当である。イエスの弟子たちにとって都合の良いことばかりが、それも変質した記憶や、膨らんだ伝説が取り上げられるのだ。4つの福音書はそれぞれ矛盾し、死後60年も経ってから書かれた福音書で突然それまでになかった逸話が出てくることすらある。どう考えても、それは客観的な事実をあるがままに記したものではない。

 だからこそ、事実を抽出するのは、細心の注意を払わなければならない。

 なのに、こうした本の著者たちから、厳しく史料批判をしようという気概が見えないのは困ったものだ。

 例えば、ピラトがイエスをヘロデ王に渡すといったような、明らかな誤りもあるのにがっかり。ここで言うヘロデは、赤子大虐殺の汚名を着せられたヘロデ大王ではない(彼は紀元前4年に死んでいる)。その息子でユダヤの地を4分割したうちの1つの領主である。彼らは王位を名乗ることを許されなかった。

 十字架のシーンにしても、ローマでは反逆者以外には十字架刑を用いなかったのだから、イエスと共に死刑になったのも強盗ではない。煽動者、反逆者であるとローマがみなした者だ。

 こうした基本的な史実は押さえておいた方が良いと思う。別に、市井の個人なら構わないが、本を書くならね。このレベルで作家が務まるなら、私だってできる。もっと精進して欲しいものだ。

 というわけで、読むなら他の本を強くお勧めします。
関連記事
未分類 | 2015/06/10(水) 23:24 | Trackback:(0) | Comments:(0)

献本サイト レビュープラス

ランキングに参加しています。面白いと思ったら押してくださいませ。
(ランキングサイトが立ち上がります。不快でしたら無視して下さい)
にほんブログ村 本ブログへ

1654冊目 イエス・キリストは実在したのか?
イエス・キリストは実在したのか? -
イエス・キリストは実在したのか? -

評価:☆☆☆☆☆


 センセーショナルなタイトルだ。

 実は、イエスの実在を疑う人は存在する。確かに、同時代の記録にイエスは書かれていない。イエスの教えを受けたとする者達がいて、歴史家は彼らの主張からイエスが磔刑になったことを書き記しただけだ。というのも、彼はナザレという小さな村から出てきた貧しく学のない肉体労働者で、当時にあってはそう珍しくもない奇跡行者の1人だったから、誰も取り上げる必要を感じなかったのだ。

 著者はテヘラン生まれで、革命のためにアメリカへ亡命、高校生の頃にはキリスト教の洗礼を受け、カトリック系の学校で宗教学を先行したという異色の人物である。彼は研究を続ける中で、聖書の語るイエスと、歴史学の語るイエスの姿があまりにも異なっていることに驚く。こうして彼はイエスの生涯を調べることをライフワークとし、20年に渡る研究がここに結実した。

 本書の語るイエスの姿は、おそらく多くの人の抱くイエス像を木っ端微塵に打ち砕くものだろう。

 私は不勉強なので、まずどうしてナザレ生まれのイエスがベツレヘムで生まれたことになっていたのかすら知らなかったのだが、著者は丁寧に、なぜこうしたことが語られているのかを解き明かしてくれる。

 人間イエスについて最初にはっきり分かっているのは、洗礼者ヨハネから洗礼を受け、彼の弟子として歩み始めたことという。それ以前の記録は、彼の死後60年ほど経って書かれたものが中心で、ベツレヘムで生まれて聖人が云々だとか処女懐胎が云々だとかといったことはそれ以前の記録には存在しないという。彼はユダヤ教の信者で、ユダヤ人の運命にしか興味がなかった。

 そうしたイエスにとって関心があったのは、民衆から搾取する腐敗した神殿権力を糺すこと、そしてパレスチナを支配するローマを打ち破ることだ。これが失敗に終われば、反逆罪に問われるのはわかりきったこと。ローマは、反逆者には十字架刑という苦しい死刑方法で臨んでいた。だから、イエスは磔刑に処されることを覚悟していたフシもある。そして、ある意味で彼の予想通りにイエスは捕まり、ピラトの裁判を受け、処刑される。

 本書の描くピラト裁判の模様は常識をくつがえすものだ。曰く、裁判など無かった。全ては創作である、という。ピラトは軽々しく十字架刑を課すので、ローマへ公式の苦情が届けられたほどであるという。大勢のユダヤ人を平然と十字架刑にしてきた彼が、ローマの権威に逆らったイエスだけを特別扱いするわけがない、と著者は主張する。その言には説得力がある。

 我々の知るキリストの物語は、作られたものなのである。では、なぜ、物語が創作されなければならなかったのか。また、誰が、何のために創作を行ったのか?

 そうした答えについても、初期のイエス教団を追うことで得られる。イエスの弟で教団のリーダーを継いだ義人ヤコブと、反イエスの立場から転向しキリスト教を世界宗教に羽ばたかせることに成功したパウロの対比から、世界宗教とは教祖の言葉や思想を、時代や地域に合わせて変えていくことで成功しているのだと感じさせる。

 全編、意外な事実に満ちているので、興奮しながら読んだ。そうでありながら、過去に他のところで得てきた断片的な知識と矛盾しないことも素晴らしい。イエスがどのような人だったのか、興味がある方は是非読んでみてほしい。また、歴史好きの方も、きっと楽しめることだろうと思う。
関連記事
その他歴史 | 2015/06/08(月) 19:41 | Trackback:(0) | Comments:(0)

献本サイト レビュープラス

ランキングに参加しています。面白いと思ったら押してくださいませ。
(ランキングサイトが立ち上がります。不快でしたら無視して下さい)
にほんブログ村 本ブログへ

1653冊目 考古学でたどる旧約聖書の世界
考古学でたどる旧約聖書の世界 (丸善ブックス) -
考古学でたどる旧約聖書の世界 (丸善ブックス) -

評価:☆☆☆


 ユダヤ人について、最も早く見ることのできる史料は、エジプト新王国時代にファラオメルエンプタハが中東に遠征した際に戦勝を記念して刻んだ石碑に見えるとされる。褒められた形ではない。何しろ、メルエンプタハはイスラエルを滅ぼしたと誇っているのだ。だが、彼らはただの弱小民族ではなかった。紀元前のパレスチナにあって、一時は強国として存在した。

 彼らはどこからきて、どのように支配域を広げたのか。幸いにして、彼ら自身の記録がある。旧約聖書がそれだ。

 もちろん、旧約聖書に書かれていることを文字通りに受け止めてはいけない。あれは、彼らの神話だ。モーゼが200万人もの民を率いて、海が開いてできた隘路を通って逃げ出した、などということを信じるのはナンセンス以外の何物でもない。

 一方で、ユダヤ人の祖で、兄弟によってエジプトに奴隷として売り飛ばされ、後にエジプトで宰相にまで上り詰めた(残念ながらエジプト側にはそのような記録は存在しない)人物の売値は、前18世紀頃の奴隷の値段と一致するという。もっとも、彼はラクダの隊商に売られたのだが、その時代にラクダは荷役としては使われていなかったのであるが。

 このように、旧約聖書にはある程度、歴史的な背景があることが分かる。

 では、実際の歴史はどうだったのか?本書は旧約聖書の他に、考古学が明らかにした知見に基づいて、当時の模様を再現しようと試みる。扱っているのは、族長時代と言われる、始祖アブラハムから、アケメネス朝ペルシアのキュロス2世がバビロン捕囚を終わらせたところまで。キュロス2世はこの功績によって、外国人ながら最高級に扱われている。

 ファンダメンタリストのように、聖書に書かれていることは絶対だとする立場からは受け入れられないだろうが、私のような部外者から見ると、聖書の記述にもしっかり当たりながら、歴史学が拓いてきた知の世界も織り交ぜていると感じられる。当時の中東情勢に興味がある方はきっと楽しめるだろう。
関連記事
その他歴史 | 2015/06/05(金) 23:40 | Trackback:(0) | Comments:(0)

献本サイト レビュープラス

ランキングに参加しています。面白いと思ったら押してくださいませ。
(ランキングサイトが立ち上がります。不快でしたら無視して下さい)
にほんブログ村 本ブログへ

1652冊目 ソドムとゴモラの滅んだ日―旧約聖書の謎
ソドムとゴモラの滅んだ日―旧約聖書の謎 (中公文庫) -
ソドムとゴモラの滅んだ日―旧約聖書の謎 (中公文庫) -

評価:☆☆☆☆


 ユダヤ教徒あるいはキリスト教徒ならずとも、神の怒りによって滅んだとされる、堕落した街ソドムとゴモラの名は聞いたことがある方は多いだろう。ソドムを訪れたロトを男色相手にしようとする街の男たち、娘を差し出して逃げようとするロト(おいおい^^;)、天使の力を借りて逃げ出したロト一家と、街を滅ぼす神の怒り。決して振り返ってはいけないと言われたのに、街が滅びるさまを見てしまったロトの妻は塩の柱になってしまう。

 当時の大都市エブラの遺跡から、このソドムやゴモラといった街の名前に加えて、旧約聖書に出てくる名前が多数刻まれた石版が発見された。これによって、ソドムやゴモラは実在の街であったことが確認されたのである。

 これらの、所謂低地の街は交易で栄えていたようだ。発掘調査を続ける内に、これらの街に大掛かりな破壊の跡が見られることが明らかになっていく。

 一体、ソドムとゴモラに何が起こったのだろうか?その謎に真っ向から取り組んでいるのが本書であり、そのたどり着いた結論は地震である。中東は地震が非常に多い。紅海が分かれていく途中であることに示されるように。実際、死海周辺にも断層が大量にあるそうだ。

 結論に辿り着くまで、著者は実に様々なことを述べていく。エブラがなぜ栄えたのか、ソドムやゴモラはどのような街だったのかといった歴史的な話題に加え、瀝青(アスファルト)や、硫黄といった物質について触れることで、地震とともにやってきた破壊の凄まじさを感じ取れるようにしてくれている。

 個人的にはイスラエルの原子力発電所が心配になってしまった。

 伝説をきちんと歴史学に引き寄せている労作だと思う。聖書考古学に興味が無くとも、歴史好きであれば神話や伝説と歴史を結ぶ点をどのようにして調べるのかを知ることができる、貴重な本といえるだろう。
関連記事
その他歴史 | 2015/06/02(火) 22:01 | Trackback:(0) | Comments:(0)

献本サイト レビュープラス

ランキングに参加しています。面白いと思ったら押してくださいませ。
(ランキングサイトが立ち上がります。不快でしたら無視して下さい)
にほんブログ村 本ブログへ



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。