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Skywriter

Author:Skywriter
あまり一般受けしない本ばかりが好きと言う難儀な管理人です。
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BK1書評の鉄人31号。
鉄人


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交通事故を避けるには?
 先日、免許証の更新に行ってきたのですよ。優良ドライバーなので簡単な講習だけで良いのだけど、ビデオ教材視聴の後で「どんな時に事故が起こると思いますか?運転開始後30分以内、1時間以内、2時間以上」

 2時間以上だと運転に疲れて事故を起こしやすいのでは?という意見があると紹介したのに続いて、警察の人は言うわけです。「実は、事故のほとんどは運転開始後30分以内に起こっているんです。慣れた道だと気が緩むんですね」と纏めていたのだが、私の見るところ、その意見は大間違いである。

 自家用車に限って話をしよう。ちょっと古いデータだが、平成 16 年度 自動車の検査・点検整備に関する 基礎調査検討結果報告書によると年間平均走行距離は10575kmだそうである。通勤にのみ使用したとしよう。年間220日往復すると仮定すると、1日あたりの走行距離は48km。これは往復なので、片道では24kmである。1時間あたり30kmだとすると、片道に要する時間は48分。とすると、30分以内に事故が起こる可能性は30/48で62.5%となる。

 今回の過程では、年間走行距離の100%を通勤に利用するというかなり無理のある過程を行ったが、実際には日常の買い物やら何やらにも車を使用することがあるだろうから、この比率は更に上がることになる(片道30分以上運転して買い物に行くことがざら、という人は例外的な存在であろうから)。

 因みに、年間走行距離のうち1,000kmを日常の買い物に、1,000kmを旅行に費やすとする。日常の買い物の90%と旅行の10%を運転開始後30分以内に組み入れると、凡そ75%が運転開始後30分以内の時間ということになる。

 つまり、運転開始後30分以内の事故が多いのは、実際には運転時間というものは開始後30分以内である時間がほとんどであることに起因すると断言できる。

 近いからと言って気を抜いてしまうのではなく、運転時間と事故確率は相関すると見るのが本来のあるべき姿であろう。因みに、保険会社のデータでは走行距離と事故確率が相関するというデータが有るという。というわけで、運転するときには常に気を使い、運転を避けられるなら避けるのが、事故を避けるための最も有効な方法である。

 って、身も蓋も無い結論ですね。
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雑記 | 2014/12/30(火) 16:31 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1607冊目 「悪意の情報」を見破る方法
「悪意の情報」を見破る方法 (ポピュラーサイエンス)「悪意の情報」を見破る方法 (ポピュラーサイエンス)
(2012/08/01)
シェリー・シーサラー

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評価:☆☆☆


 好むと好まざるとに関わらず、現代社会に生きるということは科学や技術と関わって行かなければならない。しかし、報道を見ていると、十分な情報が社会に広まっているとはとても思えないのである。

 非科学的なオカルトネタ(トンでもない主張をしているのに懐疑的にならず霊やら超能力やらを持ち出してくる、あるいは既に否定されている血液型占いのようなネタを持ち出す)、複雑な事実関係を単純にまとめたが故に事実を大げさに、あるいは卑小にしてしまうこともある。

 困ったことに、わざと間違った情報を流す者もいれば、ミスリードを誘うような書き方をする者もいる。本書はこうした勢力の存在について警鐘を鳴らすと共にどうすれば間違った考えに捕らわれずに済むのかを説いた、メディア・リテラシーについての本である。

 と言っても、難しいことを言っているわけではない。デメリットがない(あるいはメリットがない)という主張は怪しいと思え。あるいは、自称革命家には注意しよう。一次情報を調べ、視野を大きく持ち、選択肢を示されれば現状維持を含めたそれ以外の選択を考えてみよう、等々、言われてみればアタリマエのこと。

 なぜ、こうしたことを気にするべきなのかを、本書は様々な例から導き出している。面白いのは、その過程で人間が過ちを犯しやすいことを繰り返し述べていることだ。人間の判断力は些細な事で狂うし、判断は正確にできない。だからこそ、一歩引いて見ることが大切なのだろう。

 閉経後の女性ホルモン補充療法は心臓病のリスクを下げられるという説があったが、今ではこの手法はむしろ心臓病のリスクを高めることが明らかになっている。どうしてこんな正反対のことになってしまったのか?なんと、二重盲検を行わずに結論を急いだせいで、社会層の差が療法の効果に見えてしまったというオチである。

 メカニズムが説明できないことは疑ってかかるべきである、という身も蓋もないことが説かれているのは、あながち間違った姿勢ではない。確かに、ジェンナーの種痘やゼンメルワイスの術前消毒による感染症予防やウェゲナーによる大陸移動説のように、メカニズムが分かっていない仮説で後世正しさが明らかになった事例はゼロではない。しかし、それらはメカニズムが明らかになっていた仮説より圧倒的に数が少ないのだ。

 だから、懐疑的であれ、というのが正しい姿勢なのだろう。否定派になるのではなく。本書は、こうした姿勢を身につけるのには役に立つ知恵を多く収録している。興味がある方はぜひ手にとって見て欲しい。
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その他科学 | 2014/12/28(日) 23:22 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1606冊目 建築する動物
建築する動物 (SPACE SHOWER BOOKs)建築する動物 (SPACE SHOWER BOOKs)
(2014/07/31)
ユルゲン・タウツ、 他

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評価:☆☆☆☆


 自分たちの棲家は己の手で作り上げるのは、何も人間に限った話ではない。自然界には、棲家を作る動物は色々と居るのである。

 例えば、本書の表紙を飾る、スズメバチ。二重の城壁の奥に、ハチの巣特有のハニカム構造が見えるのが分かるだろう。ハニカム構造の無駄の無さと強度を考えると、これに辿り着く生物の凄さには舌を巻いてしまう。

 鳥は配偶相手に気に入って貰えるよう、複雑な家を組み立てる。パートナーを得られるかどうかが巣作りにかかっているというのだから、オスは大変だ。だから、巣作りの練習までやるという。傑作なのは、まだまだ未熟な子供の巣から、親鳥が自分の巣ように材料を持って行ってしまうというところ。そこは自分の遺伝子を残すためにも勘弁してあげようよ(笑)

 ただただ驚くしか無いのは、昆虫類の巣も同じ。蟻塚は、温度調節機能まで持っている。一体、どれほどの進化的試行錯誤があったのだろう。あるいは、ツムギアリが作る葉っぱの家。幼虫も成虫も、まるで誰かの指示に従っているかのように共同作業をしている。しかし、蟻塚も、葉っぱの家も、場当たり的な対応だったりするのだ。それなのに、最終完成形はきちんとした家になるのだから、凄いの一言。

 哺乳類からはリスとカヤネズミとダムを作るビーバーが取り上げられている。特にビーバーの大掛かりな仕事も素晴らしい。出入口が水中にある、というのも安全に対する飽くなき欲求を感じさせる。

 最後はサンゴや貝といった、硬い殻で身を守る生物。生存競争は、彼らに複雑な防御装置である殻を与えた。

 生物が、命を守り、新たな生命を育むために行う建築の世界を、迫力満点の写真で見せてくれている。見ているだけで、つい溜息が出てしまうほどお見事。生物の素晴らしさを楽しみながら感じさせてくれる写真集である。
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生物・遺伝・病原体 | 2014/12/24(水) 19:29 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1605冊目 放課後はミステリーとともに
放課後はミステリーとともに (実業之日本社文庫)放課後はミステリーとともに (実業之日本社文庫)
(2013/10/04)
東川 篤哉

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評価:☆☆☆


 主人公は右投げ右打ち本格派の霧ヶ峰涼。元気さえあれば入れるという学校で探偵部の副部長を務める高校二年生である。探偵部とは読んで字の如し、探偵を行う部活であるというのだが、これほどまでに受け身な部活も珍しい。なにせ、事件が起こらなければ、探偵部に活躍の場は無いのである。いや、事件が起こっても、探偵部に相談しようという物好きがどれほどいるものやら。

 だが、身近なところに事件は潜んでいたのである。

 探偵部は、実は部活としての要件を満たしていない。顧問が居ないから、だ。なので、涼の副部長という役職も、内輪における勝手なものに過ぎない。3~8名居るという探偵部は、ここで状況の一大転換点を迎えんと決意する。つまり、顧問をゲットして正式な部活への昇格を狙うのだ!

 斯くして探偵部への顧問就任交渉に向かった涼だったが、ヘボ野球部の珍プレー見学に時間を費やしすぎてしまったためか、目指す相手には会えずじまい。失意の涼だったが、なんと泥棒らしき人物と遭遇する。途中で現れた生徒たちと犯人を追跡するのだが、なんとその姿は忽然と消え失せてしまうのだった。犯人はどこへ?

 探偵部副部長である涼だけではなく、周りの人も探偵として活躍してしまう、軽いノリの短篇集。遺産目当ての殺人事件が起こったり、芸能人のスキャンダルに絡むネタがあったりと、高校生にしては周りに事件が起こりすぎのような気がしなくもないが、殺人ばかりが起こる某名探偵の孫よりはずっとマシでありましょう。ちょっとした時間の合間合間に読むのに向いていると思いますです。
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推理小説 | 2014/12/23(火) 19:38 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1604冊目 とるこ日記―“ダメ人間”作家トリオの脱力旅行記
とるこ日記―“ダメ人間”作家トリオの脱力旅行記とるこ日記―“ダメ人間”作家トリオの脱力旅行記
(2006/03)
定金 伸治、乙一 他

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評価:☆☆☆


 定金伸治、乙一、松原真琴という、ジャンプお抱え作家3人がトルコへ旅行した時の模様を綴った日記。定金さんといえば、『ジハード』シリーズのあの人ではありませんか。マイナー地域の歴史を取り上げることで定評のある彼のこと。トルコ旅行記は楽しいに違いない。ダメ人間が冠されているのも魅力だ。

 と思って読んでみたら、本当にグダグダの旅行記だった(笑)

 トルコに行こうと唐突に思いついたのは、定金さんがトルコ文明展に行ったこと。そこのアンケートに答えたら、トルコ旅行ツアーの案内が届いたというのだから、旅行会社恐るべし。そこで乙一さんにトルコ行きを誘ったらすぐに賛同。

 ところが、例の戦争のせいで、この時には行くことが出来なかったそうである。この程度で思い立ったなら、この時点で旅は終わりになっていたかも知れないが、どういうわけか松原さんを交えてビリヤードをやっている時に再びこの話題が出たら、2秒で行くことが決まっていたという。トルコですよ、トルコ。仕事もあるだろうに、それで良いのか。羨ましい。ああ、つい本音が。

 トルコでボラレまくったり、異様に不味いレストラン(呼び込みがいるレストランは不味いらしい。トルコに行くなら注意しよう)に入ってしまったり、遺跡跡で定金さんは喜んでいたが残る2名は雑草を抜くくらいしかやることがなかったりするのだが、その間はひたすらダメな会話が続く。

 とは言っても、そこはヒッタイトの遺跡。この辺りの時代に興味がある人なら行ってみたくもなる。でも、バスは必ず大暴走、生きた心地もしないといのは困るなあ。松原さんはしっかりデジカメをスられてしまったというイベント付き。油断できないぜ、トルコ。

 こういう時、気のおけない友人が一緒で、ああでもないこうでもないと煩くできれば楽しいのは分かる。それがそのまま文章になっているので、確かに役に立つことは欠片もない。著者たちが冒頭で述べているのは正しかった!なので、著者のファンでなければ読むのは辛いかも。いや、ファンなら幻滅してしまうかもしれないか(笑)。

 とりあえず、私は完結前に挫折してしまった『ジハード』シリーズにもう一度手を出してみようかと思った次第であります。
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エッセイ | 2014/12/22(月) 19:19 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1603冊目 「超常現象」を本気で科学する
「超常現象」を本気で科学する (新潮新書)「超常現象」を本気で科学する (新潮新書)
(2014/05/16)
石川 幹人

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評価:☆☆☆


 幽霊なんて居るわけがない。超能力だってあるわけがない。そんな、非科学的なもの。こうした切り捨て方は、実は大変に非科学的なものだ。確かに、今の科学は幽霊や超能力、生まれ変わりについて認めていない。あるとする事例は疑わしく、メカニズムに至っては想像すらできないのだから無理は無い。

 しかし、メカニズムがわからないことを信じるのは、必ずしも非科学的というわけではないのである。例えばウェゲナーの大陸移動説。メカニズムが思い浮かばないから、大陸が移動すると唱えたウェゲナーは嘲笑された。今となっていれば、間違っていたのは批判者だったと分かる。だから、どれほどメカニズムが不明であっても、今の科学理論では説明できなくとも、不可思議な現象が起こればそれは真実なのだ。

 もっとも、トンでもない主張にはトンでもない証拠が必要である。だから、こうした超常現象を研究する際には眉に大量のツバを付けておくべきだと言えよう。その上で超常現象を探るのであれば、それはしっかり科学足りうる。

 さて、こうした観点から本書を眺めると、冷静であろうとしながらやや超常現象に擁護的かな、というのが結論である。

 順を追って見ていこう。まず、本書は"幽霊の存在が科学的に支持されたことはありません"と述べ、続いて"一方で、現代の科学では説明しきれない超常的な現象が確認されていることもたしかなのです"と語る。何か尋常ならざるものがあれば直ちに幽霊のしわざだ!と飛びつくわけではないところは好感が持てよう。こうした立場を象徴するものとして、著者は「はん幽霊論」へ読者を誘う。「はん」に当て嵌まるのは、ある時は「反」であり、またある時には「半」であり、そして「汎」でもある。

 はっきりと誤りだという幽霊論には反であり、不可思議な現象があることを認める時には半であり、幽霊がいるかどうかは別に超常現象があるなら汎である、という、幅を持った立場だ。これがどこか一つに偏ると、オカルティストになってしまったり、誤った懐疑論者、つまりは否定論者に堕してしまう。

 まず、幽霊がいると簡単に結論付けてしまうようなオカルト番組への批判があるのは嬉しいところ。人は一定のパターンを顔と認識するのだから、何か顔っぽいパターンを幽霊だとしてしまう誤りは犯しやすいものである。ツキやスランプについても、そう錯覚してしまうメカニズムを簡単に説明してくれるのはありがたい。

 一方で、「半」の部ではちょっと甘さが感じられる。

 例えばガンツフェルト実験について。この実験によって、本来なら知覚できないはずのことを被験者が当てた確率が、統計的に偶然よりも有意に高かった(ただし、通常25%のものが32%と少々高いというレベル)と紹介されている。その上で、実用上は役に立たないが、創造性といった点からは活用できるかもしれない、としている。しかしながら、それへの批判を見ると、実際には被験者が正答率を高くできる余地があったとあり、現在ではこれが超常現象の存在する証拠にはならない、とされている。

 本気で科学するのであれば、最新の研究にも目を通しておいた方が良いと思う。そうでなければ、自説に不利なことは書かないと思われてしまい、著者が損をするのではなかろうか。

 "幽霊は居るのか居ないのか"あるいは、"超能力はあるのかないのか"の議論は不毛だと訴えている「汎」の部は、だいぶ怪しい。ちょっと我田引水に過ぎる気がする。無意識の重要さは説かれても良いように思うが、それと超常現象を結びつけるのは強引かな。

 怪しげなところがあるのは間違いないが、一方で超常現象を調べているからといって必ずしもオカルトとは限らないことを説いているのは、多様な視点を与えてくれる点から望ましくもあろう。外国では、本当に真面目に幽霊の存在(あるいは非存在)を示そうと研究が行われている。中には、ゴチゴチの否定派から肯定論者へ変わった人も居るくらいで、今の科学の視点では胡散臭そうに思えても、そこに何らかの正しさがある可能性はあるのだ。

 私はこうした試みは失敗に終わる、つまり、何時まで経っても幽霊や超能力の存在は証明できない(不在の証明は原理的に不可能である)と思っている。本書で述べている、超常現象も怪しいと思っているのは事実だ。しかし、こうした研究が真面目に行われることへは反対しない。そして、私の予想に反して超常現象が間違いない事実で、メカニズムが明らかになったというニュースがあれば、それはそれで楽しみたいと思っている。それは、科学の対象となる世界が広がることだから。

 というわけで、この分野の発展を、付かず離れずくらいで見守っていこうかと思う。
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反疑似科学・反オカルト | 2014/12/18(木) 19:50 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1602冊目 櫻子さんの足下には死体が埋まっている 冬の記憶と時の地図
櫻子さんの足下には死体が埋まっている冬の記憶と時の地図 (角川文庫)櫻子さんの足下には死体が埋まっている冬の記憶と時の地図 (角川文庫)
(2014/06/20)
太田 紫織

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評価:☆☆☆


 前作の最終話では、2体の、いずれも蝶形骨を欠いた白骨が発見された。一体は犯人が明らかになるのだが、もう一体の白骨は誰のものかも分からない。櫻子さんは、それをまだ正体の明らかになっていない連続殺人犯の仕業であると推測する。

 というのは、法医学者を長く勤めて引退した彼女の叔父の記録に、あるのだ。蝶形骨の無い遺体の話が。

 蝶形骨は繊細な骨で、取り出すのが難しい、と言う。それだけが綺麗に失われる死体がそうそうあるわけがない。かくして、櫻子さんは叔父が付けていた資料を漁り、過去の事件を洗いなおす。

 その事件は、最終的にある女性が自殺したとして片付けられていた。確かに、そう考えて矛盾があるわけではない。性に奔放だったらしい彼女は揉め事を抱えていたし、自殺の直前には本人を悩ませたであろう問題もあった。関係者に話を聞いても、そうしたマイナス面ばかりが聞こえてくる。妹を除いて。妹は、姉の問題は知りつつも情愛を持っていた。だから、事件を調べる櫻子さんたちにも賛同する唯一の人物となった。

 謎の殺人犯は存在するのか?はたまた、この件は本当に自殺だったのか?

 これまでの短編集から今作では初めて長編と姿を変えている。その分、少し間延びした感が無いわけではないが、彼女の行動をじっくり追いかけているので、密度は変わらないかな。ただ、やっぱりアクの強さは減ってきているように感じられる。無口で辛辣というのは変わらないけど、毒の成分が少なくなったかな。もっとも、それは主人公とより親しくなったことによる変化なのかもしれないけど。萌えキャラなんかにならないで、強烈なままで居てほしいなあ。

 刊行されている分は読み終わってしまったので、続きが出るのをのんびり待つことにする。
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推理小説 | 2014/12/17(水) 19:38 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1601冊目 竜巻ーメカニズム・被害・身の守り方ー
竜巻ーメカニズム・被害・身の守り方ー竜巻ーメカニズム・被害・身の守り方ー
(2014/08/21)
小林文明

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評価:☆☆☆


 地上と天を結ぶ猛烈な渦、竜巻。ひとたび発生し、市街地を通過しようものなら家が破壊されることも少なくない。それだけの破壊力を持つものだ。昔の人が、天に登らんとする龍の姿をそこに見たとしても、自然なことに思う。

 この竜巻、そもそもどうして発生するのだろうか?どのような被害を生むのだろうか?そして、どうやったら身を守ることができるのか?そうした疑問に丁寧に答えてくれているのが本書。

 上昇気流が積乱雲を作る。この時、積乱雲の中では断熱膨張によって温度が下がり、飽和水蒸気圧が下がることで気体だった水が液体へ変わり、地上へ引かれて落ちてくる。この下降気流が上昇気流を打ち消すと、積乱雲の成長は止まるのだが、上空に乾いた風が吹いているとこうした動きが起こらない。上昇気流の側面を通るように下降気流が流れることで雲は成長を続け、下降気流もまた太くなる。こうした状況で、竜巻が起こりやすいという。

 他にもメカニズムがあるそうなのだが、竜巻にも上層、下層で全く異なる構造があるとは知らなかった。

 この竜巻の大きさを表すのに、藤田スケールという尺度が使われる。名前は知っていたのだが、どうして竜巻のようにアメリカで多発する天災の尺度に日本人の名前があるのだろうと思っていたら、藤田哲也さんはアメリカで研究されていたんですね。納得。

 しかし、改良藤田スケールで言うEF5なる尺度だと、"強固な建造物も基礎からさらわれてぺしゃんこにな"るというから恐ろしい。0.1%未満というけど、この手の災害は強度と頻度が対数的に変化するものだから、0.1%の中のそのまた0.1%だと凄まじい被害になりそうだ。これは、恐ろしいことにたった100万分の1にすぎない。ハリケーンが毎年何十、何百と発生していることを考えると、特に。

 もし竜巻が発生したら、大きな建物は意外と脆いようだ。スーパーや体育館などは通常の戸建てより弱いというので、逃げこむには向かない、という。マンションでも、猛烈な風が重量物を吹き飛ばしてくるので、分厚いガラスでも被害を防ぐことはできない。そしてガラスが一箇所でも破られると、内圧が猛烈に高まって反対側の窓が割れ、風の通路ができると破片やら礫やらがそこを一気に通過するため危険だという。

 だから、被害を最小限に防ぐためには窓の小さな小部屋、具体的にはトイレや風呂場に逃げこむのが最良というのは勉強になった。そのような災害に見舞われるのは嬉しくないが、万が一に備えて覚えておこう。

 このように、竜巻に関する多くの話題を広く浅く取り上げているので、入門書に向いている。特に、防災については、我々一人一人が覚えておいて損することは絶対に無いだろうから、こうした本はありがたい。実は関東圏は竜巻多発地域でもあるということなので、関東在住の方はここだけでも目を通して損はないと思う。
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環境 | 2014/12/16(火) 19:57 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1600冊目 僕僕先生
僕僕先生 (新潮文庫)僕僕先生 (新潮文庫)
(2009/03/28)
仁木 英之

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評価:☆☆☆☆


 唐は則天武后と韋后という2人の女性が権力を握った、所謂"武韋の禍"の後に即位したのは、李隆基。後に玄宗と諡されることになるこの皇帝の治世を一言に纏めてしまうと、前半は隆盛・後半は没落である。前半については"開元の治"とも呼ばれ、社会的にも極めて安定した時代であった。

 本書の舞台は、この玄宗皇帝即位の直後である。諡号が本人の死後に与えられるものであることから、当然この皇帝を玄宗皇帝と呼ぶことはできない。

 主人公は、怠け者の王弁。彼の父は元役人で、しっかりと私財を貯めこんでいた。だから、彼は悟ったのだ。そのカネがあれば、一生を働かずに過ごすことができる、と。親の説教は適当にやり過ごし、面白おかしくは無いかもしれないが苦労を知らない人生を送っている。

 そんな彼が、ひょんなことから近くに住むという仙人の元へ使いに出される。辿り着いた先で彼を待っていたのは、どう見ても10代の少女にしか見えない人物で、僕僕と名乗るのだった。曰く、名などには意味が無いということである。そして、王弁に対して仙人になるための素質には欠けるが、執着が無いところは筋がある、などと言うのであった。

 結局、王弁は僕僕先生と付かず離れずの関係を保ちながら(時に色香に迷いながら)、半分弟子のような存在になっていく。

 面白いのは、中国で好まれる仙人を上手く絡ませているところ。東方朔のように実在の人物の名前が出てきたり、神話を上手くはめ込んだりと、中国史好きには堪らない。しっかり玄宗皇帝の朝廷にまで入り込んでしまうという設定はお見事。

 息子が仙人に渡りを付けたことをこれ幸いと介入したがる現金な親父殿に辟易したり、神話を上手く使いつつ赤兎馬まで出してくるセンスに脱帽したりと実に楽しく読むことができた。

 平和なだけでは終わらない。終盤、天界の都合で僕僕は地上から離れなければならないように追い詰められていく。また、地上側でも怪力乱神を嫌う官僚制力は仙人の排除を狙う。主人公がここにきて発奮するところが、ストーリーとしても良いなあ。賞を取ったのも納得の作品。
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その他小説 | 2014/12/15(月) 21:19 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1599冊目 南極に行った男 小説・白瀬南極探検隊
南極に行った男 小説・白瀬南極探検隊南極に行った男 小説・白瀬南極探検隊
(2008/08/30)
立松 和平

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評価:☆☆☆☆


 ロバート・ファルコン・スコットとロアール・アムンセンが南極点到達を目指して故国を旅立った1910年、日本からも遥か南を目指す一隻の船があった。陸軍軍人の白瀬矗をリーダーとする、南極探検隊である。彼らはあの1912年、アムンゼンが、続いてスコットが南極点へ辿り着き、後者は5名全員が死亡する悲劇に見舞われたあの1912年に、南極の地に居た。

 彼らの名が知られていないのも無理は無い。まず、彼らの行動にはアムンゼンのような世界一が無く、スコット隊のような悲劇もなく、シャクルトンのように失敗に終わりながらも奇跡的な生還を遂げたという劇的なものも無い。それでもまだ、科学的な価値が高ければ話は別だったかもしれないが、それすらもまた、無かったのである。

 しかし、この時代に南極を目指し、少なくとも南極大陸までは到達したことは壮挙というべきである。なにせ、日本には極地探検に必要な知識や経験の積み重ねが全くなかった。だから、冷静に言ってしまえば、彼らが南極点に到達する可能性は、それが世界で何番目になろうとも、決して存在しなかった。

 だから、白瀬隊の存在は知っていたが、これまで十分に注意を払ってきたとは言えないし、簡単に知ることができる手段もほとんど無い。せいぜい、ウィキペディアを除く位であろうか。本書のサブタイトルを見た時の驚きは、こうした背景があったからだと思う。思わず手が伸びていた。

 本書を読めば、白瀬隊長は千島で苦渋を舐め、艱難辛苦に耐える力があることを示していた。彼の堅忍不抜の精神が、日本をして南極探検という冒険へと国を動かしたことが分かる。

 熱が物凄い。過酷な状況にも耐えられるよう、嗜好品を摂らず、暖にも当たらない生活を続ける。全ては、南極へ行くための体作りのためだ。ようやく手に入れた船は、他国のものと比べれば小舟に等しい。驚いたのは、砕氷能力がゼロだったということ。これでは船が砕かれたシャクルトン隊よりもなお無謀ではないか。

 彼らは確かに南極点を目指しながら目的を達成することはできなかった。しかし、だからといってそれを失敗とは思いたくない。なんとなれば、先人の苦労は知識と技能の蓄積につながり、それがあるから後世の人間は成功を手にすることができるのだ。

 ただ、小説としてはどうだろう?

 犬視点から見ることもあれば、人の視点になることもあり、かと思うと第三者からの俯瞰的なシーンもある。そうやって切り替える必然性が感じられず、どうにも中途半端で、完成度は高くないと感じた。それでも知らていない白瀬隊を取り上げたことに感謝したい。また、極地探検の苦労についても余すところ無く描いているので、探検モノに興味がある方は楽しめるだろう。
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その他小説 | 2014/12/13(土) 00:13 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1598冊目 GOSICK ―ゴシック―
GOSICK  ―ゴシック― (角川文庫)GOSICK ―ゴシック― (角川文庫)
(2009/09/25)
桜庭 一樹

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評価:☆☆☆☆


 第一次世界大戦という巨大な惨禍が過ぎ去り、平和な世の中が訪れたはずのヨーロッパ。そう。当時は、ドイツの国力が徹底して削がれたため、勢力均衡を求める列強にとっては、近い将来に再び戦争が、それも前回以上に凄まじい戦争が遠くない将来に起こるなど、夢にも思われなかったのである。

 物語の舞台となる1924年は、ナチスドイツの台頭もまだ酒の話。戦勝国であったヨーロッパの小国ソヴュール王国には大戦の傷跡も無く、穏やかな日々が訪れていた。

 日本からソヴュール王国へ留学に来ていた久城一弥。彼はある少女に出会う。貴族の血を引く美少女ながら男性名を持つヴィクトリカ。彼女は授業にも出ず、ラプンツェルよろしく塔のような図書館の最上階で本を読み耽るのであった。どうしたことか、彼女は久城を気に入り、退屈凌ぎに利用するのであった。

 ヴィクトリカが久城をからかう、いつも通りの日常を打ち破ったのは、妙ちくりんな髪型(ドリルのようだと言われる)をした警部。彼は久城のところにやってきて、近隣で起こった不思議な殺人事件について話を始める。本当の目的はヴィクトリカに聞かせて犯人を推理してもらうことなのだが、どういうわけか素直にそう頼むことはせず、まどろっこしいことをするのだ。

 勿論、ホームズばりの強引な推理によって、犯人がやったことは全部全てお見通しとなってしまい、いつもの様にドリル警部はそれを自分のお手柄にする。主人公が登場するシーンはやっぱり俺たちこんなに凄えんだぜと思わせるようじゃなければダメですね。

 さて、この事件解決がきっかけとなって、ヴィクトリカと久城は奇妙なクルーズに入り込むことになる。そこは、悪意を持った何者かが、他の参加者の殺害を目論むものであった。そして、その船にはどうやら忌まわしい秘密が隠されているようなのだ。

 物語は過去に起こった惨劇と、それをなぞるようにしながら行われる現在進行形の事件を交互に繰り返す形で語られる。過去の惨劇とは何なのか?それと今起こっている事件は関係があるのだろうか?そして、ヴィクトリカと久城は生きて帰ることができるのか。

 読み始めるとなかなかおもしろく、ホームズチック(絶対に念頭においていると思う)な後出しジャンケン的推理も楽しい。この作品も続きを読んでみようかな。
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SF・ファンタジー | 2014/12/11(木) 19:05 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1597冊目 性転換する魚たち―サンゴ礁の海から
性転換する魚たち―サンゴ礁の海から (岩波新書)性転換する魚たち―サンゴ礁の海から (岩波新書)
(2004/09/22)
桑村 哲生

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評価:☆☆☆☆


 人間に捕まってしまった性別不明の養子を探す旅に出たお父さんがやがて性転換してようやく見つけ出した養子と結婚する。何の話かというと、ファインディング・ニモの科学的に正しい姿である。勿論、魚が子を探しに行くことは無いが。なにせ、彼らは典型的なR戦略、兎に角大量に子供を産んで小数が生き残れば良いという繁栄戦略を取っているし、配偶者がいなければ見つければ良いのだ。

 なに?ようやく巡り会ったのが同性だったらどうするって?問題ない。性転換してしまえば良い。

 少なからぬ魚が、状況に応じて性別を変えるという不思議な性質を持つ。クマノミもそうだし、掃除魚として知られるホンソメワケベラの仲間もそうだ。

 どうして彼らはこのような戦略を取るのだろう?それは、やはり自らの遺伝子を最大限に広めるための戦略だった。魚は生涯に渡って成長を続けるので、性転換をする魚の場合には大きくなった時に雄である方が有理か、はたまた雌である方が有利かで性別が変わる。

 このシステム、実に面白い。小さい時は小さいなりに繁殖に参加して、大きくなったら今度はサイズを活かして繁殖を行う。効率だけから考えたら、これが一番良さそうに思えてくる。しかし、うまい話には裏がある。性転換にはそれなりのエネルギーが必要であり、彼らもそのコストを測って性転換を行っているのだ。人類は勿論、哺乳類全般がこうした戦略をとらないのは、生殖器が雌雄で大きく異なっているため、性転換することに莫大なエネルギーが必要なためである、という。

 なるほど、両性の愉しみを味わってみるのは楽しそうではあるが、それは諦めるとして、せいぜい魚の性転換の謎を楽しむことにするのが良さそうだ。そうして改めて見てみると、彼らも大変だ。複雑な戦略が張り巡らされていて、中には欺瞞としか思えない行動まであるというから驚かされる。

 ハーレムで、雄が居なくなった時に残った雌の中で最大の者が雄に性転換する魚がいる。ここで雄がちょっと巣を離れると、最大の雌はまだ腹に卵を抱えているのに、あたかも雄であるかのように振る舞う。そうして他の雌を騙して、雄の不在を気付かれないようにしている、というのである。

 性戦略は生物の根幹に関わるもの。だからこそ、そこには進化の妙が潜んでいて、とても興味深い。中でも性を途中で変えるという性転換の面白さを感じるのにはうってつけの入門書であると思う。
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生物・遺伝・病原体 | 2014/12/10(水) 19:16 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1596冊目 残夢整理―昭和の青春
残夢整理―昭和の青春 (新潮文庫)残夢整理―昭和の青春 (新潮文庫)
(2013/01/28)
多田 富雄

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評価:☆☆☆☆


 ざんむせいり。通常であれば、残「務」整理と書くべきところを、「夢」としているのに気がついて手に取れば、それは『免疫の意味論』で専門家以外の人々の間でも高い評価を得た多田富雄さんの本だった。

 生きることは、死を見つめ続けることに他ならない。親しい人の、そして、自分自身の、死を。

 本書は、著者が自分の前を通りすぎていった死者のことを、深い愛惜と共に語ったエッセイである。それは親族であったり、学生時代の友人であったりと、実に多様だ。共通するのは、著者が彼らと深く付き合ったこと、そして全編を通じて流れる重苦しい雰囲気である。

 温かみに溢れながらも、どこか死の香りを漂わせる冷たさを感じさせる文章。そう感じながら読み進めていって、後書きに辿り着いた時、その理由がはっきりした。

 この短編を書いている最後の段階で、私は癌の転移による病的鎖骨骨折で、唯一動かすことができた左手がついに使えなくなった。鎖骨を折ったことは、筆を折ることだった。書くことはもうできない。まるで終止符を打つようにやってきた執筆停止命令に、もううろたえることもなかった。いまは静かに彼らの時間の訪れを待てばいい。昭和を思い出したことは、消えてゆく自分の時間を思い出すことでもあった。

(p.228より)

 病に侵されながらも執筆を続けた著者の、絶筆であった。唯一動く左手で、時間をかけて紡いだのは、共に生きた人との思い出であるのと同時に、死を受容するためのものだったのだ。失われた人への寂寞とした感じ、消えゆかんとする自らの生が、どこか重低音らしく全編を漂っていたのも不思議なことではなかったのだ、と納得した。

 旧制高校時代、そして大学時代の悪友たちとの交流。親戚。学問の師。それに、親しく付き合うことになった能楽師。ある者は自ら死を選び、またある者は若くして病に倒れた。だが、誰もが自分の中の、名状しがたい何かに突き動かされていた。

 医学部に進みながら文学関係者とも親しく交わり、能にも深くのめりこんだという著者の懐の深さが、彼らのとの親交を産んだのかもしれない。

 これほどにも深く他人と付き合った著者を、羨ましく思えてならなかった。そして、このような文章の名手を失ったことが残念でならない。いつか、また他の本も手にとってみよう。


関連書籍:
免疫の意味論免疫の意味論
(1993/04)
多田 富雄

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エッセイ | 2014/12/09(火) 23:27 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1595冊目 櫻子さんの足下には死体が埋まっている 蝶は十一月に消えた
櫻子さんの足下には死体が埋まっている 蝶は十一月に消えた (角川文庫)櫻子さんの足下には死体が埋まっている 蝶は十一月に消えた (角川文庫)
(2014/02/25)
太田 紫織

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評価:☆☆☆


 主人公館脇正太郎の同級生、鴻上百合子から櫻子さんに会いたいと、必死に訴えかける電話を受けた正太郎。ちょうどその時、彼は残念美人の櫻子さんと一緒にいた。直ちに百合子のところへ駆けつけた2人が目の当たりにすることになったのが、猫の死体であった。百合子の叔母である園部椿の飼い猫が無残にも死体となってゴミ捨て場に放り込まれていたのだ。

 死体を見聞した櫻子さんは、ただちにそれが何か動物に襲われた結果と見破る。それも、犬ではないことまで。なぜなら、遺体には5本分の爪跡が残っていたからだ。犬の親指は狼爪となって離れたところにあるので、傷をつけても爪4本ぶんにしかならない。となると、猫は何者に殺されたのだろう?

 椿は別れた元恋人からストーカーチックに付きまとわれている。犯人はこいつか?

 続いて、百合子と櫻子という接点の無さそうな2人がたまたま出会い、百合子が櫻子の力を借りる話が幕間的な感じで入り、表題作へ。

 主人公たちの通う学校ではかつて1人の少女が姿を消し、今に至るもその行方は杳として知れない。彼女には、仲良くしていた2人の少女がいた。この残った2人のうち、1人が行方をくらます。と言っても、彼女の場合には自分が望んでのものだった。携帯電話はバッテリーと共になくなり、状況証拠から飼い犬も一緒である。

 彼女はなぜ姿を消したのか?そして、昔行方不明になった少女はどうなっているのか?子供から大人になりかける年頃の子が持つ不安定さがどこか不気味な中編。シリーズ通して今後も出てきそうなキャラクターが出てきたので、これは続きを読まないと。ただ、骨に関する薀蓄が過去対比減ってきたかな。今までのノリも続けて欲しいなあ。
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推理小説 | 2014/12/08(月) 22:14 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1594冊目 お任せ! 数学屋さん2
お任せ! 数学屋さん2 (一般書)お任せ! 数学屋さん2 (一般書)
(2014/10/08)
向井 湘吾

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評価:☆☆☆


 転校時の挨拶で「特技は数学。将来の夢は、数学で世界を救うこと」と宣言した神之内宙は、父親の転勤に伴ってボストンへ去っていった。彼と密かに両想い(なんて単語もまたどえらく懐かしいなぁ)であった天野遥は、彼が立ち上げた数学屋を続けることを決意する。ただ、宙ほど数学が得意でも好きでもない彼女は、店長代理を名乗り、幟も"お悩み、解決します"という力強いものから"お悩み、一緒に考えます"とトーンダウンさせて。

 そんな彼女がまず向き合うのが、文化祭の出し物は何にすべきか。そんなの、数学で解けるの?と誰もが思うだろう。しかし、一定のルールで数値化を行えば、不可能ではない!

 文化祭実行委員会からは、当日正門にアーチを作りたいのだが、委員会には美的センスのある人間が居ないから、美しいアーチを作るのに力を貸してくれと言われる。ここで、美しさの中には数学が隠れているとヒロインが言うところ、同感です。美しいと思う事柄の中に、驚くほどシンプルな数学が隠れていることがある。音楽も数学と密接なつながりがあり、ピタゴラス音階に従うことが紹介されているのも嬉しいところ。

 だが、上記のことにはなんとか答えを出したヒロインも、堅物の同級生から持ち込まれた相談には頭を抱えるばかり。それは、夏休み後に不登校になってしまった女子が、再び登校できるようにして欲しい、というもの。それも数学屋さんの仕事なの?と思ってしまうが、一緒に考えることをウリにする彼女は難問に取り組むことに。

 アメリカの宙と連絡を取り合いながら(これは私が中学生だった頃には考えられないような世界だ。技術の進歩には驚かされるばかり。)、答えを模索するヒロイン。そうこうしているうちに、文化祭の日も迫る。文化祭は成功するか?と登校拒否を終わらせられるか?という2つの話題が同時に進行していく。なかなか楽しいが、前巻よりも数学要素はやや減ったかな?何にしても、数学を上手く物語に織り込んでいるところが嬉しい。次巻も楽しみに待つことにしよう。
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その他小説 | 2014/12/07(日) 19:38 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1593冊目 スリランカの赤い雨 生命は宇宙から飛来するか
スリランカの赤い雨  生命は宇宙から飛来するか (単行本)スリランカの赤い雨 生命は宇宙から飛来するか (単行本)
(2013/11/23)
松井 孝典

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評価:☆☆☆


 2012年11月13日、スリランカの人々の心胆を寒からしめる出来事が起こった。まるで血のような、赤い雨が降ったのである。そこには細胞状のものが含まれていたが、それは予想された藻類とは異なっていた。しかも、その直前にはどうやら隕石が落ちてきたようなのだ。となると、赤い雨と隕石の関係が予想されるのもそうおかしな話ではないだろう。

 奇妙な出来事は、もしかしたら異端とされる1つの説の正当性を示すものかもしれない。地球生命は宇宙からやってきたとする、パンスペルミア説を。

 宇宙空間に、生命の元となる化学物質が多数存在することは、観測から明らかになっている。アルコール、アミノ酸はその代表格だ。それらが彗星と共に地球に訪れ、生命の材料となったというところまでなら、私も受け入れていた。

 だが、本書で取り上げられる仮説は、もっと遙かに刺激的なものである。地球にやってきたのは生命の材料なんてチンケなものではなく、生命そのものだった、というのである。細菌の中には放射線への耐性が強いものがあるし、低温化においては紫外線による殺菌効果もキャンセルされる。つまり、最近は宇宙を渡ることができるのだ。

 それどころではない。インフルエンザのようなウイルスも、宇宙からやってきている。DNAの半数ほどはウイルスの遺伝子に由来することを考えると、進化にもウイルスが絡んでいるはずだ。

 パンスペルミア説の最大級に過激な姿がある。これだったらまだ、宇宙塵という膨大な数の中で化学反応がおこることで、まず起こるはずのない生命誕生という奇跡が起こったとする『生命の起源を宇宙に求めて―パンスペルミアの方舟』の方が説得力を持つかもしれない。もっとも、この本にも、その奇跡的に誕生した生命がハビタブルゾーンにある惑星に、それも隕石重爆撃期をくぐり抜けて今に生命を繋いだというのは出来すぎと思うが。

 こうした仮説を裏付ける証拠も無いわけではない。宇宙塵を観測すると、凍結乾燥させた細菌と同じ吸収波長を持つというのだ。単なる妄想として片付けられる話ではない。

 しかし、天然痘やらインフルエンザを宇宙から来たとするのは無理がありすぎる。進化の全てをそれで説明するのも。

 新大陸を破壊し尽くした西欧人達が使った武器の1つが、天然痘だった。免疫の無い先住民たちはバタバタと倒れていった。島によっては全滅したところもある。宇宙からやってきたウイルスが地球上にまんべんなく降り注いだと仮定すればあり得ない現象である。それすら気が付かないほど、私は無知ではない。

 あるいは、1400世代にもわたって暗闇で継体飼育したショウジョウバエは、暗闇への適応を強め、通常の個体と交尾しようとしなかったという。まさか、暗闇で育てたショウジョウバエにだけ選択的に宇宙からやってきたウイルスが感染した、なんて寝言は言わないよね?

 確かに、パンスペルミア説には魅力がある。しかし、まだまだ根拠は薄弱であり、信じるには足りないというのが私の結論だ。遺伝子の変異のスピードから生物の分化の時期を辿れることも、ウイルス進化説には不利だろう。

 しかし、それでもパンスペルミア説は科学足りうる。彗星からのサンプルリターンで、細胞を見つけてくれば良いのだ。だから、このミッションが成功して一定量のサンプルが得られた時に、白黒ハッキリする。だから、それまでは科学である。

 パンスペルミア説が間違いだとしたら、赤い雨の正体は何なのだろう?まるで細胞のようでありながら、リンを含まない(つまり、地球型の生物ではありえない)、しかも細胞壁にはウランを含むという。細菌類が風やら何やらで遥か上空に巻き上げられたのが何らかの理由でまとめて降ったのだろうか?砕け散った波の波濤から、水分が蒸発して塩分が遥か遠くまで運ばれるように、自然現象で十分に説明できると睨んでいるのだが。

 こうやってみると、まだまだ解かれるべき謎は多く残っているのだなと思って嬉しくなる。


関連書籍:
生命の起源を宇宙に求めて―パンスペルミアの方舟 (DOJIN選書36)生命の起源を宇宙に求めて―パンスペルミアの方舟 (DOJIN選書36)
(2010/11/20)
長沼毅

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生物・遺伝・病原体 | 2014/12/06(土) 19:28 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1592冊目 仕事に効く 教養としての「世界史」
仕事に効く 教養としての「世界史」仕事に効く 教養としての「世界史」
(2014/02/22)
出口 治明

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評価:☆☆☆


 本選びにあたってまず間違いなく忌避する"仕事"、それに"教養"(無能かつ無教養なので)が冠されているのに読んでみたのは、他の方のレビューを拝見して面白そうと思ったから。うむ、タイトルで損をしている気がする。

 本書は、ビジネスパーソンたるもの外国人と付き合うこともあるだろう、そうした時に相手の国の歴史を知っていることは役に立つだろう、だから歴史は勉強しておくべきだ、としている。歴史って、単なる趣味でしょと思う私ではあるが、確かにこういう使い方なら良いかもしれない。経営に云々とか言い始めると、人は歴史から学ぶことは出来ないという先人のたどり着いた偉大な結論を思って、それにすら学ばない人々にウンザリする。

 さて、実用的な読書には冷笑的な私ではあるが、著者が世界史を地域史の寄せ集めではなく、世界的なダイナミズムの中で解釈しようという姿勢には共感を持った。

 日本で女帝が生まれたころ、中国では則天武后が権力を握っていた。この2つは独立の事象ではなく、中国における先例があったからこそ、日本も女帝に踏み切ったという指摘はなるほど、と思う。あるいは、中国では暗君がでると革命が起こってそれを駆逐するように歴史が書かれるが、実のところ権力を握った側が自らの正当性を主張するために行うプロパガンダの面がある、とも言う。

 『つくられた暴君と明君 隋の煬帝と唐の太宗』にもある通り、隋の煬帝と唐の太宗李世民のやったことはそう大差がない。朝鮮出兵に失敗したことがその代表だろう。煬帝の作らせた運河は今も重要な水路として役に立っている。随がもっと長く持っていれば、煬帝はインフラ整備を断行した名君と讃えられたかもしれない。

 西洋史についても概括すると同時に、強国がどのような流れで今の姿になったのかを論じている。征服王ウィリアムやら、ヴァイキングの真の姿やらが一冊でまとめて読めるのは有難い。

 ただ、中国に関しては私も少々本を読んできたが、著者の解釈は控えめに言って間違っているところがあるので、どうしても点が辛くなる。舜帝による治水神話を取り上げて、川が氾濫して云々というが、実のところ、治水神話はアジアの広域にわたって見られる。また、黄河が氾濫するのは遥か上流の開発が原因なので、王朝がそこまで強力となってはいなかった古代において、川の氾濫はそんなに深刻ではなかっただろう。むしろ、東南アジア地域との人の行き来を論じたほうが面白かったように思う。ユダヤ人の説明でやっているように。

 と言った感じで、面白い視点もあれば、そりゃあ強引だよと思う点もあるが、これだけのことをまとめきったのはお見事と言えよう。歴史好きは読んで楽しめると思う。


関連書籍:
つくられた暴君と明君 隋の煬帝と唐の太宗 (清水新書 (044))つくられた暴君と明君 隋の煬帝と唐の太宗 (清水新書 (044))
(1984/10)
布目 潮〓

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その他歴史 | 2014/12/05(金) 23:47 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1591冊目 空き家問題
空き家問題 (祥伝社新書)空き家問題 (祥伝社新書)
(2014/07/01)
牧野知弘

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評価:☆☆☆☆


(略)どうもこの空き家問題は、確かに一部は「変わり者」のなせる業であっても、多くは日本社会の構造変革の影響が色濃く出ているように感じられます。「売れない」から流動化できない、「貸せない」から活用できない、そして「解体」したら税金負担に耐えられない、だからそのまま放置されているのです。
(p.161より)


 空き家問題について、著者はこう喝破する。この結論に辿り着くまで、著者は丁寧に数字を用いて、今の日本に何が起こっているのかを説いている。戦慄すべき事実が次々に晒される様に、正直にいって恐ろしさを感じたほどだ。

 なぜ、空き家問題が"構造変革の影響"なのか?それは、急速に進む高齢化と人口減が背景にあるから、である。これによって、土地に価値があるとしてきた日本的な不動産の業態は、むしろ土地が負債になるという変化を抱えてしまうのだ。

 土地を活用する人が居なくなれば誰も投資などしなくなるから、また、土地開発や建設に従事する人が居なくなるから、でもある。つまり、日本という国家が、既に斜陽国家へ向かって転落していっているのだ。本書が空き家問題を通して訴えているのは、まさにそのこと。日本にはもう待ったなしの問題がそびえ立っており、それを無視していては近い将来に破滅的な終局がやってくる、ということだ。

 構造改革やら何やらで貧富の差は広がり、少なからぬ若者が結婚して家庭を築くことすらできないようになっている。また、労働者不足は女性の社会進出を必要とし、それは女性一人あたりの出生率を押し下げる。このような人口減に加えて、移民には強固に反対する人々がいる。では、子供が激減して老人だらけになって、海外から労働力を移入もしないで、どうやって国を保つのか?はっきり言ってしまえば、そんなムシの良い話など存在しないのである。

 今後は医療も不足し、人口減によって地方自治体は壊滅を余儀なくされることが明らかとなっていることを、本書は示している。私のようなアラフォー世代は辛うじて破綻前に死ねるだろうが、子どもたちの世代は悲惨なことになりそうな気がしてきた。終盤で著者が考える処方箋についても書かれているのがせめてもの救いである。

 これからの日本が抱える問題の在処を理解するにはもってこいの一冊。
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ノンフィクション | 2014/12/03(水) 21:50 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1590冊目 新幹線50年の技術史
新幹線50年の技術史 (ブルーバックス)新幹線50年の技術史 (ブルーバックス)
(2014/04/18)
曽根 悟

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評価:☆☆☆


 私にとっては乗り物は移動手段に過ぎず、それ以上の興味は殆ど無い。だから、新幹線の○○系と言われてもさっぱり分からないし、正直、車ですらどこの会社がどんな車種を出しているのかも分かっていない。ベンツのマークも覚えたのは大学卒業する頃、知人の子供(当時幼稚園児だったはず)が車好きで、おもちゃの車を使って解説してくれたのがきっかけだ。

 だから、新幹線だって短時間で目的地へ行くことができること、東海道新幹線なら富士山が見えるということくらいしか知らなかったのである(それなのに、夏に大阪に行った時には本を読んでいる間に富士は過ぎていた)。それでも技術を謳われると読んでみたくなるのは人情というものではないか。

 営業開始以来50年に渡って、新幹線は乗客の死者ゼロという大変な記録を維持し続けている。だから安全であると思ってきたし、世界の最先端の技術を持っているものだと思ってきたのだが、本書によればそれは誤った考えのようだ。

 まず、新幹線は戦時中の弾丸特急構想に始まることは意外であった。しかも、だからこそ中国が日本の技術を移入しやすかったというのも。誕生当初は重量オーバーだったり、パンタグラフと電線が共振を起こして不具合多発だったなんてことは、アラフォー以上の年代の、新幹線は定刻発車が当然という時代に生きている人には想像も付かない世界だろう。

 どうしてこのようなことになったのか?また、どうやって問題を解決してきたのか?本書はその技術的な背景を追いかけている。

 新幹線は世界で最初の高速鉄道だ。だからこそ、弱点の洗い出しが十分ではなく、今では世界の高速鉄道に大きく後れを取っている点も少なくない、と指摘されている。具体的に数字を出して批判なので、説得力に溢れている。そのまま破竹の勢いで、著者は今の日本の高速鉄道のあり方も批判している。曰く、乗客の利便性よりもやりやすい方向に流れてしまったために、技術的にも後れを取っている、と。

 事故ゼロ以外の根拠も無しに、新幹線は優れていると思ってきたのは誤りだったようだ。運用会社は、こうした批判をきちんと受け止めて、より利用者に沿った運用をして欲しい。世界は、幾つかの技術において既に日本を追い越している。それを認めて、学ぶべきだ。そして、自分たちの強みを活かせば、より良い世界が待っているように思う。

 新幹線という、高速輸送を実現する技術面について広く浅く教えてくれているので、そちらに興味がある方は楽しめるだろう。鉄道に興味がある方へは、車両タイプごとにどのような特長があるのかについても解説されているので、安心して欲しい。
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技術 | 2014/12/01(月) 23:40 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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