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Author:Skywriter
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1063冊目 機長の「失敗学」
機長の「失敗学」機長の「失敗学」
(2003/04)
杉江 弘

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評価:☆☆☆☆


 1985年8月12日、尾翼の破壊により操縦が全く効かなくなった日本航空123便が御巣鷹山に墜落、乗員乗客合わせて540人が亡くなる大惨事となった。これは単独の飛行機事故としては現在も世界最大の事故である。

 本事件については色々と痛い陰謀論がある。曰く、自衛隊が訓練で使用していた標的が尾翼を破壊し、事故を隠蔽するために御巣鷹山まで誘導、ミサイルで破壊したというのだ。生存者はアーミーナイフで殺害された、という自衛隊を貶めるのもここに極まるようなものだ。嘘だと思われるなら、こちらの検索結果からリンクを辿ってみて欲しい。頭が痛くなること請け合いだ。

 陰謀論に致命的なのは、公開されたボイスレコーダーの記録に自衛隊機の存在を示すものが何一つ存在しないことだ。だが、尾翼が破壊された際に急減圧があったかなかったか、等の陰謀論の基幹となっていることには議論すべき点もある。本書は、陰謀論を批判しつつ、事故で何が起こっていたのかを明らかにしようとしている。

 何故か。それは、類似の事故が発生した時に、生存の可能性を少しでも高めようとしてのことだ。

 現に、ユナイテッド航空232便不時着事故や、アメリカン航空96便貨物ドア破損事故のように、尾翼が破壊されて操縦ができなくなりつつも、左右のエンジンを非対称に使用することで左右の、強弱によって上下のコントロールを行い、墜落には至らなかった事例があるのだ。特にドア破損事故では、マコーミック機長が過去にこのような場合に備えて訓練をしていたことが役に立っている。

 死者の行動を批判するなんてとんでもない、という情緒的な反発はあるかもしれない。しかし、それでは失敗を活かすことができない。それよりも、後出しじゃんけんであろうとも、このようなときには何ができるのかを冷徹に見つめ、以後の教訓とする方がずっと良い。

 このような観点から、123便墜落事故に加え、自らが体験したエンジン出火による離陸中断、コックピットでの火災発生のようなヒヤリ、ちょっとした気配りでできる遅延の回避策など、提言が非常に多い。

 読者のほとんどは航空関係者ではないだろうから直接の役に立つことは少ないだろうが、この心意気、つまり失敗から貪欲に学ぶこと、成功を収めるために普段からなにをやって置かなければならないのか、何を準備していれば良いのか、といった点は勉強になる。加えて、新たな事実を教えてくれるというノンフィクションとしての魅力もある。読み物としても優れた一冊。


関連書籍:
失敗学のすすめ (講談社文庫)失敗学のすすめ (講談社文庫)
(2005/04/15)
畑村 洋太郎

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ノンフィクション | 2012/06/30(土) 20:52 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1062冊目 イワン・デニーソヴィチの一日

イワン・デニーソヴィチの一日 (新潮文庫)イワン・デニーソヴィチの一日 (新潮文庫)
(1963/03)
ソルジェニーツィン

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評価:☆☆☆☆


 ソルジェニーツィンは、独ソ戦(ソ連側の呼称は大祖国戦争)の最中、友人に送った手紙でスターリンを批判したとして8年の懲役刑を課された。

 当時のソ連における懲役刑は、我々が思い浮かべるような、ある意味平和なものではない。シベリア抑留と同じことが行われていたのだと言えばその酷さが分かろうというもの。

 極寒、乏しい食料、不十分な燃料、それなのに休息など与えられずに過酷な労働が続く。本書はイワン・デニーソヴィチが強制収容所で過ごす1日を描き出した小説である。

 前述のとおり、著者がラーゲリを経験しているからこそ書ける小説だ。僅かな食料を巡っての諍い、ほぼ絶無に近い娯楽である、喫煙を巡る遣り取り。酷寒の中の仕事。そして、刑期を勤めあげたとしても自由の身になどなれるはずもないという絶望。

 共産主義は、人々を幸せにしようと夢見ていたはずだ。それなのに、共産党がもつ支配原理は、社会全体を悪夢へと追いやった。それこそが歴史の皮肉であると言えよう。本書の恐るべき内容が、誇張ではなくしっかりとした事実に基づくことこそが悪夢としか感じられない。人の最大の脅威は、やはり人なのだ。

 ラーゲリの実態を明らかにした、歴史的な意義を持つ一冊。この悪夢が日本を覆わなかったこと、そして多くの社会ではこうした圧政がすでに過去のものになっていることに感謝。


関連書籍:

収容所群島(1) 1918-1956 文学的考察収容所群島(1) 1918-1956 文学的考察
(2006/08/03)
ソルジェニーツィン

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その他小説 | 2012/06/27(水) 23:52 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1061冊目 科学と非科学の間
科学と非科学の間 (ちくま文庫)科学と非科学の間 (ちくま文庫)
(2002/08)
安斎 育郎

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評価:☆☆☆☆☆


 著者の安斎さんは、JapanSkepticsの会長を務められたこともある人物。その過去から分かる通り、オカルトに対して懐疑的な立場の方だ。その著者が、世に蔓延る誤った考えについてどう考えるべきかを説いているのが本書。

 科学ではまだまだ解けないことが世の中には沢山ある。科学者の多さを考えただけでもそれは分かる。だからといって、自分では理解できな現象に出会った時、神だとか霊魂だとか宇宙人だとか超能力といった類の人智を超えた存在に答えを求めるのは間違いだ。それは、知らないことを知らないもので説明しようとしているに過ぎず、根本的な理解には至らないから。

 かといって、例えば霊魂は存在しないと拒否することもまた、科学のあり方とは異なるように思う。なにせ、死後の世界があり得ないことの決定的証拠は存在し得ないからだ。無いものを証明するのは悪魔の証明であり、せいぜい霊魂はあるという主張の根拠が誤っているという指摘しかできないのだ。

 一方で、仮に神やら霊魂やら宇宙人やら超能力(ひっくるめてオカルトと呼ぶこととする)が確かに存在するのであれば、その解明は明らかに科学が果たすことのできるものだ。なにせ、客観的に存在が認められるものについて分析していくのが科学なのだから当然だろう。

 そうした点で、占星術や血液型占いといったものもだって、科学の対象になり得る。そして、既にこれらの占いが現実に合わないことが明白になっている。

 私が思う問題は、血液型占いが余りにも社会的に広く受けいれているがために、それが事実であるように思われ、差別にまでつながっていることだ。血液型のせいで就職差別に遭うようなことまであるとなれば、問題は深刻と言わざるを得ない。差別問題以外の何物でもない。本人にはどうにもならない特性で、しかも合理性のないことで人を区分けしているのだから。

 こうした不合理な考えが社会問題にまでなることは、残念ながら少なくない。オウム真理教に代表されるような、カルト宗教の害は国内外を問わず世界的な問題である。或いは、健康被害に遭う人々が後を絶たないこともある。

 だから、科学と非科学の境界をしっかり知って、非科学で済ませるべきところ(例えば自分はどう生きるべきか)と、科学に任せるべきところ(例えば進化論は正しいのか)とをはっきり分け、科学で判断すべき事柄に非科学を紛れ込ませないようにすることが必要だ。

 本書は平易な語り口と、一方的な決めつけに堕すことのない冷静な視点で、科学と非科学がどう住み分けるべきかを説いている。科学では解けない謎があると思っている方も、実はこんなことまで分かっていたんだと、逆に面白く思えることも多いのではないか。科学が拓いてきた知の地平は、明らかになった事実そのものも、発見に至るまでのドラマも面白い。それを多くの人に知って欲しいと思わずに居られない。

 それが、このヘボブログのレゾンデートルでもあるし。

関連書籍:
人間この信じやすきもの―迷信・誤信はどうして生まれるか (認知科学選書)人間この信じやすきもの―迷信・誤信はどうして生まれるか (認知科学選書)
(1993/06)
トーマス ギロビッチ

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反疑似科学・反オカルト | 2012/06/24(日) 01:01 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1059冊目 & 1060冊目 ブラインド・ウォッチメイカー―自然淘汰は偶然か? 上下

ブラインド・ウォッチメイカー―自然淘汰は偶然か?〈上〉ブラインド・ウォッチメイカー―自然淘汰は偶然か?〈上〉
(1993/10)
リチャード・ドーキンス

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ブラインド・ウォッチメイカー―自然淘汰は偶然か?〈下〉ブラインド・ウォッチメイカー―自然淘汰は偶然か?〈下〉
(1993/10)
リチャード・ドーキンス

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評価:☆☆☆☆☆


 例えば、目。この複雑な器官がどうやって生じたのであろうか?その答えが進化であることは疑い得ない。その先に興味がある方なら、遺伝子に突然変異が生じたことだとか、自然淘汰に拠るものだ、と思われるかもしれない。

 ところが、この正しいとされている理論に疑いを挟む人々がいる。近年では信仰に基盤を置きながら宗教色を隠蔽したインテリジェント・デザイン等という迷妄が無視し得ない勢力となっているのだ。産経新聞がこの妄想を肯定的に取り上げたこともその一例であろう。空飛ぶスパゲッティモンスター教なんていうどうしようもないものが生み出されてしまったのも、IDのような妄説が力を持ってしまったためだ。パロディによってそのバカバカしさを相殺するしかないというのは、理性の敗北である。

 こうした無知と強引さが結びついたものも問題だが、突然変異と進化、自然淘汰と進化、突然変異と自然淘汰を結びつける時に誤った方向に進んでしまう人もいる。

 ドーキンスは鋭い舌鋒でこうした誤った論理を斬って斬って斬りまくる。

 進化がどれほど力をも持っているか。その一例として目を取り上げている。一部の反進化論に属する人々は、単純な、ランダムな進化では目のような複雑な器官は誕生し得ない、と主張する。目の機能は僅かに損なわれただけでその役割を果たせなくなるのだから、目という完成形を目指して進化してきたに違いない。そして、その進化を導いた存在があるはずだ。これがIDと呼ばれる妄想。

 しかし、そうではない。僅かでも、例え光の来る方向を知るだけでも役に立つ。であれば、まずは光を感じるだけの存在だった目の原型が、今のこの精巧な器官に至るまで進化によって改良を重ねられるのは不自然なことではない。しかも、生物界を見渡せば、目には様々な形態があるのだ。

 例えば、昆虫の複眼。あるいは、ピンホールカメラの原理を用いるアンモナイトの目。これらは我々哺乳類の視覚とは全く異なる。そして、彼らの目もまた、驚くほどに完成されている。この、完全に異なる幾つものデザインと、現在見られる完成形に到るまでの中間形態が数多見られることは、目がもどかしいほどの進化を辿って今の姿になっていることを示している。

 そして、光が差し込まないところでは、一度手に入れた目すら維持にかかるコストが無視できないために放棄される。

 進化の凄さ、面白さを多くの事例を取り上げることで示しているので、読んでいて知的好奇心が刺激されること請け合いである。そして、ダーウィン進化論以外の様々な仮説を取り上げ、その間違いを指摘するので、なぜ現状で最も力を持った仮説がダーウィン進化論なのかが理解できる。時にコンピューターシミュレーションを用いての議論に関心もさせられる。読むのがとても楽しい本だった。興味を持たれた方は、ぜひこの楽しさを共有して欲しい。



関連書籍:

眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く
(2006/02/23)
アンドリュー・パーカー

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生物・遺伝・病原体 | 2012/06/20(水) 23:34 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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1058冊目 ドキュメント戦艦大和

ドキュメント戦艦大和 <新装版> (文春文庫)ドキュメント戦艦大和 <新装版> (文春文庫)
(2005/10/07)
吉田 満、原 勝洋 他

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評価:☆☆☆☆☆


 1945年4月7日、沖縄へ海上特攻へ向かった第一遊撃部隊(旗艦は戦艦大和)は、米軍機動部隊による航空攻撃を受け、壊滅的な打撃を被る。戦艦大和、巡洋艦矢矧、駆逐艦浜風、朝霜が沈没。これにより、日本海軍は海上作戦を実行する部隊を失った。

 この結果は意外なものではない。既に、海上決戦の帰趨は航空機が担うことは明白だった。だが、既に日本海軍には空母は無く、場所の制限から陸上からの航空支援も受けられなかった。第一遊撃部隊が沖縄へ辿り着くと考えている者など誰もいない。それが現実だったのだ。

 それなのに、何故大和は出撃したのか。

 絶望的な戦いを、大和はどう戦ったのか。

 乗組員たちは何を思い、どう行動したのか。

 日米を問わず多くの資料と大和生存者を含む多数の証言を渉猟し、事実に語らしめる手法によって大和の最期を淡々と描き出している。それが逆に迫力になっている。時に相互に矛盾するあるいは食い違いを見せる証言は、この巨大戦艦が受けた攻撃の激しさと執拗さを表現して余り無いだろう。

 それはまた、死地に赴く人々についても同じである。後世の日本のためにも出撃すべきだとの持論を通すべく奔走した神参謀、死に場所を与えられたとして出撃を受け入れた伊藤中将、艦を降りるチャンスがありながら望んで残った兵士たち。彼らの覚悟には素直に頭が下がる。

 一方で、特攻することもなく、特攻を命じる立場にもない人々が特攻を称揚していたとの証言には苦い思いを感じずにはいられない。その人々のロマン主義によって、死ぬ必要のない多数の人々が死んだ。大和だけで戦死者は3,000人を越した。誰も成功を予期しない、そして予想通りに失敗に終わった作戦で。

 軍事的合理性から見たら無意味な行動だったという事実が、今も大和に多くの人が悲劇を感じる所以ではないだろうか。その大和の姿を能う限りのところまで再現した本書は貴重である。


 一方で、兵士たちが軽口を叩き合うシーンなど、思わず笑顔が出てしまうようなやり取りもある。やられる側でありながら、アメリカ軍の航空隊の勇気を褒め称える言葉も多い。そして、死を考える暇もなかったとの証言が多い。こうした、複雑なありようこそが人間の存在の複雑さなのかと感じた。一見些細にも見えるこのようなことまで多数収録したから、複雑な全体像を再現しているような、見事なドキュメントとさせているのであろう。
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ノンフィクション | 2012/06/14(木) 22:37 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1057冊目 「非国民」のすすめ

「非国民」のすすめ (ちくま文庫)「非国民」のすすめ (ちくま文庫)
(2007/07)
斎藤 貴男

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評価:☆


 うーん、この人はこの国をどうしたいんだろう。

 こんなことを言うのは憂国の士だとか愛国心だとかといった立場じゃなくて(正直、憂国も愛国も私のスタンスとは違う)、いろいろなことに憤る著者の、その言葉に説得力が欠けているからだ。

 国民総背番号制、ゆとり教育、石原都政、とにかく著者は怒っている。

 でも、どうにも筋違いと感じられる。

 ”禁煙ファシズム”等と唱えているのもそうだが、どうにも反対のための反対に思われてしまう。国民が健康であることは、健康な労働力の確保という視点から国家の利益であることは当然だ。しかし、例えば糖尿病になれば、個人は四肢の壊死や失明のリスクを抱え、不自由な生活を強いられる。肺癌となれば死のリスクがある。それらが事前に防がれるのは、国家のためでもあるけれども、個人のためにもなる。これはゼロサムゲームではないので、国家の利益=個人の損失、とはならないではないか。

 国民総背番号制については、著者はこんなことを書く。

 ――待望の赤ちゃんを授かったばかりの夫婦がいる。一生懸命に考えた名前とともに、かれらは町役場に出生届を出した。窓口にいた旧知の役人は親切で、第一子の誕生を心から喜んでくれた、だが、しばらくして役場から届いた封書には、赤ちゃんに割り当てられた十一桁の住基コード(番号)が刻印されていた。
 愛しいわが子は、この国にとっては番号なのである。心や魂を持った人間ではない。単なる番号として扱っても良い存在としか見なされていなかったのだと、夫婦は初めて気づかされた。
(P.84より)


 では、国をあげてその子の誕生を祝わなければならなかったのだろうか。私は、私の子供が国をあげて誕生を祝われたら、そちらのほうが遙かに気持ちが悪い。

 国が、その子という人間を把握するのにおいて、固有の番号を用いることは人間性を無視することにはならない。私だって過去多くの番号を持ってきた。学籍番号なり、社員番号なり。それらは、学校なり企業なりが情報を一元管理するのには役だっただろう。だが、一方で、私は特に蔑ろにされてきたわけではない。希望を言えば叶えてもらえることもあったし、それがなかったとしても配慮はしてもらってきた。管理に番号を使うことは、同姓同名の別人と自分を区別する手段にもなる。

 問題なのは、個人が番号として規定されることではない。本来なら結びつけるべきではない、思想信条や信仰や病歴といったプライバシー情報が国の管理する番号と結びつくこと、集められた情報が特定の企業や集団を利するように使われないこと、そして情報が漏洩しないこと、だ。

 残念ながら、本書をどれほど読んでも問題の的確な分類はされていないし、その問題点もきちんとは述べられていない。情緒的というか、上記のようなヘンな文章が延々と続くだけなのだ。

 そうした点で、いちいち著者にツッコミを入れながら読みこめば、今の社会について考える格好の切っ掛けになるのは間違いない。

 国民総背番号制が導入されれば「その時になって、この国に住む人間は権力に隷属し、支配されるだけの人生を甘受するしかない運命なのだと知っても、もはや手遅れである」(P.73)なんて類の短絡さを見て取り、どこに粗雑さがあって、そして本当の問題がどこにあるかを考えれば、きっと本書を読む意義はある。少なくともそう思いたい。


 怒っていながらも情報は広く集め、思索を重ねるジャーナリストはきちんと居る。個人的には、著者の本を読むより日垣隆さんの著作に触れるほうが、得られる情報や社会のおかしさについての認識に圧倒的な深みがあると思う。
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ノンフィクション | 2012/06/11(月) 21:34 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1056冊目 超・怪盗入門

超・怪盗入門 (角川文庫)超・怪盗入門 (角川文庫)
(1993/11)
清水 義範

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評価:☆☆


 会社を首になったついでに高校時代からの腐れ縁である友人と訪れた温泉。ちょっとした愚痴ついでに、辞めた会社の社長が抱え込んでいる金を盗もうか、などと他愛もない(?)話に興じていたところに現れたるは1人の美女。温泉には美女が付き物ですよね。でも、実際の温泉には20年前にはもしかしたら10人前くらいだった可能性も否定はできないという女性の棲息するそこはかとなく怪しい雰囲気のお店こそが憑き物だったりするわけなんですが。

 閑話休題、この美女は何とも抗しがたい、魅力的な話を持ちかけてくる。その誘いにより2人が入社したのは泥棒を専門とする会社。

 彼らに与えられたミッションは、記念金貨に使う金を大蔵省から盗み出してしまおうとする、気宇壮大な計画だ。

 何のための金貨なのか、どうやって盗み出すのか、といったプロットは中々に面白い。一方で、テリーマン的な状況説明に終止する会話に意気消沈。そんな感じで浮沈を繰り返しながら、最後の最後、金塊に辿り着くところは流石に盛り上がる。

 ただ、やっぱりこの人の文章の魅力は、緻密な構成というよりは軽妙な語り口にあると思う。なので、こういうストーリーには向いていないのではないかと思わされた。それは状況説明的な会話だったり、おいおい、若い女性でそんな言葉使う人なんて居るのかね、といったセリフ回しだったりする。『
国語入試問題必勝法』がその代表と言えよう。


 そんなわけで、真面目な(?)金の劫奪ものを読みたいのであれば、『
黄金を抱いて翔べ (新潮文庫)』をお勧めする次第です。

 
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推理小説 | 2012/06/06(水) 22:27 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1055冊目 老ヴォールの惑星

老ヴォールの惑星 (次世代型作家のリアル・フィクション ハヤカワ文庫 JA (809))老ヴォールの惑星 (次世代型作家のリアル・フィクション ハヤカワ文庫 JA (809))
(2005/08/09)
小川 一水

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評価:☆☆☆


 SF作家・小川一水さんの初の短篇集。収められているのは、『ギャルナフカの迷宮』、『老ヴォールの惑星』、『幸せになる箱舟』、『漂った男』の4編。

 『1984』的な全体主義社会の下、地下迷宮で懲役刑を過ごさなければならなくなった教師テーオ。与えられたのは丁度1日に1人を養えるだけの、キノコのような食料が自生する場所と、水場の書かれた地図のみ。だがそこには、同じ境遇でありながら、タンパク質への渇望からマンイーターとなった者たちが居た。そのため、囚人たちの間には極度の緊張があった。テーオはこの牢獄でどう生きるのか、という『ギャルナフカの迷宮』。

 ホット・ジュピターに生まれた奇妙な生命体の不思議な生態を描く表題作『老ヴォールの惑星』。宇宙人とのファースト・コンタクトの模様を描いた『幸せになる箱舟』。そして、陸地の無い惑星に不時着したパイロットが、命の危機は全くない広大な地平(水平、と言うべきか)で、たった一本の通信回線のみを頼りに行き抜く『漂った男』。

 どの物語にも奇抜なアイディアが織り込まれている。

 例えばホット・ジュピターで生きる生命体なんて、実際に存在するとは思えないが、それでも彼らが生きられる条件と、過酷な環境から導かれる彼らの生態にはかなりの思索が重ねられていることが感じられる。(それでも一代限りの生物がここまで器官や知性を発達させたことはご都合主義でしかないが)


 勿論アラはある。それが気にならないかといえば嘘になる。それでも、この見事なストーリーテラーの紡ぐ物語には、アラを覆い隠すだけの面白さがある。

 個人的には『漂った男』の孤独感と、彼を取り巻く人々の心の移り変わりにはかなりリアリティがあって、一気に読むはめになってしまった。寝なきゃいけなかったのに。

 SFが好きな方には堪らないであろう一冊。
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SF・ファンタジー | 2012/06/04(月) 23:47 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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1054冊目 ドキュメント 女子割礼
ドキュメント 女子割礼 (集英社新書)ドキュメント 女子割礼 (集英社新書)
(2003/09/17)
内海 夏子

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評価:☆☆☆☆


 本書の積ん読は長かった。出版されてさほど経たないうちに入手していたのだが、その信じ難い行為と、その行為がもたらす凄まじい苦痛を思うと手に取る勇気が出なかったのである。

 女子割礼とは、アフリカを中心として行われる、女性器の切除のこと。切除の範囲によって、3タイプに分類されている。その内容は下記の通り。

タイプ1:クリトリスの一部または全部
タイプ2:クリトリスと小陰唇の一部または全部
タイプ3:クリトリスと小陰唇と大陰唇の一部または全部の切除に加え、膣を縫い合わせる

 男性のペニスと女性のクリトリスは発生学的に同じ起源を持ち、それ故に同じだけの敏感さと性的快楽をもたらすものだ。それを無理やり切除してしまうというのだから、その乱暴さは想像を絶するものがある。

 それにより、女性は性的快感を持つことが困難となる。それでも性欲は残るし、配偶者からは求められる。残酷さは切除の時だけではなく、その後も継続することが分かるだろう。

 この風習は、女性が中心となって引き継がれている、と本書を読んで知った。私は保守的な男性が強制しているイメージがあったのだが、自らも割礼を受けて苦しんだ人々が、自分の娘にその負の遺産を引き継がせるのは理解を超えていたのだ。しかし、本書を読めば、割礼を受けることは女性が成人と見なされる儀式であり、それは一種の祝いを兼ねており、そしてなによりもコミュニティに入るための通過儀礼であると知れば頷ける。

 本書はこの女子割礼の姿と背景を余すところなく描き出している。2000年以上の歴史は宗教とも結びついて、廃絶が困難な状況となっている。

 私は文化相対主義に依って「女子割礼も他の文化であり尊重されるべき」などと唱える人々には与しない。特定のグループが、本人の意志に関わらずに肉体を損傷させられたり、社会的に抑圧を強いられるのは、他文化のことであったとしても、尊重などしたくない。特に、割礼のように、それを無くしたからといっても文化のオリジナリティが損なわれるわけではない場合には、特に。

 だから、本書の後半、女子割礼を廃止するための努力には胸が熱くなった。先進国の人間が現場に乗り込んで強制的に止めさせることはできない。それでは文化侵略と思われ、不要に反発を大きくしてしまう。だから、現地の人々を中核に据えての防止活動を、私は強く支持したい。

 女子割礼という、問題の多い制度についてまとめて知るにはうってつけの入門書。


※ただ、こうした努力の先で、社会的な圧力が無くても、自分自身の意思で割礼を受けたいという女性が居るなら、私はそれを止めることはしない。私が反対なのは、あくまでも社会的な強制が存在するためだ。
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ノンフィクション | 2012/06/01(金) 20:56 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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