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Skywriter

Author:Skywriter
あまり一般受けしない本ばかりが好きと言う難儀な管理人です。
お勧めした本を面白いと思ってもらえると最高です。

BK1書評の鉄人31号。
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955冊目 甲骨文字の読み方
甲骨文字の読み方 (講談社現代新書)甲骨文字の読み方 (講談社現代新書)
(2007/08/17)
落合 淳思

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評価:☆☆☆☆


 これ程までにタイトルが中身を示している本も珍しいだろう。何がって、本書は文字通り、甲骨文字を読むにはどうしたら良いかを教えてくれているのである。

 甲骨文字が使われていたのは、殷の時代。今から3000年以上前である。この時代、亀の甲羅や骨に刻まれた文字が、後に漢字へと変貌を遂げていった。だから、甲骨文字は漢字のご先祖様であり、それ故に我々にもこの時代の文字を読むことが可能となる。もう一つ。甲羅も骨も、文字を刻める面積が少ない。そのため、文法が複雑化していない。だから、高校で習ったレベルの漢文読解力があれば、甲骨文字は読める!と著者は指摘する。

 その思いに従い、甲骨文字を読むために必要な知識が順に説明されていく本書は、甲骨文字を読むための講義になっている言っても良い。

 3000年以上の長い時間を変化せずに伝えられてきた文字もあれば、原型を留めぬ文字もある。とりわけ、なぜ原型を留めないことになったのかという説明は、そのまま文字の発展する様を示していて面白い。こうして幾つかの文字を読めるようになれば、後は漢文の読み方を当てはめれば良い。

 最初に甲骨文字の説明があった後は、残る分量の半分で甲骨文字が今のどの字になるかの解説、残った半分が文の構成とその読み方、といった感じ。漢字に興味が有る方も、歴史に興味が有る方も、漢字の歴史に興味が有る方も楽しめそうな本になっている。なかなか利用する場はないだろうが、博物展に行く前などに読んで知識を持っておく、ということには有効と感じた。
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中国史 | 2011/07/28(木) 22:33 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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954冊目 新編 軟弱者の言い分
新編 軟弱者の言い分 (ちくま文庫)新編 軟弱者の言い分 (ちくま文庫)
(2006/11)
小谷野 敦

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評価:☆☆☆☆


 もう書くのが何度目か分からないけど、やっぱりエッセイは博識な人のものが良い。ひとつの話題を取り上げる際に、その背後にどれだけ知識の広さと深さがあるかによって、面白さは大きく左右されるから。そういう点において、著者には満点が与えられて良い。ついでに、著者はかなり濃い人格の持ち主である。ケンカっぱやく、嫌煙権をバカにし、(ついでに低学歴もバカにしているっぽい)、モテナイ男を自称して恋愛は誰にでもできるというのは妄想だと主張する。

 こういった、濃い人格と歌舞伎や相撲と言った古典が好きだったり、落研に入っていたりするのがバックボーンを広げている。ついでに大のアルコール嫌い。

 嫌煙権についての無茶な話は、論争から逃げるといった、ちょっとイタダケナイ点もあるようdが、まあ、疫学的に圧倒的な証拠がある喫煙の害を無理に無いことにしようとするのだから多少の無茶は仕方ないだろう。

 まあ、酒が大嫌いで、公衆の面前で飲むようなヤツは取り締まれ的なことを書く一方で、タバコを禁止するのはファシズムだ、というのをどうバランス取っているのかは疑問。私にはダブルスタンダードに見えるが。でも、その場の無茶っぷりはそれなりに楽しいので、読むのは面白い。

 で、特に面白かったのは書評。どの本がどう面白いのか、というのがやっぱり基本だけど、書評を書くに当たって、読んだは良いが書評にはしなかった本も記載されているのが利点。どれがダメで、ダメな理由はなにかというのが分かると、読む参考になる。ダメとしている理由に賛同できるかどうかは別だが。まあ、その中で、ウルトラマンネタが結構あったりする(例えば『ダン―モロボシダンの名をかりて』)のが微笑ましい。子供時代のヒーローだった彼らの本を読んでみたくなってしまった。

 困ったのは、紹介されている本が面白そうなこと。と言っても、初出が10年前、書評を連載していたのはその更に前となると、読みたくても手に入るかどうか。ベストセラー以外の本を好む身には、今の出版状況(ベストセラー以外はすぐ消える)は好ましくないなあ。こういう本こそ電子書籍化して、価格を大幅に下げれば良いのに。再販制度の抱える問題も無いのだから、この点ちょっとは考えて欲しい。いずれにせよ、山と抱えた未読本が更に高くなりそう。


関連書籍:
もてない男―恋愛論を超えて (ちくま新書)もてない男―恋愛論を超えて (ちくま新書)
(1999/01)
小谷野 敦

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帰ってきたもてない男 女性嫌悪を超えて (ちくま新書 (546))帰ってきたもてない男 女性嫌悪を超えて (ちくま新書 (546))
(2005/07/06)
小谷野 敦

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エッセイ | 2011/07/25(月) 22:27 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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953冊目 スピリチュアルの冒険
スピリチュアルの冒険 (講談社現代新書)スピリチュアルの冒険 (講談社現代新書)
(2007/07/19)
富岡 幸一郎

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評価:☆☆

 オウムの教訓を忘れたマスコミが、それまでオカルトと名乗っていたものをスピリチュアルと装いだけ変えて莫迦げた番組を作り続けているらしい。私としては、なぜ霊的なものを求めなければならないのか理解できない。だから、そのなぜに答えてくれるかも、と思って読んでみた。

 が、本書はドストエフスキーとか埴谷雄高といった内外の小説論になっていて、本は読むけど文学はほとんど読まない私にはイマイチそそられなかった。小説の評論は、ある種”言った者勝ち”的なものがあるので、ああ、そういう見方もあるのね、くらいの受け止め方が良いのだろうが、元の小説を読んでいなければ受容も何も無い。文学好きが読めば、あの設定の裏にはこういう事情があったのか!的な驚きがあったかもしれない。

 また、著者は精神的な紐帯と言うか統一感といったものが国には必要なのではないか、というような意識を持っているようで、どうしてもそこが受け入れられそうに無い。どんな感性だろうと思想だろうと持つのは自由であり、全ての人間がOOすべき、というのは私には気持ち悪いのである。私が全ての人間は~と言う時には、せいぜい殺人を犯すべきではないとか、事故に遭わないで欲しいといったレベルのものにすぎない。だから、強い違和感を感じてしまった。

 ともあれ、小説読みにとっては、小説内における霊性の扱いの変容を見ることができるのは魅力ではないだろうか。それと、評価される小説には、骨格がしっかりできているからなのだろうと思った。次に小説を読む時には、そうした目で見てみようと思う。
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評論 | 2011/07/22(金) 22:36 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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952冊目 へんな兵器―びっくり仰天WW2戦争の道具
へんな兵器―びっくり仰天WW2戦争の道具 (光人社NF文庫)へんな兵器―びっくり仰天WW2戦争の道具 (光人社NF文庫)
(2009/12/30)
広田 厚司

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評価:☆☆☆


 二次大戦は総力戦であった。それ故に、兵器開発にもあらゆる可能性が模索され、レーダーや原子爆弾と言った、それまでの概念を覆すような兵器が生まれてきた。

 しかし、どんなものでも一直線に凄い発明に至るわけではない。紆余曲折があり、成功があり、失敗がある。それらの中には、後世になってから見直してみると「なんだこりゃぁぁぁ!」とでも言いたくなるものもあるし、時代を先取りしすぎていて当時の技術では無理だったというものもある。そんな、ちょっとヘンな兵器を紹介しているのが本書である。

 例えば、上空高く火炎を放射して敵戦闘機を攻撃するという兵器。確かに遥か上空まで炎は上がったと言うが、飛行機は猛スピードで火を通過してしまうので実効は無かっただろうという。あるいは、ナチスが開発していた円盤兵器。こいつはオカルト好きが”ナチスのUFO”とかなんとか言って取り上げるので、オカルトに多少なりとも興味がある方には知られている。あるいは、銃身が曲がった銃。これは完全に遮蔽物に隠れながら攻撃ができるという優れもの。如何せん、すぐに銃身が壊れてしまう(そりゃそうだろう)といった欠点を解決できなかったそうな。

 奇妙なアイディアの数々が載っているだけではなく、後半には実用に供されたものも出てくる。赤外線を利用した暗視装置やレーダー網といった、当時最先端の技術がそれ。連合軍、枢軸軍それぞれが知恵を振り絞って勝利を目指したことが分かってくる。

 こうした努力の一環を見ることができるのが魅力。


 ただ、校正甘いよ、なにやってんの!?の思ったところが少なくないのが残念。主に”が”の使い方で、逆接で使うようでありながら順接で使うところ。これは私もジョークで使うことはあるのだが、シリアスな文章でやるのはどうだろう。例えば携行対戦車兵器で出てくる文章はこんな感じ。

(略)成型炸薬を用いたもので、砲弾に四枚の尾翼を備えて飛翔の安定を図った、距離一〇〇メートルで六~九センチ厚の戦車車両の走行を貫通する能力があった。
P.28より


 私だったら、こうした”が”の使い方では逆接と受け取られる可能性があるため、別の書き方をするだろう。例えば飛翔の安定性について一つの文章とし、威力については別の文章に纏める。「飛翔の安定性を図った結果、命中精度が高く評価が高かった。威力としては距離~」といった感じに。書いている側は夢中になって書いてしまうので、校正係りの出番だと思うのだがなあ。
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太平洋戦争・二次大戦・現代史 | 2011/07/20(水) 21:34 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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951冊目 なぜケータイ小説は売れるのか
なぜケータイ小説は売れるのか (ソフトバンク新書)なぜケータイ小説は売れるのか (ソフトバンク新書)
(2008/02/16)
本田 透

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評価:☆☆☆


 いや、別にケータイ小説に興味は無い。その昔第3回日本ケータイ小説大賞、TSUTAYA賞、JOYSOUND賞のトリブル受賞を果たしたとされる、『あたし彼女』なるものを序盤だけ読んだことがあるだけ。その時には、余りに稚拙な文章と語彙の少なさとありきたりっぽい雰囲気に、わずか数ページで挫折しました。なにせ、googleで検索しようとすると、”あたし彼女 現代語訳”なんて候補が出るくらいなので、その文章、推して知るべし、です。そうは思いつつ、『電波男』の本田さんが書いているので読んでみた次第です。

 文壇やら何やらの無視はどこ吹く風、ケータイ小説もそれなりに売れている、という。何で?その齟齬はきっと、物が売れる理由を考える人(この場合、既存の小説読みと言って良い)と、ケータイ小説を読む層が全く被っていないことにあるだろう。読む層は筋道立ててどこが面白いのかを伝える力と場を持たず、その力と場を持つ側はケータイ小説を読む気がない。それが不幸であると言える。

 蛮勇を奮ってそこへ切り込むのが著者。人のできないことをやる。そこに痺れることはないし、憧れもしないのだけど、勇気は買う。ともあれ、著者は売れたケータイ小説を何作も読み、その上で何故売れたのか、理由を探っている。

 どうやら、売れているのは実話系とでも言うべき、ケータイ小説の著者が自分あるいは周りの人が経験したことを書いているものが中心らしい。そこにあるのは、恐ろしくワンパターンで閉塞した感じがする、と著者は指摘している。

 セックス、薬物(と言ってもせいぜいシンナー止まりらしい)、カレあるいは自分の病気とそれに続く死と言った、悪徳と不幸。それが実話として成り立つとは思えないし、実際のところ、エイズの病気の進行についても全く調べてなどいないのだろうなと思わされる。逆に、そのそこの浅さが受けているのかもしれない。そして最後は”本当の愛に出会って救われる”、というのがお約束と言う。

 なるほど、既存の小説読みには陳腐でワンパターンで読む気など起こらない作品と斬ってしまえばそれまでなのだろう。しかし、そこにリアリティがあると思う層が一定以上居る。きっと、”普通の”小説など読んだことの無い人たちだと思う。そういう人々に、物語を読む楽しさを与えていると思うと、ケータイ小説への見方が変わりそうである。

 著者本人は実話系ケータイ小説が苦手だと節々で明かしているが、それでも冷静に評価しているところはお見事。私なら自分の好みだけに流されて酷評しそうだ。意外と読み応えがあった。

 今にして思えば、あの時酷いと思った『あたし彼女』も、文体と人物設定と世界観とプロットとを変えれば、もしかしたら読めないことも無い作品になるかもしれないと思いましたです。


関連書籍
電波男電波男
(2005/03/12)
本田 透

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評論 | 2011/07/18(月) 22:52 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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950冊目 プロジェクトを変える12の知恵
プロジェクトを変える12の知恵プロジェクトを変える12の知恵
(2011/06/13)
影山 明

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評価:☆☆☆☆☆


 本ブログをご覧頂ければ一目瞭然だと思うが、私はビジネス書の分野にほとんど興味が無い。それが縁あって本書を頂いたので、折角だから読んでみるか、くらいのノリで手に取ったのだが、これが面白くて一気に読んでしまった。

 本書はコンサルティング会社であるケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズで用いられる、ファシリテーションという手法について説明している。

 基本的にはどうやってプロジェクトを円滑に進められるようにコミュニケーションを取るか、というもの。例えば、ヤバイと思った時にはすぐ助けを得られるよう”イエロー・フラッグを上げる”という手法を取っている。確かに、個人で抱え込んでも解決の目処が立たない場合は少なからず有るわけで、そうした時に担当に過度の負担が掛からないようにする努力は素晴らしい物がある。

 興味深いのは、水曜日には定時に帰るとか、週に一度は皆で美味しいものを食べに行く、というような、一見すると仕事とは関係なさそうなことも取り入れていること。確かに、その方が互いのことを深く知り合うことができ、コミュニケーションは取りやすくなるだろうと思わされた。ただ、若者の間では所謂ノミニケーションが避けられる(私も個人的には好きではない)との境界線で、バランスの取り方は難しそうだ。

 特にゴールを明確にするとか、まずは20%の力で80%の完成度を出すとか、これらのことは念頭に置いておくだけで仕事の進め方を変えられるかもしれない。

 ある程度の規模の会社にあっては、タイトルで謳う”12の知恵”のいずれも仕事を進めやすくするツールに成り得ると思う。興味を持たれた方には是非一読をお勧めしたい。

 以前、紹介した同社の『プロジェクトファシリテーション』は、白河電工のプロジェクトの経緯を詳しく掘り下げている一方、本書では一般論として解説している。私としては個別具体的な話よりも一般論的な物の方が好きなので、本書の方が自分の興味の分野にあっていたように思う。


 唯一の欠点は、残業時間の多い仕事なので、仕事の時間以外は仕事のことを考えたくないなあと思ってしまうところ。ダメ人間ですみません。



関連書籍
プロジェクトファシリテーションプロジェクトファシリテーション
(2009/08/20)
白川 克、関 尚弘 他

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未分類 | 2011/07/16(土) 22:05 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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949冊目 贋札(ニセサツ)の世界史
贋札(ニセサツ)の世界史 (生活人新書)贋札(ニセサツ)の世界史 (生活人新書)
(2004/06/11)
植村 峻

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評価:☆☆☆☆


 紙幣が現れる前、通貨は多くの場合、貴金属で作られていた。その稀少価値故に、民間での模倣ができないためだ。

 問題は、経済が発展した場合である。流通する通貨が経済実態に対して少なすぎるとどうなるか。答えは簡単。貴金属の含有量を減らして、かつ貨幣価値は同じという小手先のテクニックが大活躍することとなる。例えば、今まで金1gの金貨の価値を1000円としていたのを、0.5gで1000円ということにすれば、差し引き0.5g分が浮く、というわけだ。

 だが、これらの政策は世界各地で見事に失敗した。貴金属含有量の重い古い貨幣が貯めこまれ、市場には含有量の少ない硬貨が溢れることになる。なにせ、先の例で言えば、古い1gの金貨を使っても1000円なのに、上手いこと1gの金貨を加工すれば0.5gの金貨2枚が得られるのだ。贋金が横行するのも当然だろう。なので、これをやるとインフレが起こる。後漢末期、権力を握った董卓が将にこれをやり、ハイパーインフレを引き起こした。尚、こうした現象を指して”悪貨は良貨を駆逐する”という。

 困ったことに、貴金属には量的な制限がある。そこで、硬貨に変わって紙幣が登場する。

 ところが、紙幣は貴金属より更に贋金を作るのが容易なのである。貴金属はそもそも絶対的な量が少ない。だから、通貨足り得た。印刷すれば金になる紙幣が贋札を生み出したのも無理のない話だ。

 本書はその贋札の歴史を追いかけている。本書によれば、世界で最初の通貨が出てすぐに、もう贋札が出始めたという。その後、世界各地に紙幣が広がるのと全く軌を一にして、贋札も世界へ広がっていった。今は世界の基軸通貨たるドルを中心に、贋札が作られているという。

 贋札を作られてはたまったものではないから、贋札を防ぐ工夫も技術の進化に伴って高度化している。どのような技術が盛り込まれているのかを知るのも楽しい。そうした努力を上手く掻い潜って贋札を作った人々の姿も楽しめる。そう。本書は、贋札作りの犯人と、贋札を作らせ無いよう努力を重ねると同時に犯人を捕らえようとする官憲の戦いの歴史として読むことができるのだ。

 また、興味を惹かれたのは戦時プロパガンダ。紙幣が、それがあからさまな偽物であっても人目をひくことを利用し、紙幣を表面に印刷し、裏面にプロパガンダを記したものをばら撒くという作戦が幾つも行われているらしい。イラク戦争でも使われた、というのはなんとも興味深いではないか。 その他、二次対戦時に行われた諜報戦の一環としての偽札作り等、好奇心を刺激する話題に溢れていた。とても楽しく読むことができた一冊。
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ノンフィクション | 2011/07/12(火) 23:20 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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948冊目 量子力学の奇妙なところが思ったほど奇妙でないわけ
量子力学の奇妙なところが思ったほど奇妙でないわけ量子力学の奇妙なところが思ったほど奇妙でないわけ
(1997/12)
デヴィッド リンドリー

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評価:☆☆☆


 理系の学問を修めていない方にとって、理系の学問は決定論的なモノではないかと感じられるのではないだろうか。月にロケットを送り出すのだって、重力理論から求められた方向に、必要なだけの推力を出してやれば、後は時間の問題。ただ、世界は余りにも複雑なので、数式で表すことが困難なだけ。そんな感じの。

 しかし、こうした決定論的な世界観は、量子力学によって決定的に打ち砕かれた。世界は決定論ではなくて、確率論でしか語れない。

 あれ?でも、ホントにそんなに確率論なの?今日の夜ビールを飲むかワインを飲むかはたまたサイダーを飲むかは確率で決まるわけではないと思うんだけどなあ。ロケットが月に到達するのだってさ。

 と思われる向きもあることだろう。安心して欲しい。確率論でしか語ることのできない奇妙な世界は、とてつもなく小さな領域でしか現れない。

 例えば、光や電子。これらは、粒子であるのと同時に波でもある。観測方法を変えると振る舞いも変わる。普通の論理と演繹が通用しない、実に奇妙な世界がそこには広がっている。だが、本書は奇妙に思われるところが思ったほどには奇妙ではないと唱える。本当か?と思って読んでみたら、やっぱり嘘だった。量子の世界は、今まで思っていたよりも奇妙だった。

 量子力学が奇妙だと言われてもピンとこない方に向け、最初にどのようなところが奇妙と思われているのかが説明されている。次いで、その奇妙な点が実験の不備や勘違いではないことが示されるのだが、ここで説かれる量子の振る舞いはもう本当に奇妙で、こんなにも不思議な論理がこれ程にしっかりした世界を作り上げていることに驚かされるほどだ。

 タイトルとは裏腹に、量子力学の不思議さを遺憾なく説明してくれていると思う。それも、数式はほぼゼロ。現象の面白さに話を絞っているので、一般読者でも安心して読める作りになっている。最終的に、”シュレーディンガーの猫”といわれる不思議が、実はそう不思議ではなく、我々の抱く一般常識とかけ離れたものではない、ということになるので、興味が有る方は是非読んで確かめてみて欲しい。



 以下、ちょっと残念な点を。

 訳者の松浦俊輔さん、本当に色々な科学書を翻訳されているその筋では有名な方で、私も少なからず読んできたのではあるけれども、文章読みづらいなあ。翻訳ならではの読みづらさというよりも、素人に分かりやすい文章がどのようなものか分かっていない感じ。私は平均的な読書人と比べて、平均よりちょっと低い程度のレベルの読み手ではあると思うが、普通に読んでは文意が把握できないところもあり、理解が進んだとは言えない。

 ジャーナリストの日垣隆さんが、読みやすい文章とはどのようなものかを論じているのを思い出したところ、結構な率で違反していそうな感じ。文が切れずにだらだら続くところや、複雑な構成を持つところは、その手の小難しさを有難がる読者層には有効かもしれないけれども、著者あるいは訳者の意図を相手に伝えようとするには邪魔にしかならないように思う。

 というわけで、恐らく私は本書の面白さのほんの一端しか覗けていないのだろう。ただ、それに付き合うだけの時間と頭脳が失われてしまっているので、残念ながらちょっと低めの評価になってしまった。
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素粒子・宇宙論 | 2011/07/10(日) 23:20 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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947冊目 自己決定権は幻想である
自己決定権は幻想である (新書y)自己決定権は幻想である (新書y)
(2004/07)
小松 美彦

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評価:☆☆


 人はさまざまな局面で自己決定を行なっている。昼の休憩時間に楽しむ一杯を紅茶にするかコーヒーにするか三ツ矢サイダーにするか、それが自由であるべきことに異議がある人など居ないだろう。或いは、ブログを更新するかサボるか、金曜の夜を楽しむDVDを洋ドラにするか洋画にするか洋モノにするか(何の議論でしたっけ)を選ぶのだって自由だ。

 だが、自己決定権となると、それは自明のものではないと著者は主張する。曰く、自己決定と自己決定権は別のものだ。

 その根底にあるのが、何でもかんでも自己決定という美名で個人に責任を負わせるのは正しいあり方ではないのではないか、ということ。そして、それを権利とすることへの違和感である。

 一例として、著者は脳死移植を取り上げる。著者は脳死移植には反対であり、脳死の判定方法が被験者の病状を悪化させる(この辺りは、立花隆さんが『脳死』等で散々批判していた)という医学的なものに加え、脳死とされた人にも動作があるとか、メスを入れると痛みを感じているとしか思えない素振りを見せるといった事実がある。その上で、死は社会的なものであり、個人に独占させるべきものではない。従って、脳死を死とするかどうかを個人に委ねるのは乱暴だ、と指摘する。

 確かに、著者が指摘する通りに、死は個人的なものであると同時に社会的なものでもあるだろう。しかし、だからこそ、私は脳死を認めることもありうると思う。

 私は脳の高度な機能の維持が”私”を作っていると判断している。だから、脳の高次機能が破壊されてしまった場合、”私”は失われると思う。一歩話を進め、それを死だとすることは、私には強引には感じられない。その上で、臓器を移植するというのであれな、それは構わないと思っている。他の方には別の考えがあることを理解しているので、この考えを押し付けようとは思わないが。

 そして、妻も同じように考えている。互いに、パートナーが脳死になったら決断するのは辛いだろうけれども互いの決断を尊重し合おうと語り合っている。何故なら、それがパートナーのそれまで貫いてきた生き方を尊重し合うことにつながると思うから。死という、究極の別れに向かわなければならないときこそ、最も近しい者として、相手の遺志を尊重することは、相手の生き方を認めること・受け入れることとイコールではないだろうか。

 臓器移植をしたくないと言う人は、しなければ良い。したい人は、すれば良い。この考えについても本書で批判は行われているものの、それが有効な議論になっているかと問われれば、かなり疑問と思った。

 あらゆる結果に自己責任を押し付けることが危険なことは賛同する。例えばイラク人質事件などでは、私は人質になった3人には(少なからず)軽率な点があったとしても、まず忌むべきは彼らを人質に取った集団であるということを理解し、そして国は政府方針とは異なる行動をとった故人であっても救わなければ存在意義が無いということも飲み込んでおくべきだ。

 この辺りの議論は、本書に当たるよりも日垣隆さんの一連の文章の方が整理されていて、理解しやすいように思う。なので、正直なところ、本書は余りお勧めはできない。

 また、個人的な思いだとか、著者の過去だとかといった、情緒的な文章が散見されて、それこそなんの裏付けもない個人の意見にしか過ぎないのだから、そこから一般法則を敷衍するかの如き議論の進め方は如何なものかな、と思った。

 色々と腐してしまったが、それでも少なからず新しい知識を与えてくれたことには感謝したい。
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ノンフィクション | 2011/07/01(金) 23:45 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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