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Skywriter

Author:Skywriter
あまり一般受けしない本ばかりが好きと言う難儀な管理人です。
お勧めした本を面白いと思ってもらえると最高です。

BK1書評の鉄人31号。
鉄人


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696冊目 試験に出るパズル―千葉千波の事件日記
試験に出るパズル―千葉千波の事件日記 (講談社文庫)試験に出るパズル―千葉千波の事件日記 (講談社文庫)
(2004/08)
高田 崇史

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評価:☆☆☆


 QEDシリーズの著者が送る、パズルマニアのための小説。

 主人公は”八丁堀”。勿論本名ではなく、住んでいる町の名前であるが、自分の苗字にトラウマがあるらしく、名前は明かされていない。現役の浪人生だ。同じくピチピチの浪人生である友人とつるんでいるところに、絡んできたのは従兄弟の千葉千波。この千葉くん、眉目秀麗、博覧強記、文武両道、爽やかな好青年でしかも実家は資産家という、完全無欠の人物である。

 この三人が絡むと、とたんに賑やかになる。パズルやビリヤードで競う友人と従兄弟、ぼやく主人公。そして、ふと気がつくと、事件や謎を解決することになっている。その謎解きには、練りに練られたパズルが使われているので論理学やパズルが好きな方には堪らないのではないだろうか。

 大きな事件から身近な謎まで、全6篇、著者と知恵比べを楽しむことができる。残念ながら、私は一つしか分からなかった。

 それにしても、この手の本を読むと、どうにも登場人物の性格設定と似つかわしくない博識さが目に留まるのは気のせいなのだろうか^^;
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推理小説 | 2009/07/30(木) 23:54 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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695冊目 地球温暖化は止まらない
地球温暖化は止まらない地球温暖化は止まらない
(2008/02/29)
デニス・T・エイヴァリーS・フレッド・シンガー

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評価:☆☆☆☆☆


 人類社会の排出する二酸化炭素の急増によって地球が温暖化している。その前提に立った議論が様々なところで行われている。しかし、その議論のほぼ全てに根拠がない、と言われれば、驚かれる方も多いのではないか。

 例えば、地球シミュレータによるモデルでは二酸化炭素量の上昇に伴って温度上昇が起こると予想されている。しかし、氷床コアや石筍、海底の沈殿物など多くの証拠が明らかにしているところでは、二酸化炭素濃度が上がった後で気温上昇が起こったという証拠は存在せず、むしろ気温上昇が先で、その後で二酸化炭素濃度が上昇している。これは、地球の温度が上がったことで海中に溶け込んでいた二酸化炭素がガス化するのが原因である。

 著者らは膨大な量の研究に基づき、地球は過去何度も温暖期と寒冷期を繰り返してきたことを明確に示す。ヨーロッパ、アジア、南北アメリカ、アフリカ、オーストラリアと世界各地で同時に温度変化が起こっており、しかもその変化の割合は急だ。おまけに、温度サイクルには明確な周期性、1500年サイクルが見られるという。そこに大気中の特定の成分が影響したという証拠はない。

 そこで本書のタイトルである。地球温暖化は止まらない。なぜか。それは、現在が温暖化サイクルの真っ只中にあるからである。紀元前200年頃からのローマ温暖期、そしてグリーンランドをすら緑で覆った中世温暖期の次の温暖期がやってきている。先行する温暖期が二酸化炭素と何の関係も無かったことが分かっている以上、現在の温暖化が二酸化炭素によるものだと判断すべき理由は存在しないのだ。

 では、温暖化で懸念される様々な問題はどうなるのだろうか。まず、ツバルが水没しようとしている、白熊などの極地の動物が絶滅する、異常気象が激増する、マラリアが広がる、etc,etc。

 しかし、これらもまた被害の見積もりが余りにも大げさであることが過去から明らかにされる。ツバルの水没懸念は存在しない。衛星レーダー・トペックス・ポセイドンによって、一九九三年から一〇年間でツバルの海面は一〇センチ下がったことが確認された。(p.118-119)という。白熊は現在よりも温暖だったローマ温暖期も中世温暖期も生き残っている。おまけに、異常気象は増加していない。温暖化論者には都合が悪いことに、南極の氷床は拡大し、観測史上最大になっているという。ヨーロッパやアメリカがマラリアの魔手から解放されたのはようやく20世紀であることも忘れるべきではない。マラリアを媒介する蚊を防いだのは、DDTの活用や網戸の普及であって、地球環境の変化ではなかった。

 温暖化論者が唯一の頼りとする地球シミュレータは、過去の温暖-寒冷サイクルを再現できない。おまけに、現代の温暖化についても、温度が急上昇したのは1940年代までであり、その後寒冷化が起こり、今は寒冷化からの揺り戻し期であることが説明できない。おまけに、これまでに予測してきた気温トレンドも見事に予想外れとなっている。

 ここに大きな問題がある。過去の変動を説明できず、未来を予想しては常に外す、コンピューター内のモデルを信用すべきであろうか。一方で、過去の温度変動を説明でき、現在を説明でき、そして将来の予想を立てられる、歴史と科学に基づいたモデルを信用すべきであろうか。

 研究者は資金を得るために、脅威を過大に主張する。たかだか2,30年前には同じ動機で地球寒冷化が声高に叫ばれていたことを忘れるべきではないだろう。研究に資金を出すのは良い。しかし、現在のやり方は余りにも(現実を説明できない)モデルを偏重しすぎており、与えられる資金も膨大に過ぎる。それだけの資金があればもっと冷静で意味のある研究が沢山できるはずだ。

 ヒートアイランドのせいで暑くなった我々自身の頭をクールダウンするのに最適な、素晴らしい本である。多くの証拠、歴史的な議論、そして最新の科学調査の結果を、こうまで渉猟している本には中々出会えないのではなかろうか。とにかく、温暖化に興味があるなら、手に取ってみて欲しい。
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環境 | 2009/07/28(火) 23:45 | Trackback:(0) | Comments:(4)

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694冊目 QED―百人一首の呪
QED―百人一首の呪 (講談社文庫)QED―百人一首の呪 (講談社文庫)
(2002/10)
高田 崇史

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評価:☆☆☆☆


 高校時代からの悪友に勧められて手に取った。この悪友は中々好みをはっきりさせないのであるが、珍しくこれは面白いというので期待度高し。

 一代で財を成した会社社長で、百人一首カルタのコレクターとしても知られる真榊大陸が自宅で惨殺された。状況から、犯人は当時屋敷の中にいた真榊の子供4人と秘書2人、そして家政婦1人の中の誰かである。しかし、事件の発見者である家政婦の証言では、誰も犯人になりえない。当の証言者本人以外は。

 殺された真榊が今際の際に握り締めていた一枚の札はダイイングメッセージなのか。だとしたら、そこに込められたメッセージの正体は何なのか。

 この謎に挑むのは、薬剤師桑原崇。百人一首がそもそも多くの謎を秘めているため、ダイイングメッセージもそう容易に読み取れるものではない。いつしか百人一首そのものを巡る謎へ深く入り込んでいくのだが、この謎解きは薀蓄の嵐で驚かされる。最後に辿り着く百人一首の謎への回答が定家の意図したものかどうかは不明であるにしても、実に驚くべきものである。そのため、百人一首の物語として十分に楽しむことができる。

 昔の詩人が、どれほどまでに言葉に拘ったか。その深い世界を覗かせてくれたことには素直に感謝。
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推理小説 | 2009/07/27(月) 23:24 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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S&Gについてのざれごと
 サイモン&ガーファンクルコンサートのお陰で、久々に母を思い出した。去る者は日々に疎しという。それは余りにも寂しいことではあるけれども、真実なのだ。

 私がS&Gを好きになったきっかけは何だろう。余りにも昔のことで、実のところあまり覚えていない。記憶にあるのは、小学校2年生の頃、コンドルは飛んでいくを好きになったことだ。母にねだって、『明日に架ける橋』のレコードの、その曲を何度も繰り返し聞かせてもらったことは本当に懐かしい思い出になっている。でも、その時には歌は邪魔だと思っていた。歌詞を理解できないのだから仕方ないかもしれない。なにせ日本語すら覚束ない頃だ。(今も流暢に使いこなしているとは言えないかも知れないけれども)

 なんにしても、母が居なければあの時S&Gの曲を聴いてはいなかったはずだ。

 次は高校時代だろう。父が買ってきたベスト版で、あの2人特有の、完璧なハーモニーに嵌った。取り分け気に入ったのはスカボロー・フェア。次いでボクサー。

 両親が私にS&Gを教えてくれた。今もそれに深く感謝している。

 その後、セントラルパークコンサートのCDを買い、アメリカの歌に魅了され、ポールを迂回してアーティーの大ファンになった。



 私が聞いているうちに、母もこの歌をとても気に入った。
 「あの曲なんていうの?」
 と尋ねる母に、
 「アメリカの歌だよ」
 と応えたら、怒った。
 「曲名くらい教えてくれても良いでしょ!」
 「違うって。原題がAmerican Tuneで、日本語タイトルがアメリカの歌っていう歌なんだよ!」

 後、母の葬儀のときにもこの曲を流した。他にも彼女が好きだった曲を沢山流したかったのだが、色々な事情によりそれはできなかったので、なぜかAmerican Tuneがヘビーローテ、ということになったのも思い出す。

 余りにもAmerican Tuneを気に入って、ポールの『ひとりごと』を買ったのだけれども、雰囲気が違うのに驚く。今になってみれば、S&Gでやることになった後でアーティーが思いっきり自分好みの雰囲気に変えてしまったから、ポールの歌なのにアーティーの雰囲気になっていたのだ。だから、次にアーティーの『Up 'Til Now』を聞いたら一瞬で陥落。

 1曲目、ジェイムズ・テイラーとのCrying In The Rainで、この雰囲気が好きなんだ!と確信。次のAll I Knowも素敵だった。だが、なんといっても私をひきつけて止まなかったのこそ、6曲目のSkywriterだった。



 今もこの曲ほど美しい歌は無いと信じている。前回のアーティーの来日のとき、楽屋待ちをして、本人に「My favorite song」と伝えた。もう彼は忘れているに違いないけど、私にとっては大切な思い出。

 来日コンサートのお陰で、生の2人を見ることができ、新たな思い出を加えられた。2人に感謝したい。同時に、この道へ誘ってくれた両親に感謝を。そして、次なる思い出を加えさせてもらえるよう、2人がいつまでも元気に活動を続けてくれることを願って止まない。
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雑記 | 2009/07/26(日) 23:43 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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693冊目 つかぬことをうかがいますが…―科学者も思わず苦笑した102の質問
つかぬことをうかがいますが…―科学者も思わず苦笑した102の質問 (ハヤカワ文庫NF)つかぬことをうかがいますが…―科学者も思わず苦笑した102の質問 (ハヤカワ文庫NF)
(1999/07)
不明

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評価:☆☆


 科学する心とは、不思議だと思う心だ。つまり、好奇心こそが科学の源である。

 不思議には多岐に渡る分野の、様々なレベルのものがある。生活に密着したものもあれば、日常生活を送る上では全く無意味なものもある。かと思えば、一見して生活に無縁であるように見えながら、それが無いと今の生活が無いというものもある。例えば量子力学。この頭が痛くなる理論は、半導体の理論的背景となることで現在の生活に欠くことのできないものとなっている。

 でも、一方ではもっと身近な謎も世の中には沢山ある。例えば、なぜ船の窓は丸いのか。風呂場に蔓延るカビの種類は何か。なぜ冷たい水より温かい水の方が早く凍るのか。なぜ鏡では上下ではなく左右がひっくり返るのか。なぜ月は常に同じ面を地球に向けるのか(って、これは日常ではありませんね)。ふつうの石鹸で本当に殺菌できるのか。などなど。

 週刊科学雑誌、ニュー・サイエンティストの人気コーナー、ラストワールドに寄せられたこれらの質問に、同じく読者が応えるという企画の中から選りすぐりの質問とその回答をまとめたのが本書。上記の謎はすべて本書で解説されています。

 上記の成り立ちをしているため、本書には必ずしも本当の答えが載っているわけではない。中には自信満々に都市伝説を開陳する人もいれば、一方にはわざわざ実験までして正しい答えを探ろうとする人もいる。説明不足や間違いを指摘する投稿も有り、誤りが取り除かれるようになるのも良い点と思う。

 しかし、どうにももどかしい。質問に寄せられた答えが、現在の知見から見て正しいと言えるのかはたまた見当違いなのか、判定が難しい。それこそ科学の営みであるといえばその通りなのだろうけど、もどかしさを感じずには居られなかった。どこか、メーリングリストや掲示板で交わされる議論のような、回答者の素性が知れない故の安心感というものが無いのがどうにもひっかかってならなかった。勿論、専門家だって過ちを犯すものだけれども、それでも専門知は専門家に聞くのが最も限りなく正解に近いと思う。

 ただ、私の好みの在り方ではなかったというだけで、寄せられる質問には興味深いものが沢山有り、回答の中にも面白いものが沢山あった。そのため、議論の面白さという点で評価しても良いかもしれない。
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その他科学 | 2009/07/25(土) 23:27 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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692冊目 新たな疫病「医療過誤」
新たな疫病「医療過誤」新たな疫病「医療過誤」
(2007/03)
ロバート・M. ワクターケイヴェ・G. ショジャニア

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評価:☆☆☆☆


 インスティチュート・オブ・メディシン、アメリカ医学研究所による1999年の報告書は、医師ならとうの昔から知っている、「病院は危険なところでもある」という事実を明らかにした。この報告書では、アメリカでは医療過誤によって亡くなる人が毎年四万四千人から九万八千人にのぼることが強調された。(略)その後五年を経た今日の状況は、誰の目にも、どう贔屓目に見てもよくなっているとは到底映らない。
(p.23より)


 いきなり引用から始めたが、この数字には驚かれる方が多いのではないだろうか。医療過誤による死因は、全死因の5位にもなるという。これだけ見れば、病院へかなりの危険を感じずには居られなくなりそうだ。

 なぜ病院はこんなにも危険なところになってしまったのだろうか。腕の悪い、あるいは注意力散漫な医師が普通の医師なら防ぐことのできるミスを犯してしまうのだろうか。一部は確かにそうだろう。しかし、このように考えては医療過誤という新たな疫病に対抗することはできない。それが著者らの考えである。

 従って、医療過誤に対しては厳しい損害賠償を求めるというやり方では、医療過誤を減らすことはできない。むしろ医師のモチベーションを下げ、防衛的な行動に走らせるだけだ。新たな治療方法は追求されないし、副作用はあるが効くかもしれない薬も試されない、ということになる。そうなると、一体誰が得をするだろうか。

 代わりに著者らが光を当てるのは、システムである。医療過誤を個人の問題にするのではなくシステムの問題にするのだ。患者の取り違え、手術部位の間違い、薬の種類や投与量の誤りと、それぞれの要因に対して医療過誤が起こりにくいシステムを作るしか効果はないのではないか。

 その仮説を、様々な事例を基に解き明かしている。実際に起こってしまった不幸な事故を幾つも取り上げていることから問題のありかが分かり易く示されていることが本書の魅力であろう。

 加えて、事故対策としては最も体系的に防止策の練られている航空分野の例を引き、比較検討をしているため、広い視点を与えてくれるのも嬉しい。その上で、どうすれば医療はより安全になるかを提言している。著者らの主張をそのまま受け入れるかどうかは別として、安全のためにまだまだ手はあるのだ、ということは感じられると思う。

 また、問題の多くはアメリカだけではなく日本でも同じ状況だろうと思わされる。例えば、申し送りのミスによる患者の取り違えや、処方箋の曖昧な記述による投与量の間違い、汚い字のため薬の種類を勘違いするなどのリスクは日米で共通だろう。対岸の火事と思わず、日本も本書のような貴重な提言を受け入れ、更なる安全に向けて努力していかなければいけないのではないかと思った。安全について考える良いきっかけを与えてくれたことに感謝したい。

 (言うまでも無いかもしれないが、それでもやはり病院は安全なところで、重い病に犯されたり重傷を負った場合、医療過誤によって寿命が縮まるよりも、きちんとした医療を受けて治る可能性の方が高いことは忘れてはならないだろう。)
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医学・脳・精神・心理 | 2009/07/24(金) 23:47 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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691冊目 食卓にビールを
食卓にビールを (富士見ミステリー文庫)食卓にビールを (富士見ミステリー文庫)
(2004/08)
小林 めぐみ

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評価:☆☆


 本書を知ったのは、coco's bloblogから。ラノベ読みの富士見ちゃんが勧めていた。

 ビール飲みとして(この季節、ビールは必須栄養素です)こんな素敵なタイトルを見逃すことができるであろうか。

 主人公は16歳の女子高生で人妻で、ビール大好き(未成年が飲んではいけません。脳の発達が遅れます)な小説家。ついでにちょっと物理が好きらしい。そんな彼女が宇宙的難事件に次々と巻き込まれてはなんとか解決してしまう、あるいは事態が勝手に収拾してしまうのを見守る話である。

 困ったことに、この世界はウル×ラマンセ×ン並に、ありとあらゆる宇宙人が地球というか日本を侵略しようと企んでいるらしい。果てはモデルハウスに見せかけた宇宙船まで売りつけようという不届きな宇宙人までいる。

 要するに、宇宙人をネタにしたドタバタ。であるからには、かなり読者を選ぶ。で、私としてはどうせドタバタをやるなら『裸の銃を持つ男 [DVD]』みたいなのが好きだなあ。世界観にイマイチ納得できなかったのが残念。でも、軽い読み物として楽しめるのは事実だと思う。
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SF・ファンタジー | 2009/07/23(木) 23:11 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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690冊目 ワセダ三畳青春記
ワセダ三畳青春記 (集英社文庫)ワセダ三畳青春記 (集英社文庫)
(2003/10)
高野 秀行

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評価:☆☆☆☆☆


 著者の本を読むのは『怪獣記』に続いて2冊目。『怪獣記』でなんとも言えないユーモラスな文体に触れて、その面白さに感激したものである。

 本書はタイトルどおり、著者がワセダの三畳間で送った青春の記録である。三畳一間、家賃12,000円。それは何時の時代かと問われる方もいるだろうからここで答えてしまうと、1989年から2000年にかけて。バブルの後の話というから驚きだ。

 この浮世離れしたアパートには魑魅魍魎一風変わった人々が棲みついている。おまけに著者が属する早稲田大学探検部にはこれまたとんでもない人々がたむろしているわけで、必然的に著者の周りは奇人変人だらけとなる。なんと、住人だけではなく管理人側も浮世離れしているという徹底振りには頭が下がる。

 とにかく、この三畳一間の生活にはもう何もかもがあった。無いのは平凡な日常だけと言って良いのではないかろうかと思うくらい。飯作りには危険が潜み、アパート内戦争が勃発し、快事件が続発する。

 本人達も天然ドラッグを試そうと麻の実の皮を大量に食べてみたり(薬効成分は含まれて無いのに)、毒キノコやらサボテンやらを試し、果てはチョウセンアサガオにまで手を出す。その顛末は笑わずにいられないので電車の中では読まないように。

 日常が我々にとっての非日常で面白いことこの上ないのに加え、どことなくとぼけた文体がそれに拍車をかける。中に混ぜて貰うには勇気が要りそうだけど、こうして本を読む分にはとても楽しめる、奇想天外な日常生活の本。この面白さに触れてしまうと、次の本を読みたくなってしまう。次は、何を読もうか。


 著者に興味が沸いたのなら、オフィシャルサイトがあるので是非覗いてみてください。
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エッセイ | 2009/07/22(水) 23:57 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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サイモン&ガーファンクルコンサート  ~武道館編~
 音響的に全く期待していなかった(が良い意味で予想を裏切った)東京ドームの次は、唯一ドームではないという武道館が待っている!

 そんなわけで、周囲には事前に宣言していた通り、定時と同時に会社を飛び出して一路武道館へ。エスカレーターにてえむばっしさんを発見。波乱の幕開けである。

 10日のコンサート写真を売っているところで足を止めると、
 「これって、カメラから引き抜いてるんですよね。ってことは、DVDができるはずなんですよ」
 ・・・のっけからそれですか(笑)

 その後、次々と知人に遭遇。門番さん、湘南の若大将、新潟から強行日帰り参加のくまさん、Choku君、よしあき君、etc。よしあき君は、なにやら仕事になってしまったらしく、他の人と先に会場に入るというので、プログラム購入を若大将に託す。


―― コンサート ――


 お約束の映像が流れる。最後のシーンは武道館。勿論、ここで拍手が沸き起こる。

 音楽が流れ始めると、最初の音からして、ドームとは全く音の質感が違うことに感激!これを聞いてしまうとドームがいかにダメか、良く分かる。音の跳ね返りが無いことの重要さをつくづく感じた。

 セットリストは11日のドームと全く同じ。なので、気付いたところだけ。

 Kathy's Songの前のMC、アーティーはいつも「ポールの曲で一番好き」と言うのですが、この日に限っては「僕の時代で一番好き」と、generationの一語を織り交ぜる。この日もとても丁寧に歌っていて、ソロのコンサート含め一番心を揺さぶられた。

 Scarborough Fairでは、アーティー痛恨の歌詞間違い。まあ、アーティーらしいと言えばアーティーらしいのだけど。

 また、MCで、関東では初めて日本を徒歩で縦断したことに触れたり、武道館へやっと、と言ったりと、ドーム以上に日本語でのMCを充実させていた。これほど日本語でサービスしてくれるビッグアーティストは珍しいのではないか。

 あまりの感激に、つい2回ほど「アーティー!!」と叫んでしまった。ついカッとなってやった。今は反省している。

 全般的にポールは疲れ気味だった。強行軍で日本中を移動しながらのコンサートなので無理も無い。アーティーと違ってギターもあるし。それでもステージは最高だった。本当に、最高の音質で、最高の演出で、とにかく素晴らしかったことは忘れない。ファンとしてこの場に立ち会えたことを感謝したい。


―― 飲み会 ――


 コンサート終了後、正面口で、携帯カメラで写真を撮っているとやまもとさんと遭遇。その後、メンバーと合流し、飲み屋へ。席の配置はこんな感じ。

うらうめさん BPさん   MEVAさん いまいさん
        やまもとさん  私    KAZUさん

 乾杯のビールが来る間ももどかしく、今日の感想があちこちで炸裂する。まずは音響の良さ。武道館なのでドームと比べると圧倒的に音質が良いのは勿論なのだけれども、武道館としても破格のクオリティの高さだったとの指摘が相次ぐ。さすが、ドームであれだけの音質を実現したエンジニア達。

 案の定、のっけからマニアックな話で盛り上がる。
 「初めてKathy's Songの前に自分のgenerationで一番好き、って言ってましたね」
 私如きが気付くことにはやっぱり皆気付いていて、ひとしきりその話を。もしかしたら引退を考えているのかもしれない。
 「最後にアーティーとポールが向き合ってお辞儀をしましたよね。あのポールが可愛いかったですねぇぇ」
 ・・・うらうめさん、あなたもやっぱり病気です。
 「ポールのソロのとき、うらうめさんが立ってるの見えましたよ」
 などと、他の人のチェックにも余念の無い。私にはそんな余裕が無かったが・・・・・・。

 その後は、Mikiさん来訪の裏話などに花が咲く。
 なにせ、配置上Mikiさんからの最初の連絡を受けたうらうめさん、同級生がMikiさんの授業を持ったことがあるというBPさんに加え、横浜公演で会っているやまもとさんと私なのだ。
 アーティーの横浜公演後、うらうめさんが一度会っており、その時に電話番号を交換したこと。久々に連絡が来て驚いたこと。その日はオフなどもあり、動きが取れないから私に連絡を取るよう仕向けたこと。SkywriterがMixiにいるから連絡とってみろ、と。
 「というか、なんでうらうめさんが私のmixiのアカウント知ってるんですか」
 との質問は、さらりと無視されましたです。

 BPさんは11日のオフ会で貰ったという、彼女の作品(第4回おきなわ文学賞の小説部門一席受賞作)が中々面白い、将来大きな賞を獲るかもしれない、と。ポールに嵌る人にはそういった芸術面の才能があるのかもしれない。

 そうこうしている内、バックステージ訪問組みが帰還。

 よしあき君は来るなり大興奮。
 「Vincent Nguini(ギター)に、『明日Cool Cool Riverの弾き方を教えてやるからギター持ってホテルの部屋に来い』って言われちゃいました」
 ・・・なにやら物凄い人たちの間にいるような気がしてきた。ひょっとして、この集まりの中で彼らの音楽を聴いていれば幸せなんて単純なことを思っているのは私くらいじゃなかろうか。

 とにかく皆大満足。だが、それでも足りないのか、かなりの人が札幌まで追いかけていくという。私にとっては今日でS&G Old Friendツアー終了だが、彼らにとってはまだ続くようだ。


 繰り返しになってしまうが、武道館は本当に素晴らしかった。音もそうだし、会場の一体感も物凄かった。そして、67歳という年齢を全く感じさせない2人のパワーも素晴らしかった。2人でもソロでも構わないので、またこのような機会に恵まれたらと強く思わずには居られない。ポール、アーティー、いつまでも元気で素晴らしい音楽を私達に聞かせてください!



 とりあえず、今回でサイモン&ガーファンクル来日記念オフレポは終了。また辺境の地の書評もどきブログへ戻ります。
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雑記 | 2009/07/21(火) 23:58 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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サイモン&ガーファンクルコンサート  ~After OFF編~
 コンサートが終われば、飲み会が待っている。待ち合わせ場所に急ぐと、そこにいらっしゃったのは湘南の若大将。この方ともS&Gファンとして知り合ったのに、最後にお会いしたのはなぜかイーグルスのライブだったりする。しかも、あの時もドームだった。ご友人と一緒にいらっしゃったということで、before offより随分人数が増えそう。

 そんなわけで、年代も性別もバラバラの、傍目には何の集団だかさっぱり分からない一団でぞろぞろと移動する。見るからに怪しそうだけど、中に入ったらもっと怪しいのでご注意を。いきなり照明やら音響の話をされてしまうかもしれません。

 「半分くらいアーティーの曲だったら良かったのに」
 とかなんとか、ダメ人間丸出しの妄言を吐いていたら、うらうめさんに超☆冷たい目で見られましたです。・・・夢を見てるだけさ。っていうか、仮にそうなったら、喜ぶのは観客の10人にも満たないだろうなあ。そのうち半分くらいの人は名指しできそうだけど。

 と、突然集団が止まった。何かと思えば、道端で10日のドーム公演の写真を売っていた。ほぼ全員が齧りついている。異様な雰囲気だ。。。
 「アーティーのこのポーズが可愛い」
 とか、
 「このシャツなんだよ」
 とか、愛に満ち溢れ過ぎた発言があちこちから聞こえてきた。皆さん、愛が深すぎです。

 そうこうしているうちに予約していた時間がやってきた。会場に入るとさっさと自分の席を確保する。と、隣にやってきたのはChieちゃん。
 「お隣よろしいですか?」
 「Chieちゃんを断るわけ無いじゃないですか」
 と、大歓迎。なにせ、アーティー話で盛り上がるには欠かせない人ですから。当然のように門番さんも近くに席を占める。この異空間の中にあって、更に異次元空間となるアーティーゾーンの完成。

 「アーティー、声出てたでしょう」
 我が事のように嬉しそうなChieちゃん。なにやらデジャ・ヴですよ。確か、アーティーの横浜公演後の飲み会でもほぼ同じ台詞を聞いた記憶が。
 「そうだね。アーティー良かったよ。これでアンコールがGoodnight My Loveなら言うこと無かったんだけど」
 Goodnight My Loveは、アートがソロのコンサートの最後で歌う曲である。ちなみに『Across America』所収。これまた良(以下略)。
 「私はFor Emily, Whenever I May Find Herが聞ければ言うことありませんでした」
 と、勝手な話で盛り上がる。

 更にポール派のChoku君、よしあき君が加わって、バランス的には丁度良い按配に。ここに足りないのはS&Gを聞く人だけですよ(笑)。Choku君は教え子だという女の子を連れてきていた。
 「先生に無理やり連れてこられたの?」
 「いやいや、違いますよ。彼女が自分でチケット取ったんですって」
 「えー。病気な人に拉致されてきたのかと思ったよ」
 「ポールは兎も角、音楽的には彼女の方が100倍ほど病気です」
 ・・・それは病が篤いな。ターゲットを教え子さんに替えて質問する。
 「普段どんな音楽聞くの?」
 「ディランとか」
 ・・・・・・渋すぎです。この教師にしてこの教え子有り、か。

 「今日はGraceland聞けたのが最高だった。これならチケット17,000円分の価値があったね」
 とはよしあき君。で、こちらを見るなり、
 「そういう意味じゃないよ、アートも良かったよ」
 とフォローを入れてくれる。
 「そんな気を遣わなくて良いよ。こっちはたっぷり3曲堪能したから。それに、俺Still Crazy好きだよ」
 「お、分かってるじゃん」
 特によしあき君は久々なので昔話に浸った。よしあき君、Choku君、私とで20台バンドとして色々な曲をやったこと。民主主義の原則に則ってポールの曲を中心に。
 「そういえばこの人(Skywriterを指す)、Jonahとか歌ってたよね」
 「やったね」
 「Hearts And Bonesとか」
 「懐かしいなあ。俺としてはSomething So Rightが記憶に残るなあ」
 単純にこの曲が好きなだけだったりするのだけど。

 などと話をしていたら、バックステージに行っていた最後の集団が合流。って、あの外国人誰ですか。見たこと有りますよ。今日のコンサートで。なんと、キーボードのRob Schwimmerさん(以下、ロブさん)がこうもりさんたちと一緒に登場。ざわめきが辺りを支配した。ロブさんはそのまま奥の方に陣取り、飲み始めてしまった。

 ・・・こんな居酒屋でバンドの人に会うなんて思いもしなかったよ。こうもりさんのコネクション、恐るべし。
 「あの人、自由人過ぎる・・・・・・」
 Choku君はちょっと呆れ気味。他のメンバーは機材の搬出等で忙しい最中である。

 暫く昔話をしてから、グラスを持って若大将のところへ移動。こちらを見るなり、これまた濃ゆい話を振ってくる。
 「Skywriter君、知ってるか。俺達のDream Alone、あれはデモ版だったんだよ」

 このDream Aloneとは、アーティーの超絶退屈ソング綺麗な声を余計なテイストなく満喫できる歌。しかも、ただひたすらDream Alone♪ Dream Alone♪と続くので、最近歌が覚えられないという人にも安心な省エネ(主に脳内エネルギー)ソングである。

 若大将はなぜかいたく気に入っており、コピーまでした挙句に、アーティーのソロコンサートで出待ちして、本人の前で歌ってしまったという剛の者。なお、その時に一緒に歌っていた莫迦が確認されたとかされなかったとか、都市伝説が流れている。

 そんなのは兎も角、
 「な、なんだってーーー!!!」
 というべき情報であろう。

 「あれがデモってことは、ちゃんとした録音版があるんですか」
 「そうなんだよ。俺、手に入れたもん
 ・・・信じ難い人々である。
 「そうだ。Chieちゃんとか門番君に教えてやろう」
 意気揚々と私の抜けたアーティー魔空間へ席を移る若大将。

 それを機に、更に私も席を移動。半分BPさんに促される形でロブさんの斜め前の席へ。隣にはこうもりさんの奥様のリカさん、その更に隣にはご夫妻のご友人。そして私の前にはMikiさん。これはまた随分とアーティー色の薄いところである。

 こちらでも乾杯すると、リカさんから
 「今日のオフも何かやったんですか?」
 と、コンサートと関係ない質問。こうもりさんとご結婚されたからS&G漬けになってしまわれたようだが、元々は演歌を中心に音楽を聴いていらっしゃったという。今はご夫妻と、S&Gオフにもいらっしゃったことのあるはらださんと3人で、原生林というバンドを組んでいる。
 「For EmilyとAmerican Tuneをやったんですが、舞い上がったか満足のいく出来ではありませんでした」
 「この人、すごく綺麗な声で歌を歌うんですよ」
 とご友人に説明するついでに過大な褒め言葉を頂く。余りに過大すぎてJAROに訴えられないか心配になるほどである。ご友人は原生林のライブを何度も聞かれているようで、感心してくださったのだが、こちらは恐縮することしきり。私がはらださんやこうもりさんに勝てるのは、たった一つ。アーティーへの愛ですよ。

 小学生の頃からS&G、とりわけポールが好きだったというMikiさんに感想を尋ねたところ、
 「余りのことにぼーっとしちゃって、コンサートの半分くらいまでしか記憶がありません」
 と、勿体無いことを言う。でも、そこまで夢中になれる空間に居ることができたのは本当に良かった。なにせ、我々解散後世代にとっては今日のこの日は考えられないものだったから。ロブさんにサインを貰ったとのことで、とても嬉しそうにしていた。

 ロブさんはとても気さくな方で、サインをねだられても
 「もう手が疲れちゃったよ」
 と言ってから、茶目っ気たっぷりに笑い、応じてくれていた。

 くまさんがやってきて挨拶された時にも、
 「新潟から来たくまさんです」
 「新潟ってジャパニーズ・サケが旨いところだよな」
 ・・・その外国人っぽく無い新潟のイメージは何ですか。という受け答え。いや、私も新潟の酒好きですけど。

 その後は写真攻め。皆写真を一緒に取りたがる。勿論私も「Nice to meet you」と挨拶し、一緒に撮ってもらった。この時、ロブさんはわざわざこちらの名前を聞いてくれた。名乗ったが聞き取りにくかったようで、アルファベットで言ってくれ、と言うので一文字ずつ伝える。と、「OK、 ○○(私の苗字)、nice to meet you」と丁寧に応えてくれた。ファンへの丁寧な対応に、心が暖まった。
 ついでにこうもりさんが
 「彼はアート・ガーファンクルの歌が凄く好きなんです」
 と紹介してくれて感激もひとしお。

 などと騒いでいて、ふと気付けば、もうお開きの時間。楽しい時間が余りにも早く過ぎるのが恨めしくなる。7th avenueさんがファンを代表してロブさんにお礼を述べ、ロブさんも暖かい支援をありがとうと返してくれた。拍手が辺りを包んだ。

 後ろ髪を引かれる思いで店を出る。そして、皆で記念写真。
sgafteroff

 どの顔も、笑顔。この日の満足度合いが伝わってくると思う。北から、南から、このために集まってきた人たちが、こうして一緒に笑顔を浮かべられるのは、本当にS&Gの、そしてコンサートを作った人たちのお陰。ポール、アーティー、本当にありがとう。日本に来てくれて。

 アーティー、次はソロで来てー(笑)

 いよいよ、解散。皆三々五々に散っていく。7th Avenueさん、イッシーさん、湘南の若大将たちは徹夜覚悟のカラオケへ繰り出す。って、現役時代からのファンの方々が一番タフですよ(笑)。私は解散組み。Across Americaを聞きながら家路についたのだった。

 オフ参加の皆様、楽しい時間を過ごすことができました。ありがとうございました。ここで書いていないことは沢山ありますが、それらも含め、大切な思い出になりました。またこのような機会に巡り会えるよう、願って止みません。




 上でも触れているが、アーティーのライブ版についてはこのアルバムが素晴らしいのでぜひ。

Across AmericaAcross America
(2003/02/28)
Art Garfunkel

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雑記 | 2009/07/20(月) 01:23 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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サイモン&ガーファンクルコンサート  ~いよいよコンサート編・2~
―― アーティーソロ ――


 待ちに待ったアーティーのソロ。まずは全英1位(でもアメリカでは売れなかった)、Bright Eyes(『Fate for Breakfast』収録)。綺麗な前奏にアーティーの声が重なる。丁寧な歌いだしは、やがて豪華なバンドの音の渦に包まれ、派手な盛り上がりを見せる。

 って、Bright Eyesってそういう曲だっけ^^;。

 それでも、最後の最後、ドラムのビートが収まって、しっとりとした雰囲気に包まれる。アートの声が実に良く映えていた。うん、アーティー、絶好調じゃないかな。

 続くは、セントラルパークコンサートで「唯一のソロ」と紹介した名アルバムA Heart in New York。『Scissors Cut』からの小曲である。全然知られていないアーティーのソロの中で、この曲は比較的知られているのだろう。高音が美しい。

 そして最後を飾るのは、『Everything Waits to Be Noticed』(これまた良いアルバムなんです)からPerfect Moment。前回のソロ来日では、「僕はソングライターになったんです」ととても嬉しそうに紹介していた。今回も、「僕の歌です」といって歌い始める。これこそアーティーの好きな音作りだろう、と思わさせられるシンプルな構成に、アートの雰囲気がなじむことなじむこと。

 会場にはやや退屈そうな雰囲気が漂っていたけど、保守的なのは良くないですよ。素敵な歌ではありませんか。そのままNow I Lay Me Down To Sleepへメドレーで続く。いつまでの聞いていたいと思わずにはいられなかったが、時は非情で、静かにアートの声が消えていった。

―― ポールソロ ――


 アーティーがポールを紹介すると、ソロを交代。

 ポールも3曲やりました。曲はBoy in the Bubble、Graceland、Still Crazy After All These Years。Gracelandの前奏と同時に、こうもりさんが「やったー!」と叫んでやや後方のchoku君を見る。前日と違うセットに喜びを隠せないらしい(笑)。私としてはStill Crazyが好き。豪華なバンド、派手な演出でした。


―― 再びS&G ――


 アーティーが舞台に姿を現しても、前にはポール。アーティーが映画の撮影ためメキシコに行ってしまった時期にポールが作った歌、The Only Living Boy In New York。アートが参加するのはコーラスから。

 多分、S&Gとしての活動をどうしようか悩んでいたであろう時期の曲を、ソロの後に持ってくるのは演出なのかなあ、と勝手に想像を巡らせた。

 そして、アーティーが嫌いと言っていた(笑)、My Little Town。再結成するかも、といってこの曲はないよなあ。それでも確執を忘れて仲良さそうな雰囲気で歌っているところにはじんわりと感動しました。アーティー好みの複雑なハモリもかっちり決まり、これぞS&G!といったところ。この曲をあまり好きではなく、普段聞かないのを後悔させるような出来でした。

 アートのツアーにも同行しているバーンハートさんのピアノがゆっくり音を紡ぎだすと同時に、会場の雰囲気が変わる。When you're weary♪歌いだしに会場からの拍手が被さる。皆がこの曲を待っていたんだ。アートは拍手が止むまで歌を溜め、feeling small~と続ける。言わずと知れた、彼ら最大のヒット曲Bridge Over Troubled Water。2番はポール。最初から最後までアーティーだと観客の一番の歓声をアーティーだけ受けることになってしまう。それが不仲の一つの理由でもあるのだろう。だから、最後の栄光は2人で分かち合う。

 3番でまたアーティーが。最後、渾身の力を振り絞るようにして高らかに歌い終ると同時に会場の感激が爆発する。方々でスタンディングオベーションが始まり、何時しかドーム中の観客が総立ちで万雷の拍手。コンサートの一番良いのは、こうやって感動を分かち合えるところだろう。

 その拍手に包まれて2人が退場する。勿論、そんなことで止むようなことはない。鳴り続く拍手に、姿を現すサイモン&ガーファンクル。


―― アンコール ――


 静かなギターで始まったのは、Sound of Silence。彼らが売れるきっかけになった曲。SOSと分かった瞬間、客席から拍手が沸き起こる。アートの高音に、ポールの声が絡む。あの若い頃の声も良いけれども、この歌には円熟した今の声も似合うなあ。

 やはりこの曲が無いと物足りない、The Boxer。アルバム『明日に架ける橋』に収められている、S&G屈指の名曲。不遇の時代を歌った、美しい曲である。ポールの主旋律に、アートが練りに練ったのであろう複雑なハモリが被る。そして、あの印象的な間奏をテルミンが奏でる。うーん、怪しげな楽器で、新し物好きなポールは取り入れているけどあんまり好きじゃないなあ(笑)

 って、70前の人より保守的なんてダメのダメダメですね。

 ちなみにテルミンとはこんな楽器です。


 lie-la-lieのところだけ、口だけ動かして参加する。アルバムだと、どんどん音が加わって豪華になっていくのが印象的なのだが、ライブでのパフォーマンスも素敵である。

 ここでまた2人が退場。勿論、興奮した観客は拍手を止めない。そして、再びアンコールに応えるS&G。

―― 2度目のアンコール ――


 S&G初期の曲、Leaves That Are Green。若い頃のポールを歌った歌。そこにアートがこれまた複雑怪奇なハーモニーを付けているのが印象的な曲である。この曲に合わせて、舞台の照明がグリーンに。そうか、あれはこの曲のために木の形をしていたのかと今更気付くわたくし。ええ、鈍いと思ってくださいませ。時の移り行く様を扱うこの曲を、Old Friendsツアーで聞くとはなんとも感慨深いものがあった。

 そして、Cecilia。テンポの変わり方の激しさには驚かされる。アート好みの静かでハーモニーの美しい曲から、ポールが志向したロックへ。だから、『明日に架ける橋』は2人の好みの差を浮き彫りにしつつある、ある意味で不安定なバランスの上に成り立つ構成になったのだろう。遊び心に溢れたこの曲に、会場からの手拍子が一体となる。

 曲が終わった。バンドメンバーが舞台に並ぶと、ポールからメンバー紹介が始まる。続いて、アートが。メンバーが紹介されるたびに温かな拍手が会場を包んだ。

 何時までも鳴り止まない拍手に、もう一度Cecilia。これが最後の曲だ。会場からの拍手は止むことなく、何時までも鳴り響いていた。70を目前にする2人とは思えない、パワフルなステージだった。



 さて、アーティーのソロに興味を持たれた方は、今回のソロが収められているアルバムを是非聞いてみて欲しい。S&Gの雰囲気が生きているのが感じられると思う。

Fate for BreakfastFate for Breakfast
(2008/04/01)
Art Garfunkel

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Scissors CutScissors Cut
(2008/04/01)
Art Garfunkel

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Everything Waits to Be NoticedEverything Waits to Be Noticed
(2002/09/24)
Art Garfunkel

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雑記 | 2009/07/17(金) 23:29 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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サイモン&ガーファンクルコンサート  ~いよいよコンサート編・1~
 開演の時間を暫く過ぎた頃、ドームの照明が一斉に消される。どこからともなく期待に溢れた拍手が沸き起こる。ようやくコンサートが始まるのだ。

 かっちり決まったハーモニー、アーティーの澄んだ声。中期の名曲、Americaが流される中でスクリーンに昔の映像が次々と現れ、消える。やがてスクリーンに、東京ドームの姿が浮かぶと同時に、拍手の嵐が。S&Gの登場だ。

 静かに、静かにOld Friendsが始まる。若かりし日に「70になったところなんて想像できるかい?」と歌った2人が、今その70歳を目前に控えた年で、こうしてライブをやっていることが素直に嬉しい。そのままBookends Themeへ。盛り上がる曲ではないにも関わらず、会場からは拍手、拍手。

 続くのはHazy Shade Of Winter。しっとりとした雰囲気が、いきなりロックに変わる。例の早口のところは省略していたけれども、こうした速いテンポの曲でもハーモニーの丁寧さは特筆もの。

 ポールのソロライブっぽい雰囲気で、I Am A Rock。これ、若者が歌うには良いけど70前の男2人が歌う歌としてはどうかなあ(笑)。アルバム版よりかなり砕けた感じ。でも、私はアルバム版の方が好きです(聞いてない)。

 そして、オープニングで流れていたAmericaを。アーティーの、あの世界中を魅了した美しい声は随分と様変わりをしたのは事実。それでも綺麗に、丁寧に歌い上げる。かなり声が出ているのではないか。最後、Look for America♪の辺りは鳥肌ものの美しさ。アーティー、力はいってます。

 拍手が静かに消えていくと、ポールが照明から外れる。アーティーはおなじみの椅子に腰を掛けるスタイル。「とっても好きなラブソングです」と紹介して始まるのは、Kathy's Song。アーティーのソロコンサートでもポールの曲で一番好き、と言ってたっけ。とにかく丁寧に、丁寧に歌う。

 S&Gの2人がトム&ジェリーとして世に出たきっかけの歌、Hey Schoolgirl。歌う前に、アーティーが「僕たちは11歳で一緒に歌い始めました」と英語で言うのに続けて、日本語で「じゅういっさい」。会場から沸き起こる拍手。「そして15歳で初めてレコーディングをしました」。やはり続けて「じゅうごさい」。こうしたファンサービス、アーティーは欠かさない。温かな人柄が滲む。

 そして歌い始めるのだが、演出だろう、歌い始めが合わない(笑)。途中でも、如何にも場馴れしていない若者が気をつけして歌うような素振りを見せるのが可愛かった。

 ・・・70前の人を捕まえて可愛いとは、私も一部のヒトが犯されている病に感染してしまったか?

 Hey Schoolgirlついでに、彼らのルーツとなった曲として、Be Bop A Lula。音作りに歴史が感じられる。若かりし2人が夢中になって聞いたのかと思うと感慨深い。

 と、観客の知らない曲を続けると、また有名な曲でコンサートは続く。Scarborough Fair。眠りから醒めたかのように、拍手が一際高く鳴り響いた。この曲もいかにも彼ららしい、美しいハーモニーが特長。見事に声が溶け合って、会場中が酔いしれました。

 歌いながら、いつもながらに手癖の悪いアーティーがシャツの袖をまくってました。もう、アーティーってば。というか、チェックするほうもチェックするほうだが。

 豪華なバンドでHomeward Bound。こちらもポールのライブっぽい雰囲気。

 映画『卒業』のシーンがスクリーンに映し出される。そのうち一部はアーティが出演したキャッチ22かな。ここで、休憩と勘違いしたのかトイレに立つ人がちらほら出没。うーん、ちょっと長めではあったので勘違いしたかもしれないけど、休憩無いってアナウンスがあったんだけどなあ。

 とにかく、『卒業』に続く曲といえばやっぱりこれ。Mrs Robinson。会場の盛り上がりはとても書き表せられないほど。『卒業』でファンになった人も多いというので当然だろう。義母もS&Gといえば真っ先にこの曲を挙げますです。

 そして、セントラルパークコンサートで、2人で歌ったSlip Slidin' Away。ポールのソロの曲なのだけれども、こちらはかなりアートに雰囲気を合わせているかな。

 まだ小学生だった頃、この曲を気に入ってよくレコードでかけて貰った思い出の曲、El Condor Pasa。ここでも何の曲か分かると同時に拍手が一際大きくなる。リコーダーなどを駆使して、フォルクローレの雰囲気を醸し出す。バンドメンバー、器用すぎです。

 ちなみに、アーティーはこの時ジャケットを脱いでました。忙しいヒトだ(笑)


 多分続く。
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雑記 | 2009/07/16(木) 23:57 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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サイモン&ガーファンクルコンサート  ~コンサート前編(引っ張りすぎだろ)~
 before OFFを終えたら会場である東京ドームへ移動。店を出たタイミングにより、イッシーさん、BPさん、Mikiさん、私の4人である。イッシーさんが青森からいらっしゃっていることを聞いたMikiさんが、「遠くから来てるんですね」と感嘆の声を上げる。ええと、沖縄から来ているあなたは他人のことは言えませんよ?(笑)

 話をしているうちに、Mikiさんの先生がBPさんのご友人ということが発覚。いやはや、世界は意外と狭い。何の世界かというと、日本文学らしく、私にとっては4次元以上に縁の無い世界ですよ、ええ。
(2009.07.16 斜体はBPさんよりご指摘を受けて修正。ご指摘ありがとうございました)

 会場に着くと、凄い人だかり。アートのソロコンサートとは比較にならないレベルです。アートの時の方が人が少ないから音の良い会場で聞けるというのに、なんという体たらくなのか。まったく。

 で、イッシーさんがどうやらバックステージへのパスを貰えることになったとかで、Gachaさんに加えて私も招いてくださるという。おまけにもう一人をどうしよう、というので、Mikiさんを推す。遠くから来たファンで、ポールファンだから。って、私とは対極ですね、ええ。

 そんな涎がでそうな話を頂きながら会場へ着く。パスを貰うのにどうすれば良いか調整に入るイッシーさんを置いて、我々はお土産の買出しへ。前回は、「CD以外全部」とか「CDとビデオ以外全部」などという指定をするヘンな仲間が一緒だったのだけれども、今回はコレクターがいなかったため大人な買い方に。BPさんはプログラムと帽子を購入され、ついでに学生のMikiさんにポスターをプレゼント。男気を発揮されるBPさんの横で、私は自分用にプログラムとポスターとキーホルダーを入手。

 イッシーさんのところに戻ると、バックステージパスの話は無かったことになってしまったとのことで、ちょっと残念。良いんだ。私が好きなのはアーティーだからさ。

 それにしても、人、人、人。特に年配の方が多い。彼らが若い頃、S&Gは現役だったのだろう。だから年配の方が多いのは分かる。それでも、こうやってコンサートに来るならソロまでフォローすれば良いのに、と思ってしまう気持ちも沸いてきたのだった。

 などと思っていたら、次々と仲間に遭遇。before OFFには来ていなかったChieちゃん、門番さんの日本におけるアーティー大好き二大巨頭(ちなみに、Gachaさんとえむばっしさんを加えると四天王になる)に加えて、Chokuくんによしあきくんまで。こちらの2人はアートの来日の際、オーチャードホール前で一緒にApril Come She WillやらAmerican TuneやらKodachromeで騒いだ仲。旧交を温めようとするうちにもコンサート開始の時間はやってきて、急いで会場に入ったのだったのだった。
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雑記 | 2009/07/13(月) 00:23 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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サイモン&ガーファンクルコンサート  ~Before OFF編~
 実は、長い間サイモン&ガーファンクルのファンをやっている。HNのSkywriterだって、ガーファンクルのソロの名曲から頂いたもので、その傾倒っぷりも分かっていただけると思う。ファンの集いにかようこと10年以上というなかで、ガーファンクルのソロコンサートがあり、その時には憧れのアートからサインまで貰ってしまうという最高の経験ができた。

 そんなわけで、行ってきました、多分最後の来日公演、東京ドーム。音楽を聴くには、最悪な環境である。それなのにやたらめったら高い。なので、実は行く気が無かった。素晴らしいコンサートならアーティーのソロで堪能していたから。が、数箇所から圧力がかかり(笑)、一週間前に参加を決定。それまではコンサート前のオフ会に参加して、そのまま帰る予定でした。

 
 まずはオフ会。もう10年以上毎年毎年参加しているので、常連とはすっかり顔なじみ。早めに会場前に着くと、ちょうど7th Avenueさんがいらっしゃっていた。この方、昔サイモン&ガーファンクルの私設ファンクラブの会長さんをしておられた方で、日本で屈指のファンなのは間違いないところ。

 「Skywriterくん、本当に行かないの?」
 「いえ、行くことになりました。武道館は追加が決まってすぐ取りましたよ」
 と言うと、破顔一笑。
 「やっぱり、これが最後の機会だろうから行かなくちゃ」

 で、とりあえず店に入って暫くするとS&G、取り分けGへの愛に溢れたマンガを描かれているGachaさん、イッシーさんたちが続々とやってくる。やってくるなり、昨日のコンサートのマニアックな話で盛り上がる。アーティーの仕草がどうだったとか。私にもアーティの仕草が如何に可愛かったか、熱烈に説明してくださったのですが、残念ながら理解の範疇を超えていますです。

 ええと、こういう時って、○○って曲が素敵でした~♪とか、××が聴けて最高でした~♪っていうのがセオリーではないでしょうか。まず音響効果から語り始めるっていう辺り、愛が昂じ過ぎたのが垣間見えて楽しい。

 そうこうしているうちに、変人の巣窟S&Gファンの集うオンラインの憩いの場を管理されているこうもりさんがギターを持って登場。俄かに準備が忙しくなる。そんな折、幹事のうらうめさんから
 「Skywriter君、司会お願いね」
 ・・・全然聞いてないっすよ。無茶振りですよ。
 と思っても、とてもそんなことは言えない気の弱いわたくし。(本記事にはプライバシー保護のため一部フィクションを織り込んでお送りいたしております)

 で、いよいよ始まりました。演奏オフ。オープニングはこうもりさんとイッシーさんによるOld Friends/Bookend、続いてBleecker Street。なのですが、この時司会である私はアーティーの公演で知り合ったMikiさんを迎えに出ていて会場不在でした。

 なんとか演奏中には会場に戻り、続いて自己紹介タイム。ところが会場のざわつき収まらず、こうもりさんがこのコンサートについて特筆すべきことを話し始めると、それがちっとも終わらない。アメリカに追っかけに行って、バンドメンバーと知り合った話やら、その縁で今回の来日に際しても色々なことがあったとか、ポールファンには堪らない話が止まらない。うん、話したいんだよね、こういうファンでしか通じない話って(笑)。

 そして肝心の自己紹介タイム。今回はコンサートにあわせてのオフ会開催のため、初参加の方が沢山いらっしゃったのだが、特筆すべきはその地域性の広さ。なんと、北は北海道から南は沖縄まで、実に豪華な顔ぶれとなったのでした。30名を超える参加者がそれぞれ熱い思いを抱えていて、それがこうして語り合える場があるというのは本当にネットの功績だと思えてならなかった。

 続いて、現役時代からのファン4人(いまいさん、くろぎたあさん、みこやんさん、ampmさん)による、S&Gとポールのソロからの曲。まずはSlip Slidin' Away。終わったところで、
 「最初の曲が”滑って転んでさようなら”で景気悪いですね」
 とくろぎたあさん。この方、ポールサイモンと同じモデルの黒ギターを特注されてしまった方で、やっぱり愛の篭り方が半端ではありません。At The ZooやKathy's Songといった名曲を交互に歌われ、最後は全員でScarborough Fair。Canticleも付く豪華なハーモニーで〆となった。

 次はこうもりさんと、拾われボーカリストである私が2曲。今回は時間が無いため練習を一回も合わせてない上、当日に曲目変更という強行軍。で、歌ったのはFor Emily , Whenever I May Find Herと、セントラル・パークのコンサートで聞いて一発ではまったAmerican Tune。American Tuneについては、亡くなった母も好きだった、私にとってとても大切な思い出の曲。だったのですが、興奮しすぎたか、自分では満足行かない出来でした。残念。

 続いて、ひやまさん。学生時代からのファンでポールとほぼ同時期に同じ会社に入り、愛を深めに深めた方で、オフ会開催当初は大御所として恐れられていた畏敬の念を払われていたことも懐かしい思い出です。ここでもしゃしゃり出てA Poem On The Underground Wallをご一緒させてもらう。一緒に歌うのはもう7,8年ぶりくらい。ここでも大切な思い出を作りました。その後私は退き、ひやまさんがBoy In The Bubbleを。
 「今回のコンサート、アートはソロを3曲やるのに、ポールは3曲しかやらないんですよ」
 と憤慨しながら仰っていたのも良い思い出になります(笑)

 続くはSala's Bankさんという、こうもりさんのご友人コンビ。男女でS&Gをコピーされているのですが、これが年季の入った見事なハーモニーで、S&Gの歌はやっぱりこうじゃなきゃ、と思わされました。A Hazy Shade Of WinterやEl Condor Pasa、59th Street Bridge Songに加えて、S&GがファンのエヴァリーブラザーズのLet It Be Meなど、とても綺麗な歌でした。

 いよいよ最後の登場はイッシーさん。トリを飾るに相応しい、堂々とした演奏、安定した歌声。まずはThe Only Living Boy In New Yorkから。ここで急遽Sala's Bankのお2人と私がこうもりさんに駆り出され、4人でコーラスを担当する。コーラスがあるとないとで雰囲気が全然違うので、気合を入れるも一部フラット。ええ、ぼくはだめにんげんです。

 ところがここで時間が余ったことからこうもりさんがHearts And Bonesを。これが極めて遺憾なことに会場の体勢を占めるポールファンにいたく好評でした。

 次は、今回のオフ会中唯一のアートのソロ、Traveling Boy。唯一といって紹介したのに会場は静か。というわけで、
 「みなさん、拍手がたりないですよー」
 と個人的な遺恨に塗れた戯れ言を司会権限で言ったところ、一部から笑いと拍手が聞こえてきた。受けたなら良かった。そして最後はThe Boxer。相方を務めるのはこうもりさん。このお2人、本当に声も綺麗だし落ち着いていて素晴らしいステージでした。

 Before OFFはこれにて終了。意気揚々と2次会たるコンサートに向かったのでした。



 いつのものことで、続くかどうか分かりませんがとりあえずここまでUP。
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雑記 | 2009/07/12(日) 23:55 | Trackback:(0) | Comments:(4)

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689冊目 科学者の9割は地球温暖化CO2犯人説はウソだと知っている
科学者の9割は地球温暖化CO2犯人説はウソだと知っている  (宝島社新書)科学者の9割は地球温暖化CO2犯人説はウソだと知っている (宝島社新書)
(2008/08/08)
丸山茂徳

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評価:☆☆☆☆


 20世紀最大のペテンとは、ピーター・メダワーが精神分析を指して評した言葉だ。それに倣えば、二酸化炭素による地球温暖化は21世紀最大のペテンで確定だろう。

 予算を欲しい大気学者が一般大衆を脅して政府からの資金を毟り取ろうとしては、頑張ってシミュレーションで地球温暖化の危機を煽る。でも、考えて欲しい。シミュレーションなんて、人間が思い浮かぶ変数を入れて組み上げるもの。地球温暖化の信者は信仰に従った変数を入れるのだから、そんなシミュレーションで地球温暖化にならないという結論がでる訳が無い(仮に意に反した結果が出れば、変数の見直しかバグの調査が行われる)。

 しかし、ここ50年の間、地球が温暖化しているのは間違いが無い。では、何が地球を温暖化させているのか。著者はそれが太陽活動だと明示する。

 炭素14の生成量は、宇宙線によって規定される。その宇宙線の量は太陽活動に影響される。そして、この炭素14の増減が、歴史が示す寒暖と見事に相関を示す。一方、二酸化炭素主因説では中世の温暖期すら説明できない。この時期、グリーンランドは柳で覆われていたのだ。従って、中世の温暖期と同レベルまで地球が温暖化しても南方の島は海に沈まないし、異常気象が続発するようなこともない。これらは悪質な脅迫である。

 地球温暖化に主因を二酸化炭素に求めるには無理がありすぎる。実際、二酸化炭素よりも遥かに温室効果が高く、空気中の分量も圧倒的なのは水蒸気なのであり、二酸化炭素は水蒸気と比べると誤差レベルに過ぎない。ここでも無理がある。こんなものだから、2008年の地球惑星科学連合大会で、著者が取ったアンケートによれば、以下の通りの結果だったという。

「21世紀が一方的温暖化である」と主張する科学者は10人に1人しかいないのである。(略)
 またそのアンケートで10人のうち2人は「21世紀は寒冷化の時代である」と予測する。(略)
 そして、21世紀の気候予測について、残りの7人は「わからない」と考えている。
(p.4~5)


 おまけに、「このアンケートを公表したりして、何かを企む人が出るのではないか」といった噴飯ものの発言まで飛び出した、という。

 科学者の1割に信者を持つ新手の新興宗教に政治をゆだねてはならない。

 ただ、上記の引用文を読む限りではタイトルは扇情的に過ぎる。科学者の9割が二酸化炭素が地球温暖化の主要因であるなどというオカルトを信奉する科学者が1割としても、それを積極的にウソだと考えている人が9割いるわけではない。

 また、後半はかなり極端な政治的主張が多く、科学者として論じるべき一線を越えてしまっている気がしてならない。それでも宇宙線と気候の関連など、興味深い話題が多いことや、地球温暖化ではなく現実的に考えられる将来を、きちんと評価する術として有効だと思う。興味を持ったら是非読んでみて欲しい。
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その他科学 | 2009/07/10(金) 23:52 | Trackback:(1) | Comments:(7)

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688冊目 微粒子が気候を変える―大気環境へのもう一つの視点
微粒子が気候を変える―大気環境へのもう一つの視点 (中公新書)微粒子が気候を変える―大気環境へのもう一つの視点 (中公新書)
(1992/02)
三崎 方郎

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評価:☆☆☆☆


 気候を左右するものといえば二酸化炭素が思い浮かぶ向きもあるかもしれない。マスコミの偏った情報のおかげで、いまや気温変動の主因は二酸化炭素であるかのような誤解がまかり通っているがそんなことは無い。実際には水である。そして、もう一つは微粒子である。

 微粒子が直接気候に影響を与える場合は、例えば大規模な噴火である。舞い上がった噴煙は、太陽光が地表に到達するのを妨げることで気温を下げる。間接的な影響としては、水蒸気を水に換えることで雲を作ることが挙げられるだろう。雲は太陽光を跳ね返し、地球を寒冷化させる。加えて、液状になった水は重力に引かれて地球に落下する。即ち、雨。雨は微粒子が無ければ降ることが無い。その一事だけでも微粒子が地球に与える影響は無視できないだろう。

 本書は、サイズ的には取るに足りないように思える微粒子が地球環境にどれほど大きな影響を与えているのか説明してくれている。

 硫黄酸化物(SOx)や硝酸酸化物(NOx)のサイクル、オゾンホール、核の冬など、微粒子の振る舞いが丁寧に説明されているので、微粒子への興味を持たせてくれる。多岐に渡る影響と、その背景にある科学の紹介など、一昔の新書らしいバランスの取れた仕上がりと思う。
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その他科学 | 2009/07/09(木) 23:36 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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687冊目 ずっと死体と生きてきた。
ずっと死体と生きてきた。ずっと死体と生きてきた。
(2001/07)
上野 正彦

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評価:☆☆☆


 著者は監察医として、引退までに二万体の遺体の検死解剖に携わった人物である。なにせ、その医者としての社会生活で、生きた人を診たことが一度も無いという、正真正銘ずっと死体と生きてきた方なのだ。そんな著者が監察医を続ける中で出会った様々な話を振り返って綴っている。

 自殺、病死、他殺。死因によって死体に現れる状態が異なる。そこから死がなぜ起こったのかを明らかにするのが監察医の仕事である。特に、病死なのか事故死なのか、はたまた殺人なのかが分からないような事件において、監察医は活躍する。そのため、興味深い話の多くは殺人事件に関連したものだ。監察医として何を根拠にどのような判断を下し、それがどう捜査に役立ったかは、犯罪捜査に興味がある人の知的好奇心を満たすだろう。

 また、一つの試みとして、未解決の事件について自分の経験から犯人像を説いているのも企画としては面白い。ただ、これについては当否の判断のしようが無いため、判断は分かれるだろうが。それでも、あたった話ばかり聞かされると後出しジャンケンのような気分がしてくるものだが、こうやって予想を立てて誰にでも検証できるようにする、というのは勇気があると思う。

 こういった、犯罪に対して真剣に向き合おうとする態度はとても好感が持てるし、頼もしく感じられる。

 しかし、特筆しておくべきなのは、専門と関係ない分野になると途端にレベルが低下すること。

 今、凶悪事件が頻発し、子どもたちは荒れて平気で人に暴力を振るい、時に殺してしまうことがある。これは、”死の現実”というものを理解できていないからではないだろうか。死ぬことの痛みがまったく分かっていない。
(P.77より)


 などとご高説を御垂れくださっているのだが、少年犯罪が一番多かったのは今を遡ること60年ほど前ですよ。この点は犯罪白書を見れば一発で分かる。嘘だと思うなら、10代の殺人検挙者のグラフを見ていただきたい。むしろ今激増しているのは老人の凶悪犯罪、将に著者と同世代の人々が犯す犯罪なのですが。

 訳の分からない犯罪、というのは、実のところ一定の割合で発生している。これまでも発生してきたし、これからも発生し続ける。それは多様性がある以上、避けられないことなのだ。我々はそこから教育だとかなんだとかといったものに責任を押し付けて、昔は良かったと懐古趣味に走るべきじゃない。懐古趣味は、そこに浸る人にはぬるま湯の様に気持ち良いものかもしれないが、思い出フィルターによって良い方向に歪められている可能性が高いし、おまけに現実への対応力も持たない。

 やや残念なところもあるが、犯罪捜査に興味がある方には向いていると思う。
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ノンフィクション | 2009/07/08(水) 23:29 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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686冊目 ナースな言葉
ナースな言葉 (集英社文庫)ナースな言葉 (集英社文庫)
(2005/10/20)
宮子 あずさ

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評価:☆☆☆


 ナースの業界にも専門用語があるらしい。清拭やらなにやらの、ナース業界の専門用語の紹介と合わせて著者が感じることを綴ったエッセイ。文章の節々から、患者を思いやっていることが伝わってくるのが魅力。

 厄介な患者への複雑な思い、忙しい中での研修の面倒くささ、それでも学ぶことを楽しむ思い。きっとそれは多くのナースが共有する感情なのだろう。だから、命のかかった職場でがんばっていけるのだと思う。

 まあ、世の中には色々な人がいるので、色々なナースもいるだろう。面倒な患者を管理する、といった態度のナースもそれなりにはいるのだろうけど。

 病院は、人間の弱いところがどうしても出てくるところだと思う。私が入院していたときを思い返しても、毎日同じ景色の病室に軟禁されているようなものだという思いは消えなかった。21時の消灯などと言われても、そんな時間に寝られる訳もなく、自由もプライベートも無い空間。幸いなことに私は無縁だったが、その上に命の危険まである人だったらどうなるのだろう。

 だからきっと困った行動をする患者は沢山いると思う。でも、それは不条理でもある。そういった人々とも対峙するには優しいだけではダメだろうし、厳しいだけでもダメなのだろう。著者なりの考えを読みながら、漠然とそんなことを考えた。
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エッセイ | 2009/07/06(月) 23:35 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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685冊目 男の子って、どうしてこうなの? まっとうに育つ九つのポイント
男の子って、どうしてこうなの? まっとうに育つ九つのポイント (朝日文庫)男の子って、どうしてこうなの? まっとうに育つ九つのポイント (朝日文庫)
(2009/02/06)
スティーヴ・ビダルフ

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評価:☆☆☆☆


 私はこの世に生まれてこのかた3X年間というもの、一時たりとも休むことなく男をやってきた。いや、正確に言えば、妊娠した当初から休まず、というべきか。そんな男人生一筋の私は、結婚して男の子をもうけたわけであるが、男同士ということもあってとても過ごしやすい。いや、寝ているときに裏拳をかましてきたり、あろうことか股間に踵落としを食らわせてきたときにはさすがにそんな呑気なことは言っていられなかったけれど。

 私にとってはそれで片が付くかもしれないが、親の半分の成分を占めるところの母親にとっては、本書のタイトルにある疑問を抱かずにはいられないだろう。男の子って奴らはどうしてこう、こんななのだろう、と。

 その答えは実のところ簡単で、男と女では生まれる前の段階で既に発育が違う、ということに帰結する。従って、男の子と女の子では育て方を違うようにするというのが正しいありかただったりする。

 本書では、男の子の脳の発達は女の子と比べて遅いという事実を基に、男の子はどう育てていくべきかを論じている。

 その点で、本書は男の子の親にターゲットが絞られている。

 例えば、解剖学的に、男の子は脳の発達が女の子と比べて遅い。ということは、男の子の方が女の子と比べると、同じことを学ぶにも習熟が遅れるということだ。これは無視できない効果で、男の子の意欲を低下させる危険を持っている。そこで本書が主張するのは男の子の就学年齢を女の子と比べて一年遅らせる、というものだ。これは幼少期についてだけの話で言えば、素晴らしい提言といえる。というのは、文字を書く能力に劣る男の子が女の子と対等に渡り合えるわけが無い、ということに繋がるためである。

 ただ、本書では性格の少なくとも半分が遺伝であることに触れられていないのはアンフェアと思わざるを得ない。遺伝の影響は男女差にだけ働くわけではなく、性的な嗜好にのみ働くわけでもない。トータルとしての人格の半分は遺伝であることが明らかな以上、男の子として生まれたが故の方向性に加えて、遺伝的な影響による個性への影響を評価しないのは片手落ちと思われてならなかった。

 それでも男の子を持って戸惑う母親には良い本なのでは無いだろうか。男の子と女の子が根本的に違う生き物だということを理解するには良いきっかけになると思う。また、情緒的なつながりが重要であることを知るためにも。といっても、情緒的なつながりの重要さに関しては、親をやっていればある程度のところ自然に分かってくるものかもしれないけど。この点、一時期、抱っこすると抱き癖が付くから避けるべき、という一昔の教育方針を拭い去るくらいの効果しか無いかもしれないけれども。

 私と同じく、男の子を持つ親にとって重要な示唆を幾つも持っていることは間違い無いと思う。


 但し、性的な情報との接し方について言えば本書の価値はゼロといって良い。性犯罪が増えているかのような愚劣な過ちを平然と犯す辺り、ノンフィクションを書く資格に欠けるといっても過言はないだろう。著者にとっては残念なことに、ポルノの氾濫は事実だが、性犯罪の件数は急激に減少しているのもまた事実である(過去紹介済み)。論を大事にする余りに現実を無視するようでは本末転倒だろう。そこが残念だが、他の点では見るべき点が多いと感じた。
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医学・脳・精神・心理 | 2009/07/05(日) 23:55 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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684冊目 朽ちていった命―被曝治療83日間の記録
朽ちていった命―被曝治療83日間の記録 (新潮文庫)朽ちていった命―被曝治療83日間の記録 (新潮文庫)
(2006/09)
NHK「東海村臨界事故」取材班

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評価:☆☆☆☆☆


 JCOの東海村施設で発生した臨界事故。ウラン溶液を余りにも杜撰に扱った結果、臨海事故が発生、作業に当たっていた3人がのうち、2人が強烈な放射線を浴びた。そのうち、より至近で作業を行っていた大内さんは、致死量8Sv(シーベルト)を大きく超える20Svの放射線を浴びた。

 大内さんは東大病院に搬送され、そこで最先端の医療と親族らによる懸命の介護を受けるが、治療の甲斐無く、事故発生83日目に、遂に亡くなった。本書は臨界事故から大内さんが亡くなるまでの壮絶な戦いの記録である。

 私は大学時代、少しだけ放射線を扱ったことがある。その関係で、放射線が人体に与える影響についてはやや専門的な授業も受けていた。だから、大内さんが浴びた放射線が致死的な量であることはすぐに理解したし、そんなに長くは生きていられないだろうとも思った。その予想自体は正しかったわけだけれども、その裏で展開されていた懸命な治療と、その努力を嘲笑うかのごとき放射線が人体に与える影響の恐るべき実態にはとても思いが至らなかった。

 放射線は、最も活発に分裂する細胞を狙い撃ちにする。それは皮膚を生み出す細胞であったり、免疫を司る細胞だったり、粘膜の細胞である。これらが失われたらどうなるか。古くなった皮膚は剥がれ落ちるが、新しい皮膚は無い。免疫力が極端に下がるため、通常の免疫力を持つ人ならかからないような感染症に侵される。粘膜が失われるため消化すらできなくなる。そして、この状態は放射線を浴びた人が生きる限り、永遠に続く。

 導き出されるのは冷厳な結論。即ち、今でも放射線を浴びすぎてしまった人にできる根本的な治療は無いということ。

 それでも、大内さんの事例は次以降の悲劇を少しでも防ぐきっかけになり得るのではないだろうか。放射性物質の杜撰な取り扱いだけではなく、取り扱う側の注意すべきことや、そして、致死量ではない放射線を浴びてしまった場合の救急医療について。

 いい加減な管理体制、危険を忘れたあってはいけない事件。そこから何かを学ぶことが、失われたお二人の命に報いる唯一のことだと思う。不完全な存在である人間が、潜在的には常に危険を持ち続ける核を手放さないのであれば、事故はいつか再発する。その時に、今回の事例を役立てるのに貴重な記録になっていると思う。



 私事だが、事故と同時期、私も大切な家族の回復を必死に願っていた。だから、大内さんのご家族の姿が当時の私の周りと被ってならなかった。助からないとなったとき、医療がどうあるべきなのか、きっと正しい答えなんか無い。もう助からないは死ではないというのが、せいぜい掴み取れるぎりぎりの共通認識だと思う。

 本書でも苦悩する医療従事者の姿がありのままに表現されている。そして家族の懸命な姿も。

 医療従事者の側からも、被災者の側からも、被災者を支える家族の側からも、救急医療について考える良い機会になると思う。
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ノンフィクション | 2009/07/03(金) 22:48 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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683冊目 今村均―信義を貫いた不敗の名将
今村均―信義を貫いた不敗の名将今村均―信義を貫いた不敗の名将
(1999/06)
葉治 英哉

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評価:☆☆☆☆


 帝国陸軍にあって、精神論に流れず、補給を軽視せず、占領地の人々にも温かい目を注いだ将軍、今村均大将。終戦前、どの方面軍も一様に飢えていたというのに、今村率いる軍は食料の自給自足体制を整えていたために例外となっている。泥を啜り、草を食んでも精神力で乗り切る、といった愚かな精神論に流れなかった。

 統治者として優れていただけではなく、軍を率いては常に目的を達成。負け戦である太平洋戦争において不敗という、驚嘆すべき功績も残している。それには幸運も味方しているが。敗戦時にはラバウルにあったのが、アメリカ軍がラバウルを敢えて攻略せずに先を急いだことはその最たるものであろう。

 本書は文武共に優れた将軍の行跡を辿り、その人間的な魅力を紹介している。インドネシア統治にあってはスカルノを釈放するなどしてインドネシア人にも丁寧に接し、敗戦後には復讐的な戦犯裁判でいい加減な裁判から部下を守ろうと奔走する。おまけに、日本帰国後も、自ら望んで部下達が収容されている刑務所に服役囚として戻っていく。精神論には頼らなかったのに、精神的な強さは人一倍の、この稀代の人物を知る機会があったことは嬉しい。

 ただ、節々に行き過ぎた表現が見られるのが引っかかった。例えばノモンハン事件について、世界戦史上に類を見ない惨敗(p.75)と表現しているが、死傷者で言えば日本軍よりもソ連軍に多くの犠牲者が出ていること、兵器の損失についてもソ連側の方が被害が大きかったことからすればそこまで言い切るのは問題だ。戦後処理においてソ連側の主張が通っていることから、日本軍の方が継戦能力に欠けていたのは間違いない。

 継戦能力に差が生じた原因として補給線や生産力の差があるのは事実だろう。また、この補給や生産力を日本軍が無視したのも事実だろう。だから、日本軍が補給の重要さに気付かなかったという批判は正当なものだと思う。しかし、そこから先は言いすぎでしかない。批判は正しく行わなければ、全体の信用度が下がってしまうので、ちょっと残念。また、文章がやや散文的で、頭に入ってこないのもややマイナスポイント。このあたりは著者と年代が離れているため、慣れ親しんだ文章の違いかもしれないけど。

 腐したところはあるが、それでも今村大将の人間的な魅力はひしひしと伝わってきたのは事実。トータルとしては満足できた。
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太平洋戦争・二次大戦・現代史 | 2009/07/01(水) 23:57 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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