![]() | なぜ地球が動くと考えたのか (集英社文庫―大発見) (1991/09) ダニエル・ブアスティン鈴木 主税 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆
364冊目で紹介した『大発見〈1〉どうして一週間は七日なのか』、372冊目で紹介した『大発見〈2〉地図はなぜ四角になったのか』に続く3巻目。この巻で取り上げられるのは、タイトルどおり天動説から地動説への移行はどのように起こったか。
地球が平らであると信じることにはさして根拠は無い。遠ざかる船は下から姿を消し、北あるいは南に進んでいけば太陽が南中したときの影の長さが変わる。これらは地球が平らとしては考えられないことだ。
しかし、地球は宇宙の中心にあって不動であるというのは、余りにも自明のことと思われても不思議は無い。なにせ、地球が動いている証拠なんて身近には存在しないのだから。それでも幾つかの発明によって、地球は太陽の周りを巡っていることが明らかになる。その中心にあったのは、望遠鏡の発見だった。
望遠鏡を、天空の窮みに向けたのはかのガリレオである。望遠鏡による精緻な観察の結果として、地球は宇宙の中心の座からは転落したが、不思議に満ちた魅力的な宇宙が人間の前に現れたという点で、その功績の大きさは明らかだろう。
望遠鏡ができれば、次は顕微鏡。顕微鏡と望遠鏡の組み合わせによって、我々はミクロとマクロの世界へ、好奇心を広げられるようになったのだ。これら大発見の経緯を要領よく紹介していく。
本書の後半では、外なる不思議から内なる不思議へと話が向かう。内なる不思議。それは人体に関する話題だ。
恐らくは、人類が根源的に持つ死者への怖れから、多くの社会で解剖は認められてこなかった。その結果、人体を良く知り、治療に結びつけることは至難の業だった。長く医療とは、可能な限りの努力をして知識の地平を広げようとしたギリシア時代の医者ガレノスの教えを教条主義的に押し付ける行為に他ならなかった、と著者は指摘する。そこへ登場する海千山千の人々のお陰で、近代医学への道が切り開かれてきた。
中にはパラケルススのような異端の人物から、多少の飛躍はあっても血液循環を導き出したウィリアム・ハーヴェーといった有名人まで色々な人物が登場する。
面白いのは、新規な説が現れた際には必ず激烈な反対が待っていること。ガリレオの望遠鏡を覗くことを拒否した人物の言い訳は、望遠鏡を覗いても「ガリレオにしか見えないものが見えるものだし・・・・・・おまけに、そんな眼鏡を覗いていると頭痛がする」というものだった。私自身、しばしば新しいものや考えには抵抗を覚えてしまうが、この妄言のように、後で悔やむことが無いようにしたいものだ。
本書では、学会ができるようになり、科学者達の先取権争いが活発になるまでを紹介している。主に悪名で名高いニュートン・ライプニッツ論争を始め、この頃から諍いが活発となっていく。今もそれは続いているのだが、今の方がマシだと信じたい。だが、これらの争いすら、大発見の背中を押してきたのだから、この続きがどうなるか、楽しみばかりが膨らむ。
どこかで続きを発見できますように。
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