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Skywriter

Author:Skywriter
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お勧めした本を面白いと思ってもらえると最高です。

BK1書評の鉄人31号。
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528冊目 2000年間で最大の発明は何か
2000年間で最大の発明は何か2000年間で最大の発明は何か
(1999/12)
ジョン ブロックマン

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評価:☆☆☆☆


 読む前に自分で考えたのは印刷術。大量印刷が現代文明を形作るのに果たした役割はどれほど重要視しても足りそうにない。しかも、これがなければ私の趣味などどこかに吹き飛んでしまう程のものである。というわけで、歴史上の意味合いに自分の趣味を加味すると印刷術、ということになる。次の候補は蒸気機関に始まる動力機関であろうか。

 そう思いながら読み始めた。最大の発明を選んでいるのは、著者の開設した「第三の文化」メーリングリストのメンバーたち。このメンバーに選ばれているのは、巧妙な科学者や技術者たちである。

 我々でもその名を知る科学者も名を連ねていて、気鋭の脳科学者、ラマチャンドラン(『脳のなかの幽霊』や『脳のなかの幽霊、ふたたび 見えてきた心のしくみ』は最高に面白い)やリチャード・ドーキンスらの名前を見つけることができる。

 挙げられている項目には、確かにこれがなくては現代文明は無いよな、というものもあれば、重要かもしれないけれども2000年来で一番かといえば疑問があるものもある。

 その一端として、印刷機、電動モーター、カラベル船、インド-アラビア計数法、大学、インターネット、蒸留法、テレビ、麻酔、淘汰による進化の考え、望遠鏡、時計、量子論を挙げておこう。これらの項目について、なぜそれを最大の発明と考えるのか、各人が説明を加えている。

 一番意外だったのは、”超自然現象を信じないこと”。これを挙げたのは、ノーベル物理学賞受賞者のマレー・ゲルマン。近いものとして、”非宗教主義”が載っている。後者の理由をちょっと引用する。

われわれは、神の意思や神の罰への恐怖にまつわる迷信から解放され、自由に人生を歩みながらゲームを組み立てていくことができるようになった。
 (略)わたしは、高学歴で知力のある成人の多くが、願望実現を期待する子どもじみた信仰心を神にたいしていだいていることに驚きを感じている。


 この指摘は重要と思う。先進国においては、神の作った秩序なんてものに思考から人としての在り方に至るまで縛られることはない。こういう、概念も含めた上で一番の発明は何になるのか。それを考えてみるのも面白いと思う。
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ノンフィクション | 2008/06/29(日) 18:28 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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527冊目 現代アラブの社会思想―終末論とイスラーム主義
現代アラブの社会思想―終末論とイスラーム主義 (講談社現代新書)現代アラブの社会思想―終末論とイスラーム主義 (講談社現代新書)
(2002/01)
池内 恵

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評価:☆☆☆☆


 科学や金融、芸術の歴史を調べれれば必ずやアラブの多大な影響に触れられるのだが、アラブが世界の最先端であった時代は遠い昔に去った。今ではイスラムやアラブという単語に寛容さや進歩的な概念を感じる人はほとんどいないに違いない。フセインの暴政、タリバンやビンラディンといった西側の思想とは相容れない人々の存在がそのイメージ低下に拍車をかける。

 それは表層に出てくるイメージだけの話ではないのか。我々が接する、マスメディアを通しての少量の情報がアラブへの偏見を植え付けているのではないか。

 本書は、そんな疑問への回答となっている。アラブ社会の現状は、自己憐憫と陰謀論の隘路に陥ってしまっていることが明らかにされているのだ。

 「イスラームが解決だ」と、耳に心地よいかもしれないが具体的な解決策を示せない知識人たち、蔓延する陰謀論。これらをもたらした直近の起源としては、中東戦争の連敗やパレスティナ問題での社会の分裂、湾岸戦争などが挙げられるだろう。しかし、本書はそこから更に一歩踏み込んだ議論を展開している。即ち、コーランが持つ終末論観念が根源にある、という指摘である。

 終末論がオカルトと結びつきやすいことは改めて論じるまでもあるまい。終末論自体がオカルトであるからそれは避けられない。そこに、西欧からのオカルト情報が入り込み、それがイスラエルの陰謀論と混ざり合うと、ゲテモノ以外の何物でもない怪しげな思想ができあがる。悲しむべきことに、これが社会に受け入れられてしまっているのである。

 アラブ世界の思想が隘路にはまり込んでしまっていることを丹念に示しているのは見事。特に、象牙の塔に篭っている研究者からは無視されてしまうであろう、終末論への傾倒に少なからぬ紙幅が割かれているのもありがたい。こうした状況を説明してくれることで、現在のアラブ世界の理解を助けることができると思う。

 興味を向ける先の社会が、現実を見据えておらず他文化と共存する未来を描いていないことを示すのは研究者にとって辛いことだろう。著者自身は「アラブ世界が不本意な歴史の展開の過程で行き着いた思想的袋小路を描くのは、著者にとって非常な苦痛だった」と述べている。

 西洋社会がもたらした世界規模の破壊の跡が、今もこうして活きていることに深く同情せざるを得ない。それがイスラーム的な社会と相容れるとは思えないので、当面の間、今の状況が続くとは思う。それでもいつかこのような隘路を抜けて、現実を見据えて社会の変革を図る人々が生まれくることを願ってやまない。
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ノンフィクション | 2008/06/28(土) 16:37 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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526冊目 ドラゴンがいっぱい!―アゴールニン家の遺産相続奮闘記
ドラゴンがいっぱい!―アゴールニン家の遺産相続奮闘記 (ハヤカワ文庫 FT ウ 4-1)ドラゴンがいっぱい!―アゴールニン家の遺産相続奮闘記 (ハヤカワ文庫 FT ウ 4-1)
(2008/03/07)
ジョー ウォルトン

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評価:☆


 ドラゴンがいっぱい。そう。ドラゴンがいっぱい出てくる。むしろ、主要キャラクターはドラゴンしかいない。で、そのドラゴンが何をするかというと遺産相続争い。

 裁判を起こしてみたり、階級ゆえに叶わぬ恋に焦ってみたり、結婚の持参金を気にしたりと、まったくもってどうでもいいことしかやってない。人間が主人公でもそんな下らない話に興味ないのに、そこにドラゴンを持ってこられると余計に腹が立つ。

 だってさあ、ドラゴンなんだよ、ドラゴン。神話的な、畏敬と恐怖の対象たるドラゴンが書類の山を捌くところ、見たく無いでしょ?裁判で証人になるとかならないとか、興味ないでしょ?そうだよね?そうに決まった。だったらやっぱり血沸き肉踊るような冒険活劇を期待するしかないでしょう。剣と魔法(あんな程度の翼じゃ力学的に飛べないのは明らかなんだから魔力的に飛んでいるしかないじゃないか)の世界わくわくする世界。それがファンタジー好きな読者の求めているものなんだよ!!ファンタジー好きの求めるものじゃなくてお前の求めるものだろうという突っ込みは的を射すぎちゃってるので却下します。

 あまりにも苦痛な内容だったため適当に飛ばし読み。読みきっても満足感なし。ストーリーはまあどうでも良いや。予定調和的にめでたしめでたしで終わるんだけど、一番嬉しかったのは読み終わったこと。外出先にもっていくものじゃないね。家にいたら1割も読まずに捨ててたよ。

 こんな私にとって興味ないことしか書いてないと知っていれば絶対に手に取ることはなかった。そんなものにカネを払ってしまったことをとても後悔しています。カネは有限だし、本を読む時間も有限なので次はもっと楽しい本に巡り会いたい。
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SF・ファンタジー | 2008/06/24(火) 21:38 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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525冊目 今日の早川さん 1,2
今日の早川さん今日の早川さん
(2007/09/07)
coco

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今日の早川さん 2今日の早川さん 2
(2008/05/23)
coco

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評価:☆☆☆☆


 ご存知の方も多いだろう。coco's bloblogで連載されいてるwebマンガである。SF者の早川さん、純文学読みの岩波さん、ホラー専門帆掛さん、ラノベ好きの富士見さんの4人を中心にした、本ヲタのぬるい日常を描いている。レアキャラとして出てくるのは、国生さん。彼女は本を読むのも好きだが集めるのも好きという難儀なヲタである。

 純文学を読む岩波さんはかなり傲慢で娯楽本読みを見下していて、早川さんはちょっと押され気味。対抗馬はレア本マニアの国生さんか。さすが、国書刊行会の名を冠しているだけのことはある。富士見さんだけちょっと年齢が離れているので姉御パワーに圧倒されているけれども、素直な子なのでつい仲間のお勧めの本を借りては失敗してしまうところが微笑ましい。

 本好きにとっては思い当たる節が多くてもだえるのではないか。かく言う私もその一人。本屋めぐりをしてしまったり、出かける前に本屋に入って財布を空にしてしまったり。ああ、身につまされる。

 我が嫁のヒト曰く、「早川さんは痛すぎて受け付けない」。でも、なんというか、我が身を省みて赤面するようなことを早川さん(と岩波さん)がやっていて、どうにも親近感が湧いてしまうわけです。ヲタでごめんなさい。

 また、2巻では帆掛さんがクトゥルー神話に登場する魔界の猟犬ティンダロスを呼び出してしまうという展開がある。邪神ファン(?)にも堪らない。ブログでは見られない短編マンガが読めることもあって、楽しく読んだ。

 個人的には異形の群れも好き。こちらはクトゥルーに出てくる邪神たちが大活躍。と言っても、花見で酒飲んで暴れたり、邪教の教えを広めるためにいかがわしい雑誌を作ったりととても邪悪を感じさせない。ちなみにハスター派。
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マンガ | 2008/06/21(土) 21:48 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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524冊目 スパイの世界史
スパイの世界史 (文春文庫 う 18-2)スパイの世界史 (文春文庫 う 18-2)
(2007/07)
海野 弘

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評価:☆☆☆☆☆


 実に浩瀚にスパイのエピソードを集めている。もっとも、世界史とは銘打っているが、取り上げている話題のほとんど全ては第一次大戦以降のものである。国家が積極的に諜報機関を持ち、スパイを活用するようになったのがそれ以降であることを考えれば当然かもしれない。

 マタ・ハリやゾルゲのように広く知られたスパイから、キム・フィルビー、エリー・コーエン、ローゼンバーグ夫妻といった、諜報の世界について語られる際には必ず顔を出す面子、果てはアラビアのロレンスのように名前は知られていてもスパイとしては知られていなかった人物まで広く浅くスパイたちの活躍が描かれる。

 一次大戦の原因となったオーストリアのフェルディナント皇太子暗殺に潜む陰謀、二次大戦時のヨーロッパを中心にした苛烈な情報戦争、そして冷戦以降のCIAとKGBの争い。どのようなスパイがいて、どのような情報が敵国に伝えられていったか。それが世界史をどのように動かしていったか(あるいは動かさなかったか)が明らかにされている。

 現代史とは、政治や経済や軍事といった表の動きを辿るだけではとても全貌をしることができないものだと改めて感じさせられる。隠れた情報戦争が持つ威力の大きさにはきちんとした評価を下しておかなければならないだろう。

 しかし、情報の持つ威力の大きさを知ると同時に、情報を扱うことが極めて難しいことにも思いを馳せることになる。正確な情報を得ておきながら、正しい判断を下せなかった事例の何と多いことか。最後は、情報を受け取り、判断する人物の気まぐれや嗜好が、世界を動かしてきたというのもまた確かなのだろう。

 参考文献の多さも特筆すべきものだろう。622~638ページ目が参考文献に当てられている。スパイに興味がある方は、入門として本書を手に取り、参考文献に進んでいくのも良いかもしれない。

 ただ、スパイ活動の中でも少なからぬ分量を占めるシギント(SIGnal INTelligence)についてはほとんど触れられていない。そこがやや残念なところか。そちらについては、7冊目で紹介した『すべては傍受されている』が詳しいので興味がある方はどうぞ。
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ノンフィクション | 2008/06/19(木) 23:07 | Trackback:(0) | Comments:(4)

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523冊目 個人的な愛国心
個人的な愛国心 (角川oneテーマ21 A 58)個人的な愛国心 (角川oneテーマ21 A 58)
(2007/01)
日垣 隆

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評価:☆☆☆☆


 日垣 隆さんの本を読むと、いつも世の中には不条理がまかり通っていると思わされる。本書でも、政治、司法、行政すべての分野の不条理が明らかにされている。

 マスコミが”公共”を盾にどれだけ出鱈目をやっているか。部活とは何か。年賀状は必要か。アメリカにばかり優遇措置をとる実態を知っているか。

 相変わらず著者は怒っている。その怒りを、感情的に為らずに表現するのが著者の真骨頂だ。

 一番おぞましかったのは、殺人者にばかりやさしい今の日本の姿だ。被害者は治療費は勿論、血痕の存在有無を確かめるルミノール液散布の後始末の費用さえ払われない一方で、加害者は一切の費用負担を免れてのうのうと暮らすこの偽善。あきれ返るばかりだ。

 ただ、本書は時事ネタを扱った、他所での連載を基にしていることもあり、あまり目新しさは感じられない。そこが残念でならない。一回分のボリュームも少なかったらしく、深くつっこんでの話はできていないので、著者の真価を確かめたい方は別の本を読んだ方が良いかも知れない。逆に、広く浅く日本の問題点を知ろうと言う方には最適なのではないか。 



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ノンフィクション | 2008/06/16(月) 23:57 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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522冊目 三国志男
三国志男三国志男
(2008/05/09)
さくら 剛

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評価:☆☆☆☆


 ミーハーファンが、三国志への愛が昂じて中国各地の三国志遺跡を巡ってしまった軌跡を余すところなく、ついでに歯に衣を着せることなく語ってしまう本。

 その旅はこのように行われたという。

「関羽」「赤壁」「張飛馬超一騎打所」と紙に書いてタクシーの運転手や近所のおばちゃんに見せることのみで三国志遺跡を訪れる執念の旅
P.7(強調は著者による)


 これで北伐の舞台となった祁山、劉備の蜀遠征の際に参謀だった龐統が戦死した落鳳坡(実際には龐統が死んだのは絡城攻防戦の間であり、この地名自体が当時は存在しなかった)、趙雲が劉備の子供を抱えて敵中を駆け抜けた長坂、麦城、赤壁、白帝、定軍山、街亭、五丈原、古隆中、虎牢関と三国志ファンならば地名を聞いただけでつい感慨深くなってしまうところを抑えている。

 といっても、この蜀の絡む率の高さはなんだろう。いや、写真とかから、太史慈や朱然、魯粛(著者が巡っただけでも3箇所)、周愈、孫堅、孫権といった呉の武将や夏侯淵、夏侯惇、徐晃、張遼といった魏の武将、華陀、王允、馬騰といった後漢末期に活躍した人物たちの墓を巡っているようなのだが、文章となるとほとんど蜀がらみ。著者の劉備好きが見えてくるのが良い(笑)

 それにしても、中国のおおらかさと言うか適当さと言うか、なんでもごたまぜにしてしまうのにはつい苦笑させられてしまう。諸葛孔明を祭った南陽武侯祠にはなぜか恐竜の展示がある。祁山の「三国城」には孔明にちなんだジオラマに続いて拷問の再現シーンが現われる。恐竜もお化け屋敷も三国志も人気あるから全部まとめちゃえ、とでもいうような、そんな趣がある。

 遥か昔のことだからか、遺跡の扱いも好い加減。石油会社の敷地内にあるため近寄ることもできない夏侯淵の墓はまだマシな方で、夏侯惇の墓は壊され、除庶の像は近所の洗濯物に埋もれている。

 三国志の遺跡を求めて遥かな僻地でも厭わずに出かけていく。そんな旅、ファンならいつかやってみたいものだ。でも仕事やら生活があるので、無理なことも分かっている。だからこそ、他人が辿った足跡で楽しむしかない。ミーハーな著者がディープなファンでも行けないような遺跡を巡っているシュールさがまた楽しい、そんな紀行文。堅物なファンは読んじゃダメな、そんな一冊。
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未分類 | 2008/06/14(土) 16:43 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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521冊目 なぜ地球が動くと考えたのか
なぜ地球が動くと考えたのか (集英社文庫―大発見)なぜ地球が動くと考えたのか (集英社文庫―大発見)
(1991/09)
ダニエル・ブアスティン鈴木 主税

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評価:☆☆☆☆


 364冊目で紹介した『大発見〈1〉どうして一週間は七日なのか』372冊目で紹介した『大発見〈2〉地図はなぜ四角になったのか』に続く3巻目。この巻で取り上げられるのは、タイトルどおり天動説から地動説への移行はどのように起こったか。

 地球が平らであると信じることにはさして根拠は無い。遠ざかる船は下から姿を消し、北あるいは南に進んでいけば太陽が南中したときの影の長さが変わる。これらは地球が平らとしては考えられないことだ。

 しかし、地球は宇宙の中心にあって不動であるというのは、余りにも自明のことと思われても不思議は無い。なにせ、地球が動いている証拠なんて身近には存在しないのだから。それでも幾つかの発明によって、地球は太陽の周りを巡っていることが明らかになる。その中心にあったのは、望遠鏡の発見だった。

 望遠鏡を、天空の窮みに向けたのはかのガリレオである。望遠鏡による精緻な観察の結果として、地球は宇宙の中心の座からは転落したが、不思議に満ちた魅力的な宇宙が人間の前に現れたという点で、その功績の大きさは明らかだろう。

 望遠鏡ができれば、次は顕微鏡。顕微鏡と望遠鏡の組み合わせによって、我々はミクロとマクロの世界へ、好奇心を広げられるようになったのだ。これら大発見の経緯を要領よく紹介していく。

 本書の後半では、外なる不思議から内なる不思議へと話が向かう。内なる不思議。それは人体に関する話題だ。

 恐らくは、人類が根源的に持つ死者への怖れから、多くの社会で解剖は認められてこなかった。その結果、人体を良く知り、治療に結びつけることは至難の業だった。長く医療とは、可能な限りの努力をして知識の地平を広げようとしたギリシア時代の医者ガレノスの教えを教条主義的に押し付ける行為に他ならなかった、と著者は指摘する。そこへ登場する海千山千の人々のお陰で、近代医学への道が切り開かれてきた。

 中にはパラケルススのような異端の人物から、多少の飛躍はあっても血液循環を導き出したウィリアム・ハーヴェーといった有名人まで色々な人物が登場する。

 面白いのは、新規な説が現れた際には必ず激烈な反対が待っていること。ガリレオの望遠鏡を覗くことを拒否した人物の言い訳は、望遠鏡を覗いても「ガリレオにしか見えないものが見えるものだし・・・・・・おまけに、そんな眼鏡を覗いていると頭痛がする」というものだった。私自身、しばしば新しいものや考えには抵抗を覚えてしまうが、この妄言のように、後で悔やむことが無いようにしたいものだ。

 本書では、学会ができるようになり、科学者達の先取権争いが活発になるまでを紹介している。主に悪名で名高いニュートン・ライプニッツ論争を始め、この頃から諍いが活発となっていく。今もそれは続いているのだが、今の方がマシだと信じたい。だが、これらの争いすら、大発見の背中を押してきたのだから、この続きがどうなるか、楽しみばかりが膨らむ。

 どこかで続きを発見できますように。
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その他科学 | 2008/06/11(水) 23:50 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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520冊目 女の子どうしって、ややこしい!
女の子どうしって、ややこしい!女の子どうしって、ややこしい!
(2003/06/15)
レイチェル・シモンズ鈴木 淑美

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評価:☆☆☆☆☆


 昔、塾でバイトをしていた頃の話。私の元に、幾人かの女の子がやってきた。何事かとおもったら、全員で口を合わせて、そこにはいない女の子の悪口を言いに来たのだった。悪口を言われた子は、そのクラスどころか学年でトップクラスに可愛い子(おまけに勉強もトップクラスにできた)だったので、私としては嫉妬しているのではないかと思った。

 これだけ文句を言うならさぞ仲が悪いのだろうと思いきや、当のその子が来て授業が始まると、文句を言っていた子と隣に座って仲良さそうに雑談していた。つい先ほどの悪口が嘘ででもあったかのように。

 多分、多くの女性はこれに類することを身近で体験しているのだろう。AとBが一緒の時にはCの悪口を言い、BとCが一緒の時にはAの、CとAが一緒ならBの悪口が交わされる。女の世界は闇だと思ったものである。

 結婚した相手は、そういう陰湿な付き合いをしてこなかった人で、トイレに一人で行くのが平気だったという。私が一人でトイレに行けなかったのは、せいぜい小学校低学年の夜中だったというのに。(だって、トイレで用を足しているとき、後ろに何かの雰囲気感じません?おまけにトイレから出たら、立て付けの悪い洋間のドアが少しだけ開いていて、暗闇がその深遠を覗かせているわけですよ)

 私からすれば、なんだってまたそんなに悪口の思いつく相手と付き合うのか、疑問が尽きない。でも、これらはたまたま私が見聞しただけの世界だと思っていた。

 しかし、そうではないようだ。著者はアメリカ人。女の子同士の間で交わされるいじめを研究している。著者はそれを裏攻撃と定義しているのであるが、その特長は大人が気付かないような精巧さで行われる、無視や冷やかしである。しばしばグループによって行われ、一度仲間に入った者でも反覆が常。ああ、女社会は男社会より複雑だ。

 事実、女の子のいじめについて知る人は一様に、男の反目は見抜けても女どうしの諍いは分からないという。

 これについて、毛の生えたようなもののブロガーさんが体験されたことを理系の女の子の取扱説明書というエントリからちょっと引用する。

 小中学校の女の子は普通、群れをなして行動します。この群れは、その群れのメンバーをただ肯定するだけに存在します。例えばメンバーの誰かが発言した内容に否定するようなことを言ったがために、喧嘩したり無視されたり陰口叩かれたりと言うことは日常茶飯事です。


 こうして女性同士の群れから裏切られ、排斥された人の中には今でも同性を信じられないという人もいる。

 だが、本書は絶望を描いているのではない。この閉鎖的な女の子どうしの付き合い方を、よりよくするための方策を探っているのである。それが、かつて女の子どうしの付き合いのなかでいじめる側にもいじめられる側にもなったことのある、著者のやりたいことなのだ。本書が女の子たちと日常接する機会の多い人々の目に留まることを願ってやまない。皆に信じられる友人の現れんことを。
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ノンフィクション | 2008/06/09(月) 23:15 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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大三国志展に行ってきました
 東京富士美術館にて開催中の、大三国志展に行ってきました。ヲタですから。なお、ここは世界各地で危険なカルトとして公式に認められている創価学会の系統なのがとてもとても気にかかる。すみません、カルトの資金源を与えてきてしまいました。

 こうした葛藤と戦いつつ入館。すると、特設展の入り口にはしっかりと創価学会の来歴が紹介されていて萎える。その前に立っている人たちは間違いなく全員カルト信者だと思うと背筋を冷たいものが走るのは事実である。

 この宗教が最大の支持者を持つ政党と野合的に結びつき、マスコミ界まで牛耳っているのは異常だ。学会批判ができないことは既に鶴のタブーとして広く知られている。興味がある方は是非フランス国営放送の『創価学会――21世紀のカルト』を見て欲しい。




 気を取り直して、内容を。

 展示はおよそ半々に分けられる。前半が、三国志を後世の人々がどう表現してきたかで、後半は三国時代の文物の紹介である。私としては、後半のものを期待していたのでちょっとがっかりした。

 コーエーなどの三国志の表紙、確かに美しい絵だとは思うけど、なにもここで見る必要は無いんだよな、と思いながらスタート。なんというか、余りに西洋チックな表現でそぐわない。まあ、昔の中国の絵で美人と言われても美人に見えないのはちょっとアレとは思う。

 そこを越えると、出るわ出るわ、諸葛亮への篤い思い(笑)。名高い三顧の礼や五丈原での陣没など、描かれる場面の多くが諸葛亮がらみ。あとは趙雲が劉備の子を守って単騎敵中を駆ける勇姿。蜀の人気は高いとつくづく実感。そういう自分も好きなんだけどね。

 美周朗(美しい周の殿様)と言われた周喩がちっとも格好良くないのにニヤニヤし、赤壁古戦場跡の、でっかく書かれた赤壁の文字よりもこんな崖っぷちじゃあ火刑はできないから実は戦場はここじゃなかった説は正しいのは間違いなさそうとか、場違いっぽい感慨が多い。この辺りはあくまで、人々がどういうイメージを抱いてきたか、だから文句は言わない。


 注目の後半は、武器の展示から始まる。1m余りの剣や、中国で発達した戟や矛や弩といった武具、金印、貨幣と見るべきものが多い。貨幣に関して言えば、銅の産地であった蜀がやはり優れいていたので出土も多く、嬉しい。やはり注目は呉の武将、朱然の墓からの出土品。名刺や食器など、往時を偲ばせるものがあり、想像ばかりが逞しく膨らんだ。

 特筆すべきは、なんといっても魏の国力の高さ。銅雀台の模型から、壮大な宮殿の全体像が見える。アーチを描く橋で結ばれた三つの巨大な建物。これができたとき、劉備はまだ本拠地すらなかったのである。蜀にとって、魏の圧迫感はたまらなかっただろう。予想通り、このゾーンが一番楽しい。いつか本場に行って見てみたいなあ。

 それにしても、周りの人の会話が聞こえてくると、余りの分かって無さにクラクラする。ヲタですから。ヲタ仲間と一緒に来てわいわい言いながら見たらさぞ楽しかっただろうなあ。周りはドン引きかもしれないけど。

 会場をでると、カラクリ製の指南車が。おのぼりさんよろしく写真を撮って、カタログをお土産に帰ってきた。総合的には、私のようなヲタには行くべき展示会だろうけど、そうじゃない人にはちょっとコストパフォーマンスが低いように思われた。出土品としてはそんなに数があるわけじゃないので。美術品も含めての興味がある、という方は楽しめると思う。



2008.6.9 追記

 土産を物色していたところ、筑摩書房から出ている正史三国志のうち、『正史 三国志〈5〉蜀書』だけ売り切れだったのが面白かった。1~4が魏書、6~8が呉書。みんな蜀が好きなんだなあ。自分もだけど。
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雑記 | 2008/06/08(日) 23:01 | Trackback:(1) | Comments:(2)

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519冊目 ろくろ首の首はなぜ伸びるのか 遊ぶ生物学への招待

評価:☆☆☆


 伝承や民話の中で命を保ってきた生物のほとんど全ては絶滅してしまった。

 今では人魚はジュゴンの見間違いということになっているし、人を化かす狸は徳川家康に、吸血鬼はヴラド・ツェペシになってしまう始末。

 それでも彼らは人類を魅了してきた。太陽の光を浴びたら灰になって消えてしまうが、夜の世界では人類を超越した支配者である吸血鬼のイメージはブラム・ストーカーの小説を飛び出し、『ジョジョの奇妙な冒険』や『ヒストリアン』といった物語へ広がりを見せている。

 これらの生物が本当には存在しえないことを示すのは簡単なことだ。でも、そんなことよりも、どうやったら彼らが存在できるのか、ということを真面目に考える方が面白い。だって、ネッシーはいないんだ、ってことをまくし立てる人より、ネッシーがどうやって恐竜滅亡後の6500万年を生き抜いてきたかを考えて、ネッシーの姿を追いかけようとする人の方が楽しそうでしょ?

 本書は、生物学の立場で、どのようにすれば怪異が存在できるようになるかを検討している。俎上に乗せられているのは、ケンタウロス、人魚、吸血鬼、ろくろ首、カマイタチ、目目連のような伝説上の生き物から、モスラやカオナシといった近年創造された怪物たちである。

 例えばケンタウロスはウマと同じく奇蹄目か、ヒトと同じく霊長目かで争いが続いているとした上で基礎代謝量をまかなうためには内臓構造がどのようになっていなければいけないかを論じている。また、吸血鬼が太陽光によって灰になってしまうのを、現存する生物学的現象で説明している。

 このような知的ジョークが好きな人にはたまらない作品なのでは無いだろうか。

 ただ、私としてはジョークであることを全く示さないようにして欲しかったなあ、というのが残念なところ。気鋭の進化論研究者とコンビを組んで、不思議な形態が生まれてきた歴史的な経緯まで踏み込んだ作品を期待したい。
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生物・遺伝・病原体 | 2008/06/07(土) 16:50 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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ろくろ首の首はなぜ伸びるのか 遊ぶ生物学への招待 (新潮新書)ろくろ首の首はなぜ伸びるのか 遊ぶ生物学への招待 (新潮新書)
(2005/12/15)
武村 政春

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迷惑な進化―病気の遺伝子はどこから来たのか迷惑な進化―病気の遺伝子はどこから来たのか
(2007/08/25)
シャロン・モアレムジョナサン・プリンス

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評価:☆☆☆☆☆


 ヘモクロマトーシスという病気がある。体内に鉄を溜め込みすぎてしまう遺伝性の病気だ。この病を発病してしまうと、血液中と肝臓に大量の鉄が溜まり、やがて死に至る。彼らにとって瀉血は生きていくために必要な治療である、という。なんとこの遺伝子、ヨーロッパ人を先祖に持つ人の四人に一人から三人に一人が持っている。

 また、糖尿病も遺伝が深く関与している。糖尿病の遺伝子を持つ人は、持たない人よりも遥かに容易に糖尿病を発症する。これも重くなれば死をもたらす。

 ダーウィンの進化論では、適者生存によって有利な体質が広がっていくはずだ。なぜ命を奪いかねない危険な遺伝子がこれほどにも広く伝えられているというのか。これは偶然なのか。 
 自身もヘモクロマトーシスのリスクを持つ新進気鋭の進化医学者シャロン・モアレムがこの謎に果敢に取り組む。ヘモクロマトーシスの遺伝子が広まった背後には中世のヨーロッパを襲ったペスト禍が、糖尿病の背景には氷河期が影を落としている、というのが答えだ。今では病の原因にしかならない遺伝子が、当時は生き残るための貴重なアイテムだったのではないか、というのである。

 この謎解き自体がとても面白いのだが、更に本書の魅力を掻き立てるのは、病気の遺伝子が広がる背景にダイナミックな進化のシステムがあるということを明かしている点だろう。

 病気にまつわる意外な事実から物語を始め、やがて誰もが避けることのできない老化と死にまで話をつなげる中で、我々人類が辿ってきた歴史から最新の進化論までを一気に紹介しているのは見事。進化論の面白さは、自然が作り上げたシステムの美しさを実感できるところにあるとつくづく思わせてくれた。軽妙な語り口も相俟って、とても楽しく読むことができた。
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生物・遺伝・病原体 | 2008/06/05(木) 23:58 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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517冊目 プリニウスの迷信―荒れ狂うフッ素論争
プリニウスの迷信―荒れ狂うフッ素論争プリニウスの迷信―荒れ狂うフッ素論争
(2006/11)
B.ハイルマン村上 徹

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評価:☆☆


 虫歯予防にはフッ素が効く。そんなわけで、アメリカでは多くの州で、水道水にフッ素が添加されている、という。そのフッ素添加に虫歯防止の効果が無く、むしろ有害だとしたらどうだろうか。

 本書はフッ素添加を巡る激烈な論争の歴史を取り上げている。

 どのあたりが激烈かというと、互いに相手の指摘に耳を傾けず、もっぱら攻撃にばかり労力が費やされていることか。医学分野は科学でもありながら、完全に再現を取る事ができないという点で所謂ハードサイエンスとは異なる。だから論争はしばしば政治的な様相を帯びるのは知っている。

 しかし、本書が正しいのだとすれば、フッ素添加派は政治権力と結びついて反フッ素添加派を弾圧しているとしか思えない振る舞いをしていることになる。これは最早、あらゆる観点から科学では無いだろう。

 フッ素添加濃度と虫歯の罹患率の間に、顕著な相関はないというのが反対派の拠り所であり、それどころか害があるとしている。真贋を判断するほどのデータや根拠が載っているわけではないので、どちらが正しいとも判断つかないが、少なくとも冷静に虫歯を減らすには何が有効なのかを検証する必要はあるように思う。

 ただ、著者自身がかなりの反フッ素派ということもあり、解説文での過激な主張が目立つ。これははじめてフッ素論争を知った人には大変なマイナス効果しか与えていないと思われる。訳書自身が細心の注意を払って中立的な立場に徹しているため、訳者のスタンスが際立ってしまう。冷静さが感じられないため、警戒を生んでしまうのはもったいないと思えてならない。
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医学・脳・精神・心理 | 2008/06/03(火) 23:44 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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516冊目 メディアスクラム―集団的過熱取材と報道の自由
メディアスクラム―集団的過熱取材と報道の自由メディアスクラム―集団的過熱取材と報道の自由
(2004/07)
鶴岡 憲一

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評価:☆☆


 マスコミはしばしばマスゴミと揶揄されるが、それも報道被害について知れば正当な評価にも思えてしまう。しかし、最終的には我々が情報を得るためにはマスメディアに頼らなければならないのは事実である以上、マスゴミと揶揄して溜飲をさげることで満足するのではなく、いかにしてマスコミをより重要な役割に従事させるかを考えるべきだろう。

 その意味で、北朝鮮に拉致されていた被害者達が帰還した際に、メディアが個別取材の自重を約束し合ったのは一つの試みとして評価されて良い。ただ、報道の自由と制限について考えなければいけない点を残したのは事実だろう。

 それでもやはりメディアは情報集めに走った。勿論、北のあの異常な国の実情を詳らかにし、拉致被害者達がどのような生活を送らざるを得なかったかという辺りは知らせるべき価値があると思う。でも、彼らの健康状態やらプライベートな付き合いやらにまで取材の手は延びていた。

 考えて欲しい。拉致被害者の同級生のコメントだとか、近所の人の言葉なんて、ニュースバリューあるのか?そこに、世間に知らせるべき情報があるのか?下種な覗き見主義は満足されるかもしれないけど、それだけに過ぎない。こんな莫迦なことを知ろうとすべきでは無いし、報道側も好奇心だけ満足させるネタ集めに狂奔すべきじゃない。でもできないところに問題があると思う。そういったところに、本書は触れていないことは残念。

 記者出身ということもあり、例えば害の方が遥かに大きい記者クラブ制度の利点を語るなど、承服しかねる点も多い。印象としては、現在のメディアが持つ既得権益は全く手放すことなく、自分達を倫理で律していきましょう、というところか。

 でも、それが今までできていなかったから、危険なメディア規制ですら国民の反対に合わなかったことを、もっと真剣に考えなければいけない。強きを助け、弱きを挫くようなことを平然とやってきたことを振り返らなければならない。

 試みの一つとして、新聞では外部の識者に問題点を指摘してもらうことが行われるようになっている。その嚆矢は毎日新聞で、定期的にどの報道や表現に問題があるかを検証されている。基本的に、新聞社側から書き直しを依頼されることは無いという。しかし、同じことをやろうとした朝日新聞は、批判されると書き直せと言ってきた、とは委員に選ばれたジャーナリスト、日垣隆さんの指摘。結局、自浄作用はなかなか身に付けられないのだろう。

 私としては扇情的で上っ面だけをなでて終わりにしてしまう報道機関、事なかれ主義で、言葉狩りには奔走するが本質を突いた議論は中々見られないメディアの在り方そのものがダメだと思う。その根源として、結局のところ、国民はそのレベルに合ったメディアしか手に入れることができないという絶望的な現実が立ち塞がっていると思う。

 なんでもかんでも欧米を有難がるのはどうかしているわけだけど、それでも欧米のニュース専門チャンネルなど、インテリ用のテレビ局が事実上存在しないのは問題を深くしていると思う。どこもかしこも当座の視聴率稼ぎで扇情的な報道か、さもなければ下らない番組ばかり垂れ流している。例えばだが、占い師だのスピリチュアルなんとかーだのを有難がる番組は次から次へと作られるが、彼らの言説が検証できない(検証したら外れまくる)ことを冷静に指摘する番組は作られない。

 要するに、マスゴミの存在は、我々自身が生み出している存在なのだ。幾ら報道被害の実態を知る人が憤りを感じて、マスゴミと罵っても、それを必要とする圧倒的大多数の人々の前には無力だと思う。

 学校の授業と同じで、誰にでも理解できるレベルの報道しかしなければ、読書やネットなどで多くの情報を手に入れている人には物足りない低レベルなことまでしか言えないし、そういう人に合わせようとすれば一般人は難しくて理解できないとなる。だから低レベルに合わせるというのをやってきたわけだけど、そろそろもうちょっとランクの高い人だけが見るのでも、そこに公共性が在るんだ、ということになってほしいと思うのだがどうだろうか。もちろん、私はそうなったとしても、どちらも見ないのだけれども。
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ノンフィクション | 2008/06/01(日) 17:02 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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