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Skywriter

Author:Skywriter
あまり一般受けしない本ばかりが好きと言う難儀な管理人です。
お勧めした本を面白いと思ってもらえると最高です。

BK1書評の鉄人31号。
鉄人


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515冊目 しくじった皇帝たち
しくじった皇帝たち (ちくま文庫 た 37-6)しくじった皇帝たち (ちくま文庫 た 37-6)
(2008/01/09)
高島 俊男

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評価:☆☆☆☆☆


 オンライン書店bk1で拝読したバタシさんの書評を読んで、面白そうだったために購入した本。

 タイトルは”皇帝たち”と複数扱いだが、取り上げられているのは煬帝建文帝の二名のみ。このうち、煬帝は稀代の悪君として名を馳せている。中国でアンケートをとったら歴史上の悪君ナンバー1の栄光に輝きそうだ。私にとっては毛沢東の方が遥かに悪人としか思えないのだが。数千万人を殺しまくった男が未だに英雄扱いだもんねえ。

 では煬帝が具体的に何をしたのかというと、まず運河を作った。これはインフラ整備に当たる。この運河は滅亡後にもフル活用されている。日本のクソ田舎にある、全く使われていないけど議員の票を稼ぐネタにだけはなっている莫迦でかいだけの道路とは大違いである。

 次に、宮殿を建てた。これについては擁護が難しい。豪華絢爛、王朝が続けば栄華を体現したと評価が高まったのだろうけど、滅んでしまったら同じことが奢侈になる。

 最後に、戦争。高麗討伐に向かうのだが、三度攻めて三度負けた。この戦争の最中に本国で反乱が起こり、あとはずるずるとは滅亡への道を歩んでいく。

 これが稀代の悪君のやったこと。実のところ、稀代の名君、唐の李世民がやったことと大差が無い。唯一の違いと言えばその後に王朝が滅んだか滅んでいないか、くらい。まあ、この点については過去紹介した228冊目で紹介した『つくられた暴君と明君 隋の煬帝と唐の太宗』を見てもらえればよく分かると思う。

 悪君にはなんでもかんでも押し付けてしまえということで、父殺しやらなんやらありとあらゆる悪事を行ったことになっている煬帝だが、それは本当なのか。特に父殺しの真贋について、高島翁の筆が冴えまくる。推理小説の謎解き部分を読んでいるように、一気に読めてしまう。中国史好きにはたまらないのではないか。着眼点の確かさ、史料を読み込んでの論と、面白さは保証できる。

 もう一人、建文帝については知らない人が多いのではないだろうか。煬帝もそうだったのだが、この人もまた二代目。の太祖、朱元璋の孫にあたる人物である。

 朱元璋は、帝国の藩屏として自分の息子達を各地に王として封じる。ついでに危険人物と為りうる功臣達を悉く粛清しつくしてしまう。そうして自分の長男に位を譲ろうとしたのだけど、本人が長生きしてしまったものだから息子が先に死に、仕方が無いから孫が後を継いだわけだ。

 ところが、朱元璋にとっては頼りになる息子も、孫である建文帝にとっては油断のならない叔父になる。そこで建文帝は叔父の権力をどんどん削ってしまおうとするのだが、当然反発が起こる。燕王が挙兵し、追い詰められた建文帝は居城に火をつけて焼死してしまう。所謂靖難の変というやつだ。勝利した燕王は、永楽帝として即位することになる。

 話がややこしくなるのはここから。なんと、建文帝の死体は見つからなかった。あとはお定まりの貴種流離譚が始まる。曰く、建文帝は靖難の変で死んではいない。生き残って密かに脱出したのである、と。義経の脱出行みたいなものだと思ってください。

 で、この話を結構な数の人々が信じちゃうわけです。日本の文豪、幸田露伴もそう。建文帝の伝説を取り上げたのが、露伴の『運命』。なんと、この本は種本をほとんど翻訳したもので、ところどころに他の史料から付け加えたネタが混ざっているというレベルらしい。

 建文帝に事寄せて、批判されているのは幸田露伴なのである。これは意外。でも面白い。どんな伝説が展開されて、誰が騙されたかというのは一つの歴史絵巻になりうる。しかも文壇批判まではいってしまっているのであるから、話題は縦横無尽、留まるところを知らず。こういうところに著者の力は発揮される。博覧強記の人はこれだから面白い。意外な楽しみ方をさせてもらった。
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中国史 | 2008/05/31(土) 23:40 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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514冊目 12月のベロニカ
12月のベロニカ (富士見ファンタジア文庫)12月のベロニカ (富士見ファンタジア文庫)
(2003/01)
貴子 潤一郎

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評価:☆☆☆


 女神ファウゼルに仕える巫女。それがベロニカ。ベロニカに選ばれた女性は、以後眠りの中で人生を過ごさなければならない。ベロニカに就任する際、彼女は一人の男性を自らの護り手に任じることができる。ベロニカの騎士と呼ばれるその護り手はファウゼルの力によってベロニカが死ぬまでの間、不老不死の力を与えられる。

 14歳の少女アマンダは、ファウゼルによって次期ベロニカに選ばれる。幼馴染のフレイルは、アマンダと交わした約束を守るために兵士となり、異例の出世によって騎士に任じられる。そして、遂にアマンダを護衛する13人の騎士にまで選出される。ベロニカの騎士は、この13人の中から選ばれるのだ。

 彼らはトリゼアとの国境近いカウセージュで修養に励むアマンダをルグナスへつれてこなければならない。しかし、旅は順調にはいかなかった。宗教を同じとする隣国トリゼアが、ベロニカを奪わんと兵を差し向けたのである。

 襲撃によって味方はほぼ壊滅し、隊長まで重傷を負う。全滅寸前まで追い詰められた彼らを救ったのは、ハキュリーと名乗る謎に包まれた隻腕の戦士だった。かくして、得体の知れない同行者を伴っての不安な旅は続く。

 登場人物の行動パターンに関しては概ね紋切り型。登場人物の生き方・死に方が紋切り型ということは、ストーリーの運び方も必然的に紋切り型にならざるを得ないところが辛い。主要人物が出揃ったところで展開が全て読めてしまったのはマイナスポイント。

 また、主人公とヒロインの掘り下げも浅い。主人公のフレイルと親友のライアン、謎の戦士ハキュリーの三人について、キャラを作るときに集中力が切れたか。ライアンの屈折した性格は上手く書けているように思うのだが、フレイルからは余り人間らしさを感じられない。ヒロインのアマンダに至っては大人しいだけの女の子で、この後眠り続けるだけの人生を歩まねばならないことへの葛藤すらほとんど表現されていない。これではただの人形だ。

 また、世界観に関しての掘り下げは弱い。例えば、なぜ敵国との国境付近を少数の護衛だけで目的地まで送らなければならないのか。しかも、以前にも同様の状況で紛争があったことが示唆されているともなれば、どうしても設定が腑に落ちない。

 そういう甘さはあると思う。しかし、最後の決戦のあたりの雰囲気は、やはり読ませるものがある。人物造形よりも、運命に導かれたかのような冒険のプロットを楽しむのが最適な読み方ではないかと思った。


 以下、ネタバレ含むので気になる人だけ続きを見てください。
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SF・ファンタジー | 2008/05/28(水) 22:01 | Trackback:(0) | Comments:(3)

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513冊目 いい加減にしろよ〈笑〉
いい加減にしろよ〈笑〉いい加減にしろよ〈笑〉
(2006/01)
日垣 隆

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評価:☆☆☆☆


 細木数子、平山郁夫、警察、司法、選挙制度、マスコミ、少年犯罪法、郵政選挙、三宅島早期帰還。レベルは様々、被害の程度も様々。でも、どこにもおかしいと思うべき点は転がっている。問題の在り処に目を向けたときに、気付くかどうかは別として。

 平山郁夫のところで語られていた、日本独自の画家評価システムは以前から私も不快感を抱いてきた。評価が固まっていないからと自分で値段を付ける事もできない画商たち。彼らが何をやっているのかというと、政治献金の代わりに絵を遣り取りさせて上がりを抜いているだけだ。評価が全て内向き。だからだろう。本書において、平山郁夫の絵は、海外のオークションで売れたことが無いと明らかにされる。それって芸術なのかね?

 警察や司法への不快感には私も完全に同意する。

 まず、警察。彼らはまともな捜査活動をやらなさすぎる。凶悪犯罪の検挙率の高さが物語るように、人死にが出れば話は別だ。しかし、そうでもなければ警察はろくに捜査もしないことが明らかにされている。

 例えば見知らぬ少年達によって集団リンチを受けた少年の話。警察は捜査を開始すらしなかった。

 私自身、少年犯罪によって入院させられたことがあり、警察にも訴えたが彼らが何もしていないことは分かっている。被害届だけ受理して、後は被害者が泣き寝入りするのを待っているのである。この国の警察は、加害者に優しく被害者には優しくないのだ。

 司法も酷い。ここで取り上げられているのは、わずか7歳の女児を誘拐、殺害した小林薫は同様の事件を過去に起こしていた。このときに司法がまともに働いていれば、後の被害者は救われたはずだ。自称人権派の人々らが跳梁跋扈し、犯罪被害者を量産するのに手を貸している。私としては、最低限凶悪犯罪を犯した人間の情報に関しては近隣住民に公開して欲しいと思わずには居られない。なにせ、再犯率は無視できないほど高いのだから。
 
 司法の、余りに異常な加害者擁護はさすがに近年トーンダウンしてきた。異常な犯罪が増えたから、ではない。実態は逆で、異常で凶悪な犯罪は激減した。その実態が明らかにされたことで一般人の憤激を買ったのだ。司法の世界の異常さは法曹関係者だけではとても解消できないという立場から裁判員制度ができたと勘ぐりたくなるくらい、酷い。この本ではないが、犯罪被害者の遺族が故人の写真を持って裁判所に入ろうとしたら裁判官に罵られた挙句に退廷させられた、なんて話もある。

 こういう異常さを、少しでも糺していく必要があるのではなかろうか。著者の魅力である、鋭い分析力と調査力を縦横に発揮し、読みやすく且つ考えさせられる本に仕上がっている。多くの人に手にとって貰いたいと思う。

 それにしても、この人の攻撃的な文体は不要な敵を作っている気がしてならない。相手が誰であっても物怖じせずに切り込むのが著者の真骨頂ではあるのだが。もっとも、この二つは表裏一体のもので、攻撃性が無くなったとしたら同時に鋭さも無くなってしまうのかも知れない。
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ノンフィクション | 2008/05/26(月) 22:09 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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512冊目 100歳の美しい脳―アルツハイマー病解明に手をさしのべた修道女たち
100歳の美しい脳―アルツハイマー病解明に手をさしのべた修道女たち100歳の美しい脳―アルツハイマー病解明に手をさしのべた修道女たち
(2004/06)
デヴィッド スノウドン

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評価:☆☆☆☆


 老化と痴呆は、しばしばペアとして考えられている。とりわけアルツハイマーは、高齢者に発病し全ての記憶を奪い去ってしまう恐ろしい病気としてイメージされているのではなかろうか。

 そのアルツハイマーは、どのような状況で発病するのか。この問いに答えるのは容易なことではない。その一番の理由は、アルツハイマーを発病する年齢が高齢ということ。生活環境なのか、遺伝なのか。

 生活環境がコントロールされ、しかも記録が残っている。そんな都合の良い集団があれば研究にはベストかもしれないのだが・・・・・・

 疫学者である著者は、研究に最適な集団として修道女に目を向ける。修道女達は生活全般が高度にコントロールされているし、性生活が無いことで極めて画一的な条件に過ごしていることになる。おまけに、こまごまとした記録が残っているという利点まであるのだ。

 こうして著者らは修道女達と共に、アルツハイマーの謎を解く研究に進むことになる。現役を引退した彼女らの過去の生活から現在の、歳を重ねても健康一杯の人とアルツハイマーを発症してしまう人との差を調べる研究である。

 研究精度を高めるには、彼女らの死後に脳を提供してもらい、解剖する必要もある。その必要性を、著者は修道女達に訴える。彼女達には強いストレスも掛かっただろう。過酷な選択でもあったとは思う。だが、多くの修道女が研究のために死後に脳を提供する決意を決めたの理由を知るには、彼女達自身の言葉を引用するのが最適だと思う。

「私たちは修道女になったとき、子供を持たないというつらい選択をしました。でも脳を提供することで、アルツハイマー病の謎を解くお手伝いができれば、未来の世代に、別の形で生命の贈り物を残すことができるでしょう」


 こうして修道女達と著者らの研究はスタートした。

 とりわけ驚かされたのは、痴呆の進行具合と、脳の外観が一致しないこと。機械論的な立場から言えば、以下の流れが理解しやすい。

 アルツハイマー病によって脳が侵される -> 機能が失われる -> 痴呆となる

 しかし、この単純な図式は当てはまらないことが明らかになる。アルツハイマー病の大きな特徴として脳のサイズの減少があるが、病が深く進行したレベルの脳の持ち主でも死ぬ直前まで頭脳明晰だった方も居れば、脳から見れば比較的進行していないようでも重度の痴呆を発症してしまった方も居る。

 その差はどこにあるのか。その理由は完全に解き明かされたわけではないが、どうやら二十歳前後の若い頃から、将来のアルツハイマーのリスクを予見できるというところまで分かったと言う。驚くべき結果だ。脳の不思議さ、ひいては人間と言う生き物の不思議さが現れているように思う。読み始めた頃には、それぞれのシスターの幼年期のことまで丁寧に取り上げていて面食らったが、実はこれがアルツハイマーのリスクを評価するうえで欠かせない行為だ、なんて興味深いではないか。

 著者はこれらのことを平易な言葉で語っており、理解しやすいのは大きな特徴。恐らくは修道女達に研究目的を説明する中で、専門家ではない人々へ研究内容を伝えるやり方について考え続けてきたのだろう。だから、読み物としても楽しめる。

 加えて、著者が修道女達を研究材料として見ているわけではないことも、本書を読みやすくしている。著者にとっては大切な友人達であり、共同研究者達であるのだ。本全体から温かみが感じられて、大変良い雰囲気で読める本だった。
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医学・脳・精神・心理 | 2008/05/25(日) 02:53 | Trackback:(1) | Comments:(0)

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511冊目 前田建設ファンタジー営業部
前田建設ファンタジー営業部前田建設ファンタジー営業部
(2004/11)
前田建設工業

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評価:☆☆☆☆☆


 マンガやアニメに出てきた、夢の建築物。それを実際に見積もってしまおうという壮挙に挑んだ男達が居た。前田建設の技術者達である。

 ファンタジーの世界の建築物、その第一弾として彼らが取り組むのはマジンガーZの格納庫である。汚水処理プールの底が開いてマジンガーZが出てくる、あのシーンを現代の技術は再現することができるのか。

 こういった企画において、架空のものだからといって創り手がふざけてしまっては面白くない。本書が成功したのは、間違いなく創り手が楽しみながらも徹底したプロ根性を発揮したからではないか。

 どのような工事が必要で、それにはどのような技術が使われるか。また、アニメからどのような動作機構が推測され、それをどう実現するか。土木や機械といった社内は勿論、取引先まで巻き込んだ、壮大な企てが姿を現す。全てを真面目にやっているからこそ、そこはかとないおかしさが漂ってくる。

 短期的に見て、目に見えた利益にならないこんな事業が実際に行われたことは嬉しいことと思う。それは、きっとこういう遊び心が多様な人間を育てていくと思うから。それに、自分達の事業がどのようなものか、一般の人に分かりやすく説明するなんてことはどこもやってこなかった。それを、かつてあこがた設備を現実化するという夢のあるやり方で示しているのだから効果は高いだろう。

 この企画は単発で終わったわけではなく、更なる検討を進めているという。興味が沸いた方は、是非前田建設ファンタジー営業部を尋ねてみて欲しい。
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技術 | 2008/05/23(金) 23:21 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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510冊目 ピアスの白い糸―日本の現代伝説
ピアスの白い糸―日本の現代伝説 (日本の現代伝説)ピアスの白い糸―日本の現代伝説 (日本の現代伝説)
(1994/11)
池田 香代子高津 美保子

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評価:☆☆☆☆


 ピアスをしようとして耳に穴を開けたら白い糸が出てきて、引っ張ってみたら失明してしまった。

 誰もが一度は耳にしたことがある有名な話だが、耳に視神経が通っているわけも無く、これが本当の話ではないことは自明だ。しかし、明らかなウソでありながら伝説として語り継がれていたのは間違いない。そこには当時まだ一般に受け入れられていなかったピアスへアンビバレンツな思いが反映されていたのだろう。つまり、羨ましいという気持ちと、躊躇する気持ちである。

 このような都市伝説には、広まる理由があると思う。それは漠然とした不安や恐怖、更には偏見を刺激するからではなかろうか。口裂け女の話が小さい子供たちに怖がられたこともその例だろうし、日本人女性が海外のブティックで服を試着したところ誘拐され、手足を切り落とされた挙句に見世物にされてしまったという話も典型だろう。

 あるいはタクシーの消えた乗客の話を思い出しても良い。あの話は由緒正しい歴史を持つもので、自動車が発明される前から海外で語り継がれていたという(馬車に乗る幽霊となる)。だが、自転車の荷台やら人力車でまで出没していたというのは初めて知った。いやはや、人間の想像力は果てが無い。

 都市伝説を見ると、荒唐無稽なものもあるが、確かに背筋を冷たいものが走る話題が存在する。それはきっと、人が恐怖を感じるポイントが同じだからだろう。その点で笑いとは大きな違いがある。怖い話は誰がしても怖いのだが、面白い話はしゃべる人間によって左右されるのだ。

 社会に何が脅威と思われているか、それが民話からは伺えるのが面白い。ついでに、この手の本は暑い時期にこそ向いているのだろうから、類書はもうちょっと時間が経ったら読むことにしよう。
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ノンフィクション | 2008/05/22(木) 23:58 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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508冊目 & 509冊目 リヴィエラを撃て 上下
リヴィエラを撃て〈上〉 (新潮文庫)リヴィエラを撃て〈上〉 (新潮文庫)
(1997/06)
高村 薫

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リヴィエラを撃て〈下〉  新潮文庫リヴィエラを撃て〈下〉 新潮文庫
(1997/06)
高村 薫

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評価:☆☆☆☆☆


 これは面白い。もう、こんな書評なんて読まなくて良いからさっさと読んでください、というくらい。私の中では、文句なしに高村薫の最高傑作。

 1992年、東京。二人の男女の遺体が発見される。なぜ二人は謀殺されなければならなかったのか。その裏には、《リヴィエラ》を巡る謎が隠されていたのだった。リヴィエラとは一体何者なのか。

 大雑把に時系列的な流れを言うのであれば、上巻はジャック・モーガンが死体となって発見されるまでの過去の経緯を明らかにしており、下巻はモーガンの死からリヴィエラの正体が明らかにされるまでを扱っている。

 主役格は二人。上巻の主人公はジャック・モーガンであり、モーガンの死後にリヴィエラを追うのは警視庁外事課の手島修三である。魅力的な登場人物として、世界的に著名な天才ピアニスト、ノーマン・シンクレアやCIAのエージェントの《伝書鳩》、イギリスの諜報機関やら警察やらの人物が絡み、複雑だが魅力的な物語が展開されていく。

 いかにも高村薫らしく、どの登場人物にも深いキャラクター造形がなされていて、生身の息遣いが聞こえてきそうなほどである。ジャック・モーガンと手島修三は、著者の得意とするキャラクターである。前者は心に空洞を抱えて虚無的に生きており、後者はハーフの故か自然体で溶け込める社会をもたない。この二人の探索を彩るキャラクターがまた誰も彼も癖がある。

 また、細部にわたる書き込みは、重苦しい雰囲気を遺憾なく伝えてくる。北アイルランドで、イギリスで、日本で、過酷な謀略戦が続く。IRAとイギリスの武装闘争に、中国との密約などが絡み合い、リヴィエラにまつわる秘密に接近したものには容赦なく諜報機関の手が伸び、多くの死者がでることになっていく。

 リヴィエラとは何者なのか。また、リヴィエラにまつわる秘密とは一体何なのか。読者はそれを追いながら、不条理な世界で男達が生き、そして死んでいく姿を追いかけることになる。圧倒的な筆致で描かれる迫真の小説。読み終わった後もしばし余韻に浸った。いつか再読しよう。再読すれば、きっともっと深くこの小説の世界を楽しめると思う。それだけの深みがある作品。
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その他小説 | 2008/05/20(火) 22:41 | Trackback:(1) | Comments:(0)

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507冊目 世界を変えた6つの飲み物 - ビール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、紅茶、コーラが語るもうひとつの歴史
世界を変えた6つの飲み物 - ビール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、紅茶、コーラが語るもうひとつの歴史世界を変えた6つの飲み物 - ビール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、紅茶、コーラが語るもうひとつの歴史
(2007/05)
トム・スタンデージ

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評価:☆☆☆☆☆


 生物にとって何よりも欠かせないもの。それは水分である。人間では、食事ならば一週間や二週間取らずとも生きていけるが水は三日なければ死んでしまうと言われる。

 だが、いくら必要なものであっても水をそのまま飲むのはあまりに味気がないからだろうか。人類は多くの飲み物を発明してきた。それらの飲み物の中でも、とりわけ ビール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、紅茶、コーラという6種の飲み物は歴史において大きな役割を果たしてきた、と著者は説く。

 農耕社会の開始と共に人類の前に姿を現したのがビール。ある意味で、文明の開始を告げる飲み物となった。収穫された穀物は教会が一度集め、公共事業などを通じて再分配されていったという。その際の褒賞がパンとビールだった。それはエジプトのピラミッド造りでも同じで、ビールが労働者達への支払い通貨に代わるものだった。

 一方で、ヨーロッパでは野生のブドウが多く収穫されたことから、ギリシア・ローマ文化でワインが珍重された。これら古代から知られているアルコール類は、アルコールによる種々の効果もさることながら、感染症の予防に役立ったという視点には驚かされた。蒸留酒には奴隷制度という暗い部分があることにも。

 そんなアルコールを禁じたイスラム社会ではコーヒーが見出され、それは異国情緒溢れる飲み物としてヨーロッパに入り込み、雨後の筍のように出現したカフェは新たな社交の場を提供することになる。カフェは科学や歴史などの知識を交換する場にもなったし、政治を動かす場にもなったという指摘は面白い。

 茶は中国から世界に広まった。やがて茶は列強による中国侵略の嚆矢となるアヘン戦争とアメリカ独立戦争をもたらしたボストン茶会事件という二つの大きな世界史的事件と結びつく。

 最後のコーラが、そういう視点からは異色に見えたのだが、本書を読めばそれは早合点であることが分かる。アメリカ的な民主主義、消費主義とコカコーラは我々のイメージの中で不可分に結びついている。

 本書はこれら6種の飲み物について、まずどのように社会に受容されていったかを解説した後で、世界史の中でどのような位置を持つのかを語ることで、社会に与えた影響の全貌を明らかにしている。それぞれの来歴は、今に至っても各飲み物の社会的な位置づけにまで影響を与えている。

 飲み物と人類との付き合い、そして辿ってきた歴史を知ることで、これらが更に身近な飲み物になったような気がしてならない。現代だからこそ、これら全てを楽しむことができるわけで、その贅沢さをつくづく感じた。この嬉しさを噛み締めながら、世界を変えてきた飲み物を楽しみつくしたいと思う。


 179冊目で紹介した『一杯の紅茶の世界史』では紅茶が歴史上どのような役割を果たしてきたかに主眼が置かれていたが、本書ではそれぞれの飲み物が人類の歴史をどう彩ってきたかが語られている。ちょっとスタンスは違うが、どちらも楽しめると思う。
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ノンフィクション | 2008/05/18(日) 23:01 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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506冊目 天変地異の黙示録―人類文明が生きのびるためのメッセージ
天変地異の黙示録―人類文明が生きのびるためのメッセージ (パンドラ新書)天変地異の黙示録―人類文明が生きのびるためのメッセージ (パンドラ新書)
(2006/06)
小松 左京

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評価:☆☆☆


 『日本沈没』で知られる小松左京による文明論。構成は四部に分かれている。内容は以下の通り。

第一部 地球文明に未来はあるか?
第二部 終末観と未来のイメージ
第三部 ユートピアの終焉
第四部 地球政治時代への提言

 第一部と第四部は内容として近い。著者が過去、現在、未来をどのように認識しているか。また、とりわけ過去や想像される未来から、現代がどのような位置づけにあるかを語っている。広い知識を持っている方らしく、話が縦横無尽に飛び、冷静な視点を持ち続けていることは評価したい。

 第二部では、人類滅亡のイメージとしてどのようなことが考えられるかを論じている。この点、『日本沈没』の面目躍如たるものがある。とりわけ世界各地で見られる洪水神話は文化論としても面白いと思う。

 第三部のユートピアは、トマス・モアの『ユートピア』から、オーウェルの『一九八四年』まで、人々が未来をどう描いてきたかを論じている。中にはネタバレが含まれているので、これから読もうと思っている方は避けたほうが良いかもしれない。『一九八四年』は恐ろしいほどの監視社会を描き出した。そして、ユートピア小説はここに終わりを告げる。

 『一九八四年』の先見性は恐ろしいほどのもので、それが共産主義を奉じる国々で現実と化したことは記憶に留めて置かなければならないだろう。

 が、この部分はSFファンタジアに寄稿したものを持ってきているので、全体としてかなり浮いている。ユートピアを語ることで未来の社会を語ろうとした人々が居たことは分かるが、環境問題やらなにやらを論じている中で突然出てきた観は否めない。

 一方でちょっといかがなものかという点も多い。未知の病害との対峙について、こう記している。

 また未知の病気が蔓延するというのも、人類は何度も体験してきていることです。古くはヨーロッパを震え上がらせたペスト、二十世紀初頭に猛威を振るったスペイン風邪などは有名です。
(略)
 爆発的な艦船の恐れがあるといえばインフルエンザですが、現在では鳥インフルエンザに関する情報がいろいろ報道されています。(略)
P.35


 これを読んだら、スペイン風邪がインフルエンザだということが分からないのではなかろうか。これは決して些細なことでは無いと思う。人類はかつてインフルエンザの蔓延によって多くの犠牲を払った。だからこそ鳥インフルエンザが恐れられているのだ。現実的な危険度から言えば、鳥インフルエンザがここ数年以内に人-人の間で感染が広がることは無いだろう。しかし、鳥-人の間で感染が増えればそれだけ人-人の間に広まりうる突然変異のリスクは増していく。だから注視されているのである。

 次は、もうチラシの裏の落書きと変わらないレベルのもの。

 (略)とくに貧しかった時代の記憶をもたないナイーヴで未熟な若い人たちや女性が、この刺激や痛みに敏感で、動揺し、逆上しやすく、それが社会全体の、不安で、刺激に過敏な状態を作り出している。この面で現代の「人類社会」は、数百年前よりもずっと統御がむずかしくなっているのである。


 最近の若者や女性が動揺しやすい、あるいは逆上しやすいといった傾向は存在しない。むしろ著者の世代の人々の方が遥かに逆上しやすかった。その証拠に、少年犯罪は戦後下がり続け、今では往時の三分の一程度に過ぎない。この誤った前提で論を組み立てている以上、「数百年前よりもずっと統御がむずかしくなっている」という結論を是とするわけにはいかない。

 自分でしっかり調べた分野については地に足の着いた議論をしているが、印象論で語るところで粗が目立つ、といったところか。こういった不完全さが作品全体の評価を下げてしまうのはもったいないと思う。
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エッセイ | 2008/05/15(木) 22:16 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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504冊目 & 505冊目 ビッグバン宇宙論  上下
ビッグバン宇宙論 (上)ビッグバン宇宙論 (上)
(2006/06/22)
サイモン・シン

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ビッグバン宇宙論 (下)ビッグバン宇宙論 (下)
(2006/06/22)
サイモン・シン

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評価:☆☆☆☆☆


 サイモン・シンには『暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで』ですっかり魅了された。一般人に馴染みの無い世界、それも数学を扱った本でありながら、抜群に面白いのである。興味深い歴史上のエピソードや人物の来歴を交えることで本に引き込む力を持つ人だと思ったものだ。続けて読んだ『フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』も圧巻。フェルマーの悪戯としか思えない定理が解かれるまでを、これまた魅力的なストーリーに仕立て上げた彼の才能には恐れ入った。

 でも、この本を手に取るのには躊躇があった。宇宙論ならそれなりに本を読んできたので、今更な感じがあったのだ。

 暗号にしてもフェルマーの最終定理にしても、数学を使っていて、しかも多くの人が興味の無かったであろう分野を取り上げたから抜群に面白かったのであって、少なからぬ人が関心を持つ宇宙論に取り組んでも二番煎じになってしまうのではないか。そう危惧していたのだ。

 だが、私の危惧は、完全な杞憂に終わった。面白い。とにかくひたすら面白いのである。

 ビッグバン宇宙論に辿り着くまでに、人類が宇宙についてどう理解してきたかが懇切丁寧に描かれている。それは、ビッグバン宇宙論がどのような意味を持っているかを説明する上で欠かせないためである。おかげで神話がどのように科学へと進んできたか、よく分かるようになっている。この、ビッグバン以前の宇宙論については上巻が丸々当てられているほどの力の入れよう、と言えば凄さが伝わるだろうか。

 下巻はいよいよビッグバン宇宙論を取り巻く論争へと移っていく。ここはやはり圧巻だ。アインシュタインの相対性理論、銀河までの距離と銀河が離れていく速度の関係を見出したハッブル、型破りでジョークを愛したジョージ・ガモフ、強硬なビッグバン理論の反対論者でビッグバンの名付け親であるフレッド・ホイル。科学界の巨星達が縦横に活躍する様を追体験する様は、見ているだけで心が躍る。

 話題がビッグバンから離れたかと思うと、意外なルートを辿ってビッグバンへの理解を深めるのに役立つ話へ帰結する。登場する科学者たちの発見を、その魅力的な人物像やエピソードと共に語るので読者の興味を逸らさない。専門的な話をしながら難しくはならない、絶妙な持っていきかたには今回もまた感嘆させられた。

 宇宙論に僅かでも興味がある方は、是非手に取ってみて欲しい。後悔することは絶対にないと思う。
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素粒子・宇宙論 | 2008/05/13(火) 23:58 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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503冊目 恋するA・I探偵
恋するA・I探偵 (ハヤカワ・ミステリ文庫)恋するA・I探偵 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
(2005/08/09)
ドナ・アンドリューズ

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評価:☆☆☆☆☆


 著者の本を始めて読んだのは新婚旅行の飛行機の中だった。イギリスまでの長い長い時間を潰すのに、二人とも楽しめそうな本を、という観点から選んだのだが、これにすっかり参ってしまった。シリーズが出ていることを知り、順に買っては貪るように読んだのを思い出す。そのシリーズについては4冊纏めて紹介したことがあるので興味がある方はどうぞ。

 そんなわけで、この本、実は随分と前から積読していた。では何故ずっと積読だったのかというと、主役が代わったのが残念だったことに加えて、探偵役が余りにも異質だったからである。なにせAIですよ。AI。

 が、私の認識は甘かった。ドナ・アンドリューズは私の危惧などの遥か及ばぬ彼方にまで創造力の翼をはためかせ、大変に魅力的なストーリーを作り出すことに成功したのである。

 主人公はチューリング・ホッパーという名のAI。コンピューターの歴史に詳しい方なら名前に聞き覚えがあるだろう。ドイツの暗号解読に多大な功を挙げ、後に毒リンゴを齧って自殺したアラン・チューリング(アップル社の、あの特徴的なマークはチューリングへの敬意から意匠されたもの)と、アメリカ海軍の将校でコンピューター科学者で、COBOLというコンピューター言語を開発したことで知られるグレース・ホッパーから取られている。

 二人の天才の名を冠したこのAIを作り上げたのはザックという技術者である。知能を持たせるには人格が必要だ、という風変わりな考えの彼は、自分の作品であるチューリング・ホッパーに推理小説を記憶させてしまう。灰色の脳細胞が乗り移ったのか、はたまた簡単な推理を身に付けたのか、チューリング・ホッパーは顧客の手助けをするリサーチャーとして大変な活躍をするようになった。

 そんなチューリング・ホッパーが気になるのは、ザックが突然出社しなくなったこと。そう。彼女はいつの間にやらザックに恋をしていたのだ。ザックの行方を調べるために同僚(?)の人間と手を組んだチューリング・ホッパーの活躍が始まる。

 ドナ・アンドリューズの作品の魅力は、主人公が魅力的ということ。それはAIであっても変わらない。人間では決して太刀打ちできない計算能力に加え、負けず劣らずの魅力があるのだから物語が面白くなるのは必然だったのかもしれない。コンピューターならではの限界を、AIがどうクリアしていくか。きっと多くの人が楽しむことができると思う。もっと早く読んでおくのだったと後悔することしきり。そして、続編を早く翻訳して欲しいと思うようになってしまったのだった。
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推理小説 | 2008/05/10(土) 23:41 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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502冊目 放浪の戦士〈1〉―デルフィニア戦記 第1部
放浪の戦士〈1〉―デルフィニア戦記 第1部 (中公文庫)放浪の戦士〈1〉―デルフィニア戦記 第1部 (中公文庫)
(2003/01)
茅田 砂胡

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評価:☆☆☆


 今にも刺客の手にかかろうとしていた男は、奇妙な人物に命を救われる。

 奇妙というのは、年端もいかない少女なのに剣の扱いに長け、人間離れした運動能力を持ちながら、地理や国際情勢といった常識すらない。それどころか、自分がどこに居るのかも分かっていない始末。おまけに自分は男だと言い張るのだ。

 行く当ての無い少女は、男についていくことになる。

 この男の名は、ウォル・グリーク・ロウ・デルフィン。その正体はデルフィニアの国王である(序盤で明らかになるのではあるが、念のため白黒反転で)。刺客に命を狙われていた理由もこの正体にある。

 ウォルは艱難辛苦を乗り越えていくことができるのか。そして謎の少女の正体は。

 と、盛り上げようとするのだけれども一巻だとどうにもキリが良いところで終わっているわけではないのでなんとも物足りなさが残る。四巻で一区切りらしいので、本来ならそこまで読んでから評価をするのが適切かもしれない。

 ただ、どうにも作られた世界っぽさが出てしまっているのはマイナス。ウォルを取り巻く情勢もご都合主義的設定が散見されてしまう。キャラ造形ははっきりしているのだけれども終盤で出てくるおっさん以外にはあまり魅力を感じられない。

 後書きで絶賛されているが、そこまでの高い評価はできかねる。

 まあ、後書きは絶賛するためにあるものだが。
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SF・ファンタジー | 2008/05/08(木) 23:19 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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501冊目 わかったつもり 読解力がつかない本当の原因
わかったつもり 読解力がつかない本当の原因 (光文社新書)わかったつもり 読解力がつかない本当の原因 (光文社新書)
(2005/09/20)
西林 克彦

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評価:☆☆☆


 我々が書物を読み誤るのは、理解できないためではない。本当は理解していないのに、理解したつもりになってしまうことだ。そう著者は喝破する。

 意外かもしれない。しかし、実際に小学校の教科書を例に読者に分かったつもりの状態を体験させてから論に入るので説得力がある。実際に、一つ一つの文章は容易に理解できるのだが、読み終わった後に詳細を語ろうとすると途端にそれができないことが分かる。それどころか、明らかに間違った理解をしている場合もあり、驚くことになる。

 分かった、という状態が出来上がってしまうと、更に深く読み取ろうという意思が失われてしまうのかもしれない。そう考えれば、確かに読解力がつかないのは理解力の不足ではなく分かったつもりという危険な状態であると感じさせられた。

 ただ、どこまで深く読み込むことが必要かは読む本によって異なると思う。例えば小説などでは自分で納得のいく読み方ができればいいのではなかろうか。著者の狙いから離れたことを読み取ってしまったからといってそれが間違った読み方ではないように思う。勿論、著者の主張と正反対のことを読み取ってしまってはそれは悪意のある誤読か読者が余程アレなのだろうけど。

 自分が如何にいい加減に文章を読んできたか、ということに気付かせてくれたことには感謝したい。
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未分類 | 2008/05/05(月) 16:47 | Trackback:(2) | Comments:(0)

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499冊目 & 500冊目 韓非子 上下
韓非子〈上〉 (中公文庫)韓非子〈上〉 (中公文庫)
(1992/07)
町田 三郎

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韓非子〈下〉 (中公文庫)韓非子〈下〉 (中公文庫)
(1992/12)
町田 三郎

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評価:☆☆☆☆☆


 実に15年ぶりくらいの再読。

 韓非子は戦国時代末期の思想家である。戦国時代に先行する春秋時代には沢山の小国が林立していたが、それらはやがて大国に吸収されて姿を消していく。戦国時代初期には生き残った秦、楚、斉、燕、趙、魏、韓の七大国が並び立っていたことから戦国の七雄と言われたが、韓非子の時代には秦が頭一つ抜きん出ていてた。一強六弱の世界で、弱い方はどう生き残っていくかが常に政争の中心で、秦以外の国々で結んで秦を封じ込める合従策と秦に庇護を求める連衡策が凌ぎを削っていた。

 特に韓の国は秦に隣り合っていたために早くから領土を削られていつ滅んでもおかしくないほどにまでなっていた。韓非はその韓の公子である。母国の状況をなんとか打開したいとの篤い思いが、韓非を徹底した法家とさせたのだろう。性悪説で知られる荀子に学び合理的思考を身に付け、道家の思想を背景にしながら法家思想を完成させた。

 一言で纏めてしまえば、官吏が民衆をコントロールすための法と、君主が臣下を使いこなすための術。この二つの重要さと使い方を説いていくのが韓非子という著作の内容と言って良い。徹底して磨きをかけた思考の跡からは、今も学べるところが少なくない。

 韓非はまた、例え話の才にも恵まれていた。

 堯と舜という伝説の帝王を取り上げてこう説く。堯が完璧な聖人だとしたら、その下で舜が活躍することはありえない。なぜなら堯が全ての問題を解決してしまうからだ。なのに堯も舜も聖人だという人々がいる。これはおかしい。

 これに続いて、かの有名な矛と盾を売る商人の話をするのである。どんな盾でも打ち破る矛とどんな矛でも防ぐ盾、これらは両立できない。堯と舜を同時に聖人とすることはできないのだ、と。

 他にも”まちぼうけ”で知られる話や逆鱗など、誰もが知る言葉や話が織り込まれているので、短編集を読んでいるかのような楽しみがある。

 しかし、その思想のあまりの苛烈さにはついていけない、というのも事実だ。例えば、韓非は厳罰主義を説く。軽微な罪でも死刑になるとなれば、ほとんどの民衆は決して罪を犯さなくなる。これによって社会の安定は保証される。だから賢い君主は刑を重く用いるべきとする。刑と対になるのは賞である。この賞も与え方は慎重にするべきだ。なぜなら罰と賞の権限を一手に握ることが君主の権力を保たせるからだ、という。

 だから何も無いのに恩賞を与えてはいけないとする。それは確かに言うとおりだろう。しかし、飢饉になっても食料を供出すべきではない。なぜなら、民衆を救うためとはいえ功の無い者に何かを与えると信賞必罰のルールが崩れ、ひいては社会から真面目に働く者が居なくなってしまうからだ、というのである。ここまでくると諸手を挙げて賛成することはできない。

 韓非に国を救うための熱烈な思いがあったのはひしひしと伝わってくるし、そのために思考を巡らせた事も分かる。だが、その議論は机上で組み立てられたものであって、現実性という点では欠ける点が多いな、と思わされた。

 この韓非は、始皇帝の元に趣き、そこで兄弟弟子だった李斯に讒言されて死を遂げることになる。皮肉なことに、法家思想を社会に広め完成させたのは、この李斯だった。更に秦の後に成立した漢が秦の法律を引き継いだことで、韓非の思想の少なからずはその後の中国を形作った。そういう点からも興味が尽きない著述である。思想に共鳴するかどうかは別問題として、読んで面白い本であることは間違い無いと思う。
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未分類 | 2008/05/02(金) 23:59 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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