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Skywriter

Author:Skywriter
あまり一般受けしない本ばかりが好きと言う難儀な管理人です。
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BK1書評の鉄人31号。
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457冊目 騙される脳
騙される脳 (扶桑社新書 18)騙される脳 (扶桑社新書 18)
(2007/08/30)
米山 公啓

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評価:☆☆☆


 流行というものは、渦中にある人にはたまらなく魅力のあるものであるが、外側の人には全く訴求力を持たない。お笑いが嫌いだという人に、テレビでやっていた最新ギャグを披露しても下水に浮かぶゲジゲジを眺めるような冷たい視線で見詰められるのが関の山。で、外側の人はなんでまたこんなものが流行るんだろうと思うわけだ。

 外側に立つのは、実のところ簡単な話。なにせ、流行は一過性の上に人を選ぶわけだから、ちょっとでも自分がその範疇から外れてさえ居れば良い。昔の話、異性にターゲットの絞られている話、ヲタな人を狙った話、などなど。今更がちょーん、と言うならば、その台詞で笑いを取るには狙い済ました一撃が必要だろうけど、往時はそれだけで一斉にナウなヤングが莫迦ウケしていたはずなのだ。

 ではなぜ流行があるのかというと、「新しさ」を追求する脳の仕組みがあるからだ、というのが本書の主張。

 タイトルからも分かるとおり、流行に流されることについて著者は否定的な立場にあるようだ。前書きでも「騙されないためには、自分なりの価値観を持つことが重要」と言っている。

 しかし、流行はそんなに悪いものではない。そもそも、それほど共通の知識基盤のない職場などにおいては当たり障りのない話題づくりには貴重ではないか。そうでもなければ仕事の話しか出来なくなってしまうではないか。

 などと言いながら、私は全く流行に興味が無いので会社では無口です、はい。会社の人とは円滑に仕事を進めることさえ出来れば他に望むことはありません。

 世間で大流行した朝青龍の大バッシングには、普段相撲なんか見ないくせにバッシングだけに参加するとは暇な人がいるもんだ、と思っていたほど。私自身は、相撲なんかに一切の興味が無いので犯罪が無い限り報道は不要だと思うのだが。もっとも、角界というところは凄惨なリンチ殺人を行ってもなかなか逮捕さえされないという摩訶不思議なところのようなので、犯罪が起きても表に出てこないかも知れないけれども。

 著者によるとこういうのは男に多いそうで、とりわけおじさんに多いと指摘されている。ええ、おっさんですとも。

 「新しいこと」と、「自慢したがる」ことをキーワードに、ゴッホや軽井沢、ニセコスキーリゾート、京都などの良さがどのように”発見”されたのかを語るのには説得力がある。とりわけ淋しく感じるのは、日本人が軽井沢を認めるようになるのは外国人が絶賛してからというくだり。外国でもそうかも知れないけど、良い物は良いと認められるようになりたいものだ。

 ただ、タイトルに脳が冠してあるが、脳そのものの話題はほとんど出てこない。脳に興味がある方には別の本を当たることをお勧めする。
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医学・脳・精神・心理 | 2008/02/29(金) 22:34 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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456冊目 「狂い」の構造
「狂い」の構造 (扶桑社新書 19)「狂い」の構造 (扶桑社新書 19)
(2007/08/30)
春日 武彦/平山 夢明

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評価:☆☆☆☆☆


 本書は精神科医の春日武彦と作家の平山夢明が狂気について放談した、貴重な記録である。かなり毒が強いので、加害者の人権とか、人間の矯正の可能性なんてものを信じているヒトは決して読んではいけません。なにせ、精神科医として数多の患者を診た人がこんなことを言ってしまうのである。

平山 (略)いつも疑問に思うのは、そんなに精神医療とか、カウンセリング力ってのいうのは、人間の根本を激変させるほど強力なものなんだろうかと。
春日 いやあ、ない、ない。
平山 例えば『蜘蛛の糸』のカンダタのように異常犯罪者が心から悔い改めたりするんだろうかと思うんだけれど、そんなことはあるんですか?要は機能不全みたいなものでしょう?
春日 だから、俺なんか、人格障害のヤツなんかを扱ってても、治そうという気もないし、治るとも思ってないし。じゃあどうするかって、相手が年取るのを待つわけだから。その間にまあ、そんなに外さないでくれりゃいいやと思ってるんだけど。
(p.58)


 これを読んで、私は思わず笑ってしまったのだが、そういう人は文句なしに楽しめます。

 何が良いって、この突き放した感じ。異常を理解しようなんていう人がいるけど、親族を亡くしたことのない人が精神の大まかな動きは追うことができるとしても、決して親族を亡くした人の気持ちに辿り着けないように、異常者を理解することなんて不可能である。理解することが不可能であるというなら、矯正も不可能だということが近年の研究から明らかになっている。彼らは脳の障害を持っているに過ぎない。両足が無い人にサッカーをやれと言っても無茶なように、彼らに犯罪を犯すなといっても無茶である。

 このような客観的事実を受け入れてしまえば、今の法体系にはかなりの無理があることが分かる。宮崎勤、オウム、山口県光市母子殺害事件などで悉く心神喪失が争われたわけだけど、どれも無駄だ。彼らは決して更生も矯正もしない。本書でも取り上げられているが、幾人もの女性を強姦した挙句に絞殺していた小野悦男は人権派弁護士なる者に導かれて脱獄し、そこでまた女性を殺害している。彼らは違う精神を持った存在と認識するほうが理に叶っている。権力に服従するアイヒマンのような人は沢山居るだろう。私もその一員の可能性はあると思っている。だが、それと彼らとは根本的に異なる、ということを知って損はない。

 兎に角、ざっくばらんに新潟少女監禁事件や山口県光市母子殺害事件、ミートホープや雪印、果ては給食費を払わないアレな親まで、狂いがあると思うところには恐れることなく切り込んでいくので見ていて気持ちが良い。全てを受け入れるのではないとしても十分に楽しめると思う。

 最終章ではエド・ゲインやジェフリー・ダーマー、ヘンリー・リー・ルーカス、マリリン・マンソンといった実在の連続殺人犯についても好き勝手に語っている。異常の中でも最たるもの、殺人に至る病で仕上げるとはなんとも心憎い(?)仕儀ではないか。

 対談はしばしば各自が語りたいことをだらだらしゃべってしまってまとまりがなくなるものだが、そのようなことにはならない。二人共に興味を持つことを好きにしゃべっているはずなのに、肝胆相照らす仲の様に絶妙な対談に仕上がっていると思う。興味を持った方は是非手に取ってみてください。


 ただ、東海村臨界事故の話で、チェレンコフ光を肉眼で見た人がいないとか言っているのは間違い。それくらいなら私も見たことがある。

 なお、チェレンコフ光というのは、水中などで電子が水中における光速を超えたときに出る蒼い光のこと(相対性理論は”真空中の光の速度”を超えてはいけないと言っているので、”水中の光の速度”を超える分には問題ない)。あのどこまでも蒼い光には神秘的な美しさを感じた。きっとブラウン管なり液晶画面を通したらあの圧倒的な美は表現できないと思う。東海村で起こったのは、眼球の中の水分でチェレンコフ光が発生したのではないかということであり、肉眼で見たというのとはレベルが違う。

 気になったのでここだけ指摘。
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医学・脳・精神・心理 | 2008/02/27(水) 23:15 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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455冊目 その死に方は、迷惑です―遺言書と生前三点契約書
その死に方は、迷惑です―遺言書と生前三点契約書 (集英社新書 393B)その死に方は、迷惑です―遺言書と生前三点契約書 (集英社新書 393B)
(2007/05)
本田 桂子

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評価:☆☆☆


 好むと好まざるとに関わらず、死はいずれ訪れるわけで、それには備える必要がある。十分な備えをしなかったばかりに、死を前にした自分の願いが叶えられないことは愚か、親族に無用な争いの種を蒔くことにもなりかねない、と指摘するのが本書。

 大した財産があるわけじゃないから、あるいは、うちは家族仲が良いから、といったような理由で遺言状などを遺さない人が多いようだが、そんなことはない、と公証人としての経験から指摘している。

 確かに、家族仲が良い、特に嫁姑間の仲が良いのは良いことに違いないが、それは自分が生きているから成立する関係であることは忘れないほうが良いのは間違いないだろう。うちみたいに嫁姑が絶対揉めないことが確実な場合はともかく(ブラックジョーク)。

 カネを巡っての争いなど無く、皆が故人の遺志を尊重する社会ならそんなことは必要ないかもしれない。しかし、残念ながらそうではない。僅かな遺産を巡っての争いは珍しいことではないし、そうであるからには法律も性悪説的に組み立てられざるを得なくなる。なので、実際に親族に争い無く故人の遺志どおりに相続が行われるとしても事は容易に進まない。というのは、故人の口座などは凍結されており、利用できるようになるまでは煩雑な手続きを経ないといけない。

 と、こうなれば確かに遺言は残した方が良さそうだ。何時でも撤回はできるので、遺言状があることによるデメリットはほとんど無い。むしろ、遺言状が無いことで生じる様々なデメリットを回避できるなら儲けもの、というのは分かる。

 家族が互いを尊重していれば争いは起こらない、というのは無茶な想定なのは、例えば私が家族で出かけたときに事故に遭い、一家全員が死んだとする。息子、私、妻の順で死ねば、我が家のつましい全ての財産が妻の両親の手に渡るわけで、これでは私の親族が面白くないと思うのは当然だろう。争いの種は常に有り得る、というのがリアルな考えだ。

 遺言状に加え、ボケた時、瀕死のときと、いずれも自分の意思表示ができなくなった場合に備えることの重要さについて警鐘を鳴らすと共に、これらの事態に備える具体的な方法について啓蒙してくれる本。
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ノンフィクション | 2008/02/26(火) 23:25 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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454冊目 ロウソクの科学
ロウソクの科学 (角川文庫)ロウソクの科学 (角川文庫)
(1962/10)
三石 巌、ファラデー 他

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評価:☆☆☆☆☆


 マイケル・ファラデーという科学者、高校で理科系の授業を取った(あるいは取らされた)人には馴染みがあるはずだ。近代科学の発展期にあって、電磁気学や化学の分野で多大な貢献を成し遂げたことで知られている。

 彼は実家が貧乏だったために、小学校を卒業して13歳で働き始めた。それがたまたま大化学者ディビィの講演を聞き、科学の道に入ることになる。その後の活躍については科学史を漁れば最大級の科学者として詳しく取り上げられているのでその手の本を参照してみて欲しい。

 このファラデーは科学者としても大変に有能な人物だったわけだが、教育者としても惜しみなく力を尽くした。一般向けの講演を行い、化学実験を公開することで大衆に科学の面白さを伝えたのである。本書もまた、ファラデーが行った講演の貴重な記録である。

 ロウソクが燃えると何が起こるか。二酸化炭素と水ができる。では、二酸化炭素と水ができるというのはどうしたら分かるのか。ここを懇切丁寧に、しかも見た目に面白い実験を駆使するのが凄い。燃焼という誰もが目にする現象の裏に、どれほどの科学が隠れているのか、と感嘆する。

 話はどんどん広がり、大気圧や水素、炭素、酸素の性質、果ては生物がロウソクを燃やすのと同じことを体の中で行っていることまで知識が連鎖していく。

 科学に魅せられ続けたファラデーが、その面白さを生き生きと伝えている。本書が名著の誉れ高いのはやはり伊達ではなく、これから科学の分野に進む可能性がある全ての人に読んでもらいたいと思う。科学は、難しいものじゃなくて面白いものなんだ。きっとそう感じることになるだろう。
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その他科学 | 2008/02/25(月) 22:47 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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453冊目 曹操註解 孫子の兵法
曹操註解 孫子の兵法 (朝日文庫)曹操註解 孫子の兵法 (朝日文庫)
(2004/08/05)
中島 悟史

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評価:☆☆☆☆☆


 マニアには広く知られた話だが(そういうのを広く知られたとは言わない)、現代に残る孫子曹操が注を付けたものである。その最も知られた言葉は恐らく”彼を知り己を知れば百戦して危うからず”。日本軍の大敗に重ね合わせて使われることが多いように思う。

 その曹操注の『孫子の兵法』を銀雀山出土資料でクロスチェックした上で全訳し、章ごとに解説と、解釈の根拠を示すことで孫子の兵法の全貌が分かるようになっている。

 孫子の兵法を知らない方のためにちょっとだけ説明する。実のところ、孫子は戦争を勧めていない。戦争を指揮する者として呉王に自分を売り込んだ男としては間違った姿勢のようにも感じられるが、逆にそこが孫子の計算であろう。戦争は国を疲弊させる、ぎりぎりまで使うなと随所で指摘するのが特長だ。

 ところが、一端戦争が始まったと為ると様相が一転し、勝つためには何を為すべきかが語られることになる。この温度差が不思議に感じられるかもしれない。しかし、春秋時代という不安定な時代に生きた孫子からすれば、平和が好ましいのは言うまでも無い事としても、何時起ころうか分からぬ戦争に備えないというのは愚の骨頂である、と言ったところだろう。

 では、戦争行動を前提としていないのかと言えばそうではない。呉にとっては地政学上、倶(とも)に天を戴くことの出来ないライバル、楚を攻めるための手段は詳述されている。どこを攻撃すべきか、逆にどこは攻撃してはいけないか。まず攻めるなといい、攻めるからにはどこを攻めろと指示するのに、孫子の中では矛盾は無いのだろう。

 従って戦端が開かれた後の話ともなれば極めて冷静に個々の事象を説明することになる。攻撃するべき(攻撃を避けるべき)地点、戦うべき(あるいは戦ってはいけない)地形、兵を率いる者の心得、そして兵站。春秋時代の戦争の、全てがそこにあると言って良いかもしれない。兵站については、過去に紹介した『補給戦』よろしく、後方から前線へ補給するともなると、糧食はたったの5%程度しか届かない。だから可能な限り現地調達せよ、という。この割合は少なすぎると思う向きもあるかもしれないが、『補給戦』でも全く同じ比率を挙げていたことは指摘しておこう。

 勿論、現代戦を想定すれば的外れな指摘も多々ある。主に技術の発達によって、戦場の有様は大きく変わった。だから、孫子の兵法がそのまま役に立つわけではなかろう。しかし、戦わずして目的を達成することの重要さ、情報戦がどれほどの影響を及ぼすか、指揮官の覚悟と兵士の士気を上げる重要さ、そして兵站の問題と、組織運営に必要な全てがあるように思う。

 意外だったのは、曹操の注の少なからずが再言及や噛み砕くのに使われていて、本文を読むのを阻害するということだ。曹操ほど戦場にあり続け、戦争の酸いも甘いも知り尽くしたインテリはいない。その知恵が加えられているのかと思ったのだが、そうでもないのが残念だ。まあ、ところどころに自慢としか思えない文章が挿んであるのは曹操の人間らしさを感じさせてくれて楽しいのだけど。

 もう一点意外なのは、春秋時代に書かれたはずの孫子に後の法家の思想と軌を一にする主張が見受けられること。勿論、法家の人々がこの頃からの思想を脈々と受け継いできたというのが筋で、その集大成が荀子であり韓非子であるのだろう。思想史上からも興味深い一冊だった。

 また、解釈において異論がある部分については、なぜ著者がこの読み方をするのか、解説してあるところはとても有難い。安易に現代ビジネスに結び付けない点といい、素晴らしい立場だと思う。孫子の兵法の初心者から詳しく知りたい人まで、幅広く読める好著だと思う。
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中国史 | 2008/02/24(日) 00:20 | Trackback:(1) | Comments:(0)

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452冊目 ヒューマン・ステイン
ヒューマン・ステインヒューマン・ステイン
(2004/04)
フィリップ ロス

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評価;☆☆


 VIVAさんのエントリで読んだのがきっかけで手に取った本。アメリカにおける人種差別の問題と真っ向から取り組んだ小説である。

 地方の大学で古典を教えるコールマン・シルク教授が、全く出席しない生徒二人のことを他の生徒にこう尋ねる。『誰か名簿に載っているこの二人を知っていますか?いったいこの二人は幽霊(スプーク)か』

 特に問題はなさそうだ。日本だって幽霊部員なんて言葉があるし。

 ところが、このスプークという言葉には黒人を蔑む意味も持っていたことから、コールマンは人種差別主義者のレッテルを貼られてしまう。憤懣やるかたないコールマンはこの事態に断固として闘いを挑むが、一度撒かれた悪意の持つ力は圧倒的だった。結局、過労死のような形でコールマンの妻は死に、コールマン本人は大学に居られなくなる。

 世捨て人同然の小説家である主人公の元にコールマンがやってきたのはこのときだった。小説家としてこの不正を糺すよう、コールマンは主人公に命じるのだった。

 これが導入。アメリカには今も厳然として差別が暗い影を落としているのが分かる。政治的に正しい言葉遣いなんてものが必要なのは、その裏に悪意が存在するからだろう。そして、残念なことに、言葉を隠せば悪意や差別意識も隠れるだけの話。消えはなしない。

 人種差別主義が誤っているのは当然としても、僅かな言葉じりを捉えて他人にレッテルを貼るのは正しいことなのか。

 これが前段の問題となる。

 ところが、コールマンの怒りは解ける。彼の精神を平安へ導いたのは、若い掃除婦だった。片や教養を身に付けどんな困難も凌いできた71歳の元大学教授。決して生活に困ることは無い。もう一方は、養父の性的虐待から逃げ出した、無教養で離婚暦のある貧乏な女性。二人は例の薬品の力を借りてではあるが、逢瀬を重ねることになる。(何のクスリか分からんという人は近所の電柱100本くらいじっくり見てくること!)

 ここでもう一つの主題が出てくる。セックスによって平安を得るという、人間にとって当たり前のことを、老人が行ってはいけないのかということ。どことなく背徳感を感じずには居られないが、実のところ彼らが問題のある行動をしているわけではない。

 と言った感じで、アメリカの病理をごった煮のように放り込んであり、高揚感などを期待して読むと失望することになるだろう。ベトナム帰還兵、フェミニズム、人は莫迦である権利があるのか、等々。傑作なのは、ギリシャ古典を読んだ莫迦学生が、”女性が侮辱されている”といった程度の感想しか言えないあたりだ。フェミニズムと反知性主義の悪弊を上手く表現しているように思う。

 本書の中盤で、主人公はコールマンの過去に迫ることになるわけだが、そこで我々は皮肉な事実に直面することになる。黒人学生を侮辱したとして追放されたコールマン自信が、黒人だったのだ。

 コールマンはどのようにして黒人であることから逃れたか。このあたりは興味があれば本書に当たってみて欲しい。

 文章がとにかく冗長で、読んでいて飽きてくるのは残念だった。もうちょっと簡潔にまとめられるように思う。で、通常の人生と同じで、全て納得して胸のつかえが取れるということもなく、なんだか解決したのかしてないのか良く分からないまま話が過ぎていくのでカタルシスが得られない。それが小説の魅力だ!という方には向いているかもしれないが、小説よりもノンフィクション向けの散文的頭脳の持ち主である私にはちょっと期待はずれだったのが残念。
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未分類 | 2008/02/22(金) 23:44 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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451冊目 緒方貞子―難民支援の現場から
緒方貞子―難民支援の現場から (集英社新書)緒方貞子―難民支援の現場から (集英社新書)
(2003/06)
東野 真

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評価:☆☆☆☆


 大国間の戦争は二次大戦を最後に途絶えたが、しかしそれは平和の到来を意味したわけではなかった。続いて起こった冷戦では、大国同士が直接対峙することはなかったが、朝鮮戦争やソ連のアフガニスタン侵攻、ベトナム戦争と代理戦争が行われた。

 でも、冷戦すらも一つの秩序だったのではないかな、と思う。二分法は野蛮な手法で、それに従わない者は排除されてしまう体制ではあったわけだけれど、それでも、直接争えば互いが破滅する相互確証破壊というシステムによってある程度の平和は担保されていたわけだ。

 だから、冷戦が終わったら箍(たが)を外したように世界中に憎悪が撒き散らされた。むしろ内にある憎悪に気が付いた、というべきか。

 隣人同士が争うとき、それは一次大戦や二次大戦では見られなかった様相を呈することになる。その結果、大戦争にも劣らぬ大量の難民が誕生することになってしまった。

 本書は難民を保護するための機関のトップ、難民高等弁務官を10年に渡って勤め上げた緒方貞子さんへのインタビューを中心に構成されている。

 本書を読み始めてまず気付くのは、難民を可愛そうな人とするだけの立場からは遠く隔たった立場にある、ということだ。平和に暮らせる社会を築くためには、最後は自助努力しかない。しかし、今まさに命が危ない人々相手に、いつになるか分からない未来へ努力しろと言っても無駄だ。当座の命を保障し、元の住処に戻れる体制を作る。まずはそこから始めなければならない。

 残念なことに、緒方さんが在任中、緒方さんが暇になることはなかった。ソマリアで、旧ユーゴで、イラクで、大量の難民が発生し続けた。緒方さんは自ら現場に飛び、銃弾の飛び交う中を精力的に駆け回って真に必要な支援を与え続けたという。溢れんばかりのバイタリティはどこから出るのか。それは、本書で示されているとおり、怒りなのだろう。

 斜に構えて、世界はそんなもんだと諦めるのは簡単だ。実際、ツチ族とフツ族が凄惨な殺し合いをやったさい、世界は彼らを見捨てた。勝手にやれよ、とばかりに。斯く言う私自身、知れば知るほどうんざりして勝手にしてくれと思わなくもなかった。どちらの側も酷い、そんな争いをしれば多くの人はそう思う。

 怒りと正義感を持続するのは大変なことだ。緒方さんはそれを共に保ちながら、慈愛も忘れない。偉大としか言い様がなかろう。そんな緒方さんの考えに触れる機会があったことは嬉しかった。この強さを自分が持てるかは自身が無いが、まずはこうしたあり方がありえて、しかも世界から認められる素晴らしいやり方なのだということは覚えておきたい。
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ノンフィクション | 2008/02/21(木) 23:49 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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450冊目 戦争における「人殺し」の心理学
戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)
(2004/05)
デーヴ グロスマン

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評価:☆☆☆☆☆


  チャップリンはヒトラーを痛烈に皮肉った『殺人狂時代』において、「一人殺せば人殺しだが1000人殺せば英雄だ」と嘯いたものである。残念なことに、20世紀は多くの”英雄”を生み出した時代でもあった。

 一将功為りて万骨枯る、という言葉があるように多くの人々が犠牲になっていった。しかも、ナポレオン戦争やアメリカの南北戦争あたりから、戦争は戦場での短期決戦で済むものではなく、国家の総力を挙げて行うものとなっていったため、とてつもない数の死傷者が出てしまった。

 悲惨な歴史に目を遣る時、我々の関心はどこに向かうだろうか。その一つは英雄達であるのは間違いなかろう。ハンニバルやカエサル、曹操や織田信長らの活躍には多くの人々が興味を持ってきたし、それは今後も変わらないだろう。そしてもう一つは、英雄の活躍の背後で無残に屍を晒してきた人々への哀悼ではなかろうか。

 しかし、戦争には英雄と犠牲者だけが居たわけではない。歴史上、何十万、何百万という無名の兵士達が存在した。彼らには彼らなりの理由があって、戦争に関与することになったわけだ。これらの人々に十分光が当てられてきたとはとても思えない。

 本書は永きに渡って省みられることのなかった兵士達の実像を戦場考古学や聞き取りによって明らかにしている。

 その成果から現われてきたのは、意外なことに、兵士達は自分の命が危機に晒されているその中であっても敵を殺すことを躊躇する、というものだ。

 たとえば、南北戦争では戦場跡から何発もの弾が篭められたマスケット銃が見つかるという。推測されるのは、ひたすら弾を篭め続けることで戦闘をサボタージュしているわけではないように演技しつつ、相手を殺すという決定的な行為を避けたのだ。また、古代の戦争を再現してみると、演習と実際の死者の間にはとてつもない開きが生じるのは間違いないらしい。

 兵士が人を殺したがらないという事実が決定的に為るのは、二次大戦後の聞き取りで、なんと15~20%程度の兵士しか発砲していなかったことが明らかになった。

 これは著者が指摘するように、人類への光明と誇りに繋がるものだ。

 だがしかし、様々な手法によって、ベトナム戦争では兵士の八方率は95%にまで跳ね上がった。一体、二次大戦からベトナム戦争の間に何があったのか。その謎は、心理学から解き明かすことが出来る。ベトナム戦争後に発生した多数のPTSD患者発生の謎も含め。

 20世紀に明らかにされた心理学の結果と、実際の訓練における効率的な訓練。その両者を詳細に知るのに、軍に奉職して長き時を過ごしてから心理学へ進んだ著者以上の適任者はそうはいない。人は人を殺したがらないという一般的な傾向、その傾向から外れる人々、更には人を殺したがらない人々を有能な兵士に変える手段。慄然とさせられることもあるが、多くの人にとっては他人を殺すことが最大の抵抗になる、という事実には一抹の救いがあるように思えてならなかった。

 また、殺人を許容できるようになるまでの、様々な点が解説されていることも興味深い。つまり、人を殺さないようにするには本書で指摘されていることの反対を行えば良いのだから。

 歴史、心理学、そして何より痛ましい事実の数々から、殺人への抵抗感と、殺人を強制された結果が兵士に何をもたらすかといったことまで、殺人に関わる状況が網羅されている。きっと、本書を読めば人間という存在をより理解できるようにはなるのだろう。


 ただし、戦争で人殺しを容易にするためのテクニックの幾つかが、テレビやゲームで多用されていて、それがために犯罪が増加傾向にあるというのは首肯できない。なぜなら、日本でも似たような状況なのに、最もテレビやゲームに影響される若者による凶悪犯罪は減っているからだ。戦争に関しての考察に関して高い評価ができるだけに、この点はちょっと残念だった。
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医学・脳・精神・心理 | 2008/02/19(火) 23:37 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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449冊目 催眠の科学―誤解と偏見を解く
催眠の科学―誤解と偏見を解く (ブルーバックス)催眠の科学―誤解と偏見を解く (ブルーバックス)
(1997/01)
成瀬 悟策

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評価:☆☆


 催眠術という、世間に誤解されたものの実像を紹介しようというノンフィクション。不可思議な印象の付き纏う催眠も、既に明らかにされた事が多いのだ。

 催眠下というのは寝ている状態とも起きている状態とも違う、独特のものである。それは良く使えば治療に使うことが出来ることは明らかになっている。

 ところが、不思議な点があることから、催眠は面白おかしく取り上げられることが多くなってしまった。ひいてはそれが催眠に対する誤解を生み出すことになった。しかも厄介なのは、催眠をまともな手段として使おうとする人々の障害にもなったことである。催眠の誤解を糾すことが困難な状況なのだ。

 正しい知識を、と先走ってしまったためか、全体的に散漫で、今分かっている知識を無理やり詰め込んだ、という雰囲気になってしまったのは残念。トピックが短く、しかも寸断されているため催眠の全体像というものは分からないし、フロイトのようなオカルトまで取り上げているために益々困ったことになってしまっている。

 こういった欠点があるので、たとえば催眠術にかかった状態でも自分に不利なことはできない(施術者が相手に催眠術を使って自殺させることはできない)、といったような、催眠術の知識を多少でも持っている人にはあまり得るものが無いのが残念である。

 仮説であったとしても、この魅力的な現象を体系だてて取り上げ、説明できていたらもっと面白かったのに、と思うとちょっと残念である。それでも、バラエティ番組で見る催眠術程度の知識しか無い人には役に立つだろう。せっかくの面白い現象なのだから、現象そのものを知る楽しみを味わってみて欲しいと思う。
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未分類 | 2008/02/17(日) 23:48 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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448冊目 くたばれ健康法
くたばれ健康法くたばれ健康法
(1961/07)
アラン・グリーン

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評価:☆☆☆☆


 一代にしてアメリカに健康帝国を作り上げた男が、その栄華の完成として作り上げた孤島のホテルで落成記念中に、4階の自室で殺害された。男を殺した弾丸は、不思議なことにパジャマには穴を開けることなく男の心臓にめり込み、見事目的を果たしたのだった。

 ところが、殺害現場の部屋には鍵がかかっており、部屋の下にはプールがある。つまり、犯人は男を殺した後で部屋に入り込み、パジャマを着せてから施錠して立ち去ったことになる。なぜそんな面倒くさいことをしたのか。

 利害関係者ということであれば親族を含めてホテルに居る者全員がそうであるし、動機がある者といわれればやはり全員が当てはまってしまう。

 そこに居たのは男の一族に民主党と共和党の議員、ジャーナリスト達といった人々である。で、彼らがどいつもこいつも警察の調べに対してウソをつくわけです。

 そんな感じのユーモア小説で、犯人を捜しながらついつい笑いを引き起こされてしまうのは見事。ただ、笑いの質はアメリカ的で、それを受け入れられるかどうかは分かれ目だと思う。私としては民主党と共和党の議員同士が争う様や、健康帝国という病弊について皮肉な書き方が面白かった。また、ユーモアに加えて推理小説としても楽しめる点は高く評価したい。
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推理小説 | 2008/02/11(月) 23:40 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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戦略的思考とは何か
 戦略的思考というのはどのようなものか。

 人生で例えるのであれば、例えば10年毎の自分のあるべき姿を思い浮かべ、それに向けて何時までに何をしていけば良いかを具体的に考えていくことに当たるだろう。もちろん、情勢の変化は避けられないのでその時々にぶつかりそうな問題への対処を考えておく、というのもその一環だろう。

 さて、息子の話である。

 もうちょっとでバレンタインデーを控えてだからいう訳ではないが、我が息子はチョコ レートが大好きである。先日など、
 「おかあさん好きな子ー」
 と聞くと、
 「はい!」
 と元気な返事をしたので、更に加えて
 「おかあさんよりチョコレートが好きな子ー」
 と聞くと、予定調和の如く
 「はい!」

 たぶんきっと世界で一番チョコレートが好きなのであろう。

 チョコレートが好きな子が居る一方で、その子を大好きな男が居る。私の父である。この私の父であるところの息子の祖父(当たり前だ)は、自分の息子には終生見せることの無かった愛情を注いでいる。息子としては肩をすくめて、このヒトには何かの霊が乗り移って人格を変えてしまったに違いないと非科学的なことを思うしかない次第。

 この父が、Mery'sだモロゾフだと、自分でも食べないようなチョコレートをいそいそと孫に貢いでいるわけですよ、ええ。今更色狂いできゃばくらのおねーちゃんに貢ぐよりは56億7千万倍くらいは良いのだけど、過ぎたるは猶及ばざるが如し、というのも当然でありまして。

 そんなわけで、親としては子に与えるチョコレートの数を制限しているわけです。朝三暮四。つまるところ、限りある資源をどのように行使するかということで大変に戦略的な行動といって過言はないはずである。

 与えられる方の息子であるが、これまた戦略を駆使するわけですよ、これが。この辺り、賢くなったなぁと思うのだけれども、息子の戦略はこうだ。

1.真っ先に一緒に食べている、他のヒトのをねだりに行く
2.残りが自分の手にあるものだけになると、急いでほおばる
3.最後の一個になったら大事に大事にちょっとずつ食べる

 どうやら、均等にゆっくり食べるというところまでは考えが及んでいないようである。この戦略を、量があるから急いで食べる=r戦略と、これしかないからゆっくり食べる=k戦略と名づけるのはどうだろう。きっと、k戦略とr戦略のどちらが有利か、計算によって明らかになる閾値があるに違いない。



 こういう駄文がきっと検索上のノイズになるのだろうな、うん。

 r-K戦略についてのwikipediaの記事
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雑記 | 2008/02/08(金) 22:44 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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447冊目 韓非子―不信と打算の現実主義
韓非子―不信と打算の現実主義 (中公新書)韓非子―不信と打算の現実主義 (中公新書)
(2003/05)
冨谷 至

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評価:☆☆☆☆


 著者の本を読むのは『古代中国の刑罰―髑髏が語るもの』109冊目で紹介した『教科書では読めない中国史―中国がよくわかる50の話』に続いて三冊目。いずれも面白かったのだが、本作も期待を裏切らない面白さ。戦国末に現れた異色の思想家・韓非の言説をコンパクトに分かりやすくまとめている。

 韓非は、戦国の七雄の一つだった韓の公子である。と言っても、韓非が生まれた頃には戦国の七雄とは名ばかりで、秦の一強と関東(函谷関の東の意)の六弱といった情勢だった。取り分け貧弱だったのが燕と韓だったのだが、韓は一強、秦と隣り合っていた上に、残った国境線で魏、楚に囲まれていたので成長の余地が無かった。ために、より滅亡に瀕していたのは韓だった。

 その韓の公子である。祖国を救おうという熱情は人一倍だった。だからこそ、韓非は韓を救うために思索を重ねることになる。名高い思想家、荀子に学び、荀子の合理主義に独自の思索を重ねた結果として著されたのが韓非子であるわけだが、皮肉なことに韓非の思想を現実に移したのは、韓のライバルたる秦だった。

 韓非を秦で自殺に追いやったのが李斯である。李斯も荀子の門で学んだ男なのだが、この李斯こそが韓非の唱えた法家思想の完成者であるのは歴史の皮肉か。いずれにしても、韓非の思想は秦を支え、更には漢に受け継がれることで中国の思想を決定付けることになる。

 中国の姿を決定付けた思想の持ち主、韓非のその思想とはどのようなものなのか。他人を信じれば他人に制せられる、あるいは、厳罰を用いればほとんどの人民は犯罪を犯さなくなるので名君はすべからく厳罰主義者たるべし、といったあたりの思想には感心する反面で反発も覚えるのではないか。

 なぜこのような思想が戦国時代に出来したのか。そのあたりの考察に加え、孟子の性善説、荀子の性悪説と比して韓非子の思想がどのような位置づけなのかを解説することで韓非子の思想の全体像が分かるようになっているのはありがたい。

 韓非子は、例え話が多く、読み物としても大変に面白いものなので、本書で韓非子に興味を持たれた方は是非韓非子にも手を出してもらいたいと思う。その一方で、韓非子という書物自体には韓非子以外の書き手の意見も入り込んでいるため、こうして一歩離れた著作の価値は決して衰えることは無いと思う。 異色の思想家の全体像に迫ったなかなかの作品と思った。


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中国史 | 2008/02/05(火) 23:50 | Trackback:(1) | Comments:(0)

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446冊目 現代中国の禁書 民主、性、反日
現代中国の禁書 民主、性、反日現代中国の禁書 民主、性、反日
(2005/06/21)
鈴木 孝昌

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評価:☆☆☆☆


 独裁権力のあるところ、出版への苛烈な弾圧がある。戦前の日本やナチスドイツで当局の意向に逆らう文書を出そうものならどうなったか。

 ファシズム陣営よりも更に過激な監視体制を引いたのは言うまでも無く共産主義陣営だ。恐らく、規模で言えば東ドイツが最も徹底して社会を取り締まってきただろう。なにせ、国民の3人に1人が秘密警察に情報を流していたといわれる国だ。

 ことほど左様に、独裁権力というのは情報統制と仲が良く、その結果として禁書というものが出るわけだ。なので、現代中国にもしっかりと禁書がある。野蛮な国の証拠だ。

 本書で取り上げられているのは、様々なメディア上で当局の意向によって意見を発表する場を奪われた人々である。ある者は日本を排撃しようとして、また別の者は日本を擁護しようとして、更に別の人はSARSを公表して、あるいは農民の置かれている悲惨な状況を明らかにして、果ては自分の性生活を綴って禁書の憂き目に遭っている。

 どのような思想が、どのようなタイミングで弾圧に遭うかを見ることによって、中国政府の姿勢が透けて見えてくるのが面白い。ある時は官製デモとでも言うべき野卑な行動を野放しする。あるいは、日本の中国の戦後補償が十分(※)であることを述べて弾圧される人を見れば、中国が日本への圧力をカードとして保持し続ける(おそらく未来永劫に!!)姿勢を示していると判る。

 地方の農民と都市部で貧富の差が拡大している矛盾、また農民への非道な行為が横行する様には心底うんざりさせられるが、それを公表しようとしても弾圧に遭う。まず、社会不安が顕在化してしまうこと。中共はそれを解決する気がないため、表沙汰にされるわけにはいかないのだろう。

 でも、社会不安ってヤツは早めに顕在化させて対応した方が、ガス抜きになって良いと思うのだが。それに、社会不安が行き着くところまで行けばどうなるか。陳渉・呉広の乱やら緑林やら黄巾やら紅巾やら、農民反乱には事欠かなかった歴史を忘れているんだろうか。

 性も独裁者が管理したがる項目だ。例えばキリスト教の弾圧は広く知られていて、セックスによって快楽を得ることはキリスト教では罪だ。なので、前偽は無しで挿入するのが正しいらしい。そうじゃないと、女性が快感を得てしまうから、とか。まったくもって狂った教団だ。

 SARSにしてもそうなのだが、当局に都合の悪いことを全て発禁にして他者の目に付かないようにするというのは、最終的には失敗する。どうせ明らかになるなら禁書などにしなければ良いと思わずにはいられない。

 禁書は、それが正しい指標かどうかは措くとして、文化程度の低さ・野蛮さのステータスになってしまっている。中国がそれに気付き、先進国の仲間入りをする日がいつか来て欲しいと思う。なによりも過酷な弾圧に晒されている人々のため。そして、中国と関わって生きていかざるを得ない世界の人々のために。



 とはいえ、発禁処分で済むならロシアのように当局に暗殺されちゃうのと比べたらまだマシかも知れないが。



※日本の戦後補償が十分に行われている論拠として以下が挙げられる。
1.中国が日本への請求権を放棄していること
2.中間賠償(軍需工場の機械など日本国内の資本設備を撤去して、かつて日本が支配した国に移転、譲渡することによる戦争賠償wikipediaより引用)を済ませている。
例えばオランダはインドネシア植民地を放棄する際(1949年。オランダは恥知らずにも、日本の植民地支配を非難するのと平行してインドネシアを再植民地化した)、現地の資本は全て回収している
3.無利子あるいは低金利での融資によって義理は果たしている。円借款の累計額は3兆1331億円とのこと(在中国日本大使館のサイトより)
4.日本の首相や政府高官が繰り返しお詫びを口にしていること

 日本の謝罪や賠償が足りないというのであれば、具体的にどのような問題に対してどのような点で足りないのか明記して欲しい。それで互いに受け入れられないなら、断交すれば良い話だ。政府同士が断交していても経済は密接に結びつくことが可能なのは、台中関係を見ていれば分かるので経済界の人々も心配しないで貰いたい。

 いっそ完全に縁を切ったほうが健康問題含め素晴らしいという意見も説得力があるな、うん。
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ノンフィクション | 2008/02/01(金) 23:54 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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