![]() | 交通事故鑑定人―鑑定歴五〇年・駒沢幹也の事件ファイル (角川oneテーマ21) (2002/02) 柳原 三佳 商品詳細を見る |
評価:☆☆☆☆
まず、娘さんが事故で重度の障害を負った際の警察の対応を批判した元警察官・春田さんの言葉を引用したい。
「(略)被害者の知らないところで加害者側の言い分だけを元にしたずさんな警察調書が作られ、裁判官は証拠を見ようともせず自由な判断によって判決を下してしまう……、そんな今のシステムを変えなければ、根本的には何も変わりません。(略)」
(P.241)
いや、そんなことはないのではないか、警察は捜査をしてくれるし、裁判官は自由心象主義に基づいてきちんと裁判をやってくれるのではないか。そう思う人が居たとしたら、それは甘すぎる。残念なことに、本書ではその反対の事例が山のように紹介されているのだ。
例えば、飲酒轢き逃げに遭い、死亡した被害者が過失100%で保険金すら支払われないというケース。あるいは、事故後の健忘によって加害者側の言い分だけが認められ、記憶回復後にはもう話を聞いてもらえないというケース。遺族が、ただ最愛の家族の命が喪われた事故の真相を知りたいと切望しても、それに応えてはくれない警察組織。
そんな捜査権のない弱者の助けになり得るのが交通事故鑑定人である。本書は鑑定に50年携わった駒沢幹也さんの出会ったケースを紹介している。
駒沢さんは、事故は物理現象であり、人は嘘をつくが物は嘘をつけないと喝破する。実際の事故を元に、どのような動きをしたらどのような傷がつくかを詳述しているのでとても読み易く、すんなりと理解できる。理解できないのは、これほど明確な証拠を裁判官が取り上げないことすらあるということ。
噴飯ものの話として、事故後に病院で足を切り落とすことになったものが、事故の際に足が切られ、現場に落ちていたという判決文になっていたことが紹介されていた。自由心象主義は結構だが、そんなインチキすらしてしまうのであれば、裁判なんていらない。
また、本書では鑑定人が交通事故の遺族から不正に金銭を巻き上げる場合も紹介されている。信頼できる鑑定人に出会えるかどうか。そして裁判となったときに、自分の言い分を徹底して代弁してくれる弁護士にめぐり合えるかどうか。決して無視し得ない要素だろう。
最後に、駒沢さんがいざ事故に遭ってしまった場合に決して忘れてはならないこととして以下の三点を挙げているので紹介する。こんな知識が役に立たないことに越したことはないが、事故は選べない場合もあるから、いざという時には役に立つと思う。なにせ、被害者側にはこれだけが唯一の武器で、死人に口無しがまかり通っているようだから。
1.事故があったら、何はともあれカメラを持って現場に行き、これと思うものは何でも写す。
2.次に警察に行き、加害車両についても可能な限り写真を撮る。
傷があるところだけではなく、無いところも忘れずに。
3.衣類や持ち物も保存しておく。
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