![]() | 司馬光とその時代 (中国歴史人物選) 木田 知生 (1994/12) 白帝社 この商品の詳細を見る |
評価:☆☆☆☆
北宋の4代の皇帝に仕えては宰相にまで登り詰め、編年体の史書として名高い『資治通鑑』を著した司馬光は、しかし後世からかなり厳しい批判をされることになる。
外乱がない(あるいは少ない)という意味での平和な時代が長く続けば、どんな社会にも矛盾は吹き出るものだ。その矛盾は国を危うきに導く類のものが多い。過度の貧富の差などはその最たるものだろう。北宋も、その弊を免れることはできなかった。富める者が広大な農地を持ち、小作は貧しくなる一方。兵は弱体化して北方からの圧力は昂じ続ける。
その状況を改めなければならないとして、断固たる決意でことに当たったのが王安石。司馬光のライバルである。王安石の新法のいくつかは少なからぬ実を結び、農業収入は大幅に上がった、という。ところが王安石が失脚すると、守旧派の司馬光らは新法を悉く廃してしまう。
王安石らが新法の導入に急ぎすぎたのも一因だろうが、それにしてもこの巻き返しには驚かされるほどのものだ。
なぜ政治のあり方が正反対の極に振れてしまうのか。答えの一つとして、中国に根強くあった道教の影響は無視し得ないと思う。道教の影響とは何かといえば、古代の政治こそ最高のもので変革よりもむしろ昔の政治の再現をもたらそうとする思想のこと。中国は儒教の国ではないのかと思うかもしれないが、実のところ儒教とは道教的な教えを吸収して変質したものである。
あたかも昔を懐かしむ老人の繰言のような、そんな人々の一人として司馬光も糾弾されたのだ。
北宋には変革が必要だった。それを司馬光も理解はしていた。しかし、なんら現実的な解決策をもたらしえなかったという点で、彼の責任は軽くはない。更に、王安石の変法のうち、有効なものすらも廃止してしまったことは責められても仕方がないだろう。
だが、このような政治的な立場を離れると、司馬光は実に魅力に富んだ人物だったようだ。膨大な先行文献を渉猟し、分かりやすくまとめ上げる力。禁欲的で目立つことを嫌う性分。仕事には熱心に取り組み、夜を惜しんで読書に励むのは、知識人として尊敬に値する生き方だと思う。
本書はそんな司馬光について、誕生から政治面での浮沈、資治通鑑』への取り組みと大雑把に紹介している。司馬光とその時代、と銘打つにしては新法への言及が少なく、王安石の改革についてはあまり分からないのが片手落ちのようで残念なのだが、司馬光を中心に扱った結果であるから仕方がないのかもしれない。北宋の時代に生き、改革の必要性は感じながらも手を打つことはできず、むしろ著述で後世に名を遺した男を、政治面での毀誉褒貶から一歩はなれて眺めるには丁度良いのかもしれない。
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