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すかいらいたあ

Author:すかいらいたあ
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番外 日経サイエンス 11月号
日経サイエンス 11月号


 恒例としつつある日経サイエンス紹介。

 11月号の記事はこんな感じ。
眼球運動の不思議 目の動きから心が見える

S. マルチネス=コンデ/S. L. マクニック
太陽光レーザーが拓くマグネシウム社会

矢部孝
サメの第六感 獲物をとらえる電気感覚

R. D. フィールズ
農業革新の決め手? 多年生穀物

J. D. グローバー/C. M. コックス/J. P. レガノルド
森林火災を予測する

P. アンドリューズ/M. フィニー/M. フィシェッティ
黒人向け医薬の虚実

J. カーン
どこにでも設置できる計算センター

M. M. ワールドロップ
アラン・ワイズマンに聞く もし人類が消えたら地球は?

S. マースキー


 眼球運動の記事は、起きているとき全般は勿論、何かを凝視しているつもりのときでも眼球は微小運動を行っていて、この運動が無ければ視覚は満足に働かないという。これは実に意外と思ったのだが、簡単な実験によりその真偽を確かめることができるのが面白い。視界の中から必要ないデータが消えていくのが実感されると、限られたリソースをいかに有効に使いまわすか考え抜かれた自然界の美に感嘆させられる。

 もう一つ面白いのが、エネルギー活用として『太陽光レーザーが拓くマグネシウム社会』で提案されている内容。太陽光を集光して2万度にもなるレーザーができるというのは驚き。なにせ、太陽表面はたかだか6,000度に過ぎないのだ。これを上手く作り出すことでマグネシウム社会ができるとするのだが、その効力に疑いを持ちつつも面白い試みだと思わされる。

 マグネシウムの持つ反応性は水素のように激烈ではなく、なおかつエネルギー需要をまかなえるには十分。しかも、海中にはうんざりするくらいマグネシウムがある。そして太陽光レーザーによる2万度のエネルギーは塩化マグネシウムを分解できる力を持つ、という。私が疑問を感じるのは、再利用の面なので、そこが解決できれば面白いことになりそう。

 『サメの第六感 獲物をとらえる電気感覚』は、サメが獲物を捕える最後の狙いの修正として電気感覚を使うというもの。サメの生態など全然知らなかったので興味を惹かれる話題だった。

 あとは、『アラン・ワイズマンに聞く もし人類が消えたら地球は?』が文明の脆さを教えてくれているように思う。人間が滅亡したら都市部もたかだか数百年程度で自然に呑まれるなんて意外すぎる。数千年単位だと思っていたので。それすらも地質学的には一瞬だけど。その文明の痕跡が崩壊する過程にも面白い話題が沢山有り、人間は所詮人間以外の誰にも必要とされていないことが分かる。人間の危機に過ぎないようなことを地球の危機の様に煽ることが如何に実態からかけ離れているか、想像してみるのも良いかもしれない。

 他にも面白い記事がいくつもあり、大変満足な内容だった。
雑誌 | 2007/09/30(日) 21:03 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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385冊目 幽霊(ゴースト)のいる英国史
幽霊(ゴースト)のいる英国史 (集英社新書) 幽霊(ゴースト)のいる英国史 (集英社新書)
石原 孝哉 (2003/06)
集英社
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評価:☆☆☆☆


 切り口が面白い。幽霊伝説から歴史の姿を追うのは通常の歴史学にはならないだろうが、民衆がそれぞれの歴史事件をどう受け取っているのかはよく伝えている。

 本書は、次々と結婚相手を換えて合計6人の妃を迎え、うち2人を断頭台へ送ったヘンリー8世やその子メアリー1世(宗教的に非寛容で多くの異教徒を処刑したためブラッディ・メアリーとして知られる)や処女王エリザベス1世、陰謀好きが身を滅ぼしたスコットランド女王メアリー・スチュアート、さらには獅子心王リチャード1世にその弟の欠地王ジョンのような王族やオリヴァー・クロムウェルのような政治家など、権力の中枢に居た多くの人々を取り扱っている。

 面白いのは、政治力の欠如から破滅を招いた義経が民衆に好まれる判官贔屓と全く同じようなことがイギリスでも起こっているということ。エリザベスの母であるアン・ブーリンはヘンリー8世と結婚した際に娼婦とまで罵られたそうだが、断頭台へ送られるとなるや猛烈な擁護が行われるようになるなど。このあたりの心の機微は洋の東西で同じなのかもしれない。

 イギリスには多くの民族が流入し、戦乱が絶えなかった。それゆえか、血生臭い話に事欠かない。古くはローマが植民地を築き、後にはアングル人やらサクソン人、征服王ウィリアムにヴァイキングと権力争いが続く。王家の主導権争いは激しく、しばしば女性を含め多くの人々が犠牲になっていった。

 それがイギリス史の魅力なのだろうが、それを民衆がどう判断しているか。もちろん、人々の評価は勝手なもので、あるときは持ち上げるかと思えば時が経てば掌を返したように評価が覆ることもある。それも含め、歴史的な出来事がどのように評価されているかを興味深い歴史と共に知ることができる良書だと思う。また、日本との幽霊への考え方の違いが面白い。というのは、幽霊は日本では恐れられることが多いわけだがイギリスでは愛される存在だということ。更に、幽霊話がなんらかの真実を含んでいる場合もある、という意外な話題もある。

 幽霊になど興味はないという方も、イギリス史に興味があるなら手にとって損をすることはないだろう。歴史上の人物達に親近感を感じられるようになるのは間違いないと思う。ただし、怪談を期待して購入することはお勧めしない。
その他歴史 | 2007/09/29(土) 23:43 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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384冊目 地を這う虫
地を這う虫 地を這う虫
高村 薫 (1993/11)
文藝春秋
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評価:☆☆☆☆


 タイトルは「地を這う虫」だが、虫についての本ではない。虫のように地を這いながら生きていく人々、つまりは警察関係者を描いた短編集である。

 高村さんの作品らしく、設定の細かさと登場人物のリアリティは抜群。現職あるいは元警察官が決して颯爽とはしていないながらも活躍するのだが、そのプロとしてのありようには改めて感心させられる。

 たとえば毎日の通勤路を詳細に把握し、異常を逸早く察知する元警官や、定年退職を迎えようとするその日までも、自らの勘を頼りに殺人事件の解決を図ろうとする男。彼らには彼らなりの疲労が見えるし、格好の良いヒーローからは程遠い。それだからゆえ、親近感を感じつつもプロ意識に憧れられるのだろうか。

 ただ、著者はもともと登場人物の心の機微を表現するのが得意なわけではない。何が起こり、何が分かっており、誰がどう動いたのかは考え抜かれていて分かりやすいのだが、それだけでは短編小説としては物足りないように思う。やはり彼女の作品は長編でこそ生きてくると思ったものである。
その他小説 | 2007/09/26(水) 23:39 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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383冊目 遺伝子の川
遺伝子の川 (サイエンス・マスターズ) 遺伝子の川 (サイエンス・マスターズ)
リチャード ドーキンス (1995/11)
草思社
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評価:☆☆☆☆


 我々は誰もが川に流されている存在だ。その川は、個人のことなどある意味でどうでも良く、ただ川の流れを保たせるためにのみ極めて効率的に働いている。DNAはそういった力を持っているのである。

 DNAを効率的に後世へと遺すため、生物は多くの物を手に入れることに成功した。精度が高く、我々に豊かな色彩や敵の存在などを教えてくれる目はその最たるものだ。余りにも精巧にできているために、進化ではこんなことできるわけがないという知的怠慢へ逃げ込む人まで出る始末である。

 ところが、生物は、それが必要であるという理由で視覚を何度も発達させてきた。40〜60回ほど、独立に視覚が発達したとは驚きではないか。それほどまでに視覚を持つものと持たざるものの間には大きな違いがあったのだ。

 これらの驚嘆すべき特長が、どのようにして得られてきたのかを分かりやすく解説しているのが本書である。例え話の妙で定評のあるリチャード・ドーキンスの筆が冴え渡っているので、興味深い話題が次々に展開されていく様を目の当たりにできる。

 生命の持つ力に驚くことで、きっと自然界をより魅力に溢れたものと理解できるようになるのではないか。知ることは疑問を持つことに繋がる。そこで神などという思考放棄をしなければ、自然はきっと遥かに興味深い事実を教えることで応えてくれるはずだ。遺伝の面白さを余すところ無く語っている名著であると思う。
生物・遺伝・病原体 | 2007/09/25(火) 23:28 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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382冊目 他諺の空似 ことわざ人類学
他諺の空似   ことわざ人類学 他諺の空似 ことわざ人類学
米原 万里 (2006/08/24)
光文社
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評価:☆☆☆☆☆


 諺とは大変に便利なものである。時に説教臭くはあっても、大事な教訓を教えてくれるのは間違いない。苦しいときにあっては禍福はあざなえる縄の如しと教え、戦争が起これば一将功成りて万骨枯ると言う。石の上にも三年とも言えば果報は寝て待てとも言う。どちらが好きかと聞かれたら問われるまでもなく寝て待つほうだけど。

 驚くほどのことではないだろうが、類似した諺が、世界中にある。所詮、どこにいても人間は人間。同じように喜怒哀楽を感じるから、同じ喜び、悲しみや諦念を諺にしてきた。その諺を渉猟するのだけでも楽しいのに、エッセイの名手、米原さんがそれをネタに筆を縦横に振るっている。

 数多の諺と共に語られるのは、恥知らずにも相手を非難する理由をでっちあげて戦争に邁進したブッシュ政権や、その忠実な下僕であった日本政府であり、イラク人質事件で全く何もしない政府や人質バッシングに血道をあげた人々である(欧米が批判するや否やバッシングがトーンダウンしたお粗末さにはぞっとしたものだが)。

 文章から米原さんの怒りが透けて見える。その結果としてペンが滑りすぎてしまい、化学兵器や生物兵器を最初に使ったのがアメリカであるというような誤り(工業を利用しての化学兵器使用であれば一次大戦時のドイツが嚆矢だろうし、生物兵器であれば日本軍が中国で使用している)があるのが残念であるのだが。

 往々にして、アメリカを批判する人はそれにももとる行動を採るロシアや中国を批判しないという大層ご立派なことをなさるものだが、米原さんはロシアにもその矛先を緩めない。常に弱者を見詰める視線には強さと優しさが同居しているように見える。

 ラディカルに過ぎるとの意見は正しいのではあろうが、強いものを常に離れたところから冷静に眺め、舌鋒鋭く批判する人がいるのは大切なことと思う。しかもユーモラスなので困難なく読めるのが大きな魅力だ。その点でも、彼女が亡くなってしまったのが惜しまれる。
エッセイ | 2007/09/24(月) 15:46 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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381冊目 毒―風聞・田中正造
毒―風聞・田中正造 毒―風聞・田中正造
立松 和平 (1997/06)
東京書籍
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評価:☆☆☆


 本書は日本最初の公害事件である足尾銅山鉱毒事件に敢然と立ち向かい、心骨を削って人々を守ろうとした田中正造の戦いを描いた小説である。

 田中正造については足尾銅山鉱毒事件で、とりわけ打つ手に窮して遂に命を賭して天皇に直訴したことで広く知られているだろう。しかし、足尾銅山鉱毒事件においてなぜ田中がそこまで思いつめなければならなかったかは余り知られてはいないのではなかろうか。

 知られているとおり、上流の足尾銅山の開発によって大量の鉱毒が流れ出し、下流域の農村に甚大な被害を及ぼした。しかし、人々の艱難辛苦はここにだけあったのではなさそうである。

 村人達が爪に火を灯す思いで貯めた資金で行う堤防工事は妨害に遭い、被害を訴えに東京に出ようとすれば騒擾罪に問われる。やがて、谷中村は強制廃村とされる。洪水の原因は保水力が失われたことにあり、その措置として下流の村を廃村とする矛盾。村人が、ただ昔ながらの暮らしをしたいというそれだけの希望を持っているのに、その思いを踏みにじる行政。

 日本が近代化を遂げる中で噴出した矛盾が凝集したとして片付けるのは容易だろう。しかし、そこにある余りの悲劇、あまりの暴挙には、後の水俣などの公害やサリドマイド、スモン、血液製剤によるHIV感染、脳硬膜移植によるクロイツフェルト・ヤコブ病感染、薬害肝炎などの薬害に続く国の姿勢が見える。それは、近代化や一部営利企業の利益を優先して、弱者を切り捨てるという姿である。

 一度権力の側に身を置いても、心は常に弱者と共にあった田中正造は、最後には無一文になるまで救済運動に取り組んだという。その気骨、その強さは今も心を打ってやまない。


 ただ、小説としてはどうなのだろう。田中に巣食うノミやシラミの視点やら、村に住むカエルやナマズに語らせる必要があるのだろうか。即身仏になった行者の話をくどいほどに繰り返す必要があるのか。読み物としてはちょっと疑問の残る構成だったのが残念である。
その他小説 | 2007/09/20(木) 21:33 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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380冊目 タングステンおじさん―化学と過ごした私の少年時代
タングステンおじさん―化学と過ごした私の少年時代 タングステンおじさん―化学と過ごした私の少年時代
オリヴァー サックス (2003/09)
早川書房
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評価:☆☆☆☆☆


 神経科医で、『レナードの朝』で知られるオリヴァー・サックスは優れたエッセイストでもある。私は脳に損傷を持った患者達との触れ合いから生まれた名著『火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者』を読んで以来、医学的な探究心と患者への暖かい思いやりを強く感じさせる著者のファンになってしまった。

 本書は著者が子供の頃を振り返ったエッセイである。多くの人には馴染みのなさそうなタイトル、「タングステン」の正体を知れば、サックス少年が科学、とりわけ化学の世界に魅惑されたことが理解できるだろう。

 自前の少年の頃から自前の実験室を構え、ナトリウムなどの反応性に富んだ金属を水に放り込んで燃焼させたり、炎色反応を楽しんだり、希ガスのような反応性に乏しい元素やハロゲンのように激しい反応をする元素の間の違いについて思いを馳せたり、といったことを心底楽しんでいたとは意外だった。そこには後に神経科医として縦横に発揮されることになる知的好奇心が見られるのではあるが、興味の対象が余りにも深く化学に特化されているように思えてならないのである。

 私も化学を学んだ身ではあるが、ここまで化学を楽しいと思ったことはないのではないか。我が身の不明を恥じつつそう思わされた。

 さて、サックス少年を化学の世界にいざなったのは伯父達の影響が大きいようである。その一人が本書のタイトルともなった”タングステンおじさん”である。タングステンの持つ独特の力にビジネスと魅力を感じたであろうこの科学の徒によって、若きサックス少年は化学の世界に誘われることになる。その魅力の伝え方は学校ではとてもできないほど。(どうして学校ではできないかというと、かなり危険な実験も自由にさせてあげていたことなのだろうから仕方がない面もあるのだけれども)

 戦争や身近な人々の死によって動揺した当時の心境を重ねながら化学に魅せられていた日々をつづった一級品のエッセイだと思う。実に驚くべきことに、サックス少年は子供の頃に判明していた化学の知見を幅広く習得し、自らも実験を行っていた。化学を楽しんでいたからこそできることだろう。化学の世界の面白さを縦横に語り尽くしている名著であると思う。異才に驚かされながら、身をもって知ることの楽しさを感じさせてくれた一冊。
エッセイ | 2007/09/19(水) 23:32 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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379冊目 世界の紛争地ジョーク集
世界の紛争地ジョーク集 (中公新書ラクレ) 世界の紛争地ジョーク集 (中公新書ラクレ)
早坂 隆 (2004/03)
中央公論新社
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評価:☆☆☆☆☆


 笑いには力がある。どんな圧制者も、自分を笑い飛ばす民衆の口を塞ぐことはできなかった。かの圧制国家、ソ連や中国といった共産国でさえ、人々は自らを笑い、権力者を嗤った。本書はそんな厳しい生活を強いられる人々が、それでも笑いを求めて言うジョークを集めたものである。

 ソ連のジョークは遅々として進まぬ行列やなど生活に密着した不満が多く、東側はモスクワの顔色ばかり窺う自国の有力者を笑う。ものがものなので、世界情勢をある程度理解していないと笑えないのではあるが、新聞やネットのニュースで大まかな出来事だけでも押さえていれば十分に笑うことができると思う。

 それにしても、笑いの持つ力には驚かされる。笑ったからといって全てが解決されるわけではないのは事実だが、笑うことで多面的な見方ができたり現状を変えようとする意思が生まれたりする。絶望の極みからは笑いは生まれない。希望があるから笑えるのだ。

 ある意味で命懸けで語り継がれるジョークだからこそ、そう感じさせられるものがある。ジョーク好きは当然だが、国際関係に興味がある人にこそ読んでもらいたい。ジョークの中には重要なことが沢山含まれているし、それにジョークは教養なのだ。その国の抱える問題や現状を笑いながら理解できるなら最高ではないか。

 ただ、電車の中で読むことはお勧めしない。理由はお分かりだろう。
未分類 | 2007/09/16(日) 23:37 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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378冊目 テレビの嘘を見破る
テレビの嘘を見破る (新潮新書) テレビの嘘を見破る (新潮新書)
今野 勉 (2004/10)
新潮社
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評価:☆☆☆


 私には役に立たない本。いや、別に人より判断力に優れているから騙されないと言いたいわけではありませんよ。テレビなんて見ないだけです。ついでに、テレビがやらないことは正しいことを言うことくらいだと思っていたりもするのだけど(生放送以外)。

 さて、本書が扱っているのはドキュメンタリーにおける嘘の存在と、それにどう騙されないようにするか、ということである。ドキュメンタリーで嘘といえば、NHKの「奥ヒマラヤ禁断の王国・ムスタン」がやはりかなりの紙幅を割いて解説されている。

 そこで語られている内容は、そのほとんどがかなり突っ込んだものであり、一般人の意識とは随分乖離したところに在るように思う。もっとも、「奥ヒマラヤ禁断の王国・ムスタン」への批判も今になって冷静に見返せば言いがかり的なものが少なからず存在することがわかるのだが。

 たとえば、再現の問題。「奥ヒマラヤ禁断の王国・ムスタン」では高山病になったスタッフが、治った後で高山病の演技をしたのがやらせとして糾弾された。しかし、視聴者の知りたいことが、事実の典型であるのならば、高山病で実際に苦しんだスタッフがその再現をすることは悪事には当たらないと考えて良いのではないか。

 そもそも、生の現実を映したもののみに価値があるという偏狭な思考は、我々が何かを知るための機会を大幅に狭めることになるのは間違いがないだろう。であるからには、どれが赦されない捏造で、どれが赦される映像なのかについて冷静な判断を個人がしていくしかないように思う。

 次にテレビを見るときには気をつけよう(それがいつになるかは分からないが)。
ノンフィクション | 2007/09/13(木) 22:09 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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377冊目 万物の尺度を求めて―メートル法を定めた子午線大計測
万物の尺度を求めて―メートル法を定めた子午線大計測 万物の尺度を求めて―メートル法を定めた子午線大計測
ケン オールダー (2006/03)
早川書房
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評価:☆☆☆☆☆


 180cmの日本人と、180cmのアメリカ人ではどちらが背が高いだろうか。1kgのパンと、1kgの鉄ではどちらが重いだろうか。

 何を馬鹿なことを言っているのか、と思われるかもしれない。180cmはどこに行っても180cmで変わりはないし、1kgであるからにはどんなものであっても重さが変わらないのは当たり前ではないか。

 しかし、その”当たり前”の世界は、実のところ最近になって現れたのである。では昔はどうだったのか、というと、それぞれ換算のできない勝手な単位がまかり通っていた。なので、フランス人の170kgとドイツ人の190kgが実は同じ重さ、というようなことが十分にありえたのである。我々が長さや重さといった単位を、産地に関係なく統一して扱えるようになったのは20世紀のことで、それまでは国際間は当然のこととして一つの国の内ですら同じ単位に統一などなかった。

 我々が当たり前すぎてその利便性に気が付かないほどの、度量衡の統一に必要なのは、普遍性ではないか。そう考えた人々がいた。社会の啓蒙に燃える人々である。この母たる地球を尺度に用いるのであれば”野蛮な”単位を棄てさせることができるだろう。

 この一大プロジェクトを開始したのは革命直前のフランスであった。フランスを通る子午線を測定し、その四万分の一を基本単位にしようとしたのだ。つまり、定義上では地球の一周は4万キロということになる。

 その当時、既に地球の概算のサイズはもう知られていた。問題となったのは、どこまで精密にそのサイズを決定できるか、である。緻密さが何より要求される任務に就いたのは異色の科学者ドゥランブルと精密な仕事を自他共に認めていたメシェン。本書の前半ではこの二人の活躍を描いている。

 子午線を計測するという大胆なプロジェクトは、しかし艱難辛苦を余儀なくされる。一つは蒙昧な人々の妨害であった。人々は測定のための目印を、悪魔侵攻やら敵国へのスパイと疑って破壊したり製造を妨害したりした。そしてもう一つはフランス革命とそれに続く戦乱である。しかも、これに戦後の猛烈なインフレが拍車をかける。

 様々な妨害にも負けず、子午線を測定するプロジェクトは着々と進んでいた。ところが、誰も予期せぬことが起こってしまうのだ。当時の人々では想像もしなかったことが、正確な計測を妨げることになる。その内容は、小説も顔負けの迫力でつづられているので是非本書に当たって欲しいと思うが、ただ単に精密な測定をするためだけに出かけた人々が最先端の科学に遭遇する、というのは面白い話だ。

 本書の後半では、子午線計測プロジェクト終了後から度量衡が統一され、メートル法がアメリカを除く世界中に導入されるまでを記す。このパートが”ちょっと長いエピソード”にならないその理由は、きっと肝心のフランスがメートル法を真っ先に廃棄した国になったからに違いない。便利なものであっても受け入れられるまでには紆余曲折がある。そこに人間の面白さが凝縮されているように思う。

 メートルの確定に、フランス革命やその後のナポレオンの台頭といった歴史的事件が複雑に絡み、科学の発見があり、そして人間ドラマがある。繰り返しになるが、小説にも負けない迫力が確かにある。僅かでも興味を持った方は是非読んでみて欲しい。
その他科学 | 2007/09/11(火) 23:59 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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376冊目 司馬光とその時代
司馬光とその時代 (中国歴史人物選) 司馬光とその時代 (中国歴史人物選)
木田 知生 (1994/12)
白帝社
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評価:☆☆☆☆


 北宋の4代の皇帝に仕えては宰相にまで登り詰め、編年体の史書として名高い『資治通鑑』を著した司馬光は、しかし後世からかなり厳しい批判をされることになる。

 外乱がない(あるいは少ない)という意味での平和な時代が長く続けば、どんな社会にも矛盾は吹き出るものだ。その矛盾は国を危うきに導く類のものが多い。過度の貧富の差などはその最たるものだろう。北宋も、その弊を免れることはできなかった。富める者が広大な農地を持ち、小作は貧しくなる一方。兵は弱体化して北方からの圧力は昂じ続ける。

 その状況を改めなければならないとして、断固たる決意でことに当たったのが王安石。司馬光のライバルである。王安石の新法のいくつかは少なからぬ実を結び、農業収入は大幅に上がった、という。ところが王安石が失脚すると、守旧派の司馬光らは新法を悉く廃してしまう。

 王安石らが新法の導入に急ぎすぎたのも一因だろうが、それにしてもこの巻き返しには驚かされるほどのものだ。

 なぜ政治のあり方が正反対の極に振れてしまうのか。答えの一つとして、中国に根強くあった道教の影響は無視し得ないと思う。道教の影響とは何かといえば、古代の政治こそ最高のもので変革よりもむしろ昔の政治の再現をもたらそうとする思想のこと。中国は儒教の国ではないのかと思うかもしれないが、実のところ儒教とは道教的な教えを吸収して変質したものである。

 あたかも昔を懐かしむ老人の繰言のような、そんな人々の一人として司馬光も糾弾されたのだ。

 北宋には変革が必要だった。それを司馬光も理解はしていた。しかし、なんら現実的な解決策をもたらしえなかったという点で、彼の責任は軽くはない。更に、王安石の変法のうち、有効なものすらも廃止してしまったことは責められても仕方がないだろう。

 だが、このような政治的な立場を離れると、司馬光は実に魅力に富んだ人物だったようだ。膨大な先行文献を渉猟し、分かりやすくまとめ上げる力。禁欲的で目立つことを嫌う性分。仕事には熱心に取り組み、夜を惜しんで読書に励むのは、知識人として尊敬に値する生き方だと思う。

 本書はそんな司馬光について、誕生から政治面での浮沈、資治通鑑』への取り組みと大雑把に紹介している。司馬光とその時代、と銘打つにしては新法への言及が少なく、王安石の改革についてはあまり分からないのが片手落ちのようで残念なのだが、司馬光を中心に扱った結果であるから仕方がないのかもしれない。北宋の時代に生き、改革の必要性は感じながらも手を打つことはできず、むしろ著述で後世に名を遺した男を、政治面での毀誉褒貶から一歩はなれて眺めるには丁度良いのかもしれない。
中国史 | 2007/09/10(月) 22:49 | Trackback:(0) | Comments:(1)

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375冊目 日露戦争に投資した男―ユダヤ人銀行家の日記
日露戦争に投資した男―ユダヤ人銀行家の日記 日露戦争に投資した男―ユダヤ人銀行家の日記
田畑 則重 (2005/11)
新潮社
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評価:☆☆☆


 日露戦争。それは、後に続く悲惨な全面戦争を予感させるものだった。複雑に入り組んだ各国の思惑と世界戦略が、膨張主義を採るロシアと日本の対立に拍車をかけていた。

 日本側には戦争への自信などなかった。世界最大の陸軍国ロシアと一対一で戦って勝つ自身を持つものなど居なかっただろうから、自信の欠如は当然だったかもしれない。しかし、もう一点、のっぴきならない苦境を抱えていたのである。

 それは何かというと、カネである。腹が減っては戦はできぬというが、カネがなくても戦争はできないのだ。畢竟、日本政府は金策に全力を注ぐことになる。

 しかし、である。日本がロシアと戦いそうなのは誰にでもわかることで、そうなったら日本が負けるであろうことは火を見るより明らかだった。負けると予想される側にカネを貸す人がどこにいるだろうか。

 ロシアへの警戒心を共有するイギリスですら全面的な協力はしなかった日本にとって、恩人と言うべきなのが本書の主人公であるシフである。

 シフは自分の政治的な思惑も含め、日本への援助を決意する。その彼の賭けは、日本の勝利と共に報われることになり、日本は彼を最大級の恩人として遇することになる。本書はそのシフが日露戦争後に日本を訪れた際の日記からシフの姿に迫ろうというものである。

 日露戦争の背後にあった金策についてはなかなかに興味深いし、そこに賭けたシフという存在にも好奇心をそそられた。ただ、日記ということになるとどこにいった、何をしたという記述が中心で、そういった意味では面白みには欠ける。ただし、彼への破格と言うべき待遇から、日本がどれほど彼に感謝していたかが余すところなく伝わってくる。ともすれば軍事面にばかり傾きがちな日露戦争の話題をカネと絡めて見る重要さを教えてくれたように思う。

 ただ、日露戦争後の日本はシフに背を向けることになる。鉄道王ハリマンと結び、日本とハリマンで満鉄の共同経営を目指そうとした彼の意見を取り入れていたら。それだけで日本の近現代史は全く違う様相を見せていただろう。そういう点からも、後世から見ればほんの僅かな選択の違いが終着点を大きく左右してしまうことが分かる。歴史をもっと身近に考えられるようになる本であると思う。
太平洋戦争・二次大戦・現代史 | 2007/09/07(金) 23:41 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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番外 日経サイエンス 10月号
日経サイエンス 10月号


 今回の目次はこんな感じ。

地球温暖化の真実 IPCC第4次報告書から

W. コリンズ/R. コールマン/J. ヘイウッド/M. R. マニング/P. モート
温暖化で凶暴になる台風

K. E. トレンバース
わかり始めた記憶の暗号

J. Z. チェン
ネコがたどってきた1000万年の道

S. J. オブライエン/W. E. ジョンソン
麻酔の科学 脳に働くメカニズム

B. A. オーサー
電波はもう古い 光で無線LAN

M. カーベラード
免疫を悪用するがん

G. スティックス
科学と宗教は対立するのか

L. クラウス/R. ドーキンス


 個人的にネコは決して好きではないのだが、大型のネコ類が持つ強靭さには畏怖の念を抱く。そういう意味で『ネコがたどってきた1000万年の道』はなかなかに面白かった。ネコ科はオーストラリア以外の5大陸の広い範囲を縦横無尽に駆け回っている点から、彼らの進化は面白かった。

 『科学と宗教は対立するのか』は、最近『神は妄想である―宗教との決別』という大変に刺激的な本が邦訳されたドーキンスの対談。神が妄想の産物に過ぎないことは余りにも自明であるが、それを西洋世界で表明するのは大変なことなのだろう。なかなかに刺激的なトピックだった。

 『免疫を悪用するがん』は、免疫が必ずしも合理的で己を守るためだけに存在しているわけではないことを教えてくれていて面白い。免疫の複雑さと、それすら自らの増殖に利用してしまうガン細胞との戦いは、傍で見ている分には知的好奇心を刺激してくれる。

 
 骨身を削って計算機と格闘する人々が二酸化炭素濃度と気温との間に関連があるような数式を見つけ出した『地球温暖化の真実 IPCC第4次報告書から』は大層めでたいものである。でも、そろそろ計算機と向かい合う人ばかりが温暖化を主張しているが、温室効果に欠かせない分光学分野に懐疑的な人が多いことを指摘しても良いんじゃないかと思うのだが。

 今月も意外な話が多くて面白かったのだけれども、そろそろ温暖化についての記事に科学を取り戻しても良いような気がしてならない。
雑誌 | 2007/09/05(水) 23:12 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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374冊目 ハプスブルクをつくった男
ハプスブルクをつくった男 (講談社現代新書) ハプスブルクをつくった男 (講談社現代新書)
菊池 良生 (2004/08/10)
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評価:☆☆☆


 本書の主人公たるルドルフ4世の名を知っている人がどれほどいるだろうか。このほとんど無名の、若干25で夭逝した人物を知らないのは無理もない。統治の期間は10年に満たず、神聖ローマ帝国の帝位に登り詰めたわけでもない。しかし、彼こそがハプスブルク家を、皇帝を輩出する名家へと飛躍させた立役者なのだ。

 生き急いだかのように、次々とハプスブルク家の盛名を高めるための布石を打ち、その成果を見届けることなく世を去らざるを得なかったルドルフ4世。ではルドルフ4世は何を成し遂げたのか。その成果を解説しているのが本書。

 ルドルフ4世の足跡を追うことで、なぜオーストリアがハンガリーと結びつきを強めることになったのか、神聖ローマ皇帝の帝位をほぼ独占することになった経緯は何なのか。ハプスブルク家の歩む道を決定付けた個性豊かな人物の実像に迫っている。

 このように世間に広く知られているわけではない人物の功績を明らかにしている功績は大きいと思う。問題は、話が時系列的にまとめられていないことや要点がまとめられていないため、ともすれば退屈な記述になってしまっていること。『傭兵の二千年史』では多くの地域に跨る、長時間の話を述べていたので良かったのかもしれないが、一人の人物についてまとめるというのであれば違った手法が必要だったように思われてならない。それを差し置いても、ハプスブルクに興味があるなら読んで損はないと思う。
その他歴史 | 2007/09/04(火) 22:43 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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