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すかいらいたあ

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373冊目 赤ちゃんと脳科学
赤ちゃんと脳科学 (集英社新書 (0194)) 赤ちゃんと脳科学 (集英社新書 (0194))
小西 行郎 (2003/05)
集英社
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評価:☆☆☆☆


 赤ちゃんは、一見、何も出来ずに寝転がっている。何も知らず、何も出来ず、これから全てのことを覚えていかなければならない。そのように思ってしまう。

 しかし、脳科学の進歩によって、赤ちゃんには優れた近く力が備わっていることが明らかになりつつある。たとえば、生後間も無い赤ちゃんはサルの顔を見分けることができるという。よく知られたところでは、言語の習得能力は大人より子供の方が圧倒的に優れている。これらの発見は、赤ちゃんは全てのことを学んでいくというイメージと食い違う。

 だから、赤ちゃんのうちから知育が大切だ。そう思っている人が多いのだろう。その手のビジネスは大繁盛である。まあ、子供が全国模試を受けるようになるまでは我が子が天才ではないかとの幻想を持てる時期なのだからしかたが無いのかもしれないが、著者はそのような動きに警鐘を鳴らす。

 確かに赤ちゃんには何でも吸収する力がある。しかし、その結果として早期教育だのに奔走してしまっては、親の希望を叶えるための存在に堕したといっても過言では無いだろう。刺激は大事だが、多すぎる刺激は好ましいとはいえないかもしれない、と著者は示唆する。過ぎたるは猶及ばざるが如し。

 脳科学の知見を取り上げながら、子供とどのように付き合うのが良いかを説いている。実際、私も父として興味を惹かれる話題が多かった。親になる人、なった人は一読する価値があると思う。小児神経科医としての経験談も多く、参考になると思う。知育だとか教育だとか、そんな言葉に惑わされず子育てを楽しめたら、と思う。だいたい、能力や性格のほとんどは遺伝だし。

 ただ、個人的にはもっと脳科学に重点が置かれているものと思っていたのでちょっと拍子抜けだった。
医学・脳・精神・心理 | 2007/08/31(金) 23:59 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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372冊目 大発見〈2〉地図はなぜ四角になったのか
大発見〈2〉地図はなぜ四角になったのか (集英社文庫) 大発見〈2〉地図はなぜ四角になったのか (集英社文庫)
鈴木 主税、野中 邦子 他 (1991/07)
集英社
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評価:☆☆☆☆


 地図はなぜ四角にだって?四角なのが当たり前ぢゃないか。現代の地図を見慣れた人ならそう思うのだろうが、地図が四角く書かれるまでには発見の歴史が必要だった。

 まず、地図を描くためには地球の姿を知っていなければならない。緯度と経度、距離の算出方法など。

 地球の姿を知るまで地図がなかったのかというと、そういうわけでもない。教会が支配したTO地図は知っている人が多いだろう。楕円に描かれた陸をT字型の海が分けている、中世の地図である。これを良く見ると、上がアジアで左がヨーロッパ、右がアフリカとなっている。地図は北を上に書かれる四角いものだというのは、最近の発見に過ぎない。

 地図ができるまでの発見の数々に、緯度と経度は欠かすことができないだろう。緯度は比較的簡単に知ることができる。幸いなことに、北半球では北極星を手がかりできるからだ。では、経度はどうやって知れば良いのだろう。それにはある一つの発見が必要だった。

 更に、政治上の理由も必要だった。というのは、多くの人々は地球の姿を求めて冒険に出たりしないからだ。人々は、必要に駆られて地方に進出し、その結果として地球の姿が明らかになったのだ。その副産物として、手段として地図も発達してきた。

 原始的で教条的なTO地図が、どのようにして現実を映し出す現代的な地図に置き換わったのか。それには大航海時代を避けることはできない。というわけで、本書が扱っているのはコロンブスやヴァスコ・ダ・ガマ、クックやマゼランといった英雄達と彼らの成し遂げた発見の数々である。

 歴史、科学、技術などの多岐に渡る分野を著者は実に良く調べている。おかげで、この一冊で古代から中世を経て現代までに、人々が世界をどう捉えてきたか、また、その背景となる文化や宗教がどのようなものだったのかを駆け足で辿ることができる。アメリカが名づけられるに至った話やクックやマゼランの英雄的な冒険など、読んで飽きることがない。優れた科学史だと思う。
その他科学 | 2007/08/30(木) 22:50 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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371冊目 北朝鮮報道
北朝鮮報道 北朝鮮報道
川上 和久 (2004/03/17)
光文社
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評価:☆☆☆☆

 346冊目で紹介した『宿命―「よど号」亡命者たちの秘密工作』を読んでから、あの北の異常な国(南も十分に異常なんだけど)への興味が増した。

 なぜあの小泉訪朝まで拉致被害者への支援が行われなかったのか。朴大統領の暗殺を謀ったラングーン事件や、韓国でのオリンピック開催を防ぐために引き起こされた大韓航空機爆破事件のような言語道断の事件を起こしてきたのに、マスメディアには友好やら平和やらという耳に心地良い言葉ばかりが踊っていた。

 我々が作ることの出来る考えなんて、所詮は手に入る情報の寄せ集めである。そこに、善意であるとはいえ偏った情報ばかりをマスメディアが流していればどうなるか。我々のイメージや考えは、容易に流されていってしまう。その現象が最も悲劇的に働いたのが、在日朝鮮人の帰還問題だろう。

 南の軍事独裁政権への反発か、はたまた左派的な思想への共感か、マスメディアはこぞって北朝鮮の発展を報じた。今となってはその全てが捏造されたものだったことが明らかになっているが、彼らは事実を報じたのではなく、北の垂れ流すプロパガンダを広めた。背景として共産国家特有の取材・情報制限があったのは勿論のことだが、しかし、その情報を信じた多くの人々が北に渡った。少なからぬ日本人妻も同行したが、そのほぼ全員が、未だに里帰りを果たせていない。北の措置のおかげで。

 なぜマスメディアはこのような情報を流し続けたのか。また、政治家たちがどれほど甘い対応をしてきたのか。北の引き起こした事件と重ね合わせることで、毅然とした態度を取らないできたことのツケが払わされてしまったことを実によく示している。

 憤りを感じずには居られない。北のやり口は当時も今も変わらず、拉致被害者を未だに抑留していると考えられるあの異常な国。その国を助けてきた国内の人々。後知恵で彼らを売国奴と罵るのは簡単だろうが、それではただ溜飲が下がるだけ。正義面で悪口雑言を叫んでも仕方が無い。

 むしろ、もっと建設的に考えるべきだ。北を増長させてきたのは何か。どうすれば防ぐことが出来たのか。政治やジャーナリズムの立場としてどのようにしていれば良かったのか。北の異常な体制が今後も続くことを考えれば、過去から学ぶべきものは学ばなければならない。それを教えてもらったように思う。


 なお、情報の恐ろしさについては下の本がとても印象的であった。我々の持つ印象が、事実ではなく作られたものであることが良く分かる。情報の持つ恐ろしさ全般という意味では、下の本こそ是非多くの方に読んでもらいたいと思う。

ドキュメント 戦争広告代理店 (講談社文庫) ドキュメント 戦争広告代理店 (講談社文庫)
高木 徹 (2005/06/15)
講談社
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ノンフィクション | 2007/08/28(火) 23:18 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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370冊目 戦国時代の大誤解
戦国時代の大誤解 (PHP新書 446) 戦国時代の大誤解 (PHP新書 446)
鈴木 眞哉 (2007/02)
PHP研究所
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評価:☆☆☆☆


 いつもコメントを寄せてくださるオジオンさんの「幻想工房」雑記帳で紹介されていて(紹介文はこちら)、非常に平易な文章で読みやすく論旨が明快、と歴史初心者には文句なしにオススメできるとあることからこれは私でも大丈夫だろうと思って手に取った。

 しかし、普通とは違う意味で誤解が解けなかった。なにせ、私には誤解するほどの知識がなかったのである。というのは、本書は時代劇などで見られるシーンが実は誤解だらけであることを示しているのだが、テレビをほぼ完全に見ない私にとっては時代劇で見られる誤解を解説されても判らないのである。

 本書が取り扱っているのは、実際の姿と多くの人の持つイメージが大きく食い違う歴史上の人物や、時代背景、合戦の姿などである。

 たとえば、時代劇の合戦シーンは製作側の力が入れられていることがわかるもので、両軍が日本刀を振り回しての大白兵戦が繰り広げられる。しかし、記録を見ると刀剣類による死傷者は微々たる物であるという。また、騎馬武者が槍を構えて勇ましく突撃するシーンもウソで、合戦前には馬から下りて徒歩で戦うという。

 そんな目から鱗の話題がいくつもあった。なぜ西欧の槍騎兵のような存在が居なかったのか。その理由まで解説されているので、本書を読んでしまえば合戦シーンのイメージに大きな修正が必須となることがわかるだろう。常識をひっくり返される面白さが確かにある。

 意外な話が沢山取り上げられているので読んでいて飽きることがない。オジオンさんの指摘されるとおり、初学者でもとっつきやすい本だと思う。ただ、話題が話題だけに時代劇を見ない方にはちょっとマニアックな話が多いように思われるかもしれない。
その他歴史 | 2007/08/24(金) 23:36 | Trackback:(1) | Comments:(2)

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369冊目 地球温暖化の政治学
地球温暖化の政治学 (朝日選書) 地球温暖化の政治学 (朝日選書)
竹内 敬二 (1998/06)
朝日新聞社
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評価:☆☆


 本書は政治の産物である京都議定書が生み出されてしまうまでの交渉を辿っている。

 読んでみてつくづく思うのは、地球温暖化を防ぐためと称して定められた数値目標が、何らかの合理的な根拠に基づいたものではなくて、理念先行型で政治的な目標ばかりが先立ったものだということ。

 温室効果を持つガスの排出量がどの程度の量ならどのようなことが起こると予想されるから、排出量をXX%にしましょう、なんて議論は存在しない。ただただ何パーセント削減するかという話だけに終始している。そこに科学はあるのか。地球温暖化などというものは、科学ではない。

 科学的な妥当性に関しては、The Black Crowes−疑似科学の行方を追跡するブログ−がかなり突っ込んだ議論を行っているので是非参照して欲しい。私が憤慨したのは、この辺りのことに本書が全く触れていないこと。著者にとっては人類の排出した二酸化炭素によって地球が温暖化しているのはまぎれもない事実となってしまっている(うるさいことを言えば、その姿勢は既に科学ではない)。

 評価すべき点として、ドイツは環境先進国のように思われているが、1GDPあたりの二酸化炭素排出量で比較すると日本の倍程度と、日本が世界随一の環境先進国であることを教えてくれているのが救いか。京都議定書の目標について、ドイツは達成が容易である。なにせ、社会主義時代に作られた燃費極悪のボロ自動車がそろそろ退役するので、政府が無為無策でも目標を達成できるのだ。それと日本のように省エネに取り組み続けてきた国を同じ枠組みで縛りをかける合理的な理由があるだろうか。我々の税金からロシアに2兆円ものカネを渡すだけの枠組みに何か意味があるのか。そして、それだけやっても効果があるのであればともかく、何もない。そのあたりまで踏み込んでくれればもっと良かった。

 温暖化について背景を教えてくれるわけではないが、政治的妥協の産物である京都議定書がどのように生まれてしまったのかを知るには丁度良いかもしれない。その理念の欠如、場当たり的な取り決めに呆れられるという意味では、広く読まれる価値があるか。
未分類 | 2007/08/23(木) 23:31 | Trackback:(1) | Comments:(0)

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挫折
 大はずれ。もう、文章読むのが苦痛。悪文過ぎるのだ。

 酷評しているのは↓

ハプスブルク歴史物語 (NHKブックス) ハプスブルク歴史物語 (NHKブックス)
倉田 稔 (1994/06)
日本放送出版協会
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 この著者と比べたら、まだ私の書いた文章の方がマシである(と固く信じる)。なにせ、話に脈絡がない。文脈ごとに話がまとまっているわけではない。そして単調。良いところがない。

 読んでいけばマシになるのかと思って2章に入るまで読んだのだけどもう限界。というわけで、この本には二度と近づかないようにしよう。『ハプスブルク家』が面白かったから興味を持ったのだが、その知的好奇心を満たすのは別の本に当たることにする。
雑誌 | 2007/08/23(木) 23:03 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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368冊目 深海のパイロット
深海のパイロット (光文社新書) 深海のパイロット (光文社新書)
藤崎 慎吾、田代 省三 他 (2003/07/17)
光文社
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評価:☆☆☆☆☆


 パイロットと聞くと、どうしても遥か天空を駆ける人々を思い浮かべるだろう。そこにあるのは高さとスピード、そして孤高である。

 しかし、正反対の世界にも冒険の世界がある。いや、むしろ、空という、ある意味で開発されつくした世界ではなく、本書が取り上げるような違う世界だからこそありうる冒険というのも確かに存在するのだ。

 というのは、知ってのとおり人類は月まで到達している。その距離およそ38万キロ。ところが足元の、海底1万メートルの世界はほぼ人跡未踏の状態に留まっているのである。1万メートルというと、たかだか10km。その距離を歩くとするとわずか2時間30分で事足りる。その”近場”に、人類はほとんど足を踏み入れることができないのだ。障害となるのは距離ではない。圧倒的な水圧である。

 水中に10メートル潜るごとに、1気圧分の圧力がかかる。100メートル程度の深さであれば人間も生身で耐えられても遥か深みには耐えられない。海底に潜るというのはそれだけ大変なことなのだ。おまけにたかだか数百メートルも潜れば、そこには太陽の光も届かない闇の世界となる。

 高圧の闇の世界。そこに何があるというのか。漆黒の闇の世界を前に、多くの人は何もない世界を思い浮かべてしまうだろう。しかし、そこには地上からは想像も付かない不思議な世界が広がっているのである。本書は、そんな深海に潜る人々の話をまとめている。

 深海に潜るための船、それを操る人々、そして深い潜行から何かを知ろうとする人々。本書ではそれぞれの立場から深海の探検に何があるのかが生き生きと描かれている。本書に出てくる誰もが暑い情熱を持って課題に取り組んでいる上、一般に知られていない冒険であれば面白くないわけがないのだ。

 深海2000に始まり、6500メートルまで潜れる深海6500を駆使しての調査には、思いもかけないことが多い。とりわけ、科学者の誰もが予想すらしていなかった発見の数々には、読者も興奮を味わえると思う。

 私が面白かったのは、科学者が飽くなき好奇心を発揮して、無人機ですら到底できないような作業を有人で行わせること。科学者曰く、無人だと危なすぎてやってもらえない。それを黙って有人でやってしまうというのは凄い。

 また、チームごとにも争いがあるのも面白い。あいつらにできたら自分達にできないわけがない、という自負。世界の一線に立つ人は誰でもきっと持つものなのだろうが、はっきり表明されると気持ち良い。しかも結果が伴っているのがすばらしい。

 深海の持つ魅力をたっぷり味あわせてくれる一冊。海に興味がない方でも、表層近くの水に隠された奥の世界を知る喜びを知らしめてくれるだろう。文句なしにお勧めできる冒険の書であると思う。
その他科学 | 2007/08/22(水) 23:14 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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367冊目 ローマはなぜ滅んだか
ローマはなぜ滅んだか (講談社現代新書) ローマはなぜ滅んだか (講談社現代新書)
弓削 達 (1989/10)
講談社
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評価:☆☆☆


 ローマ帝国が滅んだ理由を探るには、ローマ帝国がどのような国家だったのかを知らなければならない。そんな意気込みを感じさせる。

 なので、軍事的な敗北による滅亡をメインには据えない。むしろ、軍事にはほとんど触れずにローマを滅亡に追いやったと思われる社会システムを中心に解説されている。軍事が扱われるのは、ローマが勝つ話ばかりなのだ。

 勝ち続け、地中海世界で長く覇を誇ったローマを滅ぼしたのは何か。著者は、一部の権力者に富が偏在しすぎたことや過度の奢侈、それを支えるための奴隷制度に原因を求めている。その点で、軍事的な観点から扱っている類書とは色彩を異にしている。

 奢侈の実像については本書に詳しいが、宴席で満腹になれば吐き、また食事を続けた、などの事実は余りに有名である。そのような富の偏在はどうしても社会を不安定化させてしまう。もっとも、そういう世の中の方が文化が発達するという面もあるのだけれども。

 ローマが取った政略、社会制度は優れていた点も多々あったからあれだけの帝国が長きに渡って維持されたのは間違いないだろう。しかし、さしもの帝国も腐っていくことからは逃げられなかった、ということか。

 滅亡にいたる最後の時期について詳細を知ることはできないが、ローマ社会の様々な面を俯瞰しているのは間違いない。新書としてはなかなかのできなのではないかと思う。
その他歴史 | 2007/08/19(日) 01:33 | Trackback:(0) | Comments:(4)

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366冊目 つっこみ力
つっこみ力 ちくま新書 645 つっこみ力 ちくま新書 645
パオロ・マッツァリーノ (2007/02/06)
筑摩書房
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評価:☆☆☆☆


 メディア・リテラシーって知ってます?いかんですねぇ。メディアの流す情報が正しいのかきちんと判断しなきゃ騙されるってことですよ。

 いやはや、おっしゃるとおりです。あるあるだとかなんだとかマスコミは捏造ばかりやっていますからね。うん、正しい。じゃあこちらもデータで理論武装して過ちを糺す必要があるわけだ。

 そんなこと言っても無駄だ、というのが本書。いや、確かに正しい。垂れ流される情報を全て信じることは危険なのだ。本を読んで、その内容に疑問を持たず全て信じてしまうなら本を読んでいないのと同じ、とは孔子も指摘している。

 しかし、人は正しいからといって自分の姿勢を変えるわけではない。規則正しい生活をし、食べ物は栄養バランスに気を配り常に腹八分目、アルコールはほどほどに。それが正しいことを知っていても実行できないのに通じる。

 正しいことをさせようと思っても限界があるならどうするか。その答えとして、著者が持ち出すのは楽しいこと。メディア・リテラシーなんて根付きもしない難しげな言葉に騙されて真面目に取り組まず、つっこみ力として楽しく同じことをやりましょう、というのである。

 言われればそのとおりで、どうせ同じことをやるなら楽しくやれた方が良いのは間違いない。ではどのように実行するのか。それは本書を当たってみて欲しい。

 正直に言うと、『反社会学講座 (ちくま文庫 ま 33-1) / パオロ・マッツァリーノ』や『反社会学の不埒な研究報告 / パオロ・マッツァリーノ』と比べるとパンチ力が弱いように思える。なので、これらのレベルを期待して読んだ私にとってはやや拍子抜けだった。

 本書の前に書かれた2作では具体的な話題に対してキレの良いつっこみを入れていたのに対し、本書ではつっこみそのものの効力という抽象的な問題を語っているからに思う。総論を面白く書くのは難しい、ということか。それでも新書サイズで硬くならずに情報との接し方を教えてくれているので、手に取る機会があったら活かして損はないと思う。
未分類 | 2007/08/17(金) 23:30 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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365冊目 人を動かす
人を動かす 新装版 人を動かす 新装版
デール カーネギー、Dale Carnegie 他 (1999/10)
創元社
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評価:☆☆☆☆


 勧められて読んだ本。ビジネス書は普段読まないのでこれまでのラインナップと比べ明らかに異色である。が、内容はそれほど異色ではなかった。

 本書はデール・カーネギーが自身の経験や人間力に優れた偉人達の経験、更には心理学の成果まで織り交ぜて、人間とはどのような存在なのかを説いている。というのも、人間を知らなければとても他人を動かすことなどできないためである。

 では目新しいことが沢山あるのか、といえばそうではない。どの項目も自分自身に当てはまるようなことばかり。動物や子供の相手をするときの心構えと変わらないことなのだ。

 難しいのは実行。人は誰でも自分自身に一番興味を持っているから話を聞いてやり、否定はせず、認めてやれと言われても、一朝一夕で身に付くわけがない。気に食わないと注意するし、失敗すると叱りたくなる。で、上手くいっても当たり前だから褒めない。

 著者はそれこそ敵を作る方法だと説く。引き合いに出される例がなかなかに面白く的を射ているので説得力がある。人間関係を作るのは難しいことじゃない、と思わされるのだ。自身に照らし合わせて、それが正しいことは良くわかる。他人との関係で上手くいく時には大体において無意識のうちに実行できていることだから。

 生きていく限り他人との付き合いは必要なのだということを考えると、読んでおいて損をすることは決してないと思う。内容も面白いので、手に取る機会があったらどうぞ。
未分類 | 2007/08/16(木) 23:55 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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364冊目 大発見〈1〉どうして一週間は七日なのか
大発見〈1〉どうして一週間は七日なのか (集英社文庫) 大発見〈1〉どうして一週間は七日なのか (集英社文庫)
鈴木 主税、野中 邦子 他 (1991/07)
集英社
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評価:☆☆☆☆


 あたかも雑学本のようなタイトルだが、騙されてはいけない。扱っている話題は確かに多岐に渡るが、内容は科学史である。そもそも、雑学本という類の本なら私は手に取らないし。

 さて、この大発見シリーズの1巻で取り扱っているのは時間と空間にまつわる話。といっても物理に限定されるわけではない。まず話題に上るのはカレンダーがどのように作られたか、である。

 どのように時間の流れを量的なものとして把握するか。一年を、一時間を、どのように理解するようになってきたか。我々が当然のものとして使用しているそれらの概念も、考え出した人々にとってはそれこそ血のにじむような努力が必要だった。

 暦をどのようにして作り上げてきたかという話は『暦をつくった人々―人類は正確な一年をどう決めてきたか / デイヴィッド・E. ダンカン』に詳しいので興味が沸いた方はこちらをお勧めしたい。

 本書が面白いのは暦だけではなく、時間を刻む時計についてもかなり細かく調べていること。日時計から腕時計までの進歩におけるブレイクスルーには興味深い話が多いし、時計開発の歴史はそのまま現代の産業にも繋がっていることが判ると思う。

 空間、すなわち地球上がどのようになっているかというのも面白い。正確な暦を作る、という科学を推し進めたキリスト教がそれ以外の科学を抑制し、特に地理学などはローマ時代より遥かにどうしようもないレベルにまで落としてしまったあたり、歴史の皮肉を感じずには居られない。

 これらの発見の概要を辿ると、必然的に歴史と絡むことになる。特に、地理の話をするのであれば、旅行者達の話をしなければならない。そんなわけで、十字軍やモンゴル軍といった軍事活動、イブン・バトゥータやマルコ・ポーロ(彼の存在には疑問もあるが)らの活躍が話題となる。

 モンゴルについては、欧米の記述者にありがちな残虐性ばかりを誇張するようなことはなく、世界史的な立場から功績を認めているところに好感を持てる。ただ、著者自身が詳しくないためか、ハーンの記述などに疑問を感じる点もあるが……。

 発見の歴史を世界史と絡めながら語っているなかなかの良書であると思う。ちょっと古い本なので見かけることはあまりないと思うが、機会があれば手に取ってもらいたい一冊。惜しむらくは、文章がやや読みづらいところか。
その他科学 | 2007/08/14(火) 23:48 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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363冊目 恐竜と生きた男
恐竜と生きた男 恐竜と生きた男
ジョージ・ゲイロード シンプソン、スティーブン・ジェイ グールド 他 (1997/07)
徳間書店
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評価:☆☆☆☆


 本当の孤独というものはあるのだろうか。どこであれ、人類社会に戻れる状況でさえあれば本当の孤独ではないではないか。22世紀のサロンで行われたそんな問いかけに対して、歴史学者が想像を絶する発見の話を持ち出す。

 時間の研究者マクルーダーは、電子のエネルギーが量子として振舞うように時間も不連続な飛び飛びの値を持つのではないかと考え、実験に移す。ところがその実験の結果、彼は時間を遡ることになってしまう。8000万年前、恐竜がまだ地上を闊歩していた時代へと。

 マクルーダーは恐竜の世界で残りの人生を送ることを余儀なくされる。その世界で彼はどう生きていくのか。恐竜との戦い
やご先祖様との出会いは。

 やはりこの時代に飛ばされたということは恐竜がメインだろう。ところが恐竜や哺乳類についての記述にはかなり疑問が残る。恐竜を低脳なウスノロとするのは、著者が活躍した時代には常識だったかもしれないが、そんな生物が数億年に渡って地上の覇者として哺乳類を夜の世界に追いやれたはずがないではないか。

 今となっては、恐竜は単純な冷血動物ではなく、その巨体によって体温を維持していた哺乳類的な爬虫類だったとされているし、多くの種が知能を持っていたとされている。それどころか、恐竜好きの方々には羽毛まで持っていたのが常識とされている。

 もっとも、本書が書かれた段階で、恐竜滅亡説は存在しなかった可能性が高い。アルバレス親子による隕石衝突説の前に存在していた説としては、賢い哺乳類が誕生するや愚鈍な恐竜は競争に敗れて滅んでしまった、というようなもの。仕方がないと見るべきだろう。

 従って、正しい読み方は白亜紀に飛ばされてしまった男の孤独と孤高を思い、自分が同じ立場になったら何ができるかを想像するというようなことではなかろうか。

 本書を飾り立てているのは大物作家二人。かのアーサー・C・クラークとスティーブン・ジェイ・グールドである。著者はグールドの師だったそうで、グールドが賛辞と出版への協力を惜しまなかったのは意外ではない。

 恐竜の姿には疑問が残っても遥か過去に生きた一人の男がどう生きたかは面白い。今の科学の最前線の本も、きっといつか古くなって、本書を今眺めるのと同じように生暖かい目で見る面も出てきてしまうのだろう。科学の営みにも思いを馳せながら読むことができると思う。
SF・ファンタジー | 2007/08/11(土) 14:07 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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362冊目 心は実験できるか―20世紀心理学実験物語
心は実験できるか―20世紀心理学実験物語 心は実験できるか―20世紀心理学実験物語
ローレン スレイター (2005/08)
紀伊國屋書店
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評価:☆☆☆☆☆


 形があるわけでもなく、常に一定の働きをするわけでもない心。その心のあり方を探ろうと、多くの実験が行われてきた。少なからぬ実験で、意外な心のモデルが提唱されてきた。本書は著者が重要と思った10の心理学実験を取り上げている。

 本書の性格上、有名な実験が多い。生物に自由意志があることを疑ったスキナー、人間は権威に従うなら暴力性すら発揮できることを示したミルグラムの実験(通称アイヒマン実験)、記憶とは過去の出来事の正確な経緯ではなく記憶を取り出す際にあらゆる変形を遂げるものであることを証明したロスタフ。

 そのいずれも、一つの実験と実験から導かれる理論によって心のあり方の全てを解き明かしているわけではない。それぞれの実験から心のあり方の興味深い側面が浮き彫りになってきたのだが、たった10の理論からも矛盾が出てくる。

 人間の存在を確かに抉り出しているように思えた実験が、別の実験によってあっさり覆る。しかし、いずれの実験を元にしても現実の少なからずを説明できるのは確かなのだ。認知的不協和理論も、行動心理学も、偽の記憶も、依存症の研究も、どれも。

 だから、唯一の真理を知るために本書を手に取るのではなく、人間の心が持つ複雑さを知るためにこそ読むべき本なのかもしれない。そう思えば、多くの示唆に富んだ良書として本書と付き合えると思う。

 個人的には、失敗以外の何ものでもないと思っていたロボトミー手術が精神外科として形を変え、しかも一部の患者には福音をもたらしているという確かな証拠があることが意外で面白かった。豊かな環境があれば動物は薬物に耽溺しないなんて、動物がどれほど人間に近いか感じさせてくれる。

 また、精神科医は精神病者を正しく見分けることが出来るかという実験も興味深い。精神科医を訪れた実験者は統合失調症を疑われ、入院させられてしまう。入院した患者は自分は正常だから出してくれと主張しても医者は信じない。ところが、入院患者はその正体を性格に見破ったという。精神科の存在意義についても考える一助になるのでは無いか。

 ちょっと残念なのは、かなり自分語りが見られること。冷徹に実験の意義と現実への適用を書いてくれた方が良かったように思う。それでも、そのような視線を持つからこそ多くのインタビュー(実験を行った科学者を含む)を得られ、本書の糧になっているのかもしれないのだが。

 精神のあり方について興味を持たせる、なかなかの良書だと思う。スキナーやミルグラムの名前に聞き覚えがある方はぜひ手に取ってみてください。
医学・脳・精神・心理 | 2007/08/09(木) 23:59 | Trackback:(2) | Comments:(0)

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361冊目 樹海の妖魔 下 (ラーマーヤナ )
樹海の妖魔 下 (ラーマーヤナ 6) 樹海の妖魔 下 (ラーマーヤナ 6)
アショーカ K.バンカー (2007/01)
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評価:☆☆☆☆


 陰謀であっても追放の命令は絶対。ラーマは新妻シーターと弟ラクシュマナを伴い国をでる。14年間は国に帰らないつもりで。

 だが、ラーヴァナの暗躍を知った人々は皆ラーマの追放に反対し、ラーマに翻意を願う。ラーマが追放されたことで次の王に指名されたバラクまでも。

 ラーマはこのまま隠遁の生活に入ってしまうのか。コーサラ国はどうなるのか。悪しき企みを実現させたラーヴァナはどうでるか。


 高潔なラーマとその妻として適役のシーターの、カルマに従う姿には、正直そんなに共感はもてない。というのは、カルマという考えは我々には馴染みのある概念では無いし、誓いを護ることの名誉というのも感覚的につかめない。

 だからラーマの生き方には歯がゆい思いをすることも多いのだが、この巻では特にその色彩が強い。それでもラーマが巻き込まれていく騒動に引き込まれずには居られない。

 ここまで一気に読んできたのに、続きはまだ刊行されていないのが残念で仕方が無い。大人しく待つことにする。
SF・ファンタジー | 2007/08/07(火) 21:58 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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360冊目 樹海の妖魔 上 (5) (ラーマーヤナ 5)
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アショーカ K.バンカー (2007/01)
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評価:☆☆☆☆☆


 聖都ミティラーの攻防戦で圧倒的な阿修羅軍を倒したラーマは、初恋の女性シーターと結婚する。そしてついに凱旋帰国の途につくラーマ。

 美しい花嫁を連れてコーサラ国に帰れば国王から後継者として立てられる。栄華と名誉の絶頂は、しかし無残にも打ち砕かれる。ラーヴァナの率いた阿修羅軍がミティラーで滅んだ後も、王都アヨーディヤーにはラーヴァナの陰謀の種が残されていたのだ。

 陰謀は遂に実り、ラーマは王都から追放されると告げられる。新婚初夜に。

 ダシャラタ王が縛られる第二王妃カイケーイーとの約束とは。陰謀は暴かれるのか。追放を命じられたラーマはどうでるのか。そしてラーマに代わって王座に就けと告げられた、ラーマの弟バラクは何を思うのか。

 華々しい勝利から一転してラーヴァナが逆転したと思わせるストーリー。これはもう最後まで付き合わねばなるまい。


 それにしても、ダシャラタ王ってば情けなさすぎ。第一王妃カウサリヤーの方がずっと立派な人に見えてしまうのだがそれは仕様か。読者には陰謀とわかっているところへダシャラタが踏み込んで行ってしまう様は人間の愚かさを示しているようで、時代も国も変われども人は変わらないのだと思わせられる。

 だからこそ語り継がれた神話や伝承には文化を超えた訴求力があるのだろう。インドの神話も当然そうである。大胆に現代化した著者に感謝。
SF・ファンタジー | 2007/08/06(月) 23:24 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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359冊目 聖都決戦〈下〉―ラーマーヤナ〈4〉
聖都決戦〈下〉―ラーマーヤナ〈4〉 (ラーマーヤナ 4) 聖都決戦〈下〉―ラーマーヤナ〈4〉 (ラーマーヤナ 4)
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評価:☆☆☆☆☆


 上巻ではコーサラ国の首都アヨーディヤーへ阿修羅軍迫るとの情報が入る中、聖賢ヴィシュワーミトラ(←先日覚えていたのは間違いだった)は皇子ラーマとその弟ラクシュマナへミティラーへの寄り道を命じていた。

 ミティラーへの道すがら、ラーマたちは熊を襲う山賊たちと、彼らから熊を守ろうとする奇妙な二人の戦士と出会う。大柄な戦士が小柄な戦士に付き従っているのだけでも不思議なのだが、彼らが会話には応じつつも自分の出自を知られるようなことは決して口にしないことにヴィシュワーミトラは気付いているのだった。

 その彼らもまたミティラーへ向かうという。ミティラーでは阿修羅軍侵攻のことなど知らぬ人々によって王の長女、シーター姫の婿選びの儀式が開かれようとしていた。奇しくも阿修羅王の軍が到達する日に。無防備なミティラーを守ることはできるのか。

 ところが、このミティラーへも直行はしないという。なぜ寄り道が必要なのか、それすら明かされないのだがヴィシュワーミトラを信じて歩むラーマたち。

 聖都ミティラーに迫る800万の阿修羅軍、いよいよ明らかになる陰謀の全容。王都アヨーディヤーの中枢にも阿修羅王の魔の手が延び、王や王妃達も否応なく巻き込まれていく。王家に入り込んだ阿修羅王ラーヴァナの手下の暗躍により、最も結束しなければならない王家に結束を揺るがすような事件が引き起こされる。ミティラーはどうなるのか。そしてアヨーディヤーは。

 阿修羅王の軍がミティラーを望むところまで押し寄せたとき、ヴィシュワーミトラの行動の全てが明らかになる。

 インドの神話を織り交ぜながら語られる大抒情詩もいよいよ佳境に。
SF・ファンタジー | 2007/08/05(日) 13:43 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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358冊目 聖都決戦〈上〉―ラーマーヤナ〈3〉
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評価:☆☆☆☆☆


 誰もが恐れる南の森に分け入り、森を不浄の地にしている元凶タータカーを打ち破ったラーマたち。だが安堵はしていられない。阿修羅たちは群れを成して王都に押し寄せようとしているのだから。

 しかし、ブラフマンでありラーマの導師であるヴァシュラーミトラ(←遂に覚えた)は王都に戻るのではなくミティラーへ行けと命じるのだった。

 なぜ敵の侵攻が近づく中で寄り道をさせようとするのか。意図を掴めないラーマだが、クシャトリアとして立てた誓い、ヴァシュラーミトラに従う。

 一方で、阿修羅たちを率いる闇の王、ラーヴァナ(←これまた遂に覚えた)は王都を混乱させるべく策謀を巡らせる。ミティラーでラーマが待つものは何か。人類は王都に忍び寄るラーヴァナの陰謀を防ぐことができるのか。

 阿修羅との戦いに向けた準備の段階だが、それでも息つく暇もなく続く事件の連続にラーマから目が離せない。舞台を二つに分け、交互に語る手法をとっているため、舞台が移るたびに続きを読みたい思いに駆られてしまう。著者の策にまんまとはまっているのだけど、このようなはまり方は悪くないと思うのだった。それにしても、”梵天力”というのはなんとも迫力がなくてつい笑ってしまうのも事実であるが。
SF・ファンタジー | 2007/08/04(土) 00:29 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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357冊目 蒼の皇子〈下〉―ラーマーヤナ〈2〉
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評価:☆☆☆☆☆


 ラーマの冒険も息を呑む展開になってくる。

 バラモンに連れられて王都を出発したラーマは敵・阿修羅の懐深く入り込む。弟と共に阿修羅の支配する暗き道を歩むラーマの運命はどうなるのか、目が離せない。

 そしてその頃、王都では父王の病がいよいよ篤くなっていた。張り巡らされる陰謀、不気味な事件。ラーマが還るまで王都は平穏なままでいられるのか。

 物語はラーマたちと残された都とを平行して進む。どちらでも目の離せない事件が続くので、どんどん読み進めてしまう。続きが気になって仕方がない。

 問題は、登場人物の名前を全然覚えられないということだったりする。私が年取ったせいもあるのだろうけど、はっきり覚えているのはラーマとクシャトリヤのベリヤ他数人くらい。ベリヤの名前を覚えているのもソ連の生んだ最悪のペド野郎にして秘密警察GPU(ゲーペーウー、後のKGB)長官からだからたちが悪い。

 ではどうやってキャラを見分けているかというと名前の長さとか雰囲気。それでいいのだ。

 それを補って余りあるくらい面白いのは確か。結局のところ西洋をモデルにしたファンタジーと随分異なる世界を楽しむことができる作品になっていると思う。

 成長した主人公達が次に向かうのは、ミティラの都。そこで待つのは阿修羅との戦いのようである。続編を読むのが楽しみになった。
SF・ファンタジー | 2007/08/02(木) 23:37 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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356冊目 ヨーロッパの現代伝説 悪魔のほくろ
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ロルフ・W・ブレードニヒ、 他 (2003/12/11)
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評価:☆☆☆


 都市伝説に興味がある。荒唐無稽な話が一度都市伝説になるとたちどころに事実として広まっていく。その伝播の仕方も面白いし、どのような話が都市伝説になるのかも興味深いと思うのだ。

 本書はドイツで集められた都市伝説集。キイチゴムシを飲み込んでしまったがためにどんどん痩せていってしまった人の話(ゴキブリを飲み込んだ人のお腹の中で卵が孵化して死んだ人がいたという都市伝説を思い出す)や、ナンパした女性とアツい一夜を過ごし、朝になると女性は居なくなっていて鏡に口紅で「エイズクラブへようこそ」と書いてあったという話が集められている。

 このエイズクラブへようこそ、という話は現実の女性から男性へHIVが感染する率が極めて低いことを考え合わせれば事実ではないという想像がつきそうなものだ。精神を病むと黄色い救急車が迎えに来るという都市伝説があったものだが、黄色い救急車なんて誰も見たことがない以上、そんな稀なものを消防が持っているわけがないことを想像できたはずというのに近い。

 集まったものを眺めてみると、いくつかのパターンに分かれることが見て取れる。現実に起こりうることへの警告(エイズクラブへようこそ、には男性版も女性版もあることに注意)、ヒッチハイク強盗あるいは外国人犯罪に注意を促すものもある。人種差別的な雰囲気があるが、異質な存在には注意する傾向がある以上、都市伝説が同じ構図を取るのは避けられないのだろう。

 思うのは、日本とドイツの文化の違いに根ざす違いが確かにあるけれども、普遍的な恐怖に基づく都市伝説も確かにあるということ。そういえば消えるタクシー客の話はヨーロッパで、移動手段が馬車だった頃から語り継がれる話である。多くの人に訴求する話が、いつか都市伝説として語られていくと考えれば、人々の関心がどこにあるかを知ることができるように思う。ドイツの、という珍しさもあって面白かった。ただ、もう少し総論的なまとめがあってもよかったように思う。
ノンフィクション | 2007/08/01(水) 23:36 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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