![]() | 確率とデタラメの世界―偶然の数学はどのように進化したか デボラー・J. ベネット (2001/03) 白揚社 この商品の詳細を見る |
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評価:☆☆
確率にはいろいろ面白い話がある。はずなんだけど、どうも読んでいて楽しめなかった。著者が悪いのか訳者が悪いのかは不明だけど。
取り上げている話そのものは面白いものも多々ある。乱数だけ収めた本の話(実用書ではあるが読む価値は全くない)なんてしらなかった。真にランダムな数列を作るために秩序だったプログラムが使用されることは意外で面白い。
ところが全体的に見るとあまり印象に残らないのだ。類書で面白い本はいくつもあるのだから、わざわざこの本を読む必要はあるのかとちょっと疑問に思ってしまった。
では面白くするためにはどうすればよかったのかというと、私の勝手な言い分では以下のとおり。
1.取り上げる話題が面白く、しかも多岐に渡っている
2.偶然に見えることを数学的に取り扱えるようになるまでの数学者達の歴史を読みやすく紹介している
本書にはこれが欠けているように思われた。ちょっと残念。
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![]() | 世界史の中から考える (新潮選書) 高坂 正堯 (1996/11) 新潮社 この商品の詳細を見る |
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評価:☆☆☆☆
歴史は繰り返すとは言うが、完全に同じ歴史などない。だから、その箴言を頼りに判断を停止するわけにはいかないだろう。歴史と冷静に向かい合う姿勢と現実を鋭く見据える目を持ってこそ、繰り返している歴史の本質に迫ることができるのかもしれない。著者は、それに成功している数少ない一人だと思う。
日本の近現代史において中国との泥沼の戦争、そして無謀な太平洋戦争は避けられない。その二つの戦争は、行われてはならないものだった。というのは、勝てない戦いだからである。たかだか100万の関東軍が広大な中国全土を支配できるわけはない。だから、戦争するにしてもどこかで落としどころを見つけて矛を収めなければならなかった。
しかしそうはならなかった。軍人達は目先の勝利に目を眩まされて戦線を広げ、政府は政府で「爾後国民党政府を対手とせず」と和平の可能性を自ら閉ざした。国民は国民で戦勝に気ばかり大きくなり、冷静に自分達の力を推し量り、力に見合ったありかたをもたらすための建設的なビジョンを持たなかった。
著者が問題視しているのは、このような国民性はなんら省みられることなく今も持たれ続けているのではないかということである。日本人が状況に従いすぎると述べた後でこのように続けている。
”勝てば官軍”という現象はどこにでも見られるが、日本ほどそれが目立つ国は少ない。それは内政ではさらに見られること(略)。一九三〇年代には、そうした血管が失敗の修正を困難にし、失敗が拡大して、大失敗に至ったものと考えられるのである。
ただ、それは日本人の美徳と表裏一体になっているから、完全に克服することはできない。その美徳Jとは日本人の柔軟性であり、外国のものを導入するときに、何回も発揮されてきた。(略)それだけになおさら、われわれは美徳の裏の大きな欠点を意識しつづけなければならないであろう。
(P.213)
このような視点は欠いてはならないように思う。無謀な行動に出た批判すべき時代だから総てに暗黒な時代だったわけはなく、今も当時も良いことも悪いこともあったはずだ。だからこそより冷静に歴史を見詰め、判断していくことが必要なのだと思う。歴史から現在を考えるきっかけになる良書だろう。
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![]() | 記憶力を強くする―最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方 (ブルーバックス) 池谷 裕二 (2001/01) 講談社 この商品の詳細を見る |
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評価:☆☆☆☆☆
著者は東大薬学部、大学院を主席で卒業し脳研究に取り組む俊英である。そんな過去をちらりと見ただけで敬遠したくなってしまうものだけれども、そんな著者が前書きでタクシー運転手の記憶力を褒めながらこう書く。
結局はタクシーの走った道順を覚えられた例がありません。自分の記憶力のなさに思わず自己嫌悪に陥ってしまいます。
著者が遠い世界の住人ではなく、自分と同じ悩みを抱える人間に見えてくるではないか。この普通の人の視点を著者が持っていることが、本書を理解しやすくしているように思えてならない。
このブログでも過去、同じ著者による『進化しすぎた脳』を33冊目で紹介したわけだけど、その時に驚いたのは脳研究の最前線を案内してくれているのに、難しさを感じさせない力量だった。本書は『進化しすぎた脳』よりも前に書かれたものだが、その片鱗は十分に見えていたわけだ。
さて、記憶力と言えば海馬である。海馬とはタツノオトシゴのこと。脳の中の記憶に携わる部分があたかもタツノオトシゴであるかのような姿をしていることから同じ名を付けられている。
脳の中のほうの海馬がユニークなのは形だけではない。成人してからは分裂しないと思われていた脳が、増殖能を失っていないことが確かめられたのは海馬だし、脳の損傷によってこの部分に傷を持った人々は新たな記憶を作り出すことが出来ないことなどが知られている。
この魅力溢れる海馬を中心にして、脳研究で分かってきたことを分かりやすくかつ面白く伝えてくれている。これほどの力量を持った科学者が一般書を書いてくれている僥倖に感謝しなければならないと思うほど。
タイトルの記憶力強化についての話は、所詮は脳の面白さの一面にしか過ぎないと思う。それよりも記憶のメカニズムの方が面白いし、なぜ記憶の難易度に違いがあるのかを知るほうが楽しい。実用的なことも書いてあるわけだけれども、きっと科学の面白さについて何か感じられると思う。
実用的な面についてだが、結論から言ってしまうと記憶力を飛躍的に高める夢の薬のようなものはまだ存在しない。著者らもそのようなものを求めているわけではないようだ。それでも感動する心を忘れなければ記憶力は高まる、という本書の結論には感銘を受けてしまう。
世界は驚きに満ちている。中でも脳の中は驚きの宝庫と言って良い。その脳を最前線で活躍する若手研究者が分かりやすく書いているのだから面白いに決まっているのかも。脳に関心がある方は是非手に取ってみてください。きっと想像以上に興味深いことが明らかになっているだろうから。
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日経サイエンス 9月号
また番外編。
今月号のお勧めは生命の起源 RNAワールド以前の世界かな。生物の先祖をどんどん辿っていくと、最後には非生物に行き着かざるを得ない。どうやって非生物から生物が生まれてきたのか、という疑問は多くの人を魅了してやまないのではないか。
多くの学者達は遺伝物質としてDNAは複雑すぎるので、いきなりDNAをもつ生物が生まれる訳はなく比較的単純なRNAが生まれたのではないかと想定している。いわゆる、RNAワールドである。しかし、RNAでも複雑すぎるのではないか、との反論もあり、本論文の著者はその立場からRNA以外の化学進化の可能性を論じている。この分野は短期間で決定的な証明ができるわけはないので、当分楽しませてくれることだろう。
あとは究極の野生動物保護? 更新世パーク構想が良い。動物保護策として、アメリカに絶滅危惧種を大量に集めた国立公園を作ろうという意欲的な話。動物保護と言えば消極的に消え行く動物を守りましょうというイメージだったが、新たな繁殖地を用意するというアイディアの壮大さにやられた。
ただ、これが実現されるためには動物の移動を好ましく思わない人々や、捕食者が導入されることを嫌う人々の反対を何とかしなければならないだろう。その点、本書は狼やライオンなど絶滅の危惧される捕食者達が実は植物食の動物保護にも役立っていることなどを示しているのが面白い。
書評コーナーは相変わらず面白そうな本がいくつか紹介されていて、ここを見るたびに金欠になっていく気がするのだけれども、きっとそれは気のせいではないのだろうな。今回紹介されている中でどれを読みたいと思ったか、私を知っている人なら即答できることであろう。
News Scanで紹介されていた、バイオディーゼルの原料となりうる栽培種の話も興味深い。オレンジや大豆など、食料をバイオ燃料の元にすれば飢えは広がるわけだから、食用に適さない上に乾燥に強い植物で、脂分が沢山取れる夢のような植物があるとは驚きではないか。これまた目が離せない。
そんなわけで今月もなかなか満足のいくラインナップだった。
また番外編。
今月号のお勧めは生命の起源 RNAワールド以前の世界かな。生物の先祖をどんどん辿っていくと、最後には非生物に行き着かざるを得ない。どうやって非生物から生物が生まれてきたのか、という疑問は多くの人を魅了してやまないのではないか。
多くの学者達は遺伝物質としてDNAは複雑すぎるので、いきなりDNAをもつ生物が生まれる訳はなく比較的単純なRNAが生まれたのではないかと想定している。いわゆる、RNAワールドである。しかし、RNAでも複雑すぎるのではないか、との反論もあり、本論文の著者はその立場からRNA以外の化学進化の可能性を論じている。この分野は短期間で決定的な証明ができるわけはないので、当分楽しませてくれることだろう。
あとは究極の野生動物保護? 更新世パーク構想が良い。動物保護策として、アメリカに絶滅危惧種を大量に集めた国立公園を作ろうという意欲的な話。動物保護と言えば消極的に消え行く動物を守りましょうというイメージだったが、新たな繁殖地を用意するというアイディアの壮大さにやられた。
ただ、これが実現されるためには動物の移動を好ましく思わない人々や、捕食者が導入されることを嫌う人々の反対を何とかしなければならないだろう。その点、本書は狼やライオンなど絶滅の危惧される捕食者達が実は植物食の動物保護にも役立っていることなどを示しているのが面白い。
書評コーナーは相変わらず面白そうな本がいくつか紹介されていて、ここを見るたびに金欠になっていく気がするのだけれども、きっとそれは気のせいではないのだろうな。今回紹介されている中でどれを読みたいと思ったか、私を知っている人なら即答できることであろう。
News Scanで紹介されていた、バイオディーゼルの原料となりうる栽培種の話も興味深い。オレンジや大豆など、食料をバイオ燃料の元にすれば飢えは広がるわけだから、食用に適さない上に乾燥に強い植物で、脂分が沢山取れる夢のような植物があるとは驚きではないか。これまた目が離せない。
そんなわけで今月もなかなか満足のいくラインナップだった。
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![]() | 蒼の皇子〈上〉―ラーマーヤナ〈1〉 (ラーマーヤナ 1) アショーカ・K. バンカー、大嶋 豊 他 (2006/06) ポプラ社 この商品の詳細を見る |
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評価:☆☆☆☆☆
ラーマーヤナといえばインドの抒情詩として名高い。その名高い作品を現代風に書き直したとなれば期待半分、恐ろしさ半分といったところだろう。結論から言えば、続編に関しては期待半分ではなく期待全部というところだ。
人々は危機が迫っているのも知らず、平和に酔いしれていた。かつて人間との戦争に敗れた阿修羅の王が、大陸から追われた地で復讐を遂げるため再侵攻の準備を進めていたのである。コーサラ国の大王(マハラジャ)の15歳の息子、ラーマも不穏な空気など知る由もなく過ごしていた。だが、そんな生活は一人の人物の来訪によって終わりを告げる。
聖者は阿修羅たちが戦争準備をしていることを公衆の前で明らかにし、被害を最小限に留めるためにラーマに過酷な旅の同行を求める。大王がラーマを後継の皇子にするための決意をしたまさにその直後に。
1巻ではラーマの旅立ちの前までしか書かれていないので冒険の躍動感はこれからになるわけだけれども、朝廷や後宮の雰囲気、兄弟達との微笑ましいやりとり、勇気と慈愛に満ちた精神と、ヒーローの素質は完璧で面白くなりそうな予感に溢れている。
なまじのファンタジーを遥かに凌ぐスケールと面白さを備えた作品に巡り会えたかもしれない。ファンタジーを好む人は絶対に買いです。
唯一の難点は、インド風の名前になじみがないためか、はたまた私が歳を取ったせいか、どうにも名前が覚えづらいことか。それでも、名前の点も含めてインドの雰囲気を伝えてくれる名著であろう。当面1巻しか買わなくて良いとした自分の判断の過ちを悔いた(ので早速今日注文した)。ファンタジーや歴史、文化、伝承と、多くの人に気に入られる作品なのではないかと強く思った次第。ちょっとでも興味が沸いたら読んでみて損はないと思う。
以下余談。
主人公のラーマ・チャンドラという名前にはどうも聞き覚えがあると思っていたら、脳についての刺激的で面白い研究を紹介している『脳のなかの幽霊 (角川21世紀叢書) / V.S. ラマチャンドラン、サンドラ ブレイクスリー 他』の著者の名前そっくりではないか。ひょっとして因んだ名前なのかもしれないと思った。
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![]() | 戦争指揮官リンカーン―アメリカ大統領の戦争 内田 義雄 (2007/03) 文藝春秋 この商品の詳細を見る |
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評価:☆☆☆☆
本書を手に取ったのはBK1で越知さんの書評を見たため。信頼できる書評家がいると面白い本に巡り会うのが容易になるのでありがたい。
さて、リンカーンといえば南北戦争に勝利して奴隷を解放し、「人民の人民による人民のための政治」という名スピーチ(スピーチ当初は、かなり短いものだったため歴史に残るものと思った聴衆はいなかったらしい)で日本人でも知っている。ちょっと前にアメリカで行われた大統領の評価ランキングでは堂々一位の座を射止めている。(詳細を知りたい方はニュースの視点を見てください)
南北戦争は、ナポレオン型の平地に兵力を集中させての大決戦から、国を挙げて戦争に注力する総力戦へ移り変わる時期に当たる。なので、誰もが短期間で終わると思った戦争は4年にも及ぶ長期間の戦争となった。
このような総力戦をもたらしたものに、技術の進歩もある。すなわち、電信である。電信によって遠く離れた戦場の情報をタイムラグ少なく中央が把握することで戦争の模様は変わった。もう一つは鉄道網の整備である。これによって大兵力の素早い移動が可能となった。後方での人員補給がすぐに前線の戦力充実に繋がることになったのである。
リンカーンはこの電信の技術を使いこなすことで、将軍を統率した。最初はやや弱気だった電信は、やがては戦闘のこまごましたところまで指揮するようになる。本書が扱っているのはこの戦闘指揮官としてのリンカーン。奴隷解放を実現させた、理想に燃えた人物というイメージからは程遠い実像に迫っている。
戦争に向けた総動員体制、敵軍を容赦なく捕捉・殲滅する戦術、士気を阻喪させるため容赦なく後方をも破壊し、無条件降伏を突きつける。アメリカが現在行っている戦争の原型が、実は独立戦争にあるのではないかというのが著者がたどり着いた思いのようである。
私としてはナポレオン時代から既に戦争は総力戦に変わってきていたこと、兵器類が余りに進化してしまったため訓練を受けていない兵士の価値が失われた現在では南北戦争当時と様相を大きく変えていることなどから著者の意見には賛成できない。
しかし、南北戦争の意味合いを普遍化し、歴史の中に位置づけようとしたことには失敗していてもリンカーンの実際の姿と、今もアメリカ人の心に残る南北戦争について知ることができるのは価値あることのように思う。
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![]() | FBIはなぜテロリストに敗北したのか 青木 冨貴子 (2002/08) 新潮社 この商品の詳細を見る |
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評価:☆☆☆☆
19人の男達によってハイジャックされた4機の飛行機が、その質量と積み込んだガソリンを武器にアメリカを攻撃した。いわゆる同時多発テロである。富の象徴であるツインタワーが崩れ落ちたあのシーンは多くの人の目に焼きついているだろう。
テロリスト達の攻撃によって、確かにトレードセンターは崩れ落ちた。3000人以上の死者を出し、先進国の多くの人々の心胆を寒からしめた。彼らは勝ったのだろうか。
私にはそうは思えない。アフガニスタンは極貧国家から国家の体を成していない失敗国家へ転落し、911とは何の縁もなかったフセイン政権は難癖を付けられて滅ぼされた。世界最大のテロリストがやる気になれば、多くの市民を巻き込んで主権国家を滅ぼすことを、誰も止めることができないことが明らかになったといえる。フセイン個人には同情の余地はないが、政権崩壊後のヴィジョンすらろくに持たないまま、イラクを不安定な国家にしてしまったのは議論の余地なきテロリズムだと思うが。
ブッシュはそんなに深く考えていなかっただろうから、不愉快なフセイン政権を潰せただけで満足なのだろう。そう考えれば、911の破壊によって最も多くを得たのはブッシュということになる。アメリカを攻撃した者たちはそのあたりをどう考えているのだろうか。破壊だけをもたらし、何一つとして明るい未来に結びつく建設的なものを作り上げられなかったという事実を。
現在の世界を知っていればそうもまとめられるが、しかし当時はそんなことは分からなかった。誰が大胆で緻密な作戦を成功に導いたか、その答えを知っている人はほとんどいなかった。
知っていたのは、当然のことながら計画を立てたテロリスト達。しかし、彼ら以外にもテロに向けた不審な動きに気付いていた人々が居たのである。
ではなぜあのテロが止められなかったのか。そこに正攻法で切り込んだのが著者。正攻法というのは、治安当局者らへの多数のインタビューという手法によって同時多発テロの前に何が分かっていたかを調べていることを指している。そして結論から言ってしまえば、実に多くのことが判明していた。テロリスト達が通った航空学校や諸外国の情報機関からFBIに警告が成されていた。それなのに防げなかったのだ。
本書はまた、テロリスト達はいかにして自爆を伴うテロの恐怖を克服し、テロを愛するようになったかを再現しようと試みている。自分達が死んででも破壊活動を行うというところまで行き着くには何かしら強い動機付けが必要だろう。その動機付けとなる根源的な理由にまではたどり着いていないように思うが、どのようにしてテロリストが生まれてきたかという流れについてはかなりまとめられていると思う。
テロリストの素顔が見られるのが本書の一番の魅力といって良い(それはテロリストに魅力があるという意味では決してない)。なぜテロリストが生まれるかを理解し、根源的な解決方法を探らなければテロは消えない。
強い憎悪を暴力で消し去ろうとしても不可能であることは歴史上の多くの事例が証明している。なので、まずは事実を知ることが必要だろう。不愉快でも、テロがなぜ絶えないのかを研究しなければならないのだ。そういう点で、本書はなかなかに面白い。911が過去になりかけている今、比較的冷静に事件を振り返れるようになった今だからこそ本書から見えてくるものもあるのではなかろうか。
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日本共産党の独裁者だった宮本顕治がついに死んだという。98という年齢を考えれば驚くには値しない。ただ、一つの時代の終わりを感じさせるのは事実である。
それにしても取り上げ方が随分と宮本に甘いように思えてならない。彼の汚点を毎日新聞は訃報を知らせるニュースでこのように取り上げる。
甘すぎる。”いわゆる「スパイ査問事件」”とは、当時中央員の代表格として中央委員長だった大泉と中央委員だった小畑達夫を拷問を中心とした査問にかけ、小畑達夫を外傷性ショックによって殺害したものだ。従って、宮本が網走刑務所に入れられたのは殺人罪、死体遺棄罪が中心で治安維持法は余罪みたいなものである。しかも、網走では楽に過ごしていたらしく、体重が増えて健康になったと自ら述べたこともあるという。
歴史の皮肉と言うか、大泉はスパイだったことを自ら認めているが小畑にはスパイだったという証拠が全く無い(勿論、共産党は証拠が無いことを認めない)。
なぜ田中角栄が死んだらロッキード疑惑について詳しく書くのに宮本顕治だと殺人事件について書かないのか。明らかに偏っているではないか。
戦後は武装闘争派と対立し、国際協調派として党内闘争を勝ち抜いて独裁体制を固める。ソ連崩壊後に東欧諸国が雪崩を打って社会主義を放棄するのを「歴史に逆行」すると批判したところから彼の歴史観が知れよう。東欧で見られた圧倒的な社会の不平等、秘密警察が跋扈し、密告が奨励される独裁社会こそ彼が目指す「歴史の巡行」路線なのだろう。
現実門だとして、共産党が共産主義革命や複数政党制の否定などをようやく改めたのはなんと2004年になってからである。この時代錯誤っぷりは記憶しておくべきだ。
また、共産党の党首を務めながら国会議員に立候補すらしないという異様な時期をもたらし、共産党が決して民意を反映させられない組織だと明らかにしたことも触れないわけには行かないと思うのだが。
今も共産党は選挙で惨敗しても党首が責任を取らない唯一の党である(惨敗しても退陣しないことを仄めかしている安部自民は共産党路線を見習おうとでもしているのだろうか)。
共産党は今も絶対的な独裁体制を崩していない。今でも党に逆らえば査問が待っているようだし、国民の審査の結果を党運営に活かそうとしない。なぜか。それは、共産党の党是である民主集中制が執行部の独裁体制を確保するための絶好の方法で、そして彼らが権力亡者で自らの権力を握って離そうとしないからだ。権力亡者に都合の良いシステム作りの責任まで宮本にあるわけではないのは間違いない。しかし、そのシステムに乗って独裁体制を維持したのは事実で、そしてそのシステムが今も生きているというところに問題があるように思われてならない。
この過去を覚えておくための機会にするのが、平和や民主主義を好む人のやるべきことのように思う。
それにしても取り上げ方が随分と宮本に甘いように思えてならない。彼の汚点を毎日新聞は訃報を知らせるニュースでこのように取り上げる。
33年に中央委員となったが、同年暮れにいわゆる「スパイ査問事件」などで逮捕され、治安維持法違反などで無期懲役の判決を受け終戦直後の45年10月まで、網走刑務所などで12年近い獄中生活を送った。
甘すぎる。”いわゆる「スパイ査問事件」”とは、当時中央員の代表格として中央委員長だった大泉と中央委員だった小畑達夫を拷問を中心とした査問にかけ、小畑達夫を外傷性ショックによって殺害したものだ。従って、宮本が網走刑務所に入れられたのは殺人罪、死体遺棄罪が中心で治安維持法は余罪みたいなものである。しかも、網走では楽に過ごしていたらしく、体重が増えて健康になったと自ら述べたこともあるという。
歴史の皮肉と言うか、大泉はスパイだったことを自ら認めているが小畑にはスパイだったという証拠が全く無い(勿論、共産党は証拠が無いことを認めない)。
なぜ田中角栄が死んだらロッキード疑惑について詳しく書くのに宮本顕治だと殺人事件について書かないのか。明らかに偏っているではないか。
戦後は武装闘争派と対立し、国際協調派として党内闘争を勝ち抜いて独裁体制を固める。ソ連崩壊後に東欧諸国が雪崩を打って社会主義を放棄するのを「歴史に逆行」すると批判したところから彼の歴史観が知れよう。東欧で見られた圧倒的な社会の不平等、秘密警察が跋扈し、密告が奨励される独裁社会こそ彼が目指す「歴史の巡行」路線なのだろう。
現実門だとして、共産党が共産主義革命や複数政党制の否定などをようやく改めたのはなんと2004年になってからである。この時代錯誤っぷりは記憶しておくべきだ。
また、共産党の党首を務めながら国会議員に立候補すらしないという異様な時期をもたらし、共産党が決して民意を反映させられない組織だと明らかにしたことも触れないわけには行かないと思うのだが。
今も共産党は選挙で惨敗しても党首が責任を取らない唯一の党である(惨敗しても退陣しないことを仄めかしている安部自民は共産党路線を見習おうとでもしているのだろうか)。
共産党は今も絶対的な独裁体制を崩していない。今でも党に逆らえば査問が待っているようだし、国民の審査の結果を党運営に活かそうとしない。なぜか。それは、共産党の党是である民主集中制が執行部の独裁体制を確保するための絶好の方法で、そして彼らが権力亡者で自らの権力を握って離そうとしないからだ。権力亡者に都合の良いシステム作りの責任まで宮本にあるわけではないのは間違いない。しかし、そのシステムに乗って独裁体制を維持したのは事実で、そしてそのシステムが今も生きているというところに問題があるように思われてならない。
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夜中とか明け方の電話はたちが悪いと相場が決まっている。
朝食を終えたくらいの時間に、家の電話が鳴った。電話の主は父。体調が悪いので病院に連れて行ってくれ、と以前蒼い顔をして私に訴えた記憶が甦る。そのときには深刻そうな顔で病院に行った結果、尿管結石だったのだけれども。
「今日、おばあちゃんが死んだ」
言いづらそうにしていたけれど、一度口を開けば後はストレートに言う。そう聞いて思ったのは、遠方だから行くの大変そうだな、ということ。それも自分のことじゃなくて、親父のこと。
祖母ももうかなりの歳で、曾孫も何人も見ているわけで、決して早い死ではない。おまけに、距離の関係もあって今まで顔を合わせたのは都合100日にも満たないわけで、どうしても近い人の死と思えない自分が居た。
ここ10年ほどで田舎に帰ったのは2回。最後に会ったのは、当時付き合っていた女性(今の嫁の人)を連れて行ったときで、祖母は「孫が結婚するときのために溜めておいたんだ」といって結構な額のお金をくれた。その顔が誇らしげで、嬉しそうだったのを思い出す。
嬉しさを表現するのが下手な人で、田舎に帰ってもそんなに嬉しそうな顔をするわけでもなかったのに、孫を喜ばそうとおはぎを沢山作ってくれたり、苺でシロップを作って苺ミルクを飲ませてくれたりしたことが思い出されてくると、祖母に愛されていたのだと思う。
秋くらいに、息子を連れて行って「めんこいねー」と言わせたかったけど。でも、孫も曾孫も沢山居て、そこそこ幸せな人生だったのだろう。そんな冷静にいえるのも長生きなのと距離があるからなのだろう。息子がそう思えるまで、父には長生きして欲しいものだ。それがきっと理想的な順番というものだろうから。
朝食を終えたくらいの時間に、家の電話が鳴った。電話の主は父。体調が悪いので病院に連れて行ってくれ、と以前蒼い顔をして私に訴えた記憶が甦る。そのときには深刻そうな顔で病院に行った結果、尿管結石だったのだけれども。
「今日、おばあちゃんが死んだ」
言いづらそうにしていたけれど、一度口を開けば後はストレートに言う。そう聞いて思ったのは、遠方だから行くの大変そうだな、ということ。それも自分のことじゃなくて、親父のこと。
祖母ももうかなりの歳で、曾孫も何人も見ているわけで、決して早い死ではない。おまけに、距離の関係もあって今まで顔を合わせたのは都合100日にも満たないわけで、どうしても近い人の死と思えない自分が居た。
ここ10年ほどで田舎に帰ったのは2回。最後に会ったのは、当時付き合っていた女性(今の嫁の人)を連れて行ったときで、祖母は「孫が結婚するときのために溜めておいたんだ」といって結構な額のお金をくれた。その顔が誇らしげで、嬉しそうだったのを思い出す。
嬉しさを表現するのが下手な人で、田舎に帰ってもそんなに嬉しそうな顔をするわけでもなかったのに、孫を喜ばそうとおはぎを沢山作ってくれたり、苺でシロップを作って苺ミルクを飲ませてくれたりしたことが思い出されてくると、祖母に愛されていたのだと思う。
秋くらいに、息子を連れて行って「めんこいねー」と言わせたかったけど。でも、孫も曾孫も沢山居て、そこそこ幸せな人生だったのだろう。そんな冷静にいえるのも長生きなのと距離があるからなのだろう。息子がそう思えるまで、父には長生きして欲しいものだ。それがきっと理想的な順番というものだろうから。
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![]() | チンギス・カン―“蒼き狼”の実像 白石 典之 (2006/01) 中央公論新社 この商品の詳細を見る |
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評価:☆☆☆☆
草原に忽然と現れ、世界最大の帝国を築き上げた男、チンギス・カン。蒼き狼と称された一代の英雄は志を遂げて死ぬが、その帝国は宋を滅ぼし、中東へ攻め入り、はるばる東欧までその版図に組み入れた。
チンギス・カンに対する関心は、没落した一族出身の青年が並み居るライバルを蹴落とし、強大な金帝国を打ち破ってユーラシア中を東奔西走したことにあるのだろうが、もう一つの事由は世界最大の帝国の主となった男が死に挑んで自らの墓所を隠し、その跡は今をもって明らかになっていないことにあるのではなかろうか。
本書はタイトル通りにチンギス・カンが生まれてから西夏征服の途中で病に倒れての死を経てモンゴル帝国が滅亡するまでを追っている。
新書に相応しく、モンゴル帝国について知識のない方でも抵抗なく読めるのが魅力。また、著者が考古学者で現地調査にも従事しているので自らの発見について生き生きと語っているのも面白い。特にチンギス・カンの墓所について絞込みを行っている点などは、考古学と聞くと及び腰になってしまう方でも興味を惹かれるのではないか。
新書サイズとしては過不足なく、バランスよくチンギス・カンの実像を纏め上げていると思う。個人的には武力を生み出した源泉である鉄の確保と加工について詳しく書かれているのが嬉しかった。話題が幅広いから入り込みやすいし、更に詳しく知りたくなる良書。
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![]() | 科学好事家列伝―科学者たちの生きざま 過去と現在 佐藤 満彦 (2006/08) 東京図書出版会 この商品の詳細を見る |
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評価:☆☆
科学が職業として成り立つようになったのは、歴史上そう新しいことではない。特に国が保護するようになったという意味で言えば二次大戦後、有能な科学者を技術者として抱えるために雇ったようになるのも19世紀後半に過ぎない。
しかしその前にも有能で科学史に名を残した科学者は沢山いる。そんな好事家として科学を愛した人々を中心に話を集めているのが本書である。
取り上げられているのはレオナルド・ダ・ヴィンチ、マイケル・ファラデー、ダーウィン、キャベンディッシュ、ラヴォアジエ、メンデル、ベンジャミン・フランクリンら押しも押されもしない有名人である。
彼らがどのようにして科学者となり功績を挙げたかはなかなかに面白い話で興味があったのだが、読んでみると物足りなさが残る。しかも面白さが足りないのが悔やまれる。『人類が知っていることすべての短い歴史 / ビル ブライソン』が面白すぎたのでこれと比べてしまうのも原因かもしれないが。よって、本書よりもむしろ『人類が知っていることすべての短い歴史 / ビル ブライソン』をお勧めしたい。
それと、ラヴォアジエの扱いにどうしても不満が残る。ラヴォアジエは革命前のフランスで徴税請負人をやっていて、それが原因で革命後に人民の敵として死刑に処されている。友人であった数学者ラグランジュは「あの頭を切り落とすのは一瞬だが同じ頭脳を得るには百年あっても足りないかもしれないのだ」と嘆いたことで知られる。
悄然と刑場の露と消えたラヴォアジエに、後世の人々は愛惜の情をを惜しまなかった。革命の行き過ぎは明らかだ。
これに対し、著者は徴税請負人が一般市民に対してどれほど恨まれる素地があったのかを示し、ラヴォアジエもその恨みから逃れることができなかったことを明らかにしている。そしてラヴォアジエが貧しい一般の人々に対して同情が欠けていたことも。それによって、哀れな被害者としてのラヴォアジエという見方に対して一石を投じている。
しかし、問題とされるのはあの時代の処刑の濫用である。しばしば政治的な失脚が死を招いた。その恐怖の時代はロベスピエールがギロチンに処されるまで続いたのだ。そこでは中国共産党の吊るし上げ、人民裁判のような蛮行がまかり通っていた。
ラヴォアジエは一般市民から見れば褒められた人間ではなかったかもしれない。しかし、それは同時にフランス革命後に人民の敵として処刑されても仕方がないということを意味しない。
たとえば現在に生きる一般人はどうだろう。結婚のときにダイヤモンドの指輪を欲しがる女性を考えてみよう。このダイヤモンドを巡って、アフリカでは争いが絶えないのは厳然たる事実である。我々が手にするダイヤモンドの裏に数多の少年兵達を使った過酷な闘争があり、目を覆いたくなるほどの死者が生まれている。
ではここで問おう。いま問題としている、結婚の際にちょっとしたダイヤモンドの指輪を欲しがっているだけのこの女性は、アフリカの貧しい人々が命を賭けているその現状に想像を巡らせなかったという一事で、そんなダイヤモンドを手に入れて喜んだというだけで死刑にされてしかるべきだろうか。
私の答えは断固として否である。ある立場の人々が、貧しい人々への思いやりを欠いているからといってそれが死刑になってはいけない。それでは共産主義国家ではないか。
同じようなことは貴族の一員として生涯働くことなく研究に没頭したチャールズ・ダーウィンがブルジョアかどうかと問うところでも見られる。
差別や貧困への理解のなさは嘆かれても仕方がないかもしれない。確かに同時代には恵まれた科学者の傍に貧しい人々が居たかもしれない。しかし、だから彼らが優れた人間ではないというのも勝手な台詞だ。我々のこの贅沢な暮らしが後進国の人々の犠牲の上に成り立っていることが事実だからといって我々全員が非難される筋合いがないのと同じこと。余りにも建設的ではない、ルサンチマンっぽい視点にどうしても反感を覚えてしまったのが残念である。
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![]() | 奇想の20世紀 (NHKライブラリー) 荒俣 宏 (2004/01/18) NHK出版 この商品の詳細を見る |
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評価:☆☆☆☆
我々は20世紀に生きている。などと書くと、今は21世紀だ。そんなことも知らんのかとの呆れた声が聞こえてきそうだが、社会を形作った時代という意味ではまさに20世紀が今を決定付けているといって過言は無い。
では20世紀とはどのような時代だったのか。飛行機が登場し、人類は月に立ち、世界中がネットワークでつながった。大量消費文化は爛熟を迎えたし、ピンナップが氾濫した。電灯は闇を駆逐し、都市には摩天楼が聳え立った。
20世紀の100年はそれまでのあらゆる時代よりも早く、あらゆるものが変革を余儀なくされた時代だったのだ。このような世界を、誰が予想し、作り出したのか。
本書は19世紀末から20世紀にかけて、世界を変えるだけの影響を持ったあらゆる分野の話題を取り上げている。なにせ著者は博覧強記を謳われる荒俣宏。ジャンルに限定されない知識を縦横に駆使するのに定評のある著者だからこそ出来る業だろう。
20世紀を未来として予想した人々から、実際に文化、環境、芸術等、今では存在することが当たり前と思われるようになった多くの事柄が成立する過程を追っている。技術の次の章では芸術、文化、都市文明論と読者を飽きさせることなく次々と興味深い話が展開される様は将に好奇心を満足させるデパートのようなものである。
明るく楽しい未来を作ろうとする熱意が20世紀の姿だったことが示されていると思う。確かに戦争や全体主義の横行が人類に多くの悲劇をもたらしたのは事実である。しかし、全体としては20世紀を作り出した人々の背後に無邪気な明るさがあったことは認めなければならない。そんな明るく楽しい未来を信じた多くの人々の物語でもある。きっと今も明るい未来を信じ、実現させようとする人々が沢山居て、彼らの成果がいつかまた世界を変えていくのかと思うと楽しみになる。
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![]() | 宿命―「よど号」亡命者たちの秘密工作 高沢 皓司 (2000/07) 新潮社 この商品の詳細を見る |
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評価:☆☆☆☆☆
1970年3月31日7:30羽田を発った福岡行の飛行機内で、9人の男たちが行動を開始した。
「我々は赤軍派だ。北朝鮮へ行け!」
当時は飛行機にも名前が付いていたため、このハイジャック事件はこの飛行機の名前で知られている。所謂「よど号」事件である。
福岡で一端着陸した後、北朝鮮へ向かった「よど号」は平壌からと信じた案内に従ってソウルに着陸させられる。膠着した状況下で、北朝鮮が入国を認めたことが決め手となって「よど号」はついに平壌に向かって飛び立つ。北朝鮮で軍事訓練を受けて日本で革命を起こす、というハイジャック犯の希望を載せて。
本書はすべての始まりとなったこのハイジャック事件から説き起こし、「よど号」ハイジャック犯たちの余りに無邪気な希望が潰え、挙句の果ては将軍様の忠実なる僕へと堕していく様を克明に描いている。
北朝鮮にたどり着いた彼らは、共産主義が民主主義に対して収めた勝利の証として王侯貴族にも劣らぬ待遇を受ける。そして、貧しい人々のための革命を夢見たはずの彼らは、決して貧しい北朝鮮の一般人と同じ生活を送ることなく、贅沢を享受した。日本に居ては決して味わえないような生活レベルを、彼らは先進的な自分たちが当然受けるべきものとして受け取ったのだ。
それでも彼らに無かったものがある。それが自由。監禁状態に置かれ、主体<チュチェ>思想(思想なんて大げさなものではなく、将軍様のおっしゃることは全て正しいというレベルの妄言)を強制される。いつしかチュチェ思想の信者となり、将軍様の下僕と化した彼らは世界を舞台に北のための工作に従事するようになっていった。
本書は「よど号」ハイジャック犯が辿った経緯を丁寧な取材とハイジャック犯たち相手のものを含む膨大なインタビューから明らかにしている優れたノンフィクションである。ヨーロッパや日本を舞台にした日本人の拉致、麻薬密輸などの犯罪行為と、読んでいて腸が煮えくり返るような憤りを覚えずには居られない。今も拉致された方々の多くは、北朝鮮からその事実すら認められずに抑留されているのかと思うとたまらない気分になる。
しかし、著者はこの憤りを胸にしながら冷静になぜ日本人の拉致事件が起こったのか、それはどのように行われたのかを追いかけている。その背景については是非本書を当たって欲しいと思う。ここでは「よど号」の犯人たちが他者へ対する最低限の思いやりすら喪い、(彼らとは違って)意に反して北に連れてこられ、監禁されている人々を道具か何かのように扱ってきたことだけを覚えておけば良いと思う。とにかく拉致の被害に遭った人々が一刻も早く帰国されることを願ってやまない。
また、北朝鮮の中で起こったことゆえ本書では明らかになっていないのだが、「よど号」ハイジャック犯のメンバーのうち、姿を消してしまった者が2名いる。彼らについての調査から、ハイジャック犯たちはチュチェ思想から外れた仲間の状況(はっきり言ってしまえば死)すらにも冷淡になっていたことが示唆されている。イデオロギーの恐ろしさであろう。
日本の左翼運動を決定的に叩き潰したのが連合赤軍による浅間山荘事件と、”総括”の名の下に仲間の多くを殺害していたことが明るみにでたことだろうが、「よど号」の転落はまた別の左翼運動の仕方なさを表しているように思えてならない。それは、多様な生き方を認めず、指導者の絶対的な指導に従うことによる弊害である。そして自分たちを”目覚めたもの”として特別視する傲慢な姿勢である。
日本共産党とて例外ではない。ほんの僅かに意見を異にしたというだけの党員を周囲から隔離し、家族にも会わせない厳しい査問を今でも行っていることからも明らかだ。こんな政党が政権をとれば、共産党と対立するような意見の持ち主はどうなるのだろうか。クメール・ルージュも中国共産党もスターリンのソ連も、共産主義を名乗った国がどれほど国内で人々の虐殺に狂奔したか、我々は忘れてはならない。
なお、「よど号」事件の経緯については無限回廊内の「よど号」ハイジャック事件ページが詳しい。
また、本書については敬愛するVIVAさんが取り上げているので興味がある方は是非どうぞ。
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井上 薫著
幻冬舎 (2007.3)
\756
評価:☆
日本の司法はヘンだ。
たとえば少年犯罪で我が子を殺された遺族が、裁判所に遺影を持ち込もうとして裁判官から罵声を浴びる、そんな国は世界中を探しても日本以外に存在しないだろう(反例をご存知なら教えてください)。ずっと温情判決で知られた裁判官が、自宅に空き巣が入った日から厳罰主義に変わったという話も聞く。
こんな定見もなければ世間の常識も無い異常な世界を中から批判してくれる人がいたかと思ったら、これがちょっと(というか大分)見当違い。
確かに著者の指摘する民主的な裁判にとって良くない環境と言うのはある。検察が起訴した事件の99%が有罪になるという事実の裏にあるおかしさ、和解を求めるために土下座してもいいとする裁判官の異常さには改めて裁判所がどうかしているところだとの思いを強くする。
とりわけ、ほんの少し前まで海外旅行でさえ上司の許可が必要で、そんな全時代的な制度を改めようとしても「自分は海外旅行には興味が無いから制度を改める必要は無いと思う」と言い放てる神経には感服する。
こういった指摘は有難いと思うのだけれども、残念なことに本書を貫いているのは自分を退官に追いやった(と著者が考える)当時の上司への怨み節である。おまけに内容量も少ない。コストパフォーマンスは極めて低いのだ。
最終章で裁判員制度への不服を述べていて、その一部には私も賛成しないでもない。たとえば死刑を含む重い判決を法律の素人がやって良いのかという疑問はもっともだ。しかし、その前に著者は現在の司法でもおかしな判決が頻発されていることに注意を喚起して欲しい。そんなおかしな判決を防ぐために裁判員というのは短絡的過ぎで私も賛同はできないのだけれども、それでも司法のおかしさを認めるのはその前提ではないかと思う。
そんなわけで、大分偏った点もあることを承知で、かつ内容が薄いことを気にしないなら読んでみても良いかも知れないが、それほど価値のある書物とは思えない。
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秦 郁彦著
平凡社 (2006.2)
\819
評価:☆☆☆☆
昭和の前半を蝕んだ病理、統帥権。本来なら軍の作戦行動に政治が入り込まないようにすることで、素人判断による介入を避けようとする概念で、かの大モルトケの独断専行論が発展したものだ。
しかし、決して忘れてはならないのは、モルトケはビスマルクを立て、自分の行動は純軍事的なものに留めたこと。政治、外交への手出しは避けた。その冷静な姿勢があってこその独断専行論であり、モルトケが居てこそビスマルクの成功があった。
では軍事的才能はモルトケに匹敵するが、政治にも野心を握る人物が軍事を掌握し、独断専行を行ったらどうなるか。その答えこそ日本軍にあるのだろう。
事実、日本軍は中央政府、上司筋に当たる参謀本部は勿論のこと、天皇の意思すら統帥権の干犯と言い立てて権勢を誇った。制御の効かなくなった軍隊は、目先の利益に釣られて次々と領土を拡大し、外交による最善の解決を求めなくなった。国家全体が、野心に燃える一部軍人が出世するための道具に成り下がったのだ。
その結果、中国での戦線は際限なく広がり、アメリカとの軋轢に繋がる。冷静に国の力を計算して政治的な最善手を探す努力はなされないまま無謀な太平洋戦争に突入した日本は、戦祖脳最後の最後まで統帥権を握り締めたまま徹底的な敗北を喫し、軍は解体される。
昭和日本を跳梁跋扈し、先進国家にあるまじき政治体制を招いた統帥権という化け物を正面から見据え、その成立から崩壊まで辿ったのが本書。
統帥権を語ることは必然的に日本軍の成立から滅亡までを視野に入れなければならない上、この制度も外国からの借り物であるからには欧米諸国における軍事制度についても概観しなければならなくなる。話題が多岐に渡っているが、新書サイズとしては過不足なく論じているところは、さすが定評のある著者である。
本書を捲れば統帥権が陸軍内の権力闘争の中で生まれ、独善的な人々の論理を支えるものへと堕していく姿がくっきり見える。それは同時に日本が戦争へひた走り、自らを滅ぼす歴史に重なる。制御すべき力を野心のためだけに使ったツケ、統帥権という魔法に踊り踊らされた愚行。力に溺れた現代史を理解するのにうってつけの一冊ではないかと思う。
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ジョエル・ノリス著 / 吉野 美恵子訳
早川書房 (1996.1)
\1,835
評価:☆☆☆☆
最も性質の悪い犯罪者。それこそシリアル・キラーだろう。忌むべきことに、歴史上何人ものシリアル・キラーが現われては、多くの死者を残して闇に消えていった。数百人にも及ぶ子供たちを殺害したフランス元帥ジル・ド・レ、ワラキア公ヴラド、切り裂きジャックなどはその典型である。
そして今、シリアル・キラーが最も活躍しているのはアメリカである。テッド・バンディ、エド・ゲイン、チャールズ・マンソン。現代アメリカには、犯罪に僅かでも関心があれば聞いたことのある名が続々と現われてくる。
本書はこれらの連続殺人者たちの病理を解明しようとする意欲作である。研究対象とした連続殺人犯は260人。その被害者は16,360人に及ぶと言う。犯人本人は勿論、周辺の人々へも多くの取材を重ねることで連続殺人を犯す人々の像に迫っている。
彼らの犯罪のあり方は全く違う。たとえばエド・ゲインは自宅で多くの男性を拷問の挙句に殺した。一方のテッド・バンディは好感の持てるハンサムな点を活かして30人以上の女性を強姦して殺した。その間、子持ちの女性と異性愛の関係にあったと言う。そしてチャールズ・マンソンは彼のカルト的思考に共感する多くの若者を集めて女優シャロン・テートらを虐殺した。
ところが、表面上の差異を取り除いてみると彼らの多くには驚くほどの共通点がある、と著者は指摘している。著者はその共通点を20にまとめている。
危険の萌芽を見分ける手段と、その危険を生み出した原因とが分けられていないので、強引にまとめてしまうと、シリアル・キラーを生み出す原因となるのは以下の点である。
子供時代の精神的・肉体的虐待
頭部の損傷(特に前頭脳、側頭葉)
慢性的な薬物濫用
もっとも、これらは犯人を確実に見分けるポイントではない。子供時代に虐待されても大人になってからは理性を保ち誰からも後ろ指刺されない生き方をしている人々は沢山いる。
そこで危険な行動に繋がる前兆を見分ける必要がある。それらの点は本書に当たってもらうとして、我々はこのような犯罪者に対してどのように対処するかを考える必要があるだろう。
犯罪を防ぐために死刑は役に立たない。彼らは止むに止まれぬ衝動として犯行を遂げており、社会的な制限は彼らの心に届かない。かといって、通常の精神異常とはまた異なる。彼らをどうするべきか。
また、ハイリスク・グループを見分けることが可能になったとして、その人々をどのように扱うかも重大な問題となるだろう。個人的には、ハイリスク・グループに対しての精神的な療法が開発されて、彼らが犯人としてではなくまだ悩みを抱えた市井の人であるうちに治療が可能となることこそ望ましいと言える。
犯罪者との共生ではなく、器質的・機能的な欠点を抑える手法の開発の方がより優れているのではなかろうか。少なくともカウンセラー、教師、精神科医などにシリアル・キラーとなるリスクの高い行動について学ばせ、万一に備えるのは悪いことでは無いだろう。
このように、犯罪者について感情的にならず冷静な研究を行うのであれば、シリアル・キラーによる犠牲者を減らせるかもしれない。彼らを特別視するのではなく、病人として考え、病気を防ぎ、治す方法こそ、真に考えられなければならないではないかと考えさせられた。(勿論、それとは別の問題として犯人の処罰は行われなければ為らないし、その処罰の方法としての死刑を私は強く支持していることを付け加えておく)
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鍛冶 俊樹著
文芸春秋 (2005.2)
\735
評価:☆☆☆
好むと好まざるとに関わりなく、世界には暴力が溢れているのが事実である。暴力の最大の形態こそ戦争であるわけだから、戦争が好きなんてのはどうしようもないことである。まあ、いつの時代にも最大の好戦派は常に銃後にあるわけなんだけど。
それはともかく、現実に周囲に戦争があって、自分も巻き込まれるリスクがあるのならば、戦争の冷厳なる事実を知ることが却って戦争に巻き込まれないための力となりうる。逆説的かもしれないが、戦争を防ぐために戦争を知る必要があるのだ。
世界情勢を知るためにも軍事的な常識は欠かせない。ニュースでも、ミサイル防衛システムだとかイージス艦だとか核兵器だとかいった言葉が行き交う。それらについて知らなければ、結局のところ世界で何が起こっているのかを知ることはできない。
本書は現代の戦争について一通り解説している。陸・海・空軍がどのような組織でどのように運用されているか。どれほどの支援が必要なのか。最先端の軍事技術はどのようなものなのか。
新書でまとめるにはボリュームがありすぎるテーマであるため、通り一遍の説明になってしまっているのは否めない。しかし、目的どおりにこれを読んでおけばとりあえずニュースで言っていることの意味を理解することはできるようになるだろう。
力そのものを恐れるべきではない。力を制御できなくなることこそ、真に恐れるべきことだと思う。軍隊という強大な力を制御しておくためにも、一般人であっても軍事を知らなければならない。それが民主国家というものなのだろう。寂しいことではあるけれども。
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