R.グラント・スティーン著 / 小出 照子訳
三田出版会 (1998.4)
\2,730
評価:☆☆☆☆
多くのフェミニストや左派的な主張を持つ人々が想定してきた、人は環境によって作られるというドグマは完全に崩壊したと言っていい。少なくとも学問的には性差や性格、能力などの多くの分野で遺伝が大きな影響を持っていることが明らかになっている。
性格や知的能力の4〜6割は遺伝で説明できると言われているが、(遺伝情報が完全に一致するが環境は全く違う存在である)生まれてすぐに養子に出された一卵性双生児の研究を見るともっと遺伝の影響は大きいように思われる。
これらの研究で言われる性格の違いというのは、双子の片方が陰気で孤独を愛し、もう片方が社交的で常にグループの中心にいるというような差を意味してはいない。双方とも社交的だとしたら、その程度の差を取り上げている。つまり、バラツキの幅も遺伝の影響を受けているのだろう。
それでもDNAが全てを決してしまっているわけではない。本書はまた、環境や教育の与える影響もまた無視し得ないことにも触れている。特に鉛に暴露された子供の知的能力が落ちるという研究成果から、知能は遺伝で大まかな方向付けがされるとしても環境を無視してはいけないことも理解されるだろう。
遺伝の影響がどこまでわかっているかを冷静な姿勢で見極めようとしている。環境の影響が無視し得ないのであれば正直にそれを認めることで、扇情的で注目を集めるための誇張や曲解に陥ることを防いでいる。一般の読者から見たら煩わしいくらいに。
本書が取り上げているのは、人間の行動や病気、知能、精神障害、人格、性的嗜好、薬物中毒、犯罪と暴力など多くの分野である。それらの中には遺伝でほとんど全てが説明できるものもあれば、遺伝の影響が少ないと思われるものもある。また、特定の項目に働く遺伝子があるわけではなく、他の作用を通じて間接的に働く遺伝子があることも示唆される。
それだけの情報を提示した上でも、著者は遺伝子決定論には距離を置いている。遺伝子が多くを決めているということを認めながら決定論ではない、というのはどういうことなのか。著者がエピローグで語っていることこそ答えだろう。ちょっと長いが引用する。
人はそれぞれである。失敗したわけでも、本来の利点があったわけでなくとも、人は愚かだったり賢かったり、ゲイだったりストレートだったり、精神が安定していたり分裂病だったりする。ときには出産の条件に修正を加えることができることもあるが、どんなに努力しても変えられないこともある。どこまで修正できるか、その範囲は遺伝子によって決定される。(略)だからといって、自分がどうなろうと自分の責任ではないという意味にはならない。われわれは皆、もてるもののなかで、最大限のことをする義務を課せられているのだ。(略)
(P365-366)
遺伝の力、環境の力を知り、未来をどのように作るのかを考えさせてくれる良書である。冷静な筆致と、面白そうだからと言って少数の実験結果にとびついたりしない姿に好感が持てる。特にこれから子育てに携わろうとする人は目を通しておくと良いのでは無いだろうか。
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