ハーブ・カチンス著 / スチュワート・A.カーク著 / 高木 俊介監訳 / 塚本 千秋監訳
日本評論社 (2002.10)
\2,940
評価:☆☆☆
精神病の診断における権威あるマニュアルとして、DSMが広く知られている。改定を重ね、最新のものは第四版用修正版(DSM-IV-TR)。科学的で信頼の置ける診断基準として知られている。
ところが実際にはこんな診断がまかり通りかねないという。
・よく眠れない―――大うつ病性障害
・喫煙―――ニコチン依存
・憎んでいる―――妄想性パーソナリティ障害
・一人を好む―――スキゾイド・パーソナリティ障害
・性的興味の欠如―――性欲欲求低下障害
・学校でのトラブル―――反挑戦性障害
・万引き―――行為障害
・飲み過ぎ―――アルコール乱用
・元気がない―――気分変調性障害
・心配―――全般性不安障害
(P.31より)
知らなかった。私はどうやら、少なくとも大うつ病性障害でスキゾイド・パーソナリティ障害でアルコール乱用で気分変調性障害で全般性不安障害を患っているらしい。これは大変だ。
どうもおかしい。この基準に従えば、普通の生活を送る人々の圧倒的多数は精神疾患有りということになってしまう。精神疾患に罹った人を見分ける基準ではなく、健常者を精神疾患と判断するための基準に成り下がっているのではないか。それが著者らの危惧である。
その当たり前の疑問からDSMの歴史を見てみると、DSMには実に多くのご都合主義と政治的妥協の産物が入り込み、時には科学的な立場が全く省みられていないという恐ろしい事態に気づかされる。
本書が扱っている話題は以下の通り。
第1章 精神医学診断とセクシャル・ハラスメント論争
第2章 これも病気?あれも病気?――日常の病気化
第3章 「同性愛という診断名」の浮沈
第4章 DSMに持ち込まれた戦争
第5章 マゾヒスティック・パーソナリティ障害、屈辱を喫す
第6章 境界紛争――あるいは、いかにして彼女は主治医を誘惑したか
第7章 精神科診断の中に生きつづけるレイシズム
第8章 精神医学のバイブルを診断する
1,5,6は性差の問題を扱っている。いずれも女性に不利な状況で、社会的に男性には許されることは病気ではないが、女性には許されることが病気とされてしまうことの不平等を指摘している。
患者と精神科医が性行為に及べば、普通は医者が有利な立場を利用して患者を食い物にしていると思うところだが、DSMでは悪いのは患者で医者は被害者だとされても不思議は無いというのだ。どこかおかしい。こんな診断を紛れ込ませた専門家より、市井の良識家の方が遥かに事実を正しく捉えられるようだ。
2,4章ではDSMがいかに普通の人を精神病者に仕立て上げるように変化してきたかを取り上げている。戦争という過酷なシーンを、加害者として体験した苦しみがPTSDの原義だったのが、虐待などの被害者の苦しみまで概念が広がっている。
勿論のこと、どちらにも苦しみがあるだろう。しかし、だからと言って同一の障害として取り上げるべきなのか。また、現状ほどの範囲の拡大は正しいのか。なんと言うことは無い、これは冷静かつ客観的な判断の帰結ではなく、政治的圧力や、多数決の結果に過ぎないのだ。
これらの診断書が内包する問題は余りに広く、そして深いことに気づかされる。このような診断がまかり通ることには疑問を感じざるを得ない。
このあたりまでは日本の読者としても興味のあるところである。しかし著者らはアメリカの保険機構のあり方までをも含めて批判しているため、私には面白くない記述が少なくなかったのが残念である。
訳者もそのあたりは割愛するなり別の章立てにするなど工夫してくれても良かったように思う。読み物として面白く訳されているわけではないのも事実。それでも、精神科の診断には疑問の余地がかなりあることを教えてくれたことは大きい。その点は評価したい。
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