岡田 英弘〔著〕 / 神田 信夫〔著〕 / 松村 潤〔著〕
講談社 (2006.10)
\1,155
評価:☆☆☆☆
随分前に『紫禁城史話』をレビューしたのだが、こちらの本で明と清の時代に興味をそそられていた。その後、「幻想工房」雑記帳のオジオンさんに本書を紹介いただいたのをきっかけに手に取ることになった。
単刀直入に感想を述べてしまえば、面白いけど複雑すぎる、ということになろうか。
以前『紫禁城史話』のレビューで触れたとおり、北京が首都となったのは明の永楽帝の時代からである。明が滅び、清が成立してからも紫禁城は皇帝の居城であり続けたわけだが、その間の紫禁城でのドラマを『紫禁城史話』が扱っていたとすると、本書は明、清の興亡全体に光を当てているということになろう。扱い方は大分異なっているので、いずれかを読んでいても他方を読む妨げにはならないだろう。
さて、本書は明、清について多面的に取り上げていることが特長である。特に、清の時代に至って初めて現在における中国の版図が完成したことと、それに付随して多くの民族を内包する国家となっていったことから近代中国を理解する上で大変に重要な指摘が行われていると思う。
中国史を追いかけていると、多くの異民族が中国の地を支配したがやがて漢化していき、漢文化が残ったような印象を受けてしまう。そしてまた、支配王朝が変わっても中国を支配していたという事実は変わらないように思ってしまう。
しかし、それは間違いである。特に元の時代からその傾向が強い。元はフビライによって建国されたわけだが、元にとってフビライは唯一の皇帝であってもフビライにとって元の皇帝であることは数多ある役職の中の一つに過ぎなかった。彼の本拠はあくまで北方のオルドスにあり、彼の広大な版図における中国地方での職位が元皇帝だったに過ぎない。
元が疲弊し、その元に取って代わった明は、しかしモンゴル帝国の版図を継承はできなかった。北方には相変わらず強大な遊牧国家が存在し続けた。
明が遊牧国家に対して優勢だったのは永楽帝による遠征までで、正統帝が親征して壊滅的な打撃を蒙った土木の変以後は、見る影も無いほど北方からの圧力には弱かった。北京郊外にあり観光名所として知られる万里の長城はこの明の時代のもので、残念なことに長城はそれほど大きな役割を果たせなかったようだ。明の国家的な広がりは漢の時代を想定すれば良いのではなかろうか。
そして北方からの脅威はまたも中国を席巻する。内乱で滅んだ明に変わり、清が中国の主権者となるのだ。こちらの清はモンゴル帝国と同じく、北方の遊牧国家から為っているので、北方での統治法が中国に持ち込まれることになったし、遊牧国家同士の興亡にも積極的に関与していくことになる。明と清では随分と雰囲気が違うのだ。
王朝ごとに論じるとつい見落としがちな国家ごとの性格の違いが、紫禁城という視点でみることにしっかり見えてくるのが面白い。明がどれほど北の侵入を防ぐことに腐心したか、清はどのように中国を統治したか、その違いを一望できるのが嬉しい。
とはいえ、特に清の時代には版図が広がりすぎたために多くの事件や事実を扱わなければならず、一度読んだだけではとても頭に入らないほどの複雑さをもつことになる。それはモンゴル帝国についても同じなのだけれども。
版図が広がったことと一体のことかもしれないが、日本との関与も深まってくる。秀吉の朝鮮出兵、日本・韓国・中国の海上勢力が一体となった倭寇、国姓爺合戦で知られる鄭成功の物語などが明・清の歴史とどう影響しあったのかも興味深い。
地理的な広さ、扱う時間の長さに関わらず、よく一冊に纏め上げたと感心させられる。近代中国の前夜までの雰囲気を良く知ることができる大変な力作であると思う。
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