前間 孝則〔著〕
講談社 (2000.5)
\924
評価:☆☆☆
現在のところ、国産の最後の旅客機はYS-11である。戦闘機については零式艦上戦闘機や紫電改などの様々な名機を生み出してきたことを考えると残念だ。
戦前・戦中には軍用に作られた航空機は世界でも高い評価を受けていたが、それゆえに敗戦後、占領軍は日本に航空分野の技術開発を行うことを許さなかった。そのため、航空史には無視し得ない空白の期間が存在することになってしまった。状況が一転したのは北がスターリンの承認を得て南へ侵略した朝鮮戦争の勃発から。
通産省の一課長がぶちあげた国産旅客機製造の目標を達成するため、戦前・戦中と名機を設計してきた人々が集められ、一大プロジェクトが結成された。その成果が、このYS-11に結びついたわけだが、その道のりは平坦には程遠かった。
そもそも戦闘機と旅客機は全然違う設計を行うべきなのに、旅客機についての技術が無かったことによる右往左往に始まり、ようやく完成した機体は操作性が悪く、トラブルを続発させる。官主導の産業に付き物の金銭的な見積もりの甘さ、サービス体制の欠如など、経営的には失敗と片付けられてしまう萌芽が、プロジェクト設立当初からあった。
本書は最後の国産旅客機が、開発から初飛行を経て、やがて世界中の空を飛び、高い評価を下されるようになるまでの歴史を簡潔にまとめている。生みの苦しみ、官主導による問題点などをきちんとまとめながら、トラブル続きの問題児と思われたYS-11がやがて高い評価を下されるようになるまでを通して読むと感慨もひとしおである。
旅客機を自前で作れる国などはほとんど存在しない。今も限られた国が作っている飛行機が全世界に広まっているのが現状。そんな中で、経験の無い人々を集めて資金繰りに苦しみながら良くぞ名機を生み出した、というのが私の感想である。
ところが、YS-11は開発や販路を開拓する中で多くの赤字を出していった。それが経営的に失敗とされる所以だが、それでも技術を蓄積するための費用としてみれば安くは無かったにしても失敗と断ずるほどのものではなかったとの思いを強くした。
重要なのは、戦略的な目標を立てて、その目標に対してどのような成果だったから成功だった(あるいは失敗だった)と判断することで、赤字が出た=失敗と短絡的に考えるべきではない。結果論として、YS-11は癖が強くともつい最近まで活躍し、コストパフォーマンスに優れた機体だったのだから、後継が無いのは悔やまれることである。今後の航空戦略を考える上でも、YS-11の辿った道を知ることに価値があるのではなかろうか。
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