池田 清彦著
角川書店 (2005.2)
\1,365
評価:☆☆☆☆☆
構造主義生物学者で早稲田大学教養部教授である池田清彦さんのエッセイは(語彙の無さを顕わにするようで恥ずかしいが)凄いの一言に尽きる。何が凄いかというと、無駄に飾ることなく、身も蓋も無いことを言っていることである。自分が正しいことを主張していると信じる人間にありがちな高い視点から説得してくることもなく、ただ自分の意見を指摘しているのはなかなかできるものではない。私のように辺境の地のブログでダメな書評を書いていても自分を飾ろうとしてしまうのに。
衒学的なてらいはない。どの文章も、中学生以上だったら分かる程度のものだし、複雑怪奇な論理構造も持っていない。いや、だからこそ分かりやすいのか。そのあまりの直接的表現に、時には反発を覚えることもあるが、その視点の確かさと説得力に目を見張ることにことになる。
(略)教育現場は今、明るく滅びつつある。全校生徒が明るくあいさつをして、塵ひとつ落ちていない校舎で、卒業式には全員直立不動で「君が代」を歌っている、なんてのは、どう考えても北朝鮮ではないか。完全にオワッテイル図である。
(P.229)
というような一言に、私ははっとさせられる。全体主義が蔓延した社会からは確かにこの通りの映像が届けられる。しかし、その映像を美しいと思う人はいない。美徳であってもその美徳を全員が共有することを強制されたとき、そこには民主主義の姿はなくなっている。あるのは全体主義だけ。また、こう言って諭す。
もう少し体の調子が良くなったら、もう少しお金ができたら、もう少し暇になったら。多くの人はそう思って、自分にとって最も大事なこともやらないで、時間だけはどんどん過ぎてゆくのである。しかし、もしかしたら、体の調子はこれ以上良くならず、お金は決して増えず、暇にもならず、気づいた時には不治の病を宣告されているかもしれないではないか。
(P.85-86)
重要な指摘である。今の奴隷労働からは逃げたい気持ちが募る。そもそも真面目に働くのは未来を担保に今を犠牲にしているわけで、会社においてさしたる未来を夢見ているわけではない私が、自分のやりたことに費やせる時間のほとんど全てを犠牲にしてもしかたがない。中には仕事が趣味だと言う
こんな調子で、自然保護は金持ちの道楽だと断じ、趣味の昆虫採集を語り、労働や犯罪について意見を述べる。よくぞ言ってくれたと思うものもあれば、著者は何を言っているのだと思うものもある。しかし、どれも考えさせられるのは事実なのだ。そして、文章を与えるだけではなくて、読者に考えさせるというのは実は大変なことなのだ。それは、主題がきちんとしていないといけないし、自分の主張が無ければいけないし、そして他人の心に賛同にせよ反発にせよ、なんらかの波風をたてなければならないのだ。笑って楽しいというのではなく、刺激される楽しみがあるという点で、とても面白いエッセイである。
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