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294冊目 硫黄島の星条旗
硫黄島の星条旗

ジェイムズ・ブラッドリー著 / ロン・パワーズ著 / 島田 三蔵訳

文芸春秋 (2002.2)

\1,000

評価:☆☆☆☆☆


 ピューリッツァー賞に輝いた数々の写真の中でもとりわけ有名な3枚と言われれば、かの戦場カメラマンとして名高いキャパの「倒れる兵士」、スーダンで撮られカメラマンに栄光と破滅をもたらした「ハゲタカと少女」、そして本書の表紙にも取り上げられている硫黄島で掲げられる星条旗の写真であろう。

 硫黄島はつい最近映画にもなったこともあって注目を浴びている。面積だけからいえば取るに足らないような小さな島がおよそ60年前には最も凄惨な地上戦が行われた場所だった。

 アメリカからすれば、日本本土を攻撃する際にサイパンを発した攻撃機がその上空を通るため喉もとに刺さった骨のような島であり、日本からすればアメリカの攻撃から国土を守るために欠くことのできない島だった。硫黄島の攻防の帰趨が太平洋戦争の最終局面を左右するようになっていたのだ。

 この重要な島の防衛を任されたのが栗林中将。アメリカの底力を知悉し、絶対にアメリカとだけは闘うべきではないと思い続けた男が、国と自らの先に絶望を見ながらも一筋の光明を見出すために全力をもってアメリカに立ち向かった。硫黄島の守備隊は中将によって万歳突撃を禁じられた。多くの島嶼で日本軍が採ったこの作戦は戦術的に全く無意味で何の成果も上げなかったからだ。その代わりに、彼は全島を要塞化し、堅固な防御陣を作り上げた。そして波打ち際での撃退を期せず、上陸したアメリカ兵を効果的に攻撃できる態勢を整えていた。

 この史上稀に見るほどの軍事拠点になんら遮るものも無いままに乗り込むことになったのがアメリカ海兵隊である。豊富な物量に物を言わせた過酷な砲撃の後、海兵隊は硫黄島に上陸した。それから36日間、相互にとってまさに地獄の戦いが続くことになる。

 硫黄島攻略戦の比較的初期の段階で起こった摺鉢山占領の直後に、6人の男達が山頂で星条旗を掲げた。いや、正確にいえば、最初に掲げられた旗を保管するために代理の旗を立てた。その行為は日本軍に全く阻まれることも無く、特別な仕事ではなかったようだ。ところが、このシーンがあれほどまでに印象的にカメラに写されたことによって事態は変わる。星条旗を掲げた6人の男達は一夜で英雄となったのだ。それだけの力があった、そんな写真だった。

 英雄となった6人とは、マイク・ストランク、ハーロン・ブロック、フランクリン・サウスリー、レイニー・ギャグノン、アイラ・ヘイズ、そして著者の父親に当たるジョン・ブラッドリーである。このうち3名が硫黄島で死に、3人は生き残った。生き残ったものの心に深い傷を残したままで。

 著者は、父が死んだ後になって、父ジョン・ブラッドリーが硫黄島での英雄的な行為によって叙勲されていたことを知る。あの写真に載ることで英雄となった父がなぜ硫黄島でのことを家族に話すことが無かったのか、その謎を追い求めて著者は硫黄島の戦いを再現する旅に出たのだった。

 海兵隊たちがどのように戦争に立ち向かったのかは、戦争を考える上で決定的に重要だろう。当然のことだが、しばしば我々は同胞である日本人に感情移入をし、死に赴かざるを得なかった日本の若者の姿を思い浮かべるし、保守派は太平洋戦争はアメリカに追い詰められた結果で日本は悪くないと主張し続けている(ことが1942年末の時点に至ってからの話に限っていえば、それは正しいと私も思う。その前の中国での先行きを考えない無謀な戦争と選りにも選ってナチスと結んでしまったことなど先行する歴史に思いを致さないのであれば尚更)。

 しかし、敵対したアメリカ兵たちにも彼らなりの苦しみがあり、苦痛があった。それは忘れてはならない。レイニー・ギャグノンの台詞である、「おれはなぜ、こんなことをしなければならなかったのか?銃のむこうの誰かの目玉を見て、その男を殺さなければならない。そこには栄光なんかない」。きっとここに戦場の全てがある。

 それでも若者達は自分の命をかけて闘わざるを得なかった。日本軍は天皇のため。では海兵隊は何のために?国のためじゃない。彼らはもっと具体的なもののために闘った。それは、一緒に闘う仲間のため、だった。彼らが重視したのは戦うことでも死ぬことでもなく、仲間を助けることだった。しばしば太平洋戦争は物量で負けたとの言葉を聞くが、なんということはない、日本は精神でも負けていたのだ。

 日本軍は白旗を掲げ、降伏するふりをしながらアメリカ兵が近づいた途端に攻撃を仕掛けたり、自爆に及んだりした。国際法が禁じる所業だ。この蛮行が、相手側からの蛮行を呼び込んだのは否定できない。そして残念なことに硫黄島でもその状態は変わらなかった。だから、より一層、硫黄島は悲惨な戦いになったともいえる。

 アメリカ軍は膨大な死傷者を出しながらも最終的には硫黄島を占領する。日本軍よりも多くの死傷者を出しながら。そこに数多いた英雄達の姿には、国境を越えて、敵味方を超えて、心をゆさぶる何かがあると思われてならなかった。友のために自らの命をも惜しまずに戦う、それをもっと他の事に使えれば、世界はどれほど良くなっていただろう。だが、悲しむべきことにそうはならなかったし、これからもそうはならないのだろう。

 だからこそ、忘れるべきではない。敵も味方も関係なくて、そこにはただ人間が居るんだと言うこと。一将項成りて万骨枯るは永遠の真実だ。皮肉なことに、太平洋戦争を通じてアメリカ中で最も称揚された6人、星条旗とともに写真に収められた6人の姿から教えられたように思う。戦記やヒューマンドラマといったジャンルを超えた名作だと思う。硫黄島の戦略的位置づけなどについても詳しく書かれているので、太平洋戦争や硫黄島に興味がある方は読んで得るもの多いだろう。




 ただ、南京事件については中共の主張を丸呑みしているのはいただけないが。
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太平洋戦争・二次大戦・現代史 | 2007/04/01(日) 23:55 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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