評価:☆☆☆☆☆
鉄といえばやはり最も身近な金属というイメージが沸くだろう。鉄を使った製品は身近に溢れているし、歴史の時間では鉄文明なんてものも出てくるし、学校の水道は鉄臭い。鉄が足りないと貧血になると言われるし、高層ビルは鉄筋を使っている。
人類の文明を支えていると言っても過言ではない鉄。だが、それだけに留まらない影響を発揮してきたのかもしれないし、これからは更に大きな使い方をできるかもしれない、夢のような金属かもしれない、という。
まず指摘されるのは、鉄が生命の誕生に深く寄与した可能性である。原始の地球の環境はどのようなもので、鉄がどのように利用されてきたのかは大変に興味深い。
神とやらによる創造というなんら根拠の無い信仰を除いてしまえば、太陽からの紫外線でできた有機物が複雑な化学反応を起こして生命になったというのが最も知られている生命の誕生過程であるが、この仮説に対して有力な反論である、深海での熱水噴出孔こそ生命誕生の舞台であると本書は指摘する。古い生物ほど耐熱性が高いこと、紫外線は確かに化学反応を進めるが同時に破壊する効果も高いことが反証として挙げられている。
そして、熱水噴出孔には鉄が非常に多い。この鉄は酸化還元反応を通して生物のエネルギーとなりうる。更にそこから先にも鉄が生命誕生のキーとなった可能性が指摘されるのだが、その意外な姿は是非本書で確かめて欲しい。
だが、そんな興味深い話も本書で一番面白いものではない。タイトルでもある「鉄理論」こそが事実として面白く更に人類を救う可能性まで示唆する重要なトピックである。
鉄理論というのは、あらゆる生物が鉄を必要としていることから導き出された説である。ところが、海洋では過去の生命活動によりほとんどの鉄は使われ、沈殿してしまっている。
そこで、鉄を海洋に補充すればどのようになるだろうか。鉄サイクルを利用して海洋生物が増える。増える海洋生物のほとんどは植物プランクトンなのだから、二酸化炭素の吸収が増える。ひいては地球温暖化を防ぐ最も有力な手段になるのではないか―――
まるで風が吹けば桶屋が儲かる、といった荒唐無稽の話のように聞こえるかもしれない。海にありふれた物質である鉄をばら撒いただけで地球温暖化防止になるとは俄かには信じがたいきもする。しかし、大掛かりな実験によってこれが夢物語ではないことがはっきりしているという。それだけでも十分に面白い話だ。実験規模ではなく、大規模に実施してみる価値は非常に高いだろう。
この章だけでも極めて面白いのに加え、本書の後半では人類の歴史や文明が鉄にどれほど依存してきたかが説かれていて、このなじみの深い金属に対する愛着がわいてくる。鉄の持つ化学的、物理的にユニークな性質が無ければ文明がこんなに発達しなかったどころか、生物の誕生すらなかったかもしれないとはなんとも意外ではないか。
ほんのわずか、最低限度で酸化還元反応の式が出てくるが、分からない人は読み飛ばして面白そうなところだけ読めばいいだろう。それだけで十分に楽しめること、請け合いである。
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