高村 薫〔著〕
講談社 (2006.8)
\680
評価:☆☆☆☆☆
『マークスの山』に続く合田雄一郎を主人公にしたシリーズ第二弾。
うだるような酷暑に、二人の男が一人の女に狂わされる。一人は合田雄一郎、もう一人は合田の幼馴染に当たる野田達夫。
合田はホステス殺しを追う最中、電車の人身事故に遭遇する。不倫の行き着いた先にある修羅場の最終幕。死んだのは中国からの留学生で佐野敏明の愛人。現場から立ち去る敏明の妻、美保子に合田は一目ぼれする。
一方、野田は結婚前の一時期、美保子と男女の仲にあった。二人とも結婚してからは縁が遠くなり、野田は熱処理工程の職長として自分のうちに潜む燃え立つような衝動を抑えながら仕事に励む。
野田と合田の浅からぬ因縁が一人の女を挟んだとき、強烈な嫉妬と狂気を生み出し、三者共に狂った道を歩みだしてしまう。
『マークスの山』でみられた禁欲的で沈着な合田は姿を消し、嫉妬に狂った只の雄としての姿をさらけ出しているところが興味深い。また、美保子は野田が抑えてきた衝動を解き放つ。その魔性がどこにあるのかはなかなか分からない。どうも著者の向ける創造力は男性キャラにもっぱら注がれているようで、野田の性格の複雑さや野田と合田の確執の掘り下げと比べるとどうも納得いかないものを感じる。
著者の得意とする、不必要なまでにリアリティを追求した工場の描写にはならされる。熱処理工程という一般にはなじみがない仕事について、実に詳しく書いていて、その仕事の進め方やら内容やらを書く背後にどれほどの調査があったのか想像すらできないほど。この圧倒的な書き込みが、野田の人格に深みを与えているのは間違いない。技術だとか仕事について書いておきながら、それが自然と人間の描写に繋がっていくのだ。
照柿という滅多に聞かない色をキーワードにして二人の男が狂気に落ちていく姿は滑稽でもあるがどこか他人事でもないような気にさせられる。二人の男に見られる仕事中毒や、家庭を持ちながらも浮気によって崩壊させてしまうみっともなさなど、どこにでもありそうな話が根底だからかもしれない。逆に、どこにでもありそうな話だからこそリアリティがあり、その設定のリアリティさと警察と熱処理という二つの仕事のリアリティさがまざりあって、極上の小説にさせているような気がする。
合田に対するイメージを変え、『レディ・ジョーカー』に続く舞台を用意したと言う意味でも大変面白かった。このしっかりした世界に惹かれてしまったら、彼女の作品を次々手に取るしか道は残っていないのだろうな、と漠然と思う。
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