呉 智英著
小学館 (2003.5)
\560
評価:☆☆☆
本書を知ったのは日々のことわりにて。
なかなかに刺激的な文章が並んでいるのだが、その基本は常識に捕らわれず筋の通った議論をしようということで、感情に流されることなく論理を展開しているのには好感が持てる。
特に民主主義や人権思想などというものが宗教と一緒でそれらが重要である確固たる根拠などない、というのは我々みなが認識しておかないと危うい。なぜなら、民主主義や人権思想が絶対的な正義だと思い込むと世の中にある様々な社会の並存を認められなくなるからだろう。
死刑制度は廃止して敵討ちを復活させろ、というように過激にも見えることを述べながら、背景として死刑制度は凶悪犯罪を抑止する効果がないことなど、座視できない根拠を出している。
ではとても面白いのかと言われると、どうもそうでもないのですよ。これが。死刑制度に凶悪犯罪の抑止効果がないなんてのは毎年日本でも死刑判決が出ていることからも簡単に想像できる。少年法が軽微だからといって少年犯罪が増えなかったのと同じ(少年犯罪についてはむしろはっきり減少している)。で、こんな基本的なことは他の論者も取り上げていて、しかも文章が面白かったりする。
また、ドーキンスの利己的遺伝子を取り上げてこれを誤っていると糾弾しておきながら、その根拠が「黒人男は白人女にあこがれることが多いがその組み合わせでは黒人遺伝子がうすまってしまう」ということ。理解していないことに突っ込みを入れると碌なことにならない見本みたいなもので、これは呉に分が悪い。
利己的遺伝子がはっきり出ているのは、たとえばX-Y染色体の間の闘争。知ってのとおり、男性の性染色体はX-Yと異なる組み合わせである。子供に受け継がれるのはどちらか一方。となると、XはXを残そうとし、YはYと残そうとする。相互に攻撃し、防御し合っているため人類ではほぼバランスが取れているものの、生まれてくる90%以上がメスの種が居たりする。攻撃とは、たとえばYを持っている受精卵は強制的に流産するといった手法があり、事実として知られている限りの親族で男の子が生まれたことがない家系というのがあったりするのだ。
また、ミツバチやアリの社会でメスのハタラキバチ、ハタラキアリはなぜ自分の子供を生まずに姉妹を育てるのかという不思議も利己的遺伝子で説明できる。共通する遺伝子を残すなら子を残すより姉妹を育てるほうが有利なのだ。
更に、魚ではオスがハーレムを作るのだが、そのオスがいなくなると残ったハーレムの中で一番大きなメスがオスになるという事例もある。これも利己的遺伝子で極めて上手く説明できる現象である。
また、「黒人は黒人に特有の遺伝子を残そうとする」というのであれば、混血は更に望ましい。遺伝子が薄まって消えてしまうわけではないのだ。
あまりに勉強不足なのにも関わらず利己的遺伝子に挑むドン・キホーテを演じるのを見ていると、自らもトンデモなのにオカルトを出鱈目だと糾弾する某W大学の教授が思い出されてしまう。もっとも、竹内久美子の『そんなバカな』を揶揄しているのは正しいだろうが。あの人、絶対に呉と同レベルにしか利己的遺伝子を理解していないだろうから。
というわけで、勉強不足もあるけれど、読み飛ばすには良いと思う。刺激的だし、自分で考えるヒントになることも多いと思う。そもそも、本なんてどれもそんなもので、全てが正しいわけではないし全てが間違っているわけでもない。知らずに考えるのは無駄な行為だし、考えずに知るのは徒労だ。考えるヒントをくれる、というのは良書なのかもしれない。
とか言いつつ、自分では考えずに知る方へと流されてるんだよなぁ。楽だから(ダメ人間)。
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