オリバー・サックス著 / 石館 康平訳 / 石館 宇夫訳
晶文社 (1993.7)
\2,957
評価:☆☆☆☆☆
オリヴァー・サックスの名を一躍広めた医学エッセイ。そして同名の映画の原作となった貴重なノンフィクションでもある。
1920年前後に致死的な嗜眠性脳炎という病が流行した。感染者の多くは亡くなったが、それでも少数の生き残った人々がいた。変わり果てた姿で。脳に損傷を受けた彼らが示した症状はパーキンソン病に良く似ており、患者達は知性は失わなかったものの体をろくに動かすこともできない状態になってしまっていたのだ。
何の治療法もなく、ただ病院で朽ちていくに任されていた彼らに医学の光がようやく当たるようになったのはなんと1960年代になってから。L・ドーパ。魔法の薬とまで過大に言われたこの薬品は、数十年に渡って病に捕らわれ続けていた嗜眠性脳炎患者に、目覚めをもたらした。彼らの多くは動きを取り戻した。その様は、奇跡といっても過言ではなかっただろう。50年の時を過ぎて甦るこの不思議。
ところが、L・ドーパは魔法の薬ではなかった。いや、目覚めさせたことだけをとれば魔法と言ってもよかったかもしれない。だがこの魔法には強烈な反動作用があったのだ。
脳炎から目覚めた患者達は決して病から解放はされなかった。激烈な副作用は猛烈なチックなどを誘発。時には患者を死に至らしめる結果にもなった。それでも、失うものはもう何もないと思う患者達はL・ドーパに頼るしかなかった。
本書ではL・ドーパによって目覚めた20の症例が収められている。どれもがハッピー・エンドになったわけではなかった。幾人かは絶望して死に、幾人かは薬を呪った。しかし、薬のおかげで副作用などと折り合いを付けながら生きていく道を選べる患者もまた現れた。単純に奇跡の薬と言うわけにも、危険な薬というわけにも行かない。
なぜL・ドーパはこのような複雑な効果を生じさせるのだろうか。脳の持つ複雑な機能と構造と環境が薬理効果の違いの根源にあるのだろう。人間の不思議さを、確かに感じることができる。
サックスは本書で、この不思議な現象を紹介しているのだが、そこには症状の違いを見つめる冷徹な科学者としての目と、患者を一人の人間として助けようとする真摯な医学者としての目が共存している。どちらかに偏ってしまっては、きっと随分雰囲気が異なった本になったことだろう。
なので、単純にL・ドーパの効き方を述べている本には程遠い。またその副作用を断罪しようとする姿勢とも遠い。薬にできること、医者にできること、患者を取り巻く環境にできること、そして何より患者自身ができること。全てが必要であることが良く分かる。
脳を侵す病の恐ろしさはもちろん伝わってくるが、同時に病と闘う患者達の孤高で気高い姿も伝わってくる。人間の不思議さを感じることができる。不幸な病に犯されたかわいそうな人々の記録だけだと思ってしまっては、きっと彼らの奮闘を受け止めたことにはならないだろう。
重いテーマでありながら映画化された理由が良く分かるまた、映画を見た方には役者たちがどのように役作りに励んだかが記されているので興味をそそられるのではないか。役者は凄まじい情熱と研究心がなければ他人を演じることなどできないのだな、としみじみ感じたものである。
医学エッセイとして優れた手腕と、事実は小説より奇なりを地で行っている不思議な話の組み合わせなので面白さは抜群であると思う。脳研究の持つ魅力にも迫った好著。
なお、興味を持たれた方は同じ著者の『妻を帽子とまちがえた男』と『火星の人類学者』をお勧めしたい。どちらも知的な楽しみを味わい、次いで人間の不思議さについて考えさせられるすばらしい本だと思う。
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