ロビン・ベイカー著 / 秋川 百合訳
河出書房新社 (1997.6)
\2,310
評価:☆☆☆☆
精子戦争とあるが、実際には男女の性戦略についての本。扱っている話題の多くは精子間の戦争の話だが、それだけに留まらないのは男と女という二つの性が持つ複雑さを感じさせる。
37のそれぞれの話題で、冒頭に男と女の物語があり、続いてその外見の戦略の裏にどのような無意識的な戦略があるのかが書かれている。その試みが成功を収めているとは思えないのだが、それでも精子戦争という見えないシーンに興味を導くには効果的なのかもしれない。言い換えれば、最初からこのテーマに興味を持つ方にとっては冗長である。
それでも、37のケースというのはかなりの数だ。ではそこで何が取り上げられているのかというと、これが実に幅広い。
夫婦間で行われるマンネリ化したセックス、行為の数十分後に排出されるフローバック(このおかげでシーツが濡れ、不愉快な思いをした女性も少なくなかろう)の意味、不倫・同性愛・マスターベーション・売春・レイプ・集団レイプといった性の形態がなぜあるのか。
また、実際に射精した後で妊娠に至るまでに精子はどのような戦いを経ているのかはなかなかに面白い。とりわけ、精子には様々な形態があり、それぞれ働きが異なるというのは面白い。受精能力を持つのは精子の中でもほんの一握りのエリート集団で、残りは他人の精子を殺す役割や、卵子に至る道を塞いで他人の精子を防ぐ役割を専従的に担っているというのだ。
精子の持つ、このような戦闘的なイメージからタイトルを精子戦争と名づけたのは実に正しいように思われる。動物は全て、メスを巡って争うが、その更に先の段階でも競争で優位に立てるように進化してきたという生物の不思議さと凄さを感じるし、人類においてもまた精子戦争が行われているという話に世界では何が起こっているかを想像させられ、つい意地の悪い感想を抱かせられる。
事実の問題として、近代社会では5〜15%の子供が戸籍上の父親とは異なる遺伝上の父親を持つという。40人学級を想像すると、2〜6人が父親参観に来ているのではない男を父として持つというのは凄いことだ。でも、それが事実と言うのだから驚く他はない。何に驚くって、他人のタフさだったりするのだけど。
オーガズムに関しては、過去オルガスムスの嘘を紹介したのだが、本書では更に驚嘆すべき事実が明らかにされている。それは、オーガズムには精子戦争を助長する働きがある、ということ。オーガズムは妊娠を助けたり、反対に妊娠を防ごうとする。
男性のオナニーには害がないということは知っていたが、古い精子を排除し、若く健康な精子に置き換えるという積極的に利をもたらす働きがあるのも知らなかった。確かに頻度によって性状が異なるのが出るなぁとは思っていたのだけど、その中に含まれる精子の種類と量のバランスが違うとは思いもよらなかったこと。
とにかく、性戦略の世界は奥が深く、面白い話題が沢山あるのだということを改めて教えてくれた。生物は子孫を残すためだけに存在する以上、より自分の子孫を残すための戦略が発達するのは当然のことだろうから、この世界への興味はきっと尽きることがないだろう。生物の進化の不思議さに思いを馳せられる、なかなかの名著である。ちょっと生々しいのが欠点かもしれないが。
なお、本書に興味を持たれた方には以下の書評もご覧ください。
『利己的な遺伝子』 ご存知、リチャード・ドーキンスによる、遺伝子が自己の複製を残すためにどう振舞うかを書いている名著。
『生命進化8つの謎』 ゲームの理論から生物進化をどう説明できるかに挑んだ意欲作。進化の謎に、ゲームの理論は間違いなく必須であることが示されている。
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