評価:☆☆☆☆
言論の自由があるとは言っても、人前で言いづらいことというのは確かにある。天皇制や政治に容喙する不気味な巨大宗教といった政治の影が付きまとうものもあれば、莫迦な政府関係者が庶民を見下した本音を吐いてしまうことまで(ちょっとやりすぎじゃないかね、Y大臣)内容もレベルも様々。
そんななかでも自分が面食いであるとの意思表示も、失言に近いレベルにある。そう。誰もが美人を好きでありながら、美人だから許されることがあるんだとは言えないのが社会通念だ。しかし、我々が生きるリアルな世界はヒトの評価が外見で左右されるべきではないという理想を拒絶する。
本書で指摘されているのは実に驚くべきほどの、美人と美人以外との間にある壁である。命の瀬戸際にあって、美人は不美人より助けを与えられる可能性が高い。当然のことながらセックスや結婚の機会は美人が圧倒的に多い。男で言えば、美男は他の人より給料が高く、出世する傾向にある。たとえ能力が同じだったとしても。
どれほど見識ある人々が他人を外見で判断してはいけないと述べたとしても、悲しいほどに外見に囚われるのが人類なのだ。はっきり言って、これらの事実を前にすると「外見で判断せず中身で判断して欲しい」などと言いながら髪を染めたり相応しい服装を取らないなどの“反抗的と思われる”行動をとるのは大間違いであるということになる。
美人であるかどうかは悲しくなるほどに我々の生活を左右し、操るものなのだ。なにせ、赤ん坊ですら美人と不美人を判定して美人を長く見つめるという。ここまでくると、美人好きは遺伝子に組み込まれたシステムで、無視するわけにはいかないということが分かるだろう。
本書はそんなある意味で救い難い命題がどれほど威力を持っているのかを紹介している。美しさとはどのようなものなのか、美しい人々はどのような得をしているのか、美人であることと幸せであることはどう結びつくのか。どうしようもなく自分の外見に囚われずにはいられない性を持つ我々には身につまされる話が多い。そして、同時に自分たちの意識しない本性に気づくきっかけにもなる。
残念なことに見た目ほど重要なファクターはない、と言っても過言ではないのがこの世の中で、それはそれで諦めるしかないことなのだろう。類人猿が人類へとつながる進化を遂げる過程の中で、美人を選ぶことの利点が生物学的に組み込まれてしまっているのであれば、その事実から目をそらしても仕方が無い。中身が勝負だなどという前に、まずは現実から見つめるという意味で大変に役に立つ本だろう。
顔の造形だけではなく、ファッションやスタイルなどの外見、フェロモンなどの嗅覚への刺激、声の調子など、およそ美について当てはまるものであれば広く取り上げているのも面白い。こうして美と美がもたらす影響について考えてみるのもいいだろう。
とかいいつつ、個人的には権力欲も金銭欲もほとんど無く、色欲も人並みより劣る私には読み物としては面白かったのだけれども自分の身で切実に考えるには至らなかった。とはいえ、中身はダメ人間だけど一見すると真面目そうな外見と長身痩躯であることは面接に強い理由になっているのかもしれない。だとしたら、今の奴隷労働的な状況から抜け出すのに、良い資質をもっているのかも。かも。さあ、頑張ろう!(なにを?)
なお、本書を知ったきっかけはぴろりさんの記事でした。面白い本を教えてくれたことに感謝。また、blog上で大変お世話になっているVIVAさんも取り上げていらっしゃいますので興味がある方は是非こちらもご訪問ください。
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