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Author:Skywriter
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276冊目 ちょっと不思議な話
ちょっと不思議な話

南山 宏〔著〕

学研 (2000.9)

\546

評価:☆☆☆☆


 タイトルに見覚えがある人も居るだろう。そう。本書はかの学研の誇る科学誌オカルト誌、ムーに連載されていた。少なくとも、12年程前には連載中だったが、今はどうだか知らない。

 というのも、何を隠そう、私はムー読者だった。私個人というよりも、高校時代の悪友達で回し読みしていたというのが正確なところで、みんなで楽しみながら読んでいたものの内容はちっとも信じていなかった。

 なぜ内容を信じないのに読むのかというと、あの雑誌は内容の当否を問わないのであればきちんと調べられていて、こんな話を信じる人が居るのかと思いながら読む分には十分に楽しめたのだ。おかげでヴェリコフスキーの衝突する宇宙やら月の中は空洞になっているやら預言者やらといった珍説の数々に触れることができた。どう見ても合成バレバレのインチキ写真(そのほとんどがNANA通信)や勘違いしているペンパル募集を見ては笑いあったのが懐かしい。

 そんなムーで南山宏が連載していたのが“ちょっと不思議な話”。できるだけ事実であると裏づけが取れ、なおかつ不思議で面白い記事を世界から集めたというだけのことはあり、毎月楽しませてもらった。

 たとえばこんな調子。

 英国スタワーブリッジの引退した農夫エディ・オークリッジさん(78歳)の火葬に立ち会った親戚一同は、エラ・フィッツジェラルドの『さよならをいうたびに』をかけてくれと頼んでおいた。ところがスタワーブリッジ火葬場は、まちがえて『煙が目にしみる』をかけてしまった。2つの曲は同じ音楽テープで隣り合わせに並んでいたのだ。でも、そのほうがふさわしい?


 こんな類の話がたくさん載っている。不思議というか、確率の問題の気もする。正直、どこまで本当なのかは分からないので、内容の当否については眉唾物だが、純粋に話を楽しむには向いているように思う。そう考えればムーに連載していたのも分からないではないな。


2007.3.1追記
 海外ボツ!NEWSが近いかもしれない。本書に興味を持った方は是非こちらへ。
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未分類 | 2007/02/28(水) 23:50 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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ちょっとびっくり
 本日、健康診断の結果が返ってきたのですよ。

 白血球の数値が異常で再検査、だそうな。母が血液関係の病気で亡くなったこともあり、ちょっと調べたところ、慌てることはないレベルなので安心。たぶん、次の検査では正常値だろう。異常値だったらそのときはそのとき。

 で、驚いたのが中性脂肪とコレステロール。どっちも正常値に足りません。普通の人とは逆の意味で、食べ物に気をつけろといわれてしまったのでありました。

 うーん、独身時代より余程肉を食べているような気がするのだが。。。
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雑記 | 2007/02/27(火) 23:57 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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275冊目 楊家将 上下


評価:☆☆☆☆

 中国で人気のある歴史物語といえばなんと言っても三国志、そして水滸伝。その二作と勝るとも劣らないほどの高い評価を誇るのがこの楊家将という。ところが、本家の楊家将は民間伝承となって広まるうちに仙術など荒唐無稽な物語が混入し、それがためか日本ではなかなか人気が無かった。

 本書は不遇をかこってきた楊家将の眉唾なところをばっさり切り落とすことによって、史実を踏まえた上質な歴史物語となっているように思う。

 時は宋の初め。宋というのは、唐の後の戦乱時代である五代十国の中から出てきた軍事国家ではあったのだが、文官の力が非常に強いという不思議な構造を持っていた。ということは、戦争には弱い。

 ところが宋にとって不幸なことに、当時中国の北方は異民族国家である遼によって支配されていた。燕雲十六州。軍事的には中原を護るのに絶好の地であることから、精神的には異民族に奪われた土地を奪還すべしという意思から、宋はこの地の回復を夢に見た。宋が成立した当初から、宋と遼の激突は運命付けられていたといって過言ではない。

 楊家は北漢に仕え、後に宋に鞍替えした楊家を主人公にしている。堂々たる武人で、やはり武芸達者である7人の息子を持つ将軍、楊業。彼と息子たち、同僚たちと遼の好敵手たちがぶつかり合う様を生き生きと描いている。

 辺境で、軍人として生きることに誇りを持ち、政治に関わらない男たちが何度もライバルとして戦い、しのぎを削る。歴史を知っていれば、その行く末は分かるだろうが、幸いにして(?)この時代はそうそう知られているわけでは無いだろうから多くの読者は手に汗を握りながら読むことができるのではなかろうか。

 宋成立当初の異民族との攻防に加え、朝廷では文官と武官の陰湿な権力闘争が繰り広げられる。過酷な状況の中でも家族で助け合い、辺境にその存在感を示す楊家は乱世をどう生きたのか。なかなかに面白い作品である。
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その他小説 | 2007/02/26(月) 00:00 | Trackback:(1) | Comments:(0)

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夫婦でダウン
 久々に遠方より帰る。帰るたびに息子が大きくなっていて、その成長をもっと傍で見ていられないことに残念な思いを強くする私。

 物欲や権力欲に欠ける私としては、そんなにお金は無くてもいいから、平日もちょっと本を読んだりお茶を飲んだりする時間があって、家族の傍にいられて、土日はゆっくり子供や愛犬と遊べれば幸せなのだ。

 現在の生活は、そんな私の理想とはまさに対極にあると言って良い。毎月100時間を大幅に超える残業のため、家に帰れば寝る時間。出張先にいる週末は土日のどちらかは仕事に駆り出され、トラブルがあったなら明け方でも容赦なく呼び出しがかかる。仕事のために生きている、そんな感じ。理想どおりに行っているのはそんなにお金があるわけじゃない、ってことだけ。こんな人生に何の意味があるのか。

 そんなストレスを溜め込んで帰ってきたのだが・・・・・・

 なにやら頭が痛い。なぜ折角の休日にこんな目に遭うのだ。平日だったらそれを口実に仕事を休むのに。

 息子の朝ごはん当番の予定だったのだけど、嫁さんに任せてぐったり。まどろんでいると、敬愛するアーティーのプライベートライブみたいなのが浜辺で行われている。その後どういう成り行きかアーティーの前で歌を歌うことになって、マイクの前に立って曲が流れるのを待ったところ、頭から歌詞が抜け落ちていることに気づいて焦る。しかも、曲が流れ始めてから思い浮かぶのは童謡。どうしたことかと愕然としながら目を覚ますと、となりの部屋で嫁さんが童謡をかけていた。折角アーティーが夢に出てきたのにそんなオチかよ、と自分を呪う。

 そんな状態で目を覚ますと、私が帰ったことに安心したのか今度は嫁さんが頭痛でダウン。元気なのは息子と愛犬。ある意味、一番タチが悪い状態だ。

 お昼寝が長かったこともあってなんとかやり過ごしたけど、子供とは余り遊べなかったのが残念。

 夜、ふと気づくと携帯電話に着信記録が。どうやら会社からかかってきていたらしい。2週間に1回しか戻ってこられないのに、そんなタイミングでもまだ仕事の話をさせようとするのか。うんざり。

 小児科医死亡は過労死 時間外、月100時間超 道労働局認定なんて記事があったけど、月100時間は確実。80時間を越えると過労死のリスクが高まるというけれど、その倍くらいやってる。恐ろしいことに、その程度の残業時間は、不真面目な私だからのもので、他の人はもっと長い。毎月200時間くらいやっている人もいる。会社側は全てを勤怠に記入させないので公式的にはそんな長時間労働はないことになっているんだが。それで会社は黒字だってんだから、世も末だ。政治家は残業代を削るとかなんとか莫迦な法案を考え出す前に、この手の奴隷労働を解決するのにこそ力を注いで欲しいものだ。
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雑記 | 2007/02/24(土) 23:30 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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274冊目 なぜ美人ばかりが得をするのか
なぜ美人ばかりが得をするのか
ナンシー・エトコフ著 / 木村 博江訳

草思社 (2000.12)


評価:☆☆☆☆


 言論の自由があるとは言っても、人前で言いづらいことというのは確かにある。天皇制や政治に容喙する不気味な巨大宗教といった政治の影が付きまとうものもあれば、莫迦な政府関係者が庶民を見下した本音を吐いてしまうことまで(ちょっとやりすぎじゃないかね、Y大臣)内容もレベルも様々。

 そんななかでも自分が面食いであるとの意思表示も、失言に近いレベルにある。そう。誰もが美人を好きでありながら、美人だから許されることがあるんだとは言えないのが社会通念だ。しかし、我々が生きるリアルな世界はヒトの評価が外見で左右されるべきではないという理想を拒絶する。

 本書で指摘されているのは実に驚くべきほどの、美人と美人以外との間にある壁である。命の瀬戸際にあって、美人は不美人より助けを与えられる可能性が高い。当然のことながらセックスや結婚の機会は美人が圧倒的に多い。男で言えば、美男は他の人より給料が高く、出世する傾向にある。たとえ能力が同じだったとしても。

 どれほど見識ある人々が他人を外見で判断してはいけないと述べたとしても、悲しいほどに外見に囚われるのが人類なのだ。はっきり言って、これらの事実を前にすると「外見で判断せず中身で判断して欲しい」などと言いながら髪を染めたり相応しい服装を取らないなどの“反抗的と思われる”行動をとるのは大間違いであるということになる。

 美人であるかどうかは悲しくなるほどに我々の生活を左右し、操るものなのだ。なにせ、赤ん坊ですら美人と不美人を判定して美人を長く見つめるという。ここまでくると、美人好きは遺伝子に組み込まれたシステムで、無視するわけにはいかないということが分かるだろう。

 本書はそんなある意味で救い難い命題がどれほど威力を持っているのかを紹介している。美しさとはどのようなものなのか、美しい人々はどのような得をしているのか、美人であることと幸せであることはどう結びつくのか。どうしようもなく自分の外見に囚われずにはいられない性を持つ我々には身につまされる話が多い。そして、同時に自分たちの意識しない本性に気づくきっかけにもなる。

 残念なことに見た目ほど重要なファクターはない、と言っても過言ではないのがこの世の中で、それはそれで諦めるしかないことなのだろう。類人猿が人類へとつながる進化を遂げる過程の中で、美人を選ぶことの利点が生物学的に組み込まれてしまっているのであれば、その事実から目をそらしても仕方が無い。中身が勝負だなどという前に、まずは現実から見つめるという意味で大変に役に立つ本だろう。

 顔の造形だけではなく、ファッションやスタイルなどの外見、フェロモンなどの嗅覚への刺激、声の調子など、およそ美について当てはまるものであれば広く取り上げているのも面白い。こうして美と美がもたらす影響について考えてみるのもいいだろう。

 とかいいつつ、個人的には権力欲も金銭欲もほとんど無く、色欲も人並みより劣る私には読み物としては面白かったのだけれども自分の身で切実に考えるには至らなかった。とはいえ、中身はダメ人間だけど一見すると真面目そうな外見と長身痩躯であることは面接に強い理由になっているのかもしれない。だとしたら、今の奴隷労働的な状況から抜け出すのに、良い資質をもっているのかも。かも。さあ、頑張ろう!(なにを?)



 なお、本書を知ったきっかけはぴろりさんの記事でした。面白い本を教えてくれたことに感謝。また、blog上で大変お世話になっているVIVAさんも取り上げていらっしゃいますので興味がある方は是非こちらもご訪問ください。
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医学・脳・精神・心理 | 2007/02/23(金) 23:55 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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273冊目 霊はあるか
霊はあるか

安斎 育郎著

講談社 (2002.9)

\924

評価:☆☆☆


 悪質な霊感商法に騙される人々は跡を絶たない。これまでもそうだったし、未来永劫それは変わらないだろう。なぜかと言うと、霊とかいうものを、信じたいヒトが決して絶えることがないからだ。

 そもそも、霊なるものがどのようなものか、はっきりしたことが分かっていない。これは霊なるものが存在すると仮定したらとても不思議なことだ。少なくとも数千年前には既に霊についての意識はあったのに、解析技術が凄まじく発達した現在でも数千年前と同じ状況と言うのは霊なんてものが存在しない可能性を強く示唆している。もちろん、神も同じ。不在の証明ができないことだけが、霊が生き残る(?)根拠になっているというのはなんとも皮肉だろう。

 本書はそんな霊について、存在するのかどうか、存在するとしたらどのような姿をとるのかを考察している。著者は懐疑主義者である安齋育郎(彼のプロフィールは立命館大学内の安齋先生のページに詳しい。また、安齋育郎研究室にて近著などの予定が掲載されている)。

 第二章で、霊や霊感商法についての各宗派の認識を紹介しているが、その認識の幅の広さは特筆物で、これが元を辿れば一人の人間の思想に行き着くのか疑問に思わずには居られないほど。だが、それでも共通点はある。それは、どの宗派も霊障などというものはないとしていること。霊の存在そのものを認めない宗派はもちろん、霊はあるとする宗派であっても霊障はないとするのはなかなか興味深い。

 ついで第三章で、霊が存在するとしたらどのようなものかを科学的に検討しているのだけれども、これが面白くない。目で見えるなら物質でできていなければいけないとか、エネルギー収支を考えれば幽霊の排泄物がなければおかしいとか、かなりシュールな批判方法のような気がする。同時に扱われている過去の幽霊騒ぎの事例(そのいずれもがインチキだった)の方がずっと面白いのだが、残念なことにほとんど全て有名な事例で、その手の本を読みなれている人には物足りないだろう。

 全体として、霊についての懐疑的な姿勢に触れたことがない“初心者”(何の?)向けで、そういった意味で価値があるのではなかろうか。

 第四章では金縛りについても触れられているので脱線を承知で私のことを。私も大学生の頃金縛りに遭ったことがある(遠い目)。体は動かず、ああ、これが金縛りか、睡眠リズムが崩れていたからかなと冷静に判断して、そのまま寝たら金縛りは終わっていた。それ以降、遭ったことがない。脳と体の不思議を実感したが、予備知識を持たない人であれば霊だとか神だとかいうものを持ち出して説明してもおかしくないのかもしれない。

 で、一番の問題はここにあると思う。なぜ、霊だとか神だとか言った類の、存在が明らかになった例のないものを想定しなければならないのか。すでに分かっている知見で説明できるものはないのか。安易に人知を超えた存在を持ち出す前に、もっとできることがあるはずだろう。

 著者もその不合理なあり方を批判している。そして懐疑的なあり方についての知識を広めるべく努力をしなければならないだろうと提言をされている。本の中には書いていないが、著者はそれを実際に実行しているのは、私が敬意を払う理由となっている(啓蒙的な本を執筆したり、Japan Skeptics会長として活躍したりと、大変な努力をされている)。

 だけど、それで良くなるのだろうか。啓蒙されることを、人々は本当に望んでいるのだろうか。霊なんて存在しないんだということを、喜んで受け入れられる人ばかりなのだろうか。私は無理だと思う。大衆は不合理な考えであっても自分の趣味に合う考えを好み、懐疑主義になんか耳を貸さない。霊感商法に遭って、言われるがままにカネを払って、そこでようやくテレビなどのオカルト番組を恨みに思うのがせいぜいで、そのテレビ番組だって大衆がそのレベルのものを好むことを知っているから低レベルな番組を作っているのであって、事実として騙されることさえなければ大衆は喜んでそんな番組を娯楽として消費しているのだ。その意味で、我々はアメリカ人の90%ほどが天使の実在を信じているなどと嗤えない。

 懐疑主義であることは意味を持たないとは思わない。むしろ、重要なことだと思うし、広報の努力には頭が下がる思いがする。でも、それだけでは騙される人はなくならないというのも間違いない事実だ。懐疑主義になんて普段は目を向けない人、そういう人であっても霊感商法に騙されないようにする、そんな手段を考えないと霊感商法への対抗策にはならないと思われて仕方がなかった。
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反疑似科学・反オカルト | 2007/02/18(日) 23:31 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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272冊目 マークスの山 上下
マークスの山 上オンライン書店ビーケーワン:マークスの山 下

高村 薫〔著〕

講談社 (2003.1)

\680

評価:☆☆☆☆☆


 緻密な設定と圧倒的な文章力、そして考え抜かれた人物を書かせたら右に出るもののない高村薫の魅力に溢れている。

 物語は昭和51年(関係ないが私の生まれた年)に始まる。飯場の作業員が登山者を殴り殺してしまった。本人は酔っ払っていて野生の動物と間違えたというのだ。自供と状況証拠に全く矛盾がないことから事件は酔っ払いの犯行として片付いた。片付いたはずだった。

 同じ山から、一体の死体が発見されたことから状況が変わる。その死体のすぐ傍からは、登山者を殺した作業員のものと思しき腕時計が出てきた。身元を特定するものを何一つ持たない死体は、ご丁寧に歯をたたき折られていた。同時期の二つの死体。これは連続殺人なのか。

 もう一つの殺人事件が、上記の殺人事件と交錯し、事態は混迷の度を深めることになる。都心で元ヤクザが殺害される。いや、それだけでは大事件にはつながらない。ところが、今度は高級官僚が殺害されてしまう。同一の手口と見られる犯罪から、合田雄一郎刑事は二つの事件を密接な関連を持つとして捜査に当たる。ところが捜査には不可解な圧力がかかり、上層部は連続犯罪であることを認めない。合田らを嘲笑うように、殺人が続く。

 キーワードは、山。不可解な事件の裏で、山に繋がりを持つ男達の姿が見え隠れする。犯人の心に去来する山、殺人が行われた山。

 犯人が誰なのかは、早々に読者に分かるようになっている。そのため、推理小説ではなく警察小説のようにも思われる。しかし、その範疇には収まらないように感じられてならないのだ。

 また、本書は合田雄一郎を主人公とする一連のシリーズの記念すべき一作目である。合田という人物像がすでに高度に完成されていると感じられてならない。その合田が犯人と対面する最後のシーンは迫力とともに静かな感動がある。

 相変わらず細かい描写が得意で、個人的には高級さを演出するために述べられている緑青にいたく興味をそそられた。銅の薬液がついた網を焼いた時の、鮮やかな炎色反応を思い出したからなのだけれども、さりげなく科学好きの心を揺さぶる何かがあるのは間違いない。(レディ・ジョーカーの記述によると合田は日経サイエンスを購読している)

 彼女のファンである大学時代の友人I君から本書を薦めて貰った。期待以上の面白い小説であった。彼がこのブログを覗いているかは不明だけど、ここで感謝を述べておこう。また、ひろの東本西走!?のひろ009さんからもお勧めいただいた。改めて感謝したい。
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その他小説 | 2007/02/17(土) 23:49 | Trackback:(1) | Comments:(0)

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271冊目 暗黒星ネメシス
暗黒星ネメシス

ドナルド・ゴールドスミス著 / 加藤 珪訳

サンケイ出版 (1986.8)

\1,470

評価:☆☆☆☆☆


 ネメシスという名に聞き覚えがある方はオカルトか神話のファンだろう。私にはオカルトで聞いた記憶があった。実際、『フォトンベルトの真実と暗黒星ネメシス』だとか『恐竜大絶滅の謎と木星ネメシス』(出た!飛鳥昭雄!!)だとかを見れば怪しい匂いを感じざるを得ない。もちろん、怪しい本だろうと思いつつ読んだのであるが、期待に反して大変面白い本であった。

 考古学的な証拠によると、おおよそ2600~3200万年という周期をもって生物の大絶滅が見られるという。ひとことに2600万年と言うのは簡単だが、3000万年近い周期で起こるなにかの正体を突き止めるのは大変なことである。

 この長い周期を説明するために著者が目を向けたのは宇宙。そう、恐竜を絶滅させたのと同じ、大隕石の衝突が周期的に起こっているのではないかと指摘する。事実、地上には多くのクレーターがあり、この周期に作られたと思しきものも少なくないようだ。

 だが、なぜそんなに規則正しく衝突が起こるのか。まさかガミラス帝国がその周期にあわせて流星爆弾でも落としてきているわけもあるまい。だとしたら、何か理由があるはずだ。

 著者らが主張するのは、2600万年周期で太陽の周りを巡る太陽の伴星が、太陽系を覆うように存在する“彗星の巣”、オールトの雲を撹乱しているのが原因ではないか、ということ。この撹乱によって億単位の彗星が太陽系内部に侵入、各惑星を爆撃することになるとする。従って、伴星の公転周期が絶滅の周期となるという理論だ。

 本書はこの太陽の伴星・ネメシスが存在する可能性を指摘し、なぜネメシスを想定することが有利なのかを懇切丁寧に解説している。

 そもそも本当に生物の絶滅周期があるのか。仮にあるとして、原因は宇宙ではなく地球にある可能性はないのか。宇宙からの爆撃が絶滅の原因だとして、その爆弾の正体は何か。ネメシスが実在するとしたらそれはどのようなものか。

 正直、その存在は余りにご都合主義的に感じられてしまうのではあるが、それでも仮説の面白さは特筆できる。ネメシスが存在しないにしても、読む価値は十分にあると言える。仮説の面白さと、生物絶滅という大きな謎を解き明かす面白さを味わえる本。



 ただ、この説には強固な反対論もある。2600万年周期を持つ伴星は、最も太陽から離れる遠日点においては太陽よりも他の恒星の重力を強く受けてしまい、その軌道を保つことができないのではないか、ということのようだ。いずれにしてもこの仮説は観測技術の向上によって白黒はっきりするはずなので、それまではネメシス仮説も一応生きていると思って過ごすのが楽しいように思う。
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地球史・古生物・恐竜 | 2007/02/16(金) 23:16 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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270冊目 諜報機関に騙されるな!
諜報機関に騙されるな!

野田 敬生著

筑摩書房 (2007.1)

\777

評価:☆☆☆


 007に見られるように、スパイが大活躍する物語は根強い人気がある。しかし、実際の諜報の世界となると知られていることは少ない。知られていないが故に、過度の期待を抱いたり、あるいは軽視しすぎてしまっては、世界を見誤ることになる。特に、現在は日本でも諜報機関の強化が叫ばれている。そんな中で諜報機関について冷静な知識を得ておくことは重要であろう。

 本書は諜報の手段にはどのようなものがあるかという解説から、近現代に見られた諜報の実際の姿の紹介まで、諜報機関が何を扱い、どれほど力を持ち、どこに限界があるのかを探る。豊富な実例から諜報機関は完全ではなく、思い込みや情報を得られないことによる失敗は枚挙に暇がないことが分かる。

 たとえばイラク戦争前において、アメリカはイラクに大量破壊兵器が存在する確かな証拠があると主張して開戦に踏み切った。大量破壊兵器がどうやらなさそうだとなると、アルカイダと結んでテロネットワークを作りその拠点となっていたことが危険なのだとその主張は変わった。自分の上に爆弾が降らないならいくらでも戦争に賛成できる人々が嬉々としてアメリカの戦略を支持したが、その結果として明らかにイラクは失敗国家に堕し、世界はより不安定になってしまった。なぜこんなことになったのか。大量破壊兵器についての情報を得ることに失敗したからだ。(もっとも、ブッシュ政権は成立当初からイラクを潰すことを目標としていたので、理由などなんでも良かったし、その強引さに諜報機関が引きずられた結果がイラク戦争であって諜報の失敗が原因ではないとも言える)

 中国の反日デモや在上海総領事館員自殺事件、北朝鮮による拉致事件など、日本を取り巻く状況においても諜報が絡む話が多々取り上げられている。これらの事件についても丁寧に背景と流れを解説しているので、諜報機関の必要性については多くの方が納得するだろう。

 最後に著者の提言があるのも嬉しい。やはりたたき台としてどのようなことが必要なのかを知っておかなければならない。情報リテラシーとでも言うべきものが必要だし、諜報機関が暴走しないように歯止めをかけるシステムが必要だ。記者クラブなどという権力側からのコントロールをいくらでも受けてしまう制度を持つマスコミに期待できるのか?国会においても機密なので答えられないとしか言わない当局者を制御できるのか?課題はまだまだ多い。だが、もし必要なのであればなんとしても課題を乗り越え、必要な機関を作り上げなければならないのだ。諜報機関を作れば良いと思う前に、十分に知ることが必要だろう。本書はその一助になると思う。
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ノンフィクション | 2007/02/14(水) 22:46 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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269冊目 図説インカ帝国
図説インカ帝国

フランクリン・ピース共著 / 増田 義郎共著 / 義井 豊写真撮影

小学館 (1988.11)

\3,465

評価:☆☆☆☆


 インカ帝国の名を聞いたことがある人は多いだろうが、その実態を少しでも知っている人は少ないだろう。アンデスに興り、瞬く間に周辺を制して帝国を築いたインカは、わずか100年程度で貪欲なスペイン人たちによって消滅させられた。インカのラスト・エンペラーであるアタワルパの最後については比較的よく知られているので聞いたことがある方もいるかもしれない。

 アタワルパは異母兄弟との権力争いに勝利し、首都クスコに入る直前にスペイン人との交戦に入る。捕らえられたアタワルパは、彼が捕らえられた小屋一杯の金を渡すから助けてくれと申し出て、約束を果たしたが、スペイン人はアタワルパが反乱を企んでいると邪推してアタワルパを処刑してしまったのである。その後もアタワルパの子孫がインカ王を自称したが、王としての実権はすでに失われていた。

 実態としてインカはアタワルパが捕らわれ、殺害された1532年に滅んだと言って良いだろう。では、名目として滅んだのはいつか。それは恐らくアタワルパの甥に当たるトゥパク・アマルーが捕らえられ、クスコにて処刑された1572年。本書が扱っているのは伝説上のインカの成立から、1572年まで。インカが文字を持たない文明であったことから成立当時については推測が多いが、後期になりスペイン人たちが入植してからは文字資料が出てくるため記述が詳しくなる。

 伝説の時代から滅亡に至るまでの歴史、社会システム、政治、文化、建築、軍事、農業など、幅広い分野にわたって概説している本書はインカの姿を垣間見せてくれる。インカ独特と言っていい貨幣経済ではなく富の分配による物資の流通やアンデスの垂直方向に広がりを持つ地域独特の農産業事情、それらがもたらした社会の制約などは、事実上日本史と中国史と西洋史しか学校で習わない我々には予想外の点が多いだろう。

 とりわけ、インカの征服活動が実は血なまぐさい軍事衝突ではなく富の分配とその代償としての労力の提供を要求する行為であって、戦争というよりも経済行為だったというのは面白かった。このような富の再分配が行われる地域を帝国と定義するのであれば、インカ帝国がわずか100年で広大な地域的広がりを持ったのも不思議ではない。もちろん、中には純然たる軍事衝突もあったにしても。南米の文化の独自性につくづく感じ入った。このような文明が滅ぼされてしまったのは残念である。

 おまけに図説と名乗るだけあって、随所に写真や絵がちりばめられていて、これを眺めるのがまた楽しい。緻密に組み合わされた石組み、急峻な斜面に築き上げられた要塞、雄大な自然環境、インカの王道や吊橋など、見れば見るほど実物を目にしたくなる魅力を訴えてくる。高所恐怖症なので吊橋を渡るのは遠慮するとして。帯にインカ入門書と銘打っている、その役割を十分に果たしていると思う。

 ついでに、本書を読むのであればBGMでお勧めしたいのはクスコというグループの『アプリマック』というアルバム。グループ名から明らかなとおり、インカの首都だったクスコに強い憧れを持つ彼らがインカをイメージして作ったアルバムである。

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その他歴史 | 2007/02/13(火) 23:39 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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268冊目 モテたい脳、モテない脳
モテたい脳、モテない脳

沢口 俊之著 / 阿川 佐和子著

新潮社 (2005.6)

\460

評価:☆☆☆☆


 モテたくない、という人はそもそもいないだろう。もしかしたら3次元には興味が無いというヒトもいるかもしれない。実際、「三次元なんかに興味あるか、ばーか」宣言なんてのもあるくらいだから。それでも、多数の男女にとってはモテは重要であることであろう。

 モテ/非モテについて脳はどう思っているのか。気鋭の脳科学者と対談に挑むのは阿川佐和子。知的な女性でかつ話上手となれば、どんな話に及ぶのか大変興味をそそられたわけです。

 で、その結果は。うん、なかなか面白い。

 阿川佐和子という門外漢(いや、漢を使うべきではないか?)と脳の話をするには興味を引くようなものであるべき、と思ったのかどうかは定かではないが、脳の細かい話に興味の無い方にも読んでもらえるような、そんな配慮に富んでいる。

 なぜ男は浮気性なのか。そして女もしばしば浮気をするのはなぜなのか。この辺りは進化論とかゲームの理論とかから説明もされていて、実際にゲームの理論はかなり浮気の位置づけを説明できているように思えて説得力を感じさせるのだけれども、それでも脳の研究だけから迫るのも面白い。

 免疫とセックスアピールの関係や脳の立場から見た男女の関係のあるべき姿、などは現実の人間社会のあり方としてどのようなもんが理想なのかということとは別に、知っておいて損は無いと思う。

 海馬と呼ばれる部位で成人後も脳細胞の増殖が見られる話やベトナム戦争からの帰還兵にしばしば見られたPTSDで脳の萎縮が見られること、生殖から離れた老人が生きることの意味など、モテに限らず面白そうな話であれば制限無く話をしているのがより面白さをかき立てる。ついでに、意外な話からモテに結びつくのもまた面白いのだけど。クーリッジ効果とか。

 一方で残念なところもある。たとえば血液型と性格につながりがある可能性を示唆しているのだけれども、根拠となるのは茨城県警の発表した血液型別の事故頻度だけで、その他の血液型と性格の間に相関は無いのではないかとする膨大な研究には触れられていないこと。これは読者に冷静な判断をさせるという点では失格だろう。この茨城県のデータが本当だったとして、それが単なる偶然なのか、再現性のあるものなのかはしっかりさせてほしい。

 また、最近の子供は喧嘩をしないので手加減を知らず、人を殺してしまうのではないかなどと幼少時の暴力の不足が少年犯罪をもたらしているかのごとき発言をしているが、これは悪質なデマとしか言いようが無い。対談をやっている二人が子供の頃の方が今より倍以上も少年による殺人が起こっていたのだ。件数を問題にするのであれば、あなた方が受けた教育の方が間違っているとしなければ論理矛盾である。

 と、そういった欠点はあるが、その手の認識不足は対談では仕方が無いのかもしれない。もうちょっと冷静な話し手だと話自体も落ち着きすぎて面白さに書けるのかもしれないが。脳についてちょっと興味がある方が読むには丁度良い本だと思う。
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医学・脳・精神・心理 | 2007/02/12(月) 00:00 | Trackback:(1) | Comments:(0)

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267冊目 タリバン
タリバン

アハメド・ラシッド著 / 坂井 定雄訳 / 伊藤 力司訳

講談社 (2000.10)

\2,940

評価:☆☆☆☆


 まずはじめに断っておくと、本書は9.11の同時多発テロが起きるよりも前に書かれている。従って、扱っているのはタリバンがアフガニスタンを実効支配していた頃で、最も新しい類の話題でクリントン政権の話である。それでも本書は中央アジア情勢を理解する上で重要な役割を担い続けられるのではないかと思わされる。

 タリバンの成立以前のアフガニスタンがどのような国だったのか。ソ連に対抗した戦士たち(ムジャヒディン)を中心とした軍閥が割拠し、各々が支配下で狼藉を尽くしながら紛争を重ねていたという、限りなく失敗した国だった。軍事はあっても政治は無い。とりわけ、民政などには誰も興味を持たない。国連が貧しい人々が餓死しないようにと支援すると、軍閥にとって浮いたカネは次なる紛争につぎ込まれる。そんな世界。

 交通の要衝として近代まで栄えたこの地を世界で最も貧しい悲惨な地域に変えたのは、まずはイギリスとロシアだった。インドから支配の手を伸ばすイギリスと、伝統的な膨張政策を取り南方へ勢力を広げようとするロシアによる争いはグレート・ゲームと呼ばれ、アフガニスタンはパワーゲームの場と化した。

 単純にこのときの流れと言い切ることはできないが、それでもやはり膨張政策を取ったソ連はアフガニスタンに侵攻、多くの都市を破壊し、大統領を処刑し、傀儡政権を打ち立てた。その支配に反発する人々を軍事的に支援したのがアメリカ。アフガニスタンには大量の武器が出回ることになる。

 かくしてアフガニスタンは最貧国でありながら国内には武器が氾濫しているという、失敗国家に良く見られる様相を呈してしまった。しかもソ連が撤退した後は誰もがアフガニスタンから興味を失い、かの国が戦争を離れ安定した国家に向かう道筋を示すことはできなかった。

 更に複雑にさせたのがその地政学的な意味合い。中央アジアに産出する石油資源を輸送するのに適した地域と目されることから、アフガニスタンの権益を巡って各国がしのぎを削る。それこそが長く続く混乱へと導いた。

 そんなタリバン誕生以前の話を知れば、都市を占領しても規律正しく、世俗権力に興味を示さず、略奪もしなかった(といっても、これらの全てはタリバン成立初期に限定されるのだが)タリバンが貧困にあえぐ人々から歓迎されたのも無理なきことだろう。

 ところがその先がいけなかった。彼らは直ちに学校を廃止、食料など生きるための糧はアラーが与えてくれるはずだとして一向に人々の生活に興味を示そうとはしなかった。その代わりに彼らが行ったのは、女性を職業から追放し、顎鬚を伸ばすことを強要し、あらゆる娯楽や文化を破壊しつくすことだった。

 なぜタリバンはこのような暴挙に及んだのだろうか。そしてアフガニスタンに触手を伸ばす各国の思惑とはどのようなものだったのだろうか。

 歴史や文化、地政学的な意味合いと複雑な紛争の経過など、多くの面に光が当てられている。しかも、これだけの広い話題をそれぞれ丁寧に深く掘り下げられているのでこれ一冊でアフガニスタンの近代史について大まかに知ることができるといっても過言ではなかろう。

 石油シンジケートの影、パキスタンやイラン、サウジアラビア、ロシアにアメリカといった国々の関与の歴史を知れば9.11とその後に続くアフガニスタン戦争および戦後の情勢にいたる、本書が扱っていない分野にまで理解を及ぼすことができる。

 中央アジアの情勢を知るためにはとても良い本では無いだろうか。
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太平洋戦争・二次大戦・現代史 | 2007/02/09(金) 22:42 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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266冊目 事故と心理
事故と心理

吉田 信弥著

中央公論新社 (2006.8)

\861

評価:☆☆☆


 交通事故について、どうすれば事故を防ぐことができるのかを科学的に追求しようとする意欲作。

 事故、中でも死亡事故を中心に取り上げ、巻き込み事故減少の理由やエアバッグによる致死的事故の回避効果の有無、二輪車が昼間もライトを点灯することの是非など、導入前後の統計データを紹介している。それと同時に、事故を起こす心理についても言及することで、人間と機械という複合的な理由で起こる事故について上手く説明できていると思う。

 また、事故をなくす方法を科学的に研究しようとするだけのことは有り、かなり丁寧に統計を駆使している。そのため、データの解釈にたとえ異論があったとしても、元データを見られるのでこちらにも検討の余地があるのが良い。

 心理という点でも、国内外の事故心理学とでも言うようなジャンルについて述べられているので、事故の背後の心理についてどのような評価と取り組みがされているのかが分かるのが嬉しい。

 ただ、読んでいて引き込まれるほどの面白さはない。文章の面白さや例の面白さでもっと違った結果になったと思うと残念である。

 それでも、事故を減らすには何をすべきか、ということを真摯に追求していくにはこのような本が必要だろう。
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ノンフィクション | 2007/02/08(木) 23:51 | Trackback:(1) | Comments:(3)

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265冊目 野中広務差別と権力
野中広務差別と権力

魚住 昭〔著〕

講談社 (2006.5)

\730

評価:☆☆☆

 もうすっかり過去の人となった野中広務についての評伝を手に取ったのは、魚住昭の名を見出したからである。彼の著書はかつて本ブログでも過去に紹介した『特捜検察の闇』、陸軍の参謀から伊藤忠に入りインドネシア賠償ビジネスを取り仕切った瀬島龍三を追った『沈黙のファイル』、新聞と権力とのあり方を良くも悪くも決定的に変えたナベツネの姿を明らかにした『渡邉恒雄』の3作を読んだことがある。いずれも確かな取材と緻密な構成により迫力を感じさせたものだ。過去の人を眺めてみるかとの私の思惑は、図らずも現在の政治の枠組みの裏面史を解きほぐしてくれる本への出会いにつながった。

 権謀術数を駆使し、対立相手を容赦なく潰してきた強面の政治家、野中広務。彼の出自から権力争いで小泉に敗れて引退するまで、まさに彼の政治生活全てを対象として、しばしば闇に隠れがちな政治家の姿を明らかにした功績は大なるものがある。特に野中が自公連立や自民党の下野に始まる政治再編の渦中にあり、多くのシーンで重要な役割を演じてきたからには。

 本書から明らかになる野中の姿勢は、鵺のようなものと言わざるを得ない。野中には確固たる思想や信条はなく、あくまでも調停者としてその本領を発揮してきた。保守から革新へ、そして革新から再び保守へという政治的立場の変遷に留まらず、沖縄問題での対応のあり方や創価学会との合従連衡に有能な調停者としての野中の辣腕が光る。

 しかし、それは光らせるべきものなのか、疑問が残って仕方がない。もちろん、リアル・ポリティクスの中で自分を守りつつのし上がるには調停能力が必要なのは当然だ。しかし、守るべきものがないのに調停だけしてどうなるというのか。自分のヴィジョンを現実に移すために奮起するのではなく、時代の潮目を見て裁定を降すのは、なにも中央政界の政治家に任せなければならないような仕事ではないように思えてしまう。

 それにしても本書から明らかになる近年の政治の世界における激動には目を見張るものがあった。しばしば小沢一郎を中心にして語られるこの時期が、野中の側から語られることで複雑な世界を理解する端緒を与えてくれるものがある。また、個々の話にも驚くべきもの、政治への憂慮を持たずにはいられなくなるようなものも多々ある。

 自公連立に絡む闇として、公明党顧問の藤井富雄が山口組系暴力団組長の後藤忠政の密会ビデオの話題は衝撃でもあった。国の政治を担うべき政党が裏で暴力団と結びつき、支持母体の宗教団体へ便宜を図るというのは余りにも醜悪である。また、元学会幹部の岡本の証言にもあの恐るべき団体が宗教から離れて政治への容喙を通じて権力を振るう様が見て取れ、暗澹とした思いにさせられる。中でも学会との連携では政治と宗教が結びついた際の恐るべき姿を垣間見ることができる。

「学会には国会議員のブラックリストがあるんです。誰がどこでどう発言したか、どんな反学会の動きをしたかが全部記録されている。それをもとに『この議員は敵性です』と一言いえば簡単にその議員を落選させられる。(略)こうなると議員たちは二度と学会を批判しなくなり、学会批判は政権のタブーになっていくんです」
p.334より


 さすが、フランスなどから公式にカルト認定されている団体は違う。稀代の愚策、地域振興券の実施は公明の浜四津が提出し、自公が協力体制を保ち信者の支持を得るためだけに行われた。その渦中にも野中がいた。7000億円に及ぶ支出はもちろん国民が支払ったわけだが、その効果は?自公の絆が強まっただけで経済の好転には全く結びつかなかった。国民の金を使って権力者たちが連携するための手段とするとは呆れて物が言えない。

 だが、その一方で彼は自らが被差別部落出身だとの来歴を隠すことなく差別と戦ってきたことは認めなければならない。麻生太郎が「野中のような部落出身者を日本の総理にはできないわなあ」と発言したことを彼は赦さなかった。その怒りは我々も共有しなければならない。政治の中にまで色濃く残る差別意識は、決してこの国を棲みやすいように変えていきはしないだろうから。あるいは、ハンセン病の訴訟で前例なき“控訴せず”を導き出したのも野中だった。弱者に向ける彼の真摯な目線には注目すべきだろう。

 現在が過去の上に成り立っていることを考えると、野中が引退したからといって彼の評伝が直ちに時代遅れになるわけでもないことに改めて気付かせてくれた。“抵抗勢力の領袖”としてだけではなく、権力に生き最後は悄然と表舞台から姿を消した政治家のあり方に私の理想は重ならなかったが、それでも彼の評伝を読めたことは幸いだったと思う。
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ノンフィクション | 2007/02/07(水) 23:03 | Trackback:(1) | Comments:(0)

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264冊目 詐欺とペテンの大百科
詐欺とペテンの大百科

カール・シファキス著 / 鶴田 文訳

青土社 (2001.10)

\5,040

評価:☆☆☆☆☆


 タイトルどおり、古今のありとあらゆる類の詐欺とペテンが網羅されている。もちろん、騙すのが好きな人と騙されやすい人がいれば新たな詐欺やペテンが登場するのは避けられないが、パターンとしてみれば本書には詐欺とペテンに関する全てがあるといっても過言ではないだろう。

 大百科と名乗るために高い質はもちろん、量も必要だと思う向きもあるかもしれない。だが、安心召され。量も凄い。550ページ以上にも渡る二段組で、これでもかといわんばかりの実話が満載されているのだ。百科事典を眺めるのは楽しいのと同様、本書も実に面白い。ただし、通読しようとするのは愚かしいと言うのも付け加えておこう。枕元において、毎日10~20ページくらいずつ楽しむのが最適ではなかろうか。持ち歩くには重いし。

 とは言っても、詐欺とペテンの集大成では腹立たしいばかりではないのかと言う方もおられよう。しかし、そうではない。詐欺とペテンとは言っても微笑ましいものもある。実質、被害者がいなかったものもある。こんなのに騙されるなよ、というものもあれば紛れもない歴史の一ページと思わせるものもある。

 私が気に入ったのは農民虐殺の話。ある王が毎朝農民をライフルで撃つのを楽しみにしていたのだが、実は王に渡されたのは空砲で近衛兵が撃たれる農民を演じていた、というのは人を騙すことが必ずしも悪に結びつくわけではないことを示しているだろう。悪ふざけとして雪の朝に動物園にしかいないような動物の足跡を付けて回った人もいれば、ネス湖のネッシーに代表される珍奇なものの目撃談もある。大英博物館で実物を見てきた日本製の人魚のミイラも紹介されている。オーソン・ウェルズによる火星人襲来の偽ニュースもあれば、ドイツで断髪税なるものがかけられているというでっち上げが報道された事件もある(ちなみに、税金を払おうとする人々で市役所が囲まれたらしい)。

 オカルト観察が好きな方にはフォックス姉妹やポルターガイストといった話が面白いだろう。"幽霊のまやかし"という項目ではイギリスで幽霊目撃談が多い意外な話が紹介されている。ありとあらゆる類の偽医療もあるが、これはつい先日"食べてやせる"という明らかな法螺を多くの人が信じ込むという信じ難い愚かさを呈した日本人には笑えない話かもしれない。ポール・マッカートニーの死亡説や、ミケランジェロが売れなかった頃にはインチキをしていたことも面白い。

 歴史という点では、考古学者を翻弄したピルトダウン人事件や忌まわしき魔女狩りに関する話が載っている。魔女狩りの話で唯一面白いのは、オランダでの話で広場に秤を設置し、魔女と訴えられた女性をその秤に載せると「箒で飛べるほど軽くない」として無罪放免したというもの。ナチスドイツとソヴィエトの、国の命運を賭した壮絶な騙しあいには息を呑むし、シオンの賢者の議定書のように偽書として世界史を動かしたペテンにもお目にかかる。マリー・アントワネットの処刑の裏にも詐欺行為があったことを知る人は少ないだろう。

 詐欺という点では、エッフェル塔やブルックリン橋、メトロポリタン美術館、マディソンスクエアガーデン、自由の女神像を売った話には不謹慎ながら笑ってしまう。ジョージ・C・パーカーという男は二週間に一度ほどの割合でブルックリン橋を売っていたそうで、そのとっぴなアイディアと実行力には感心させられる。

 その他、お約束の美人局やネズミ講(マルチ商法)、ギャンブルでのイカサマ、不動産売買における各種のトリックや小売店でのごまかしなど、とにかく大量の詐欺とペテンの実例に圧倒される。これを知ることで騙されることに抵抗がつくか?それは分からない。最後は冷静さと上手い話には裏があるというシニカルな見方がものを言うような気がしてならない。だから、この本はなにかためになることを求めて読むよりも、楽しむことを目的に読むべきだろう。そして、その目的は達成されること間違いないだろうと信じる。それくらい面白い本である。
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未分類 | 2007/02/06(火) 23:46 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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