伏木 亨著
筑摩書房 (2005.12)
\714
評価:☆☆☆
美味しさを科学で解き明かすことはできるのだろうか。
たとえば、自然界の謎を多く解明してきた手段として要素還元主義というものがある。そのままでは複雑すぎて評価できないものを、細分化してその各々を分析することで元のものが持つ性質を理解しようという手段である。では、食べ物に対してAが○%、Bが△%、Cが×%、Dが□%だからこれは美味しいはずだといえるだろうか。
そうは言えないのではないか。そう思わずにはいられない。納豆や梅干はおよそ日本人なら美味しいと思って食べるものであるが、ほとんどの外国人はこれを好まない。なお、一部大阪あたりの人々は日本人なのに納豆を嫌うとの反論がありそうであるが、彼らは日本人ではないから問題ない。私は、彼らは行列を作れないことからイタリア人、エスカレーターで空ける側からイギリス人、おしゃべりなことから中国人をほどよくミックスしたものと推測している。
では美味しさは科学できないのかというと、それも違う気がする。というのは、やはり好まれる味というのがあるからである。味覚を科学する、という冒険に挑んでいるのが著者。著者は美味しさを4つに分けることで検証を図っている。
1.生理的な欲求に合致するものはおいしい
2.生まれ育った国や地域あるいは民族などの食文化に合致するものはおいしい
3.脳の報酬系を強く刺激してやみつきになる
4.情報がおいしさをリードする
気がつくことがあるのではなかろうか。そう。これは要素還元的な手法ではない。1の生理的な欲求についてこそ要素還元的な手法が使えそうだが、他はもっと全体的なくくりをしなければ駄目だろう。
筆者が特に力を入れて論じているのは4の情報について。情報と美味しさとはなかなか結びつかないように思うかもしれない。しかし、美味しいと評判の物を食べれば美味しいと思う率は高いだろう。美味しいから美味しいとの評判が生まれているのは事実だろうけれども、事前に得ていた美味しいという情報が、味覚を左右しているに違いない。賞味期限が1日過ぎたというだけで美味しく感じられない人には身に摘まされる話ではなかろうか。私はそんな神経質ではないので全然気にしないが。
美味しさの影にある情報に光を当てていることと、評価の難しい味覚の科学的解明に力を入れていることをとにかく評価したいと思う。報酬系など、脳の話題にまで踏み込みながら味覚の謎を楽しく語っている。惜しむらくは、唐突に出てくる会話調の突込みがどうも浮いているように感じられることか。真面目に書くならもっと真面目に書いて欲しい。私が想定されている読者像から外れているだけかもしれないけれども。
それでも、人がなぜ脂っこいものや甘いものを好きになるのか、一度好きになったものには熱烈な期待を抱くのか、といったことについては随分と分かっているのだということが良く分かって面白かった。
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