中沢 志保著
中央公論社 (1995.8)
\754
評価:☆☆☆☆
ロバート・オッペンハイマーは原爆の父として知られる。マンハッタン計画において科学部門を取りまとめていたことからその別名が付けられているという。
オッペンハイマーは優れた才覚を持つ科学者でありながら自らは研究に従事せず、個性的な科学者たちの取りまとめに奔走した。彼の人柄もあり、多くの科学者たちが無理を聞き入れ、不自由を耐え(潤沢な予算を使って思う存分研究できたというのは間違いなく巨大な魅力だったにしても)、原爆開発を成功に導いた。このあたりの流れは『千の太陽よりも明るく』などに詳しい。
少なからぬ科学者が原爆の使用結果についてショックを受けたようで、彼もその一人だった。広島のような軍事拠点を持つ都市であったとしても、都市全体を破壊しつくすことの不条理さに遅まきながら気付いたのだ。
ところが、冷戦期になるとアカ狩りの中でオッペンハイマーは公職から追放される憂き目に遭う。アメリカとソ連が熾烈な軍拡競争を繰り広げた、その渦中の出来事であった。その追放の原因となったのは、オッペンハイマーが水爆の研究に反対であったことと、ソ連も含めた核の管理体制構築を訴求していたためである。
私のように共産主義に対して芳しい評価をしていない身には、オッペンハイマーの主張は甘いように感じられる。ソ連であればアメリカが手を引いたと見れば秘密裏に自国だけで水爆を研究していたことは間違いない。それは、条約で禁止された生物化学兵器の開発を極秘に進めていたことからも明らかだろう。ソ連で研究に従事し、後にアメリカに亡命したケン・アベリックによる『バイオハザード』は生々しくその事情を明かしている。
それはともかく、なぜオッペンハイマーは核の共同管理体制を目指したのか。原爆の開発に尽力しながらなぜ水爆には反対したのか。そしてなぜ追放されるにいたったのか。このあたりの事情を、当時の社会事情などを織り交ぜながら分かりやすく解説している。人間的魅力に溢れたといわれるオッペンハイマーを原爆の開発により多くの無辜の人々を虐殺した犯罪者と断罪するのは余りに容易ではあるが、得るものが少ない見方であろう。それよりも、彼が何を希求し、なぜ原爆が投下されたのか、を問うのであればオッペンハイマーの人生からは学ぶことが多いのではなかろうか。
それにしても、次の国家的な大計画は、兵器ではなく科学の発展に向けてもらいたいものだと思わずにはいられない。ブッシュがぶち上げた、火星への有人探査がそれになるだろうか。(ならないだろうな……)
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