黒野 耐著
講談社 (2006.8)
\1,575
評価:☆☆☆☆☆
歴史にifは許されない、という。どうやらこの言葉、あのときもしこうしていたらこんな素晴らしいことになっていたのにと現実離れしたことを話す人々相手への警句だったようだ。
しかし、現時点で採ることのできる政策・政略が一つしかないわけではなくて数多の選択肢がありうるように、過去の時点でも選択の余地はあった。決して選択の余地がない一直線の歴史をなぞってきたわけではないのだ。そうである以上、当時の現実に即してifを考えるのは無意味ではないだろう。特に、過去の事件や事故から教訓を得ようとする場合には。
それには当時の客観情勢を知ると共に冷静で緻密な論理展開が不可欠になる。自分に都合の良い歴史を作り上げるよりも実際の歴史を研究するほうが難しいだろう。ひょっとしたらifを考えてなぜ他の選択肢を選ばなかったのかを考えることは現実の歴史研究よりも難しいかもしれない。
歴史にifを持ち込む、という蛮勇ともとられかねないことに挑戦し、日本の近現代史における11のifを取り上げ、それによって日本の歩んだ成功と失敗を浮き彫りにしているのが本書である。
取り上げているのは日清戦争(北京を攻略していたら)から太平洋戦争開始まで(真珠湾を攻撃していなかったら)までの50年間。この50年が戦争の連続であったことに改めて驚かされる。
日清・日露戦争での薄氷を踏むような勝利における政略と軍略が一体となった見事な国家運営の影で、その時すでに軍の暴走の種が蒔かれていたこと。やがて中国を蔑視する軍部の独走は大陸における底なしの消耗戦に日本を引きずり込み、断固として政治が主導権を取り戻さなければいけない時期にもまともな指導がなされなくなる。一部には2.26や5.15のようなクーデターもあるが、本書が指摘するように近衛や広田といって人々が目先の勝利に酔い、大局的な判断をできなかったことも大きい。
作戦計画はあれども、戦略も政略もない。同盟国ドイツの目先の勝利に釣られて現実離れした行動を次々に採って自滅していく姿には慄然とさせられる。目的をしっかりと定め、それを達成するためには何が必要なのかということが語られることのない異常さ。それが本書から痛いほど伝わってくる。
その結果として、避けようとすれば避けられたはずの日中戦争の泥沼および太平洋戦争が起こってしまった。アメリカによる禁輸措置などに至る前にできることは沢山あったのだ。そのことがifを考えることによって浮き彫りになっている。太平洋戦争という大失敗へと導いた小失敗の数々から、戦略的な行動とはどのようなものかが実によく分かる良書であると思う。太平洋戦争に興味がある全ての方に強くお勧めしたい。
余談だが、日本の余りにも拙劣な失敗と比べ、蒋介石の戦略には舌を巻く思いだった。不屈の理念と自己の力を冷徹に見極めた上での有効な反撃方法の立案など、非凡なものを感じさせられた。彼ほどしたたかで冷静な人物が日本の中央にいれば違った歴史があったかも知れないのに、と思うとなにやら残念である。
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