キャシー・クリミンス著 / 藤井 留美訳
原書房 (2001.11)
\1,890
評価:☆☆☆☆
脳の損傷を受けた人々は不思議な症状を示すことが多くの事例から明らかになっている。多様な能力の、その一部を喪うことがどれほど大きな影響を及ぼすのかを知れば知るほど、脳だけではなく人間の存在そのものにも思いが向く。
しかし、そんなことを言っていられるのはあくまでも脳障害が第三者の身の上に起こった場合であって、自分あるいは周囲が遭遇してしまったら。それは大変で深刻なことになるに違いない。
著者はフリーのライターで、弁護士である夫、娘、友人たちとバカンスに行った先で夫が事故にあってしまう。そこから先はタイトルどおり。昏睡から目覚めた夫はすっかり別の人間に変わってしまっていた。
性格が変わり、人前でするべきではないことをし、話すべきではないことを話すようになる。娘を機械と間違え、自分の能力は直視できない。脳障害の残酷なのは、中身が変わり果ててしまったにも関わらず、外傷がないため外からは健康に見えてしまうことだ。だから、誰もが障害を持つ以前の能力や性格を期待するが、それはもう永遠に失われてしまっている。実に残酷なのだ。
それでも著者は夫を支え、変化を受け入れて歩んできた。その経過はお涙頂戴のドラマには程遠く、エゴもあれば我慢の限界にいたることもあるが、それでも大変な障害を持った家族と共に歩む力強い女性と感じさせられる。高い効果を持つ療法がさらに開発され、こんな悲劇に見舞われる人が一人でも少なくなることを願いたくなる。
私にとっても、脳の大規模な損傷は死ぬよりも悪いことに思える。考えがまとまらず、読書に集中できず、仕事もろくにできない。それでは本当に私なのか。私の姿をしている別人としか思えない。それが脳障害の現実なのだということに改めて思い至ったのだった。
最後に、本書を読んで憤りを感じざるを得なかったのがアメリカの保険会社のこと。日本は健康保険で(少なくとも建前上は)国民全員が経済的な負担を少なくすることができるが、アメリカはそういう保険ではない。金持ちは手厚い保護を受けられるが貧乏人はちょっとした怪我や病気でも病院にかかれないという。それが本書でも随所に顔を出している。アメリカは、確かに技術では最先端を行っているかもしれないが国民を守るという意味では先端から程遠いところにあると感じられてならなかった。
なお、過去にいくつか脳についての本を紹介している。興味が沸いた方は是非以下の2冊にも当たってみて欲しい。医者が脳障害を患った自著として『壊れた脳生存する知』、脳研究の最前線で活躍しているラマチャンドランの『脳のなかの幽霊、ふたたび』。
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