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227冊目 死体はみんな生きている
死体はみんな生きている

メアリー・ローチ著 / 殿村 直子訳

日本放送出版協会 (2005.1)

\2,100

評価:☆☆☆☆


 注意を引くタイトルである。死体なのに生きている?どういうことだ?

 何の本かというと、死体の本だ(注.見れば分かります)。より詳しくいうと、死体がどのように社会の役に立っているか、について書かれている。

 死体にしかできないこと、というのは実は少なくない。ぱっと思い浮かぶのは献体。教科書で勉強しただけの新米医師には誰も自分の体を切られたくなんかないだろう。なにせ、命に関わる。しかし死体はそんな不満は言わない。彼らにはもう苦痛はないし、切り刻まれたその後を心配することもない。だから、死体を使って医療の実習をするのは実に理にかなったことだ。

 あるいは自動車の安全性テスト。衝突と人体の損傷の相関を知らなければ、どの程度まで安全性を高めれば事故から生還できるかを知ることはできない。

 ダミーでは駄目なのか?と問われるかもしれない。しかし、その答えは残念ながら否、である。ダミーではどうしても人体を詳細には再現できない。たとえば急激に振り回されたりハンドルに衝突した際に血管がどのような損傷を受けるかというのはダミーでは分からない。したがって、ダミーで済む試験はダミーで済ませ、それでは用を成さない試験には死体が使われることになる。

 また、以前紹介した『死体につく虫が犯人を告げる』に関連した使われ方もする。すなわち、殺人事件や人身事故、災害で不慮の死を遂げた人々の死因や死後経過時間を割り出すためのデータを得るために様々な状況下に置かれ、朽ち果てていく様を観察される。

 他にも驚くほど様々な死体の使われ方がある。興味が沸いた方は是非本書に当たってみて欲しい。

 扱うものが死体なので、どうしても精神的に平穏ではいられない。死体にも与えられて当然の尊厳が欠けているように感じられることもある。事実、本書でも紹介されているが近代医学の黎明期には解剖したい医師側と解剖されたくない一般人の意思の乖離から目を背けたくなるような蛮行が行われていたそうである。

 しかし、現在では死体の供給源は全て提供者の(生前の)意思によっている。献体だ。それがあって車の安全性は飛躍的に上がり、次代の医療従事者が生まれてくる。死体になってからできる、貴重な仕事だ。

 死体は最後には朽ちる。特殊なプロセスを踏まない限り腐敗のプロセスは止めることはできない。自然に朽ちていく姿にも、実は尊厳なんてものは存在しないのだ。私は夏に死んだ祖母から弱く死臭(腐敗臭)が漂ってきたとき、それを強く感じた。火葬にしても土葬にしても直視したくはない光景が、死後には待っている。それならば見方によっては尊厳の感じられないような方法ではあるかもしれないが死後も役に立つやりかたを選ぶのは賢い方法なのではないか。

 著者の会った貴重な献体を利用している多くの人々が、自分にもやがて死が訪れたら同じように扱って欲しいと言っているのが印象的である。著者自身は、献体は家族が反対なので家族が生きているうちには申し込みをしないが脳死後の臓器提供は絶対にやりたいという。

 そしてそこからが振るっているのだが、続いてこう書く。

 献体に申し込むなら、解剖する学生のために、私の履歴書をつけておこう(これはできる)。学生たちが私の崩れかけた外皮を見下ろしてこう言ってくれたらいい。「わあ、死体の本を書いた人だって」
 もしも前もって自分の死体に準備しておくことができるものなら、ウィンクさせたいところだ。


 科学を愛し、臆することなく死体が扱われる世界を調査して回る人ならではの素敵な態度ではなかろうか。

 ただ、取材の合間合間に入る著者の感想や思いが私には過剰気味だった。もっと淡々と事実関係を書いてくれたら同じページでもっと多くのことが詰め込めただろうに。それと、アメリカ人的なジョークが多く、それをきっちりと直截的に訳してくれるものだからどうも話の腰を折られる。そんな点はあるが、死後に開かれる新たな世界を覗き見て、生活の影に死者の貢献があることを教えてくれた素敵な本だと思う。
ノンフィクション | 2006/11/27(月) 22:31 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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