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229冊目 ポピュラーサイエンス 地球
ポピュラーサイエンス地球

坂田 俊文著

丸善 (1993.10)

\652

評価:☆☆☆


 地球について広く浅く、分かっていることが記されている。といっても、地球のことだけしか書かれていないというわけではない。地球の特殊性を知るためには太陽系惑星についても知らなければならないし、地球にもっとも影響を与えている二つの天体、太陽と月についても語らねばならない。

 たとえば悠久なる昔には月が今よりも遥かに近い軌道を回っていたこと(現在は38万キロ、昔は1万5000キロ)、常に地球には同じ面を向けていること、月から見た地球の姿など、を知れば月が地球に少なからぬ影響を与えていたことを実感できるだろう。

 月がなかったら地球はどうなっていたか、ということについては『オンライン書店ビーケーワン:もしも月がなかったら』が詳しいので興味がある方は是非こちらを当たってもらいたい。

 また、太陽の影響としてエネルギー収支の問題や太陽黒点などの話題が取り上げられている。天文学的な時間を感じさせてくれるのは、太陽中心にて水素が核融合してヘリウムになる際に発生した膨大な熱が太陽表面から宇宙に発散されるまで百万年単位の時間が必要であるというようなことか。

 地球に目を転じると、陸地、海の実態や水、熱の循環、プレートテクトニクスなど、基本的なことが網羅されている。火山や氷河、地震に人間活動の影響と、身近ではなかなか感じられないことが実は我々の生活を左右しかねない巨大な動きにつながることが実感できるのではなかろうか。

 科学に興味を持ち始める中学生や高校生にも難しいことはなく、簡単に理解でき、すらすら読めてしまう点ですばらしい入門書なのではなかろうか。地球科学に興味を持っていてもなにから読んだら良いのか分からない、という方にはまずこれを勧めたい。




 惜しむらくは、私には既知の内容ばかりだったということだ。
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その他科学 | 2006/11/30(木) 23:30 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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228冊目 つくられた暴君と明君 隋の煬帝と唐の太宗
つくられた暴君と明君 隋の煬帝と唐の太宗

布目 潮渢著

清水書院 (1984.10)

\651

評価:☆☆☆☆


 中国で暗君といえば真っ先に思い浮かぶのが夏の傑王、殷の紂王だろう。そして彼らのすぐ次に出る名前こそ、隋の煬帝である。

 三国時代をようやく統一した晋があっけなく崩壊し、そこからいつ果てるとも無く続いた戦乱の世をようやく統一したのが楊堅、すなわち隋の文帝。ところがその子である楊広の代に失政もあって反乱が頻発、楊広は首を絞められて殺され、全土は麻のように乱れる。混乱の中で頭目を表したのが李淵だった。

 といっても、李淵は優柔不断の女好き、煬帝に命じられた反乱討伐に失敗して懲罰が待ち受けていたかもしれない状況だった。この親父を担ぎ上げ、遂に唐を建国したのは李淵の次男李世民であったといっても過言はない。この李世民、建国時には方々で戦果を上げて領土を広げ、また四方からの攻撃をよく防いだ。高祖李淵の後を継ぎ、二代目の皇帝となってからは部下の諫言をよく聞き、安定した社会を作り上げた。元号を取って貞観の治、という。

 おおむねこのような評価が両者に与えられている。屈指の暗君と稀有な名君。この落差は余りに巨大である。

 しかし、実際はどうだったのか。実は太宗李世民は決して褒められるだけの人物ではない。(正当防衛気味のところはあるにしても)兄弟を玄武門の変で暗殺、父である皇帝を監禁して実権を握り、晩年には隋が行って失敗し、反乱を招く原因ともなった高句麗への出兵を強行。しかし得るものが無く、国内を疲弊させる。しかも玄武門の変で殺害した自らの弟、李元吉の妃を皇后にしようとして部下に反対される始末。

 一方の隋の煬帝はどうか。彼の悪事といえば、運河網の整備に民を使役して国力を疲弊させ、三度に渡る高句麗出兵に敗北、一方で自身は酒色に溺れたという。

 運河網の整備は、確かに動員された人々にとっては迷惑な話だったかもしれない。しかし一度これが整備されれば受ける利益は極めて大きく、役にも立たない壮麗で華美なモニュメントを作り上げたのとは随分と事情が異なるだろう。著者は為政者としての覇気があれば多かれ少なかれこのような事業は行うもので、暗君としてことさらに取り上げるようなことではないと指摘する。

 実像を眺めてみれば実は煬帝は言われるほどの暗君ではなく、太宗は言われるほどの名君ではない。過去の評価を離れて冷静に二人を評価しよう、というのが本書の目的で、多くの共通点を挙げることでその目標は達成できているように思う。煬帝の詩才が非常に優れていたことなど、面白い話題が多かった。

 どうも唐の太宗はプロパガンダに巧みであったらしく、当初から自分の政治を良く評価されようと様々な手を打っていたらしい。その結果、太宗の実像に迫れなくなっているというのはなんとも残念なことでこのような冷静な本は高い価値を持つだろう。

 ただ、やはり読んでいると煬帝は暗君であると思うし、太宗の才能は極めて巨大で言われるほどではないとしても名君であったことは間違いないと思う。

 むしろ太宗の最大の失敗は跡継ぎ問題とそれに関して李勣の扱いを誤ったことだろう。それが故、太宗の後宮にいた一人の女性により、唐は一時の中断を余儀なくされることになる。すなわち、則天武后である(則天武后本人の治世を評価しないわけではないが、多くの反乱を誘発するなど社会の動乱を招いたことは非難されて良いと思う)。が、そこまでは本書の扱う領域ではないのでこのあたりで筆をおくことにしよう。



2006.12.1追記
 この本の存在自体はかなり以前に知ってはいたのだが、もうとっくに絶版になっているかと思っていた。入手可能であることを知ったのはコメントを頂戴したオジオンさんのブログ、「幻想工房」雑記長の中で本書を紹介されている『つくられた暴君と明君 隋の煬帝と唐の太宗』 読了という記事だった。

 それをすっかり失念してしまっていたのだが、コメントを読んで思い出した次第。オジオンさんには面白い本を紹介してくださったことの感謝と教えていただきながら忘れてしまったお詫びを込めて、特に注記しておく。
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中国史 | 2006/11/29(水) 23:59 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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227冊目 死体はみんな生きている
死体はみんな生きている

メアリー・ローチ著 / 殿村 直子訳

日本放送出版協会 (2005.1)

\2,100

評価:☆☆☆☆


 注意を引くタイトルである。死体なのに生きている?どういうことだ?

 何の本かというと、死体の本だ(注.見れば分かります)。より詳しくいうと、死体がどのように社会の役に立っているか、について書かれている。

 死体にしかできないこと、というのは実は少なくない。ぱっと思い浮かぶのは献体。教科書で勉強しただけの新米医師には誰も自分の体を切られたくなんかないだろう。なにせ、命に関わる。しかし死体はそんな不満は言わない。彼らにはもう苦痛はないし、切り刻まれたその後を心配することもない。だから、死体を使って医療の実習をするのは実に理にかなったことだ。

 あるいは自動車の安全性テスト。衝突と人体の損傷の相関を知らなければ、どの程度まで安全性を高めれば事故から生還できるかを知ることはできない。

 ダミーでは駄目なのか?と問われるかもしれない。しかし、その答えは残念ながら否、である。ダミーではどうしても人体を詳細には再現できない。たとえば急激に振り回されたりハンドルに衝突した際に血管がどのような損傷を受けるかというのはダミーでは分からない。したがって、ダミーで済む試験はダミーで済ませ、それでは用を成さない試験には死体が使われることになる。

 また、以前紹介した『死体につく虫が犯人を告げる』に関連した使われ方もする。すなわち、殺人事件や人身事故、災害で不慮の死を遂げた人々の死因や死後経過時間を割り出すためのデータを得るために様々な状況下に置かれ、朽ち果てていく様を観察される。

 他にも驚くほど様々な死体の使われ方がある。興味が沸いた方は是非本書に当たってみて欲しい。

 扱うものが死体なので、どうしても精神的に平穏ではいられない。死体にも与えられて当然の尊厳が欠けているように感じられることもある。事実、本書でも紹介されているが近代医学の黎明期には解剖したい医師側と解剖されたくない一般人の意思の乖離から目を背けたくなるような蛮行が行われていたそうである。

 しかし、現在では死体の供給源は全て提供者の(生前の)意思によっている。献体だ。それがあって車の安全性は飛躍的に上がり、次代の医療従事者が生まれてくる。死体になってからできる、貴重な仕事だ。

 死体は最後には朽ちる。特殊なプロセスを踏まない限り腐敗のプロセスは止めることはできない。自然に朽ちていく姿にも、実は尊厳なんてものは存在しないのだ。私は夏に死んだ祖母から弱く死臭(腐敗臭)が漂ってきたとき、それを強く感じた。火葬にしても土葬にしても直視したくはない光景が、死後には待っている。それならば見方によっては尊厳の感じられないような方法ではあるかもしれないが死後も役に立つやりかたを選ぶのは賢い方法なのではないか。

 著者の会った貴重な献体を利用している多くの人々が、自分にもやがて死が訪れたら同じように扱って欲しいと言っているのが印象的である。著者自身は、献体は家族が反対なので家族が生きているうちには申し込みをしないが脳死後の臓器提供は絶対にやりたいという。

 そしてそこからが振るっているのだが、続いてこう書く。

 献体に申し込むなら、解剖する学生のために、私の履歴書をつけておこう(これはできる)。学生たちが私の崩れかけた外皮を見下ろしてこう言ってくれたらいい。「わあ、死体の本を書いた人だって」
 もしも前もって自分の死体に準備しておくことができるものなら、ウィンクさせたいところだ。


 科学を愛し、臆することなく死体が扱われる世界を調査して回る人ならではの素敵な態度ではなかろうか。

 ただ、取材の合間合間に入る著者の感想や思いが私には過剰気味だった。もっと淡々と事実関係を書いてくれたら同じページでもっと多くのことが詰め込めただろうに。それと、アメリカ人的なジョークが多く、それをきっちりと直截的に訳してくれるものだからどうも話の腰を折られる。そんな点はあるが、死後に開かれる新たな世界を覗き見て、生活の影に死者の貢献があることを教えてくれた素敵な本だと思う。
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ノンフィクション | 2006/11/27(月) 22:31 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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226冊目 お言葉ですが…
お言葉ですが…

高島 俊男著

文芸春秋 (1999.10)

\540

評価:☆☆☆


 タイトルの付け方が上手い。言葉に関するエッセイなのだが、「言葉についてのことですが」ということと、タイトルから想起される「その言葉の使い方はいかがなものか」という二つの意味が込められている。

 これで内容についてもほとんど説明できてしまうわけであるが、評をこれで止めてしまうのは余りに手抜きなのでもうちょっと。

 漢籍、中でも論語や戦国策、史記、唐詩などは昔の教養だったこともあってそこから採られた単語や成句は沢山ある。また、漢字の意味は日本語だけからは追いかけることができないのは当然で、中国で使われていた意味を知り、それが日本に入ってきてどのように受け入れられ、変質して来たのかを把握しなければ言葉の正しさは論じられない。漢籍に関する深い知識を有することは日本語を論じる上での欠かせない能力といっても過言は無かろう。

 思うに、著者は漢籍についての深い知識を有する最後の世代に属しているのではなかろうか。深くて広い知識を縦横に駆使して言葉の怪しげな使い方に異議を唱えるエッセイはやはり面白い。これが浅薄な思い込みにのみ基づいていたら興ざめなのだが。

 そしてもう一点、本書の魅力を高めているのは、著者の確固とした信念が一本筋を通していることにある。立つところが固まっていることは視点のブレをもたらさない。なので、主題の絞られていないエッセイでありながらどこか筋が通っているように感じられる。言葉へのこだわり、とりわけ日本語への愛情を感じさせられる一冊。
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エッセイ | 2006/11/26(日) 16:15 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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225冊目 参謀本部と陸軍大学校
参謀本部と陸軍大学校

黒野 耐著

講談社 (2004.3)

\756

評価:☆☆☆


 1937年の支那事変に始まる中国との全面戦争を経て太平洋戦争で敗北するまで、日本は足掛け9年間戦争を続けた(満州事変からだと15年間)。その間、政略と軍略は必ずしも一致せず、国家として目指す大戦略は遂に生まれる事が無かった。

 大戦略の欠如は目先の勝利に酔って大局を見ない、近視眼的対応を生み、やがては大国全てを敵に回しての大戦争に至ってしまったわけだ。

 政略と軍略はなぜ一致しなかったのか。その原因を、著者は組織論の視点から追求する。陸軍の創設から参謀本部の成立、そして陸軍大学校の開校とそれぞれの運営を通して、良くも悪くもその後の歴史を生み出した流れを概観している。

 戦争というとどうしても軍部の独走というイメージがあるが、しかし本書は安易にその立場を追認したりはしない。近衛らの文官がより積極的に蒋介石との交渉を拒否し、落としどころを誤っていく姿も描かれている。しかし、それを加えてもやはり軍部は政治の掣肘をあまりに受けなかった。いや、実態はもっと深刻で、軍中央の統制すら現場の部隊は受け入れなかった。所謂、下克上である。

 本書ではその独走の原因となった、政治からの容喙を受けない組織体制の成立を陸軍創設時から認められるとする。そうした欠陥を内包した組織がなぜ日清・日露戦争に勝てたのか。著者はそれを軍の側の冷徹な判断に求める。また、興味深いのはこの頃から既に日本軍の兵站軽視が見られることだろう。

 そして陸軍大学校にも近視眼的な視点は宿っていた。やはり兵站は軽視され、大戦略は省みられずに戦闘場面での教育に焦点が当てられ、そして参謀と将軍という異なる役割を持つ役割に就かせるための学生たちに一律に同じ教育を施すという無意味な行動に走る。

 どの例を見ても大局を見て先を計算する視点が欠如しているのが良く分かる。焦点が絞られているため著者の指摘は説得力を持ち、それが本書を理解しやすくしているだろう。軍部がなぜ独走できたのかを手軽に知るのに適した本だと思う。
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太平洋戦争・二次大戦・現代史 | 2006/11/25(土) 23:56 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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変なトラックバックがやたらと増える
 いつも来てくださっている方にはもうバレていることだろうけど、このブログは人気があるわけでも無いし世間から高く評価されているわけでもない。一部の方が過剰なほど評価してくださっているのは本当に嬉しいし有難いが、ネット界は勿論のこと、ブログ界においても辺境の地であるというのが実態だろう。

 それでも私の無秩序な読書傾向は多くの単語を文章中に含むことになり、結果として検索エンジンにひっかかりやすくなっているようだ。駄文を読んでくださる方々全てに感謝したい。

 だけど、来訪者が増えるということは怪しい人々もやってくることにつながる。

 聖書の暗号【the bible code】聖書の暗号が示す2006年とはなんてところからトラックバックされているが、『聖書の暗号』がやったように、適当な間隔で文字を飛ばして読めばどんな文章でも預言書になりうるというのは数学的に証明されている。

 このあたりは春田館(本館)で肝にして要を得た批判がされているのでそちらを是非ご覧頂きたい。重要な人物の暗殺にデューク東郷(ゴルゴ13)が関わっていることが聖書の暗号方式から導き出されるなど(イツァーク・ラビンロバート・ケネディの例)、その馬鹿馬鹿しさは折り紙つき。こんな愚説を未だに信じられる人がいるという、そのこと自体が驚きだ。

 もう1件、経皮毒を知って経皮毒を防ぐデトックス大作戦なるサイトのダイオキシン吸収の新ルート・経皮毒とダイオキシンという記事がある。読んでみるとこれが噴飯もの。

合成界面活性剤が水道水に含まれる塩素に反応して
ダイオキシンが発生するという説や

塩素系漂白剤の使用によってダイオキシンが発生する、
という説もあるのです。

と、いうことは・・・・

私たちの身近な日用品である、洗剤や漂白剤を使うことで

ダイオキシンが発生し、

そのダイオキシンを、皮膚から体内に吸収している、
という経皮毒ルートが考えられます。

台所洗剤やシャンプー、リンス、漂白した下着やタオルを使うと、
恐ろしいダイオキシンが体内に・・・
(同サイトより)


 ○○○という説があるという紹介だったはずが、いつのまにか確定した事実になってそれを元に恐怖を煽るというどうしようもない論理構成である。そもそも、ダイオキシンなんてものは自然状態でも発生している。塩分があるところで火が燃えれば自然と発生するのだ。である以上、人類が地球に誕生する遥か昔から一定量のダイオキシンは地上に存在してきたのである。なので、その程度の濃度ではそもそも生物に多大な害は与えない(与えているならとっくの昔に生物は死に絶えている)。そういう常識を身につけて欲しい。

 ダイオキシンの害を認めるとしてもまだ問題がある。大体、塩素系の漂白剤を使ったとしても、そこからダイオキシンを生み出す有機化学反応がそうそう簡単に進むわけではない。燃焼炉で高温下におかれるのとは訳が違う。説がある、ということから安易に想像を広げるべきではない。

 それにしても、こういったTBをする人々は余程文章読解力が無いのだろう。私のサイトをちょっと辿ればたちどころにこの手のネタに対して懐疑的であることが分かると思うのだが。というわけで、トラックバックもコメントも、相手の立場を考えてやりましょう、ということですね。

 加えて、アダルトを含む宣伝目的のトラックバックが多いので、日々禁止ワードを追加している。今やコメントやトラックバックにコンタクトという単語すら禁止なのだ。もしコメントできないという問題があったら、適当に単語を減らしていただけたら助かります。たとえば宇宙人とのコンタクトに成功した、なら宇宙人と巡り会った、とか。もちろん、宇宙人と出会いました、だと弾かれます。理由はご想像の通り(笑)。世知辛い世の中ですね。
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雑記 | 2006/11/25(土) 19:09 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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224冊目 三国志人物外伝
三国志人物外伝

坂口 和澄著

平凡社 (2006.5)

\966

評価:☆☆☆


 三国志の演義しか知らない読者向けに、正史で実際に描かれている人物像はどのようなものかを解く、正史初心者向けの本。

 したがって、演義しか知らないヒトにとっては特に呉の政権争いなどで面白い話題が多いのではなかろうか。人気武将の趙雲が実はぜんぜん活躍していないこと、司馬一族による皇帝の廃位と殺害、それに伴う汝南の反乱などは蜀びいきの演義しか知らなければ実に興味深いのではなかろうか。

 ただ、私には物足りなく感じた(当然か)。ほとんどのことは知っている内容で、中級者(なんの?)以上は読んでも新発見は余り無く、面白みに欠けるだろう。そういうヒトは三国志 正史と小説の狭間を読んでください。

 なにやら酷評しているっぽいが、知っている範囲の違いの問題で、ゲームやマンガ、小説などで三国志を気に入っている方には読んでもらいたいと思う。
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中国史 | 2006/11/24(金) 19:41 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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223冊目 そして、奇跡は起こった!
そして、奇跡は起こった!

ジェニファー・アームストロング著 / 灰島 かり訳

評論社 (2000.9)

\1,680

評価:☆☆☆☆☆


 冒険に行きたい男子を求む。収入少。極寒。まったく太陽を見ない日々が数ヶ月続く。危険が多く、生還の保証はない。成功した場合のみ、名誉と賞賛を得る。

 シャクルトンが南極大陸横断計画を始めるにあたっての隊員募集要項である。この募集に5千人もの応募があったという。1914年、シャクルトンはエンデュアランス(不屈の忍耐)号に乗り込み南極横断を目指して故国イギリスを発った。

 ところがこの年はいつも以上に厳しい寒さが極地を襲っていた。1915年1月、エンデュアランス号は南極を160km先に望みながら氷に囲まれ、動きが取れなくなる。南極大陸横断という壮大な計画は、南極大陸の地に踏み込むことなく失敗に終わるのである。

 エンデュアランス号の面々は特に絶望したわけではない。船はあるし、ペンギンやアザラシなど食料は手に入れられる。氷が越冬して船が動けるようになれば帰れるのだ。だから彼らは冗談を忘れず、それなりに楽しく過ごしたようである。「恋人たち、そして妻たちへ ――― 両方が鉢合せしないよう護りたまえ」と。

 希望は、しかし長くは続かない。エンデュアランス号が氷に破壊されてしまったためである。彼らに残されたのは、救命ボートとわずかな物資だけ。やがて持ってきた食料は尽き、南極の冬が襲い掛かる。ここからがシャクルトンの名を今に至るまで輝かせている冒険の、本当の始まりだったのだ。

 シャクルトンの不屈の忍耐、類まれなる統率力、そして判断力と気力は絶望的とも思える状況にあって隊員たちの支えとなる。シャクルトンは全員を率いて荒れ狂う南極海をボートで進みエレファント島にたどり着き、そこからは6名の隊員のみで1000kmを超える救援の旅に出発する。ボートと四分儀だけを頼りに。

 次から次に苦難が襲い掛かってくるが、それらをことごとく退け、シャクルトンは脱出行を成し遂げる。驚嘆すべきことに、極寒の地に1年半も閉じ込められながら誰一人欠くことなく隊員を生還させたのだ。救助を待った者は、救助隊と共に戻ってきたシャクルトンにこう言ったという。「ボス、あなたならもどってきてくれると信じていました」

 シャクルトンは、部下が待っていたから脱出をやり遂げられた、という。過酷な環境にあった部下の離反を招かず、ここまで信頼を寄せられたのだろう。その筆舌に尽くしがたいほど厳しく辛い旅は人間の想像力を超えたところにある。生還を夢想すらできない、そんな旅を成功に導いたシャクルトンの冒険には圧倒的な感動があると思う。優れたリーダーによる冒険の時代、中でも燦然と輝く金字塔であると言って過言は無かろう。

 そのリーダーシップ、決断、そして仲間への連帯感は時代を超えて我々に訴求するものがある。冒険譚としてもノンフィクションとしても実に面白く、ページを繰る手が止まらないほどだった。多くの方にお勧めしたい。

 極地の天候の厳しさについての説明があることで、シャクルトンの置かれた状況の酷さが伝わってくるのと同時に、極地の持つ独特の気候条件についても興味が沸いてきたのも事実である。極地についてはいろいろと面白い話がありそうと思われる。そういう興味を持たせてくれた点でも嬉しい。
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ノンフィクション | 2006/11/23(木) 19:31 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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何をしにきたのやら
 ふと我に返ってみると凄いことになっている。いや、気付けよ、って話なんだけど。

 これが赴任先まで持ってきた未読本の山です。
061121.JPG

(今後紹介する本なのでタイトルが見えないようにしています。マンガは一冊も持ってきてません)

 で、机の上には所狭しと各種のお茶が並んでいて、お茶は嫁さんがお茶好きの私のためにいろいろ用意してくれたからなんだけど、とにかくお茶と本とは特筆すべき量になっている。単価としてはもちろんこのノートPCが一番高いのだけど、私の肩こりを誘発する度合いに関しては本の圧勝。おかげで肩が痛い毎日です。

 ちなみに自室にはこれの倍はある未読本の山が築かれています。精神安定剤の代わりと思えば安いもの。
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雑記 | 2006/11/21(火) 23:31 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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222冊目 戦争民営化
戦争民営化

松本 利秋〔著〕

祥伝社 (2005.8)

\798

評価:☆☆☆☆


 サブタイトルに“10兆円ビジネスの全貌”とあり、イラク戦争など現代戦の背後にある戦争の民営化が描かれているのかと思って手に取ったのだが、予想外の内容だった。

 本書は、まずイラクで戦死した斉藤昭彦さんのことから筆を起こす。戦争と聞いて思い浮かべる通常戦が終了した後、ゲリラ戦(あるいはテロ戦争)が続くイラクで、彼は何をしていたのか。彼の死後に明らかとなったのは、彼が戦争を請け負う民間企業であるイギリス系の警備会社、ハート・セキュリティの一員だったこと。そしてハート・セキュリティのように、戦争の様々な局面で戦闘から雑務にいたるまであらゆる類の業務を引き受ける民間企業が少なからず存在していることである。

 この事実を明らかにした後、クセノフォン率いるギリシアの傭兵部隊による敵地ペルシアからの6000キロの逃走劇、カルタゴとローマの戦い、スイス傭兵とフランス王朝からアフリカ、南米、中東、アジアと各国で繰り広げられる紛争で見られる傭兵たちの活躍を取り上げる。戦争をビジネスにしているという点で、彼ら傭兵こそがその起源であると言えるだろうことから戦争ビジネスの歴史を追うには傭兵の歴史を紐解くのが最適だろう。

 そういう点で、本書は以前紹介した『傭兵の二千年史』に似ている。しかし、『傭兵の二千年史』が歴史上の話に終始していたのとは異なり、現代史を扱っている。

 中南米における麻薬組織との戦い(もっとも、様相は複雑怪奇で政府対麻薬組織という図式は通用しない)、ピッグズ湾事件、そしてイラク戦争まで傭兵たちの作り上げたネットワークは実に広く深く世界に入り込んでいる。また、武器商人は政府と強く結びつき、エネルギー戦略とも絡んで世界をより危険な地にしている。武器商人の跋扈によって国が荒れたことを問い詰めても「お国の国防予算の件は政府の問題でしょう。われわれのビジネスは政治とは関係なく、必要な物を必要な時期に必要な場所に提供する。このことに尽きます」と言い放つ。

 戦争は一大産業となり、もはや世界の経済システムに組み込まれてしまった。それが悲しむべき現実で、だからイラク戦争は防ぎようが無かったのかもしれない。イラクの混乱も続いて喜ばれているのかもしれない。

 まずはその現実を知ることができただけで良しとしなければならないのかも知れない。
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太平洋戦争・二次大戦・現代史 | 2006/11/20(月) 23:22 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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買いも買ったり
 やはり自宅と赴任先との往復もあるし、と自分に言い訳をしつつ本に対する欲求を高めつつある今日この頃。bk1の買い物籠には70冊近くがストックされていてそれを読むにはどれだけの時間がかかるかと思うと、今持っている本をさっさと読んでいかなければ面白い本に出会う前に自分の命が尽きてしまうのではないかという焦慮に襲われる。

 今週はこちらで過ごしたので、近くの古本屋2軒を訪れ(2回トイレに篭っ)た、その成果は合計40冊、〆て15,000円。すごい話ですよ。たった15,000円で40冊なんて、1冊400円未満じゃありませんか。只みたいな買い物ですよ(そうか?)。特にブックオフのウィンたーセールがまずい。おかげで明日は腕が筋肉痛になっていそうな予感。

 そして、それだけ買ったのに不思議とbk1のリストは全然削られない。これは最早現代の7不思議と言っても過言なかろう。

 そんなわけで、暫くの間は本屋に行かなくても用が足りそうである。でも行くんだけどね。我ながら阿呆だと思います。放っておいてください。
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雑記 | 2006/11/19(日) 18:56 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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221冊目 記憶と情動の脳科学
記憶と情動の脳科学
記憶と情動の脳科学
ジェームズ・L.マッガウ著 / 大石 高生監訳 / 久保田 競監訳
講談社 (2006.4)

評価:☆☆☆☆☆


 記憶力が優れていれば、と思う方は多いのではないか。かく言う私も自分の記憶力の弱さにはいつも嘆かわしい思いを抱かされている。記録装置に書き込まれたような、経験したあらゆることを全く忘れずにデータとして保存したいというわけではなく、読んだ本のポイントやエピソードなどがあっという間に失われていくことさえ防げれば良いと思うのだ。そんな悩みを持つ方に、本書は丁度よいのではないか。

 記憶について、その物理・化学的な詳細に立ち入ることなく初心者に大変分かりやすく説明してくれている。記憶の作られ方や種類、固定されるまでの様々なことは多くの動物実験を通じて明らかになっている。実験そのものも示唆することが多く、読んで面白いし、そこから導き出される推測には意外な話や自らの経験と照らし合わせて腑に落ちる話など実に様々で、読んでいて飽きない。

 脳科学はその症例の面白さが特筆すべき分野でもあると思う。漫画や小説でしばしば記憶喪失がテーマになるが、実際の記憶喪失の事例から記憶のメカニズムが調べられるとはなんとも面白い。前向性健忘と逆行性健忘、脳の一部が破壊されることで新しいことを覚えられなくなる症例、さらに覚えたこと全てを忘れられない人々、などなど読み物として面白い話題に加えて、どのようにしたら記憶を最も保つことができるかという実際的な話も載っている。記憶に関して分かっていることの最前線を網羅していると言っても過言では無いだろう。

 そして、読み終わったあとには不思議と多くを記憶することがそんなに素晴らしいこととは思えなくなっている自分がいるのもまた面白い。脳も上手く進化してきたものだとつくづく思う。脳科学や記憶に興味がある方は迷わず手に取ってもらいたい。実に優れた脳科学の入門書で、面白く理解しやすい。著者は勿論、訳者の労も労いたくなるそんな一冊。
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医学・脳・精神・心理 | 2006/11/19(日) 18:47 | Trackback:(1) | Comments:(0)

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220冊目 新恐竜伝説

評価:☆☆☆☆


 恐竜の定義はご存知ですか?

 恐竜のいくつかの種を知っていても、肝心の恐竜とは何かということはなかなか知られていないのではないか。その結果、恐竜について知っていることといえばティラノサウルスって肉食だったんだよね、というレベルに留まってしまう傾向があるだろう。

 おまけに、ジュラシック・パークという見事なタイトル(皮肉ではなく、恐竜の生きた時代と一瞬で知覚さ、せ興味を惹き付ける点で抜群の効果があったと思う)に騙されて、ティラノサウルスとかオヴィラプトルとかはジュラ紀の恐竜だと思われているかもしれない。しかし、彼らが生きたのはジュラ紀よりももっと後、白亜紀の後期のことである。

 え?マニアック??

 そんなことを思うヒトは本書を読む資格にはなはだ欠けると言っていいでしょう。なにせ、この本は一般書でありながら恐竜学の最先端を追いかけているのだから。とはいえ、書かれたのが1993年と随分古いので、時代の流れを感じさせずにはいられない。それでも恐竜に関する学問的な探求の一端を垣間見ることができて、それが嬉しい。

 骨の形態から見る種の位置づけや進化の流れをかなりマニアック専門的に解説しつつ、絶滅が無ければ恐竜は知性を持ち得たかといったシミュレーションや恐竜と鳥との関係など幅広い話題を網羅している。おまけに、恐竜学の周辺話と取材や酒飲み話での意外な話題など、著者の恐竜に対する思い入れが伝わってきて実に面白い。帯にマイクル・クライトン絶賛とあるがそれもあながち嘘ではないと信じられる。恐竜好きは古さに躊躇せず読んで損は無いと思う。
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地球史・古生物・恐竜 | 2006/11/18(土) 23:16 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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219冊目 アメリカの宇宙戦略
アメリカの宇宙戦略

明石 和康著

岩波書店 (2006.6)

\735

評価:☆☆☆


 2003年2月1日、スペースシャトルコロンビア号が再突入の際に空中で分解、7名の搭乗者はいずれも帰らぬ人となった。チャレンジャー号の衝撃が薄らいできた中での新たなるショック。
なぜスペースシャトルで事故が続いたのかは松浦晋也さんの『スペースシャトルの落日』に詳しい。そもそもの設計思想の拙さ、運用の問題点など、“夢の機体”が失敗作だったことを異論の余地無く示し、さらにアメリカが(軍事利用以外の)宇宙開発から手を引こうとしていることが指摘されていた。

 同じコロンビアの事故を1つの動機として書かれたのであろう本書は、だが『スペースシャトルの落日』とは随分と雰囲気が違う。アメリカは国際宇宙ステーション(ISS)の開発に力を入れていて、その一方で遥か火星を目指した大プロジェクトを立ち上げようとしている、と夢いっぱいである。遥かな宇宙開発に希望を見たい方には嬉しい話題が続くのではなかろうか。

 私も宇宙に興味がある。壮大な計画には魅せられるものが確かにある。しかし、アメリカの火星探査計画は現在の計画を棚上げして宇宙開発そのものをフェードアウトさせようとしているように思われてならない。ISSの建設は、事実シャトルの計画の遅れによって建設が遅々として進まず、一方で火星探査計画はぶちあげたのは良いがその実現可能性は将来にゆだねられていて、2006年11月現在で予想されている共和党から民主党への政権交代によって計画そのものも消滅する可能性まである。どうも楽観視はできないように思われてしまうのだ。

 本書のもう1つの柱は軍事利用、戦略ミサイル防衛計画、愛称のスターウォーズ計画で親しまれているかの計画に割かれている。テロ戦争というアメリカの掲げた大戦略、そしてアメリカ本土を護るために必要なミサイル防衛システムについて広く紹介されている。

 テロ戦争が悲惨なことにイラクとテロ組織とのいかなるつながりも見出せなければ事前にあると主張した大量破壊兵器もみつからず、徒に中東を不安定化させたのと同時にアメリカの力を失墜させたことに対しては批判がある。しかし、その性格上、特定の固定的な拠点を持たないテロ集団にとって、冷戦時代の理論的支柱だった相互確証破壊(略称のMADは実によくその性格を表していると思う)は通用しない。座して攻撃を待つより防衛システムを作り上げるべきだとの主張は確かに一理あると思われる。

 問題は、本書でも指摘されているとおり、実験段階で実に多くの失敗があったにも関わらず、その十分な検証も行われないまま実戦配備されようとしていることにあると思う。まだ実験段階にあるように思われてならないのだ。そのあたりの事実関係は本書に当たって欲しい。今後の防衛戦略を考える上でも、知っていて損は無いと思う。その上で、宇宙開発に希望を持っているのが本書だ。スペースシャトルを失敗作だと認識していないように思われるところもあるなど楽観的に過ぎるようにも思われるが、挑戦の前には希望が無ければ話が進まない。将来に思いを馳せるためにも、本書の価値があるのかもしれない。
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未分類 | 2006/11/16(木) 00:01 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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218冊目 科学が明かす古代文明の謎
科学が明かす古代文明の謎

金子 史朗著

中央公論社 (1998.9)

\1,995

評価:☆☆☆☆


 紀元前218年、カルタゴの名将ハンニバルは象軍を引き連れてアルプスを踏破、ローマに迫る。ハンニバルの名を高らしめ、現在までも勇名を轟かせることになる一連の戦いの勃発である。

 この戦争そのものについては多くの人々が題材として取り上げており、大まかな流れを追いかけることができる。ハンニバルあるいはポエニ戦争をキーワードに検索してみると多くの書物、サイトに出会うことができるだろう。

 しかし、そのハンニバルが引き連れた象の出自は?となるととたんに情報量が限られてくるのではなかろうか。ましてや
彼らがどのようにして山越えを行ったのか、ということになると。峠は岩で通行不能になっていたそうである。その岩をハンニバルの工兵隊はどのように片付けたのだろうか。

 そんな歴史の裏にある科学の謎に迫っているのが本書である。エジプトのミイラ作製技術とそれにまつわるアスファルト貿易の話、隕鉄を用いた鉄器の製造、アンコールワットに見られる見事な建築の材料となった石材の出自、火山に埋もれたポンペイの在りし日の姿、アレクサンドロス大王とその父マケドニア王フィリッポスおよび大王の師アリストテレスの政治、フランス海中に沈む古代の壁画から読み取れる先史時代ヨーロッパの自然環境など幅広い話題で科学から語ることのできる多くの知見が書かれていてとても面白い。

 特にハンニバルには多くの分量が割かれていて著者の思い入れが伺える。象の種類から北アフリカの古生物にまで話が及ぶその話題の奔放さがすばらしい。遺体を腐敗させずに保存するためにアスファルトが役立つことや、英語でミイラを表す「mummy」がアラビア語の「mumiya」(瀝青=アスファルトの原料で処理したもの)に由来することなど断片的な知識としてだけでも意外な話題が満載なのも魅力を高めている。また、歴史の流れに地質学を当てはめるとどんなことが分かるのかということも普段気に留めていなかったので新たな視点を提供してくれた。

 さらに、著者が実に博識で多くの文献に当たりっていることで、面白く意外なエピソードを多量に提供してくれながらも決して異端にはなっていないことも本書を特徴付けているのではなかろうか。著者の推測はきちんと推測であることが明記される丁寧な姿勢も慎重さと真摯さを感じさせてくれる。歴史と科学の交わる、そんな交点の面白さを教えてくれた一冊。
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その他科学 | 2006/11/13(月) 23:52 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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217冊目 地政学入門
地政学入門

曽村 保信著

中央公論新社 (2000.4)

\735

評価:☆☆☆☆


 たとえば朝鮮有事ということを考えてみて欲しい。朝鮮戦争では、地理的には朝鮮半島のみが舞台になったわけだが次はどうだろうか。恐らく、次の戦争があれば範囲は半島に限定されず、広がりを見せるだろう。韓国を護る米軍は日本に駐留していて、日本が不沈空母としての役割を持つ以上、それは避けられない。技術の進歩によって北から直接日本を狙えるようになったことも大きい。否応無く巻き込まれる。その可能性は極めて高いといって良いだろう。では、その危機にどう対処するか。

 地理的、政治的な環境下でどのように自国を保っていくかを検討することが地政学である。古くは、大東亜共栄圏というのも地政学に基づく戦略だ。大東亜共栄圏と聞くとなにやら芳しくないイメージが沸いてくるが、大東亜共栄圏が破綻したのはその大戦略を達成するために必要な戦略・政略を欠いていたからに他ならず、地政学という概念そのものが悪いわけではない。(対米戦争に踏み切りながらその終結方法すら考えていなかったことなどはお粗末に過ぎる)

 ところが戦後日本は戦争と一緒に地政学そのものを放棄してしまった。アメリカの意向もあったとはいえ、いくらなんでも知的怠慢にすぎる。冷静に地政学を捉えなおし、地政学はどのようなものか、また、現実の世界がどのように地政学を用いているかを知るための入門書として本書は役立つだろう。

 古くはナポレオンから現代のテロ戦争(この用語には強い違和感を禁じえないが)まで多くの実例を取り上げ、それぞれに対応する地政学理論を解説することで地政学がどのように組み立てられているかを大雑把に把握することができる。

 重要なのは、理論と過去の事例を両方取り上げて地政学的な成功(あるいは失敗)を抜き出してくれることで、なぜ過去の戦争が成功(あるいは失敗)したかが分かりやすいことにある。理論であるからにはそれなりの普遍性を持つわけで、それは今後の世界の戦略にも大きな影響を与えることだろう。

 本書が面白いもう1点のポイントは、イラク戦争が失敗であると断じたり不毛な戦争は軍ではなく政治が起こすと指摘したりすることにある。イラク戦争が失敗と判断されているのはアメリカのこのたびの選挙結果を見ても世界的趨勢となっている。力ではなく善政で対処しなければいけないところを力で解決しようとすることの愚、力で解決すべきことを政治だけで解決しようとする暴挙、それらはどちらも防がれなければならない。

 日本という国家はいやでも世界の中にあって、地球全体が組み込まれたシステムの中で生きていかなければならない。そうである以上、地政学をしっかり学んだ人々が政治、なかでも外交と防衛分野にいてもらわなければならないと強く感じた。それはなにも戦争を仕掛けて覇権を手に入れるためではない。平穏な生活を護るためにも必須なのだ。


 なお、朝鮮有事になって日本が巻き込まれても、北のミサイルは命中精度がお粗末であることと日本の航空海洋防衛能力は世界有数クラスであることから航空および海上からの攻撃は効果的に防ぐことができること、この2点の理由によって通常選については危惧する必要は無いだろう。むしろ、朝鮮半島から溢れ出た膨大な難民をどう処理するか。どこに集め、食料や生活必需品をどう確保・輸送するか、中に潜む工作員の破壊活動をどう食い止めるかといったことの方がより大きな問題と思う。まさか難民の姿を見つけ次第、悉く殺してしまうわけには行かない以上、こういった問題は真剣に考える必要があるだろう。
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ノンフィクション | 2006/11/11(土) 13:22 | Trackback:(0) | Comments:(1)

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216冊目 馮道
馮道

礪波 護著

中央公論新社 (2003.10)

\1,150

評価:☆☆☆☆


 昔、「1人より2人が良いさ、2人より3人の方が良い」という歌があった。数学的帰納法によると多い方がずっと良くなるように思われるわけなのだけど、そうではない分野というのも確かにある。

 歴史もその1つで、あれだけ多数のファンを持つ三国志と比べて当社比3倍以上の国々が覇を競った5代10国時代のファンはそりゃあもう圧倒的に少数派であろう。そもそも、5代10国なんて世界史の時間で聞いたことがあるくらいで国名なんて1つも知らない、という人も珍しくないのではなかろうか。

 本も糸口も少ない。だから人気が無いのか人気が無いから本が少ないのか。人気の無い理由は、王朝の交代が余りに早すぎるため、思い入れを持ちにくいことにあるのではなかろうか。

 そんなご時勢なので、馮道を取り上げた本があり、版を重ねているというのは正直、驚きものである。馮道は唐が滅んで宋が成立するまでの政変と争乱の時代に生まれ、なんと5朝8姓11人の天子に仕え、各国で宰相を歴任した人物。王朝が変わっても平然と次の政府に出仕し、それどころか情勢が固まる前から次の実権者を見極めた行動を取った彼に対し、後世に多くの者が批判を加えた。曰く、破廉恥漢である、と。

 しかし、安定した状況にあって1つの政府に仕え続けることが容易どころか常識となった時代と、戦乱が続き王朝が興亡を繰り返す時代では身の処し方が異なってくるのは当然のことだろう。馮道がそうしなければならなかった時代を考えてようやく、多くの王朝でなぜ彼が大臣、宰相を歴任できたのかのなぞに迫ることができる。

 武辺の世の中にあって、馮道はさしたる名家でもなければコネも無い中で博識多才と人柄を評価されて出世を重ねた。生き物は極力殺さない。草も抜かない。そんな人物がそのまま政治家として大成するのは難しいように思えてならないが、だがそれゆえに彼は出世したのだろう。

 馮道という、なかなか知られていない人物を魅力たっぷりに、かつそれまでの毀誉褒貶とは切り離して語る本書はなかなかに面白い。ただ、やはり王朝が多すぎてなかなか1つのストーリーとして頭に入ってこないのが弱点か。あくまで馮道の評伝として読み、背景の歴史部分については流して読み、戦乱の時代の中で馮道がどのように民を護ろうと腐心したか、そこを楽しんだ方が良いかも知れない。5代10国時代に興味があるなら、通史としても楽しめるだろう。
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中国史 | 2006/11/08(水) 22:14 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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215冊目 スタイビング教授の超古代文明謎解き講座
スタイビング教授の超古代文明謎解き講座

ウィリアム・H・スタイビングJr.著 / 皆神 竜太郎監修 / 福岡 洋一訳

太田出版 (1999.10)

\2,100

評価:☆☆☆☆☆


 歴史にもいろいろ不思議な話がある。かの有名な世界7不思議はまさにそれだ。だけど、そういった“正統的な”不思議とは違ったところに不思議を見出してしまう人々がいる。オカルティストだ。中には真面目に信じている人々もいるが、真面目だと余計にタチの悪い話となってしまうのが悲劇というか喜劇というか、そんな話になっている。

 たとえば。遺跡や遺物の中には、当時の文明のレベルでは説明できないような高度な技術が使われたものがある。その説明としては従来の歴史に基づいた解釈ではなく、別の説明、たとえば遥かに高度な文明を持つ宇宙人の関与があったのではないか、という仮説。伝説に過ぎないものを実際にあったと信じ込むのもここに入れても良いかもしれない。

 自分が信じたい物語に合わせて歴史的事実を説明したいという人もいる。聖書に書かれていることは正しい。そこまでは信仰の世界なので認めるしかないかもしれない。信じる人々にとっては聖書は正しい、と、そこまでは譲歩する気持ちがある。しかし、彼らは自分の信仰にのみとらわれることはなく、自分の信仰を客観的な真実としたがる。その結果、聖書にかかれたことは事実である。よって何らかの裏づけがあるはずだ。その証拠を出してやろう。という不毛な3段論法になってしまうわけだ。こちらの方がタチが悪いかもしれない。なにせ、信仰を共有する人々が次々に飛びついてしまうことがあるためである。

 本書は、こんな奇妙な主張を俎上に上げ、丁寧に反証を挙げることで異説にどれほどの説得力があるのかを明らかにしている。

 前者の例として取り上げられているのは、ピラミッド製造の謎およびピラミッドに不思議な力や予言はあるのか、アトランティス大陸はあったのか(ついでにムー大陸も)、過去の文明に異星人の関与はあったのか(マヤの遺跡のレリーフに書かれているのは宇宙飛行士なのか、ナスカの地上絵は宇宙人の滑走路なのか、など)、といった類のもの。

 後者の例としては、ヴェリコフスキーの主張する宇宙的規模のニアミスが聖書に書かれる天変地異の物理的背景だったのか、洪水伝説は実話に基づくのか、アララテで見られたという箱舟は例のものなのか、など。

 笑って否定するのは簡単だ。だけど、こんなトンデモない主張でも真面目に批判しようとしたら大変な努力が必要なのだ。だから普通は誰もやりたがらない。開き直ってそのトンデモっぷりを笑うならまだしも。だからこそ本書のように懇切丁寧に批判する本は貴重である。たとえばピラミッドの話では、ピラミッドの石が切り出された遺跡の話から建設中の設計変更まで様々な話題を扱っていて面白い。個人的にはピラミッドを作るための人々が暮らした施設から妊婦のミイラが見つかったことなど、奴隷による強制労働を否定する材料が書かれていなかったのがちょっと残念だったが、本筋から外れる話なので仕方ないだろう。

 異星人が古代文明に影響を与えた、という話はやっぱりデニケンが出てくる。もうこの名前だけでオカルトマニアにはたまらない。彼がどれほど証拠をいい加減に扱っているか、決定的な反証に対してどれほど不誠実か、自分の見聞と異なることでも平然と主張するか、を見ると、彼はビジネスとしてオカルトを扱っているだけにしか思えない。いつの時代もそんな人々はいるし、騙される人もいる。騙されるのも自由かもしれない。だけど、騙された最後に行き着くところはどこだろう。もしかしたらそこはキリスト教原理主義(ファンダメンタリスト)のように、誤ったことを信じていても人命に関わるほどの害を社会に与えない存在かもしれない。しかし、彗星の接近と同時に集団自殺したセブンスデイ・パブディスタント、農場で集団自殺を遂げた人民寺院、そして教祖の暴走からサリンをまき多数の人々を殺傷したオウム真理教。

 学研のオカルト雑誌、ムーがオウムをかなり好意的に紹介していたことは記憶に新しい。オカルトに飛びつく人は、狂信的な宗教にも飛びつく。水の上を歩いただとか、食べきれないほどのパンを出した、というような神秘体験は宗教に付き物で、それらはオカルトと驚くほど似通っている。そんな自称神の声を聞いた人、自称奇跡を起こせる人、自称超能力者、自称最終解脱者たちに心を奪われる人々を出さないためにも、こんな本が必要だと思う。

 問題なのは、信じたい人はこんな本を読まない、ってことだろうか。信じる心は強いので、証拠や論理は太刀打ちできないのだ。だけど、そんな異説に対して免疫を持ちたい方にはぜひ本書を読んでもらいたい、と思う。
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反疑似科学・反オカルト | 2006/11/05(日) 23:04 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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羞恥心は持つべし
 会社のヒトに趣味は読書ですと公言している。多分、私の場合には趣味というよりもむしろ中毒なのだけど、説明が簡単な方に逃げるのは世の常。

 結局、今週は帰ってきているのだけど、帰ってこられない可能性があった。2週間出張先に居続けることになっていたわけです。そうなると一番困るのは何か。生活必需品?そんなのは多少高くついてもコンビニで買ってしまえばいい。それくらいの手当ては出ているから問題ない。娯楽用品です。特に、活字が。

 カバンの隙間にはぎっしりと本を詰めて持っていったので着いたときには猛烈な肩凝りに襲われる。そんなのは覚悟の上。肩凝りが怖くて活字中毒がやってられるか。

 そんな私に職場のヒトが聞いてきたのですよ。「今回は何冊持ってきたの?」と。
 「10冊くらいです」
 「よくそんなに持ってきたね。重くない?」
 「おかげで肩凝りましたよ。でも、2週間いるかもと思ったら本が切れるのが心配で」

 さすがに言えなかった。持ってきた本は半分以上がハードカバーの全15冊です、とは。私にも羞恥心が残っていたような、そんな出来事でした。

 なお、帰宅時も含めて全部で3冊しか読み終わりませんでした。てへ。
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雑記 | 2006/11/03(金) 22:31 | Trackback:(0) | Comments:(3)

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214冊目 ジーニアス・ファクトリー
ジーニアス・ファクトリー

デイヴィッド・プロッツ著 / 酒井 泰介訳

早川書房 (2005.7)

\2,100

評価:☆☆☆☆☆


 ぴろりさんのFluffyにて紹介されていた本。面白そうで手に取ったところ、予想を超えて面白かった。(ぴろりさんのサイトはweb占いや本の紹介など面白い話題が沢山あるのでいつ行っても楽しいところです)


 性格や能力について、遺伝の大きさはもうずいぶん解明されている。おおよそ50~80%が遺伝の影響というが、一卵性双生児の性格の一致は50%よりも高いところでの遺伝率を示しているように思われる。そうした事実からも、性格が良い、あるいは能力が高い(ついでに見た目が良い)配偶者を選ぶことが大切であることが知れる。

 しかしながら、誰もがカタログじゃなくて実際の人間でやる品定め(かく言う私も品定めをし、された一人)が、スペック表と一緒に宣伝されるとなぜこれほどにも不思議な感じがするのか。どことなく優生学的な匂いがするのは間違いなくその1つの理由だろう。実際に高学歴で高収入で外見も良い男性がモテるという厳然たる事実から、女性がそれらを貴重な指標とみなしていることが示されているにも関わらず。

 あなただってチビで不細工で金もなければ教育もなければ性格も悪い人と、背が高くハンサムで金もあって高い教育を受けおまけに性格も良い人、どちらかと付き合うなら絶対後者でしょ?それと同じ選択が精子バンクでも起こるわけです。

 本書はノーベル賞受賞者のみを対象として発足した精子バンクの辿った不思議な道筋と、精子バンクに関わりを持ったスタッフ、ドナー、レシピエントたちの姿を描いたノンフィクションだ。同一人物の精子から誕生した子供たち(当然ながら卵子はそれぞれ別だ)が能力も性格もバラバラであることが面白い。能力や性格に及ぼす遺伝子の複雑な振る舞いの結果だろう。一卵性双生児ならほとんど性格は同じだが、二卵性双生児であれば一卵性双生児よりも性格の一致度は半分程度に下がる。それを考えれば、単純に精子だけノーベル賞受賞者のものを持ってきたからといって、そこから期待されるような能力がただちに導かれるというものではなかろう。

 そもそも、精子になる段階で父親の体内で祖父由来の遺伝子と祖母由来の遺伝子が複雑に交接し、組み換えを起こすことでどの精子1つをとってもオリジナルなものが出来上がる。だからこそこれほど世の中には多彩な人間が溢れかえっているのだ。単純に精子だけ良ければ後はもう放っておいても良くなるだろう、と考えるのは早計である。

 少なからず存在する環境の影響はどうか。それも本書で触れられているが、やはりそのような遺伝子を欲しがる女性は教育に熱心だろう。であるからには、環境の点では平均的な家庭よりも高い教育を受ける土壌は整っていると想定されるので、この精子バンク経由で遺伝子を引き継いだ子供は平均よりも能力が高いことが推測される。遺伝の影響を除くとしてもそう。

 こういった点を総合的に考えれば、母親の期待は少なからずはかなえられるだろうが、それは遺伝子の影響ではないかもしれない、という面白い結論にたどり着く。願ったとおり、優秀な父親からの遺伝子の影響かもしれないが。

 優秀な人々を集めた精子バンクから生まれた子供の実際の姿は、本書に余すところなく書かれている。そして、どのような人々が、どのような動機で精子バンクに参加したのかも。

 だが、私の心に残ったのは、“優秀な遺伝子”をもらった家庭が辿った道のりである。夫婦の間も、親子の間も、普通の家庭よりも緊張が強いようだ。片親だけの場合にはそれほどでもないかもしれないが、それでもやはり精子バンクを考える際にはこれが無視し得ないこととなる、ということを、私は本書を読むまで思いもかけなかった。子供ができない夫婦にとっては合理的な選択肢ではないか、としか考えていなかった自分の考えの浅薄さが身にしみる。

 天才を増やしたい、それが急務だと考えた創設者の意志は現実の人間の持つ複雑さの前にむなしく敗れ去った、というべきか。精子バンクに関与した人々の姿は面白くもあり、哀しくもあり、頼もしくもある。世の中が複雑であるのと同じように、この世界も複雑なのだ。

 ただ、不満もある。

 1つ目は、著者が(アメリカ人らしいといえばアメリカ人らしいのだが)能力や性格の遺伝性をあまり考慮しておらず、環境の影響を強く見積もっているように思えること。アメリカこそ養子が多いことから双子の性格調査などが多いので、考慮に入れて欲しかった。政治性が絡んでくるのは避けられないのが残念な話題なのではあるが。

 著者が自慰に対して偏見を抱いているように感じられることがもう1つ。(例えば「科学の名の下に自慰をすることを正当化したこと」P206など)しかしながら、自慰がなんらかの悪影響を及ぼすという証拠は全く得られていない。膨大な数の自慰にふける男性の数(経験だけで言えばほぼ100%の男性がしている)を考えれば自慰が悪影響を及ぼすという考えは過ちであることが明らかだろう。オナニーが悪影響をおぼよすというのはユダヤ教と禁欲的なプロテスタントの想像に過ぎず、むしろ適度な性欲の発散は肉体的精神的に良い影響を及ぼす可能性のほうが高い。というわけで、がんばれ、諸君(だれ?)

 知らない方のための余談だが、オナニーは聖書でいうオナンに由来する。兄が死んだ後で兄嫁を娶ったオナンが子をもうけたくないが故に精を地に流し、それが原因となって殺害される。このオナンの行為は膣外射精だったのではないかと言われるが、不思議なことに自慰に対して使われる言葉となってしまった。オナンも浮かばれまい。って、たかだか膣外射精をしただけで殺された時点で浮かばれないか。それにしても、その程度のことで殺されなければならないとは恐ろしい宗教である。がくがくぶるぶる。

 話がずれてしまったが、ノンフィクション的な手法で次々と明かされる精子バンクの実情はなかなかに興味深く、面白い。想像よりもずっと複雑な姿に、生殖という分野はどうしても合理的判断だけではやっていけないものだと感じさせられた。性格の遺伝性などに興味を持つ方も楽しんで読めると思う。そして、生殖産業について冷静に考えるには、日本よりもはるか先を行くアメリカの現状を知っておくのに損はないだろう。

 ノーベル賞受賞者の精子バンクを謳いながら、ノーベル賞受賞者の子孫を一人たりとも残すことなく終焉を遂げた末路には、いろいろ考えるべきことがあると思う。遺伝とは、家族とはということに、人間の精神というソフト面から切り込んで考えるにはなかなか良いのではなかろうか。
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生物・遺伝・病原体 | 2006/11/03(金) 00:46 | Trackback:(1) | Comments:(2)

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