松井 章著
岩波書店 (2005.1)
\777
評価:☆☆☆☆
環境考古学とはまた聞き慣れない言葉である。だが、意外なことに歴史研究として我々がすぐに思い浮かぶ2つの手法のうちの1つであるようだ。我々が歴史研究についてすぐに思い浮かべるその最初のものは文字資料に基づく研究だろう。そこには歴史書をはじめとする大量の文献や、過去に生きた人々が遺した文字史料などがある。それらの文献を縦横に駆使して過去の時代を再現する、というのが1つ。もう1つは、貝塚の研究に見られるように、過去に生きた人々が遺した文字史料以外の遺物から過去の生活など文献に残りにくいものを再現する、という手法である。
文字以外の遺物にはどんなものがあるかというと、これがまた実に様々なものがあるようで、私のような門外漢には想像すらできないような面白い世界が広がっている。記述のとおり貝塚やトイレ、ゴミや遺体、果ては戦場跡まで実に幅広い。
では環境考古学によってどんなことが分かるのか。これまた意外なことに実に多くのことが分かる。たとえばトイレの遺跡から肺吸虫という寄生虫の卵が見つかったとする。そこからこんなことが分かる。
(略)肺吸虫は、第一宿主をサワガニに、第二宿主を哺乳類にする生活史を持つことから、(略)排泄した人が、サワガニを生で食べていたことを示すだろう。
(P.56より引用)
食生活や当時の環境まで推測できるようになり、文字史料とつき合わせることで互いを補完しあい、より過去の実情に迫ることができるようになる。環境考古学が独特なのは、引用文でも分かるとおりこの学問は文章だけ読んでいても役に立たないことにある。分析手法によってあるときは化学を、あるときは生物学を、さらにあるときには物理学を駆使しなければならない。大変な話なのは容易に推測できるだろう。
そんなわけで、研究者は残された骨の形状や状態から人々の生活を探るため、動物の骨格構造に詳しくなるのは当然として考古学的に重要な生物は解剖学的な特徴まで一目で見て取り、骨に見られる跡からその骨を傷つけた道具や動物についての知識を持ち、放射線年代学のような物理化学的な手法も駆使し、果ては戦場跡をなめるように調査して金属分布を調べることで戦争の経緯を詳細に突き止めたりできるようになる。こんなに話題が広く面白そうな世界があるのを知らなかったのがもったいなく感じた。教科書の文章にしたら一文に過ぎない文章の裏にこのように膨大な時間のかかる研究がある、ということを思い知らされた一冊。歴史に興味がある方はぜひ。
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