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Author:Skywriter
あまり一般受けしない本ばかりが好きと言う難儀な管理人です。
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BK1書評の鉄人31号。
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213冊目 環境考古学への招待
環境考古学への招待

松井 章著

岩波書店 (2005.1)

\777

評価:☆☆☆☆


 環境考古学とはまた聞き慣れない言葉である。だが、意外なことに歴史研究として我々がすぐに思い浮かぶ2つの手法のうちの1つであるようだ。我々が歴史研究についてすぐに思い浮かべるその最初のものは文字資料に基づく研究だろう。そこには歴史書をはじめとする大量の文献や、過去に生きた人々が遺した文字史料などがある。それらの文献を縦横に駆使して過去の時代を再現する、というのが1つ。もう1つは、貝塚の研究に見られるように、過去に生きた人々が遺した文字史料以外の遺物から過去の生活など文献に残りにくいものを再現する、という手法である。

 文字以外の遺物にはどんなものがあるかというと、これがまた実に様々なものがあるようで、私のような門外漢には想像すらできないような面白い世界が広がっている。記述のとおり貝塚やトイレ、ゴミや遺体、果ては戦場跡まで実に幅広い。

 では環境考古学によってどんなことが分かるのか。これまた意外なことに実に多くのことが分かる。たとえばトイレの遺跡から肺吸虫という寄生虫の卵が見つかったとする。そこからこんなことが分かる。

(略)肺吸虫は、第一宿主をサワガニに、第二宿主を哺乳類にする生活史を持つことから、(略)排泄した人が、サワガニを生で食べていたことを示すだろう。
(P.56より引用)


 食生活や当時の環境まで推測できるようになり、文字史料とつき合わせることで互いを補完しあい、より過去の実情に迫ることができるようになる。環境考古学が独特なのは、引用文でも分かるとおりこの学問は文章だけ読んでいても役に立たないことにある。分析手法によってあるときは化学を、あるときは生物学を、さらにあるときには物理学を駆使しなければならない。大変な話なのは容易に推測できるだろう。

 そんなわけで、研究者は残された骨の形状や状態から人々の生活を探るため、動物の骨格構造に詳しくなるのは当然として考古学的に重要な生物は解剖学的な特徴まで一目で見て取り、骨に見られる跡からその骨を傷つけた道具や動物についての知識を持ち、放射線年代学のような物理化学的な手法も駆使し、果ては戦場跡をなめるように調査して金属分布を調べることで戦争の経緯を詳細に突き止めたりできるようになる。こんなに話題が広く面白そうな世界があるのを知らなかったのがもったいなく感じた。教科書の文章にしたら一文に過ぎない文章の裏にこのように膨大な時間のかかる研究がある、ということを思い知らされた一冊。歴史に興味がある方はぜひ。
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その他科学 | 2006/10/30(月) 22:30 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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今度の出張
 今日からまた出張。次に帰れるのはいつの日か。前と違うのはネットができることかな。といっても当分はロビーからなので便利とはいえないけど。

 今日の移動で読んだのは日経サイエンス。『戦争とオカルトの歴史』に見られるように、アメリカはかなりオカルト系の研究にも予算をつぎ込んでいて、それが批判されている。既存の科学では想定すらできないような不思議な力が科学者に気づかれないまま埋もれているという考えは無理があるように思うので、批判は当然か。

 それにしても、だんだんこの手の本の理解力が落ちている気がする。脳は放置すると悪くなる一方だから気をつけよう。
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雑記 | 2006/10/29(日) 22:32 | Trackback:(0) | Comments:(3)

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212冊目 金属は人体になぜ必要か
金属は人体になぜ必要か

桜井 弘著

講談社 (1996.6)

\987

評価:☆☆☆☆


 クロムとカドミウムに共通点がある、と言ったら大抵の人は公害をイメージするのではなかろうか。実際、6価クロムによる健康被害は広く知られているし、カドミウムは4大公害の1つイタイイタイ病を引き起こしたことで有名である。

 ところが、これらは人体にどうしても必要な物質なのである。俄かには信じられない話だろうが、カドミウムにしても必要量を確保できなければ人体には悪影響がある。もっとも、人体が必要としている量は極めて微量で、過剰に摂取すれば大きな害を与えることは上記の公害でも分かるだろう。

 本書はそんな生きる上で絶対に必要な金属類を紹介し、金属の欠乏がどのような現象を招くのかを概観する。亜鉛不足による味覚オンチなど金属の不足は様々な問題を引き起こすということを多くの事例から明らかにしている。金属の摂取にはどうしても公害の影響が想起されてしまうので意外な話が多くて面白かった。

 また、金属欠乏にならないような食材も紹介されているが、まとめてしまえば色々なものをバランスよく食べましょうと言うことで、通常の健康食と変わりは無いようだ。

 体内で金属が重要な役割を果たしているということを素直に納得させてくれて、それまでの印象を覆してくれたことが私には嬉しかった。
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その他科学 | 2006/10/29(日) 17:03 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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211冊目 戦争を知るための平和学入門
戦争を知るための平和学入門

高柳 先男著

筑摩書房 (2000.6)

\1,260

評価:☆☆☆


 はっきり言って、タイトルに偽り有り。これを読んでも戦争についての理解はあまり深まらないでしょう。もし戦争の原因や展開、抑制方法を知りたいのであれば、多少専門的になるが『戦争』の方がずっと優れた本だと思う。ただ、この本が『戦争』と異なるのは話が戦争にのみ特化されておらず、ODAのあり方についても提言されていることか。

 本書ではまず平和学というのはどのようなものかということから説き起こし、冷戦と冷戦を支えた理論的背景、第三世界の軍事化、アイデンティティを巡る戦争、開発主義、印パ核実験、コソボ空爆に見られるNATOのあり方と話題が多岐に渡っている。

 これだけの話題を取り上げながら本文は200ページ足らずの薄い本なので、一つの話題をあまり深くは掘り下げていないが、多くの話題を眺めることができるという点ではお得かもしれない。特に、印パの核実験の話題などは北朝鮮を巡る緊迫した事態もあることからなじみやすいのではなかろうか。

 ただ、やはり薄手の本ということで私にとってはちょっと物足りない。アイデンティティの戦争として旧ユーゴスラヴィアの分裂とそれに伴う地域紛争が取り上げられているが、『ドキュメント戦争広告代理店』で描かれたようなアメリカにおける情報戦が決定的な影響を与えたことなどは触れられていないことが残念である。

 二次大戦におけるゲルニカや重慶の爆撃から広島・長崎を経て今も正当化がされ続ける空爆について、コソボを例に挙げている。ここではNATOの存在意義を示すための爆撃を指摘する。もとより評者にはその真偽を確かめる術は無いが、アメリカにしても欧州にしても軍事的な存在感を示すということはタイミングもあり方も難しいものなのだろう。

 で、これだけ眺めてきて、では平和に対して具体的な提言があるのかというと、そうでは無いような気がする。戦争と、持続可能な発展と、という観点で様々な事例を取り上げているような気がしてしまう。平和は大事ですよ、というような感性に訴えるだけの無意味な平和愛好家とは一線を画していてしかるべき組織がしかるべく軍備を持つことに批判はしていないので、立地点が現実的で掘り下げればもっと面白くなっただろうと思うと残念である。
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未分類 | 2006/10/28(土) 12:09 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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210冊目 カラシニコフ
カラシニコフ

松本 仁一著

朝日新聞社 (2004.7)

\1,470

評価:☆☆☆☆


 一つの銃によって護られた国がある。同じ銃によって政府はおろか社会基盤までもが破壊されてしまった国がある。世界で最も有名なライフルである、カラシニコフAK47。

 過去の常識を覆し、あえて部品の間にあそびを設けることで火薬のカスが銃身について狙い通りに打てない、あるいは薬莢が詰まる不具合を最小限に抑え、部品を統合して極めて簡単な構造をとることはメンテナンスの容易さと頑健さを兼ね備えさせることになる。

 これらの条件が揃うことで、カラシニコフは過酷な状況で使用されてもメンテナンスをしなくても使い続けられる銃として地球上に蔓延することになる。持つのは管理の進んだ先進国だけではない。反政府組織、犯罪者集団、ゲリラ。国家が銃を押さえ込むことに失敗した全ての地域で、暴力シーンにカラシニコフが現われることになる。

 たとえばイラクで日本の外交官が殺害された事件にはカラシニコフが使われていたという。アフリカの小国でGNPが最低クラスのシエラレオネに流入したカラシニコフはシエラレオネに悲惨な内戦をもたらした。その副産物として、沢山の少年兵・少女兵が生まれてしまう。まだ幼い彼ら彼女らはレイプされ、殺人を強いられ、攻撃時には盾にされて次々と命を落とす。生き残っても停戦後には生活するための技能は何も無い。

 また、アパルトヘイト後の南アフリカに溢れた銃はかの国を未曾有の犯罪国家へと変質させる。その有様を引用する。

 (略)人口4433万人の南アで、2001年に起きた殺人事件の実数は21,553件である。10万人あたりでは48.6件になる。(略)
 人口が南アの3倍の日本で、2001年の殺人事件は1,340件である。単純に実数だけで比較しても16倍になる。人口10万人あたりでは50倍に近い。
 強盗は22万8442件[日本では6,393件]である。強姦は52,425件[日本2,228件]だ。(略)
(P.212 数字は引用者が漢数字からアラビア数字に修正)


 人口比で言えば南アの犯罪は日本と比べて殺人と強姦が50倍、強盗100倍程度と思えばそう遠くない数字か。いずれの項目をとっても治安が崩壊しているとしか言いようが無い。

 著者はそんなカラシニコフの破壊の爪跡を追いながら取材を続けるうちに、設計者のカラシニコフがまだ存命であることを知る。カラシニコフとのインタビューをはさみ、また銃によって破壊された世界を訪れる。

 なにやら全く希望を感じられないような気になるが、しかし一筋の光明も見える。カラシニコフで秩序の崩壊したソマリアから分離独立を宣言したソマリランドは、人々の話し合いによってカラシニコフを手放すことを決めた。おかげでソマリランドには金は無くとも平穏な生活だけは戻ってきているようである。無秩序の暴力に向かいがちな国々の中にあってソマリランドの実験はとても貴重な教訓となっていくのではなかろうか。銃による恐怖が取り去られ、銃がきちんと管理される世の中になることを願ってやまない。

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ノンフィクション | 2006/10/27(金) 23:22 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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209冊目 秘録陸軍中野学校
秘録陸軍中野学校

畠山 清行著 / 保阪 正康編

新潮社 (2003.8)

\900

評価:☆☆☆☆


 戦時中における日本の諜報活動というのはほとんど知られていないのではなかろうか。情報戦ということであれば、主に話題に上るのは暗号解読で、そこではアメリカが日本の暗号を解読していて真珠湾攻撃後に宣戦布告することになってしまったいきさつをすべて知っておきながら国民の戦意を掻き立てるために黙っていたことなどが有名である。

 その一方の日本の諜報活動となると、知っている人でも中国における甘粕機関などあまり良いイメージとは言い難いものに限られてしまうのではなかろうか。

 しかし、日本も陸軍の一部が諜報の重要性を認識し、諜報員を育てるための専門学校を作っていた。それこそ中野学校である。

 ここに集められたのは一流の人物ばかり。日露戦争でロシア後方を混乱させ、前線への部隊集結を防ぐことで日本軍の(かろうじての)勝利を導いた明石元二郎の事跡を追い、彼の功績を目標にしながら日のあたらない道であっても使命のために身命を惜しまず任務に当たった中野出身者の姿を現代によみがえらせた。

 本書が面白いのは、国内外の歴史の流れを大雑把に追いかけることで状況を理解しやすくしていることと、登場人物の心理情景を小説的な手法を用いることで感情移入しやすいことの二つがあげられるだろう。その結果、中野出身者が辿る過酷な運命について関心がいや増すことになる。また、少数精鋭として育てられた彼らが様々な戦場に赴いたことから太平洋戦争の多くの局面に焦点が当てられること、吉田茂の行動をチェックすることに代表されるよう、軍のためなら国内の要人にまで彼らの手が伸びていたことなどとても興味をひかれる話題が多くなる。そのため読み始めたら一気に読めるだろう。

 諜報の世界の奥の深さは凄まじいもので、各国が同盟国相手にも熾烈な情報戦を仕掛けている以上、日本も何らかの情報システムを作り上げなければならないと思えてならない。諜報の世界について暗いイメージを持たせない、本書のような本がもっと世の中に出てきて欲しいものだ。

 なんて、国同士の情報戦よりも科学に興味があり、たとえ情報機関に入るチャンスがあっても入らないであろう私が言っても説得力がないな、うん。
 ……その前に能力不足で門限払いされるか。
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太平洋戦争・二次大戦・現代史 | 2006/10/26(木) 23:53 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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208冊目 寒い国から帰ってきたスパイ
寒い国から帰ってきたスパイ

ジョン・ル・カレ著 / 宇野 利泰訳

早川書房 (1978.5)

\672

評価:☆☆☆


 スパイ小説の金字塔、らしい。ちなみに金字塔とはピラミッドのことである。知らないって。

 このル・カレの小説はそれまでのスパイ小説と違ってスーパーマンではない、人間的な苦悩を持つ普通人を主人公にしたのが新しかったという。

 しかし、題材がいかにも古い。勿論、スパイ小説などは時代の影響を否応無しに受けてしまうものだから仕方が無いのだけれども、複雑な世界情勢を理解できるような年の時にはすでに冷戦もベルリンの壁も有名無実と化していた私にとっては異世界の物語のようである。

 舞台は冷戦たけなわのイギリスと東ドイツの諜報戦。イギリス情報部に勤める主人公リーマスは、ドイツに作り上げた諜報網を次々を失っていき、そして最後に残った男も東からの脱出を目前にして射殺されてしまう。恐らくは強敵たる東ドイツ諜報部副長官ムントの手によって。

 リーマスは失脚を覚悟するが、しかしこのリーマスの窮状をイギリス諜報部は利用しようとする。全ての人間を欺いて、惨めな生活を耐えて、リーマスはムントへの復讐の機会をうかがう。

 007のような派手さは全く無く、わずかな失敗も死を意味する状況でありながら、淡々とした会話や状況説明でストーリーは進む。やがて当初の計画は大きく狂っていくことになる。リーマスの復讐は成るか。

 興味があれば結末を自分で確かめて欲しいが、手に汗握るシーンを期待されているのであれば期待はずれに終わるであろう。それよりも、諜報の世界が派手な事件とは無縁の、静かで深く潜行したなかで起こる熾烈な争いであることを認識して読むべきであろう。

 それと、もう今では過去の遺物となっている“東側”がどんな世界だったのかを垣間見るには丁度よいのではなかろうか。古い小説なので特にお勧めはしないが、スパイ小説が好きなら読んで損は無いと思う。
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その他小説 | 2006/10/25(水) 23:18 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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207冊目 地中生命の驚異
地中生命の驚異

デヴィッド・W.ウォルフ著 / 長野 敬訳 / 赤松 真紀訳

青土社 (2003.5)

\2,520

評価:☆☆☆☆


 地球の生命圏というのは、実はそう大きくは無い。地球そのもののサイズが通常の生物から見ると非常に大きいのでそんなことはないような気がするかもしれないが、生物の分布は事実上地表とその近辺に過ぎない。そう思われていた。だが、無生物状態と思われていた地下数キロのところまで細菌が繁殖していることが分かったのはそんなに遠い過去の話ではない。

 地下は酸素が届かない。でも、それだけが無生物状態と推測された理由ではない。繁殖に酸素を全く必要としない嫌気性細菌は沢山知られている。猛毒を出すことで知られるボツリヌス菌などが嫌気性細菌に属する。ちなみに、1歳までの乳児に蜂蜜を与えてはいけない理由は蜂蜜の中は無酸素状態なので微量のボツリヌス菌が存在するリスクを抱えているからである(大人には無害なレベルしか存在しない)。

 地下は地熱によって高温になる。おまけに岩盤によって高圧がかかることになる。しかも代謝に必要な物質の循環が想像できなかった。これだけの悪条件が揃えば生物が存在できないと考えていたのもあながち早計とは言いがたいだろう。

 だから、地下深くまで生物圏が広がっていて、その細菌たちが鉄の酸化還元反応からエネルギーを取り出すことで安定した生態系を作り上げていることが分かったニュースは大きな驚きをもって受け入れられた。しかし、地下深くの探索は容易ではなく、地下生物圏の探求はまだまだこれからの分野である。日経サイエンスでは2006年9月号でNEWS SCANにてメタンハイドレート層付近で生息する古細菌が見つかったことを報じる記事で地下生物圏の解明につながる可能性を論じている。今も極めてホットな話題なのだ。

 それを知っていたのでタイトルを見て飛びついたが、嬉しい誤算だった。私は一冊丸々地下の細菌ワールドかと思っていたのであるが、予想に反して超深度に住む細菌の発見以外にも豆類の根と共生して窒素固定を行う細菌、ダーウィンが長期間観察したことで知られるミミズ、地下に巨大なコロニーを作るアリやプレーリードックなど細菌に限らず地下に住む様々な生物の生態および彼らのもたらす影響が詳細に記されている。

 ミミズやプレーリードックの地下活動がどれほど大きな影響を与えるか、読んでも俄かには信じられないくらいである。人目につかない暗い地下にこれほど豊かな生物圏が広がっているということはそれだけで十分に魅力的な話で、その上にまだまだ分かっていないことばかりであるということが好奇心を掻き立てる。きっと地下生物についてはどんどん新たな知見が得られていくことだろう。その報せを楽しみに待ちたい気分にさせられた。
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生物・遺伝・病原体 | 2006/10/24(火) 23:43 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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206冊目 オカルト探偵ニッケル氏の不思議事件簿
オカルト探偵ニッケル氏の不思議事件簿

ジョー・ニッケル著 / ジョン・フィッシャー調査協力 / 佐藤 雅彦訳

東京書籍 (2001.7)

\2,310

評価:☆☆☆☆


 信仰というのは実はたやすいこと。考えることを放棄して権威の言うことを鵜呑みにしてしまえばいい。その信じる先が既存の宗教でも自分が起こす宗教でもはたまた科学でもイデオロギーでも同じ。それと比べたら懐疑主義者であることは大変な苦労を伴う。科学や技術、歴史に関する知識を縦横に駆使して決して特定の事柄を無条件に信じることなく、かといって根拠もなしに否定することも無い。そんな懐疑主義者に、私はなりたい。

 でも、自分がなるのは難しい。そんなときこそ世の懐疑主義者の力を借りるべきだろう。著者のジョー・ニッケルはケンタッキー大学で教鞭をとる傍らで懐疑主義団体CSICOPの一員として世にはびこる怪しい言説を取り上げて徹底的に検証している。おまけに、手品の腕はプロ級。

 なぜ手品の技能が必要かといえば、しばしばオカルトで手品の技術が流用されているからである。もはやオカルトというよりもむしろ詐欺のような印象を受けるが、実際に詐欺としか言いようの無い事例が数多存在することを目の当たりにするとオカルトの正体見たり、という気がしなくも無い。

 厄介なのは、特定の自称超能力者がただのインチキだったと明らかにしてもそれは超能力が存在しないことの証明にはならないことである。だから懐疑主義は難しい。だからこそ著者らの行動は続いているのだ。

 本書で取り上げられているのは、幽霊屋敷、水晶ドクロ、人間消滅事件、降臨の証とされる聖母マリア像、ダウジングの真偽、人体自然発火現象、バルバドス島の地価納骨室で棺が動き回る怪異など、全部で10の不思議事件である。

 このうち水晶ドクロは知名度超一級品のオーパーツで、その不気味でありながら見事な造形が魅力を呼んだために日本でもかなり有名である(世界の謎というサイト中の水晶ドクロにて写真を見ることができます)。結論から言えば、このドクロはマヤ時代に作られたという発見者の証言は当てにならないどころか、発見者がなんとロンドンで他人から売ってもらったことが明らかになるなど証言の出鱈目さが際立っていて、とても信じられないとのこと。昔の人々が時間をかけて削ったものかと思っていたのに、なんと踏み車(トレッドミル)を用いた工作器具の加工跡があること、金属ドリルの跡があることなど古代へ思いを馳せることすらできなくなる証拠が続々と出てきてしまう。おまけに材料の分析によってマヤ時代に作られた可能性が否定されてしまうなど、騒がれる話もじっくり調べてみれば不思議が剥ぎ取られていくのが感じられる。

 そのほか、ダウジングではダウザーたちを集めて実験をやったところ惨憺たる失敗に終わり、人体自然発火を調べてみれば明らかに犠牲者が火を使っていた証拠がある。それどころか明白な殺人事件まで紛れ込んでいる始末で、これまた語られるほどの不思議は存在しないことが分かってしまう。

 意外なのは人体がこれほどまで燃えるということ。どうやら脂肪分がゆっくりと体外に出ることで燃料をゆっくり補給することになるようで、これを読んで三国志の悪漢で巨漢で有名な董卓が暗殺後1週間もの間燃え続けたのもこの原理かと思ったものである。大げさになっている点は無視できないだろうが。

 不思議の仮面を剥いでいく仮定で、大変多くの事実の解明があり、インチキや事実の捏造が判明する。明らかにされる事実は、単純にオカルトを信じることで開ける展望よりもずっと多くのことを教えてくれる上に、信じるよりももっと面白いことがあることを示しているように思えてならない。また、こうした本を読むことで不思議には裏があるかもしれないということに注意が向くわけで、面白いだけではなくためにもなるだろう。オカルトに(たとえ肯定的なものであっても)興味を持つ方も是非手に取ってもらいたい。



 なお、
“日本ダウザー協会監修”のダウジング用USBメモリ
なんてものもあるそうだからダウジングに興味がある方はこれで実験してみても良いかもしれない。
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反疑似科学・反オカルト | 2006/10/23(月) 23:46 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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結局
 出張中に読めたのは4冊半。帰りの新幹線で寝てしまったのが敗因かも。持っていった本はどれも外れが無かったので嬉しい。つまらない本を読んだら仕事の疲れを癒せないからね。……『死体につく虫が犯人を告げる』が疲れを癒すかどうかはまた別問題なんだけど。

 家に着いたらもう息子は寝ていたので顔を見るのは翌日に回すことになったのだけど、その分まで愛犬が大歓迎。喜怒を表に現さないあたかも劉備みたいな犬なのだけど、久々の再会に尻尾を千切れんばかりに振って一生懸命甘えに来るのが可愛い。やっぱり、家族に会えないのはちょっとさびしい。たとえ自由な時間は増えたとしてもね。

 メールを確認すると、『レオナルド・ダ・ヴィンチ伝説の虚実』の書評がBK1で掲載されたみたい。これについてはそこそこうまく書けた自信があったので順当なところかな。と冷静を装いつつ、早速過去のポイントと併せてお買い物。本を読む時間も好きだけど、どんな本に出合えるかと期待に胸を躍らせながら本を選ぶ時間も好き。ただ、面白そうな本に出会え過ぎてしまうとそれが悩みのタネになるのだから人間勝手なものだ。朧を得て蜀を望む、というヤツだな。

 来月からはレオパレスなのでネット環境も整い、いつまででもいられそうな悲しい予感がするわけで、孤独生活との闘いにおける強い味方・ノートPCを本日購入してきたのですよ。と言えれば良かったのだけど、カードの使用可能残額が少なくて買えず。恥ずかしいぜ。カーナビ買ったの、そういえば今月だった。そんなわけで取りに行くのは嫁のヒトに任せることにする。

 そんなわけで、30の週からまた出張だけど、しばらくしたら更新できそうです。暇なら遊びに来てください。
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雑記 | 2006/10/22(日) 23:46 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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205冊目 死体につく虫が犯人を告げる
警告


 今回紹介する本は、人によって大いに忌避したいであろう内容を扱っています。以下に該当する方は絶対に続きを読まないでください。

・お食事中の方
・虫が嫌いな方
・ゴXXリやナXクジなどが大嫌いな方
・想像力が豊かで文章から情景を思い浮かべられる方

 警告を無視して続きを読んだ結果として精神的に蒙る如何なる影響に対しても苦情は受け付けません。
 ただし、上記から予想される内容であっても面白いなら読んでみたいという方には強くお勧めできる本だと思います。犯罪捜査に興味がある方には特に。
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その他科学 | 2006/10/22(日) 23:16 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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204冊目 女の子はいつも秘密語でしゃべってる
女の子はいつも秘密語でしゃべってる

ジョージー・ヴォーゲル著 / 木村 博江訳

草思社 (2003.5)

\1,470

評価:☆☆☆


 異性と接しているとなぜ彼ら(彼女ら)は同性とかくも異なるのかと思うことがある、という人は多いのではなかろうか。私も男性として、女性の振る舞いには自分の理解を超えたところがあるのを認めざるを得ない。

 たとえば女性同士の話を聞いていると、話す人が変わるたびに話の内容も変わって、それでいて話をするという行為自体はずっと続いていく。これは私から見たらとても気持ち悪い。もちろん、男同士で話をしていてもどんどん脱線していって、ふと気がつくと当初の話とは全く方向の違うことで熱弁を振るっているなんてことはありがちなことである。しかしながら、男同士の場合には当初の話からの脱線は誰もが認識している点が女性の場合と異なるように思う。

 こうしたことについては様々な本が出ていて、既にこのサイトでもいくつか紹介したこともある。本書もそんな一冊なのかと思いきや、実のところ、これは女性である著者の体験を中心とした話で、包括的な話を期待していたら肩透かしを食らう。

 もっとも、事実に近づくには理論や分析結果から辿る方法と、要素を構成する個々の事例を取り上げる方法があり、どちらがより優れているかは問うのが間違いである。場合によって適した方法をとれば良い。

 私にとってはもっと包括的に理論立ててストーリーを組み立ててくれた方が好みに合う。個人的な好みで申し訳ないが、『男の子の脳、女の子の脳』のような本の方が面白いと思う。

 そうは言っても、(きっとフェミの強いアメリカでは許されない言い方だろうけど)女性ならではの観点から、女性同士の付き合いの深さと広さが書かれているので発見は多かった。女性なら共感して頷き、男ならそう言われればそうだよなと納得させられるのではなかろうか。
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未分類 | 2006/10/21(土) 13:24 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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本は持ったし行ってくるか
 今日から1週間出張。で、月末からは長期出張。とんでもないことになっている部署に配属されてしまったようだ。

 しかも、その間アクセスできないのがさびしい。まあ何とかなるだろうけど。

 1週間の夜のお供と電車の中に備えて本はたっぷり持った。おかげでカバンが重い。仕方の無い犠牲ではある。

 子供に顔を忘れないでいて欲しいものだ。さっさと帰ってきて、このブログも更新しよう。さあ、何冊読めるか。予想:5冊。
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雑記 | 2006/10/15(日) 17:25 | Trackback:(0) | Comments:(3)

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203冊目 レオナルド・ダ・ヴィンチ伝説の虚実
レオナルド・ダ・ヴィンチ伝説の虚実

竹下 節子著

中央公論新社 (2006.5)

\1,995

評価:☆☆☆☆


 美術にはさして興味の無い人でもダ・ヴィンチの名前は知っている。タイトルと一致する絵なんて全然無い、という人でも『モナリザ』だけは知っている。モナリザにはそれほど人を惹き付ける魅力があり、ダ・ヴィンチにはそれだけの力がある。

 私事だが、新婚旅行でロンドンのナショナルギャラリーを訪れたとき、『岩窟の聖母』には心を打たれる何かが、確かにあった。褒め称えられ、名を語り継がれるものには心を動かす魅力があるものなのだ。

 そんなダ・ヴィンチの名を近年高らしめているのは間違いなく『ダ・ヴィンチ・コード』であろう。ダ・ヴィンチが絵に秘密結社のメッセージなど様々な暗号を埋め込んだとし、謎を巡っての冒険はたちどころに世界を魅了した。そんな流行には、誰もが知る名前、そして誰もが知る絵が果たした役割は決して小さく無いだろう。

 ところが、『ダ・ヴィンチ・コード』で指摘されているのは脈々と受け継がれてきた単なる陰謀史観、ダ・ヴィンチの実像からは大きく乖離した伝説ばかりだという。ダ・ヴィンチの生涯と絡められる秘密結社(フリーメイソンや薔薇十字団など)の実情を追い、歴史的な背景に踏み込み、当時の流行を再現し、果ては宗教的な立場から絵と生涯を見直すことで彼の伝説が根拠の不確かな伝説に過ぎないことを指摘する。

 ダ・ヴィンチ・コードには種本があり、その種本にも先行する膨大な量のダ・ヴィンチ論が存在することは、余り知られていることでは無いだろう。その膨大なダ・ヴィンチ論のおかげで、現在の伝説は歴史的な矛盾などの排除された、納得のいきやすいものであることが丁寧に説明される。そんな知識も無く、突然「これがダ・ヴィンチの真実だ!」とばかりに陰謀説を出されてしまうと、我々は納得してしまうことだろう。それこそがダ・ヴィンチ・コードの効果だった。

 本書の結論をここで語ってしまうと、ダ・ヴィンチの絵に暗号が隠されているということはなく、単に宗教的背景によってそのように見えてしまうだけのようだ。キリスト教がヨーロッパで広がる中で、元来存在した先行的な宗教を取り入れ、聖母信仰などの異端的概念を吸収、変貌する流れがカトリックにはあった。やがてカトリックは教会を敬虔な信仰の拠点としてだけではなく、信仰を高める装置作りに力を注ぐようになる。それこそが教会音楽であり、各種の絵画であった。ダ・ヴィンチもこの流れの中にあった。

 ところがプロテスタントは謹厳なヘレニズム文化の伝統を受け継ぎ、そんな舞台装置を取り外してしまう。結果として、プロテスタントの国の人々がダ・ヴィンチの絵を見ると、そこに異教的な雰囲気を感じるようになってしまう。宗派の違いが宗教の違いに感じられてしまう、という皮肉。

 さらに追い討ちをかけるのはダ・ヴィンチが寡作で非政治的で生涯独身であったことだという。政治的な動きが無かったということは、後から”実はこんな活動をしていた”という想像をもぐりこませることが容易になる。見方によっていくらでも謎を押し付けることができる人物なのだ。

 詳細な説明は興味深いエピソードと共に本書で語られているので是非目を通して欲しい。伝説部分が鮮やかに切り取られ、その実情――自由な雰囲気を愛し、自然の謎を解き明かそうとした科学者の元祖のような性格の、寡作だった天才画家――が浮かんでくるだろう。そんなダ・ヴィンチの実像を知ることは、きっとダ・ヴィンチの絵をより楽しむ助けになることだろう。
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未分類 | 2006/10/14(土) 13:16 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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202冊目 セーラー服とエッフェル塔
セーラー服とエッフェル塔

鹿島 茂著

文芸春秋 (2004.5)

\550

評価:☆☆☆☆☆


 なにかしらこの怪しげなタイトル。セーラー服にフロイトの夢判断を持ち出すまでも無く男根的なシンボルなエッフェル塔?

 と思われる人もいるかもしれない。しかもこの表紙を見ればそんな感想は最早濡れ衣ではなく、内容を正確に見抜いているように思っても仕方の無いことであろう。

 しかし、本書はフランス文化と文学と歴史と風俗に詳しい鹿島茂さんのエッセイなのである。そして、彼がこうやって取り上げるからには通俗的な想像だけで終わるわけが無い。

 取り上げられる話題はSMの縛り方の由来からヒトのペニスは類人猿と比較してダントツに大きい(平均13cm)ことの理由、愛情という感情はおっぱいが人類にもたらした可能性について、などなど。なにやらこんなことを書くといかがわしい本のようだが、そう思われてしまうのも単に評者が選ぶポイントが悪いからである。

 冗談は置いておくとして、上記のほかにフランス語で牛をあらわす単語が幾つもある理由、フランスとイギリスの食事における牛の扱いの違い、ナポレオンは胃癌だったのか、洋画にキリスト受難が繰り返し現われるのはなぜか、といったことがある。

 どれも、疑問に思わなければそのまま通り過ぎてしまうようなことかもしれない。しかし、そんな一見して当たり前なことの背後にはそれなりの必然的な理由がある。細部に宿る事実を懇切丁寧に解いていきながら笑いも忘れない。つくづくエッセイの妙手だ。ノンフィクション、あるいは歴史とエッセイを好む方(なんかマイノリティっぽいな)は是非。
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エッセイ | 2006/10/12(木) 00:12 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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201冊目 ものが壊れるわけ
ものが壊れるわけ

マーク・E.エバハート著 / 松浦 俊輔訳

河出書房新社 (2004.11)

\2,310

評価:☆☆☆☆


 大抵の男の子はものを作るのが好きだ。その結果、ガンプラは男の子の部屋に鎮座し、女の子はそれを見てオタクと思い敬遠するという流れができる。

 ところが、男の子にはもう一つ好きなことがある。それは壊すことである。そんなわけで、男たるもの一度は時計やミニカーなどの身近なものを(自分では組み立てできないレベルまで)分解したという思い出があるはずである。

 本書は、作ることよりもむしろ壊すことに、壊れるメカニズムに魅せられた少年がやがてものが壊れる自然法則を学ぶまでの自伝であり、物が壊れるメカニズムの分かる限りを知らしめてくれる科学書でもある。

 ものはいつか壊れる。そんなことは分かっている。しかし、いつ壊れるかはなかなか予想できないし、壊れた結果の重大さに我々はしばし愕然とさせられるものだ。そんな事件として、たとえばタイタニックの悲劇があり、壊れながらも見事な生還を果たしたアポロ13号の奇蹟があり、スペースシャトルの二度にわたる事故がある。それらの背後にある、ものが壊れるメカニズムには共通点がある。

 破壊のメカニズムを知ることは、また同時により頑丈なものを作ることにつながる。著者を含む科学者、技術者たちの奮闘もあって今の機器は昔より遥かに性能があがりつつ、頑丈にもなっている。ものが壊れるわけを知るべきなのはそんな背景もある。

 ただ、そんな説教臭い理由に引かれて本書を読むべきではない。むしろ、破天荒な著者の生き方や、広い話題を楽しむべきだろう。私にとってはどのエピソードも面白く、読んで満足のいくものだった。特に、壊れないことを売りにしている食器をなんとかして破壊しようとする件には電車の中であることを忘れて笑いそうになるくらいであった。読み物としても面白い科学書に出会うといつも幸せな気分になる。本書もそんな喜びを与えてくれた一冊だった。
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その他科学 | 2006/10/11(水) 00:27 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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200冊目 遊牧民から見た世界史
遊牧民から見た世界史

杉山 正明著

日本経済新聞社 (2003.1)

\900

評価:☆☆☆☆


 遊牧民族の歴史を解き明かすのは大変な困難を伴う。農耕民族と違って定住するわけではなく、文字も持たなかった人々の記録は、定住して文字を持つ人々に頼らなければならない。となると、強者であった遊牧民に支配された層が書く歴史という構図ができあがり、必然的に怨みや恐怖が過剰に描かれることになる。おまけに支配者たちが活動するところには記録者が行かないので、動的な生活のほんの一部しか取り上げられないということになる。

 そんな、考えてみれば当たり前のことを本書の指摘をみるまで気がつかなかった私は相当に鈍いのだろう。そんな鈍い私にとって、遊牧民を中心に据えた本書は視点の新鮮さと東西の歴史をつなぐダイナミズムに溢れ、読むのが楽しかった。

 遊牧民族が生活の中心としたのは中国の北、満州周辺から遥かモスクワを越え、中東、ヨーロッパにまで至っている。遊牧民族の建てた国々の興亡、その背景にある離散集合の仕組みや集団の営みを知ることで、西欧文明が世界を支配する前の時代に、既にユーラシアには世界帝国が確かに存在したことを納得するようになるだろう。

 世界史の授業で聞いたアヴァール人だとかマジャール人だとか中国史で欠かせない匈奴や鮮卑、モンゴルについて今までと違った目を向けられるようになったと思う。

 ただ、良くも悪くも著者の想いが強く出すぎているように思う。自分の専門に熱意を抱き、それを上手く伝えるという点では成功しているかもしれないが、筆が走りすぎているように感じられて一歩引いてしまうのは否めない。そこがちょっと残念。
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その他歴史 | 2006/10/09(月) 19:16 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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199冊目 百年の遺産
百年の遺産

岡崎 久彦著

産経新聞出版 (2005.7)

\700

評価:☆☆☆


 本書が扱っているのは1853年のペリー来航から1952年の日本の再独立まで。幕末から占領終了が100年というと長いようで意外と短い感じがするが、この間には日清、日露戦争、一時大戦、二次大戦と多くの戦乱があった。これは日本だけの話だけではなく、アジアの植民地化が次々に進む中で各国がしのぎを削っていた中に武力衝突も少なからず含まれていたわけである。

 日本も下手なやり方をしていれば世界の趨勢に負けて植民地化されていてもおかしくなかったのは間違いの無い事実だろう。ロシアの膨張政策は外洋への自由な航行を補償するためにも太平洋とロシアを遮断するかのごとき日本と敵対したわけで、これは後にソ連が日本の敗北のどさくさにまぎれて北海道まで占領しようとしたことにもつながっていく。

 少しでも隙を見せていれば猛禽のような大国によって日本が四分五裂の占領地となっても不思議はなかったのを、巧みな政治及び軍事運用によって免れ得たことは奇蹟といってもよいかもしれない。本書が説き起こしているのはこの辺りからで、読んでいて手に汗を握るようなシーンが多い。

 虎口を逃れた日本は自国の利益と安全を保障するため、大陸を舞台に覇権国として振舞っていく。その結末はご存知の通り、泥沼のような対中国戦争と太平洋戦争への邁進によって日本は破滅の道を歩むことになる。

 特に日華事変前後からの流れは政府も冷静な姿勢や実力に見合った振る舞いを忘れ、目先の小さな勝利に酔った勢いだけで無謀な道を突き進んでいるわけで憤りを禁じえない。その辺りも著者自身の想いが伝わってくる。

 明治維新から敗戦までを実にコンパクトにまとめていると思う。

 しかしながら、日本を擁護する姿勢が強すぎるようにも思う。太平洋戦争がアメリカに圧力をかけられた結果として始まったことは私もその通りだと思うが、そのような状況に追い込まれないようにするのが優れた政治家のやらなければならなかったことで、その無策をこそ非難しなければならない。本書でも松岡や近衛に関してはかなり非難されているが、それとは別に太平洋戦争はアメリカの圧力、とするようにしているのはどっちつかずに感じられてならない。

 論調としては、保守派ながら不善は不善として認めるというところか。もっとも、この時代はまだあまりに生々しいためにどのように書いても誰かからは文句を言われる難しさが付きまとっているのは事実である。どの本をとってもそういった不満は付きまとうだろう。そういった点を踏まえて読むのが良いのかもしれない。
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太平洋戦争・二次大戦・現代史 | 2006/10/04(水) 23:28 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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198冊目 子宮の中のエイリアン
子宮の中のエイリアン

エレイン・モーガン著 / 望月 弘子訳

どうぶつ社 (1998.9)

\2,310

評価:☆☆☆☆☆


 冒頭において指摘される、進化における無意識の思い込みについて大変な衝撃を受けた。過去の主要な進化に関する文献が男性を中心に語られてきたというのは私も聞き及んでいる。しかし、以下のような問いかけには未だに自分の思い込みの浅はかさを思い知らされる。

(略)もう一つ別の無意識な思いこみは、今なお正されずに残っている。嘘だと思ったら、代表的だと思われる人間の姿を心に思い描いてみてほしい。
 それは男かもしれないし、女かもしれない。黒人であるかもしれないし、白人、黄色人種であるかもしれない。だがおそらく間違いなく、大人の姿であろう。
 私たちは、成人期こそが人生の最重要部分であり、それ以前の赤ん坊時代や子ども時代は、単なる”準備期間”だと思いこんでいる。(略)
(p8)


 おっしゃるとおり。子供時代を”種を代表する時間”だと思ったことはなかったし、それが進化上重要だった可能性など想像したことも無かった。

 本書はそんな素朴な思い込みが前提としている多くの仮定を、懇切丁寧にそれらが根拠の無い思い込み以上の何者でもないことを明らかにしている。子供どころか、胎児の段階での進化が人類全体の姿を大きく変える原動力になったという指摘には大いに知的好奇心を掻き立てられる。

 また、人類に見られる二足歩行、言語の習得、体毛の少なさなどが、人類の祖先がジャングルやサバンナではなく水辺で進化した証拠であるという指摘も興味深い。詳細は本書に譲るとして、ここでは赤ん坊のまるまるした姿は陸生では不利である一方で浮力のある水中では有利であることだけは紹介しておこう。根拠はこれだけではなく、その理由のどれもが説得力を持っているように思われる。

 とにかく人類の進化史に関して新たな視点を提供してくれているのは間違いない。そこに興味がある方は手にとって損をすることは無いと断言できる。

 もう一つの面白い点は、子供と親は利益の共同体ではなく、時に大いなる対立を抱えていることを明らかにしていること。子供が胎内にてできるだけ大きくなろうとするのに対し、子供が大きくなりすぎたら自分にかかる負担が大きくなってしまうので未熟な状態で出産するようになったという指摘は貴重なものに思う。慈しみながらも対立を含む、そんな複雑な結びつきは子育てを経験した方には覚えがあるのではなかろうか。斯く言う私にもある。

 これまで書いてきたように、新たな視点、考え方に富んだ本であった。このように視野を広げてくれる上に面白い本に出合えたことは大変嬉しいことであった。子育てに携わる方々にもお勧めしたい一冊。
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生物・遺伝・病原体 | 2006/10/03(火) 23:46 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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