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190冊目 三国志 正史と小説の狭間
三国志

満田 剛著

白帝社 (2006.2)

\1,890

評価:☆☆☆☆☆


 「幻想工房」雑記帳の記事『三國志 正史と小説の狭間』(満田剛・白帝社)  読了を読んだ瞬間、これはもう買うしかないと決意したわけですよ。三国志好きはまずこのblogを見て欲しい。買わねばならない気になるので。

 私の読書における原体験の一つは間違いなく三国志である。吉川栄治『三国志』を貪るように読み、横山光輝『三国志』は何度読み返したか分からない。興味は高じ、陳寿の『正史三国志』も読んだ。

 正史の三国志は、とても読むのが困難な本である。紀伝体で書かれた歴史書の宿命だろうが、一つの事件や出来事の全体像を知るためにはそれに関わった全ての人の記事を読んだ上で総合的な判断をしなければならない。おまけに、個人の伝の中では、功績は書くが不利なことはできるだけ書かないようにしているという厄介な点がある。たとえば赤壁の戦いにおける曹操の敗北は曹操の記事ではほとんど触れられていない。

 こうした厄介さを全て払拭し、三国時代の動向を知ることができるという点で三国志演義はやはり大傑作である。英雄たちが勢力を伸ばすために相争い、謀略を巡らせ、戦場を駆ける。魅力的な一騎打ちには手に汗を握り、個性豊かな登場人物たちの活躍に心躍らせることができる。

 ところが、演義には演義の問題がある。ストーリーを面白くするために複雑な事象も簡略化され、主人公である劉備と彼の建国した蜀、彼の味方をする人々が実際以上に持ち上げられてライバルである曹操は貶められる。呉は蜀の味方をするときには正義の味方で魏につけば悪役になる、という具合に。また、個々のシーンを面白くするために過剰な脚色が加わってしまっている。

 演義と正史の間には意外と深くて広い溝がある。演義が好きで、だけど正史を手に取るにはちょっと抵抗が、という人には丁度良い本がなかったのが、その一因であろう。

 だが、もうそんな事態を嘆く時代は終わった。本書の登場によって。

 本書は三国前夜から晋による統一までの歴史を、正史に基づいて巧みにかつバランスよく記している。一冊にまとまっているため全てを詳細に、というわけには行かないので、三国志を知りたい人の入門書にはなりえないが、演義の流れを一通り知っていれば刺激的な説を多数目にすることが出来るだろう。

 史料の扱いについても詳しく書いてある。陳寿の三国志がどのような経緯で成立したか、先行文献はどのようなものがあったと考えられるのか、といった専門的な知識への言及は正史を紐解くに当たっても貴重なものになるだろう。

 また、客観情勢として寒冷化の影響(これはアジアに限らず世界的な現象だった。153冊目 気候変動の文明史で触れている)や党錮の禁、劉虞と公孫賛の軋轢、董卓政権での文武官の身の振り方など、小説ベースでは語られない話題が沢山ある。

 おかげで劉備を主人公にしては決して見えてこない時代の裏側が透けて見えて大変面白い。

 個人的には、曹操が長い期間にわたって袁紹の庇護にあったこと、かなりの機会主義者で戦略的に目的を立てて冷静に実行していくというよりもむしろ行き当たりばったりだったこと(袁紹の方が具体的で実行可能な戦略を描いていたのに対し、曹操は適材適所を心がければ良い、といったような抽象的目標を掲げていた)こと、更に漢中侵攻には全くやる気がなく、妖怪がいる地だから攻撃を辞めようと言い出すなど、イメージと実像が異なることが面白かった。

 三国志のファンであれば、読み始めたら引き込まれて更にこの時代を好きになるだろう。
中国史 | 2006/09/16(土) 18:26 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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