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197冊目 傭兵の二千年史
傭兵の二千年史

菊池 良生著

講談社 (2002.1)

\756

評価:☆☆☆☆


 世界で2番目に古いと自称(?)する職業は多々ある(勿論、一番は売春)。その中の一つが傭兵という。古くはギリシア時代、ペルシアから敵中を6000km遁走したクセノフォンが率いていたのは傭兵部隊というから、その時代には既にこの職業は成立していた。

 時代は下って、現在でも外人部隊という名の傭兵部隊を抱えている国もある。たとえばフランスである。本書はクセノフォンの時代から現在に至るまでの傭兵の歴史を概観している。

 傭兵の歴史は、しかし傭兵だけを取り出して語ることはできない。傭兵が必要となるのは当然のことながら戦争の場面であるから、その歴史は戦術、技術、一般人の意識、権力のあり方と実に多岐に渡る事象と密接な関連を持つことになる。

 私としては傭兵は戦争が無くなると必然的に食い扶持を失うようになることからやる気の無い戦争の振りに明け暮れ、碌に戦いもしなかった姿を想像していた。しかし、それはマキャベリらが生きた時代のイタリアには当てはまるがそれ以外の地域や時代では決して当てはまらないことだったというのに驚いた。

 たとえば、自由市民しか軍務を課せられなかったローマでは、軍務は自由市民の誇りであったが、壮丁が戦争に行くことで没落する家が相次いだことから軍務への嫌悪感が増し、それがカネで雇える軍隊=傭兵の導入につながったこと、傭兵はやがて有力者の私兵となってローマを動乱に追いやったことなど、興味深い話題が続く。

 紙面を最も割いているのはやはり中世。スイスやドイツ、アイルランドなど傭兵を輩出した地域の事情とドイツ30年戦争など現在のヨーロッパを形作ってきた歴史の流れが分かりやすく書かれているので、中世から近代にかけてのヨーロッパの歴史を駆け足で辿っているようにも見える。

 本書における傭兵に関する物語は、ヒトラーによるレームの粛清まで続いている。こんなに近い時代まで傭兵たちが活躍していたことにも驚きを禁じえない。傭兵たちの戦いが確かにヨーロッパを形作る一つの動力源だったことを悟らせ、新たな視点を教えてくれた本書に感謝したい。歴史好きは読んで絶対に損はしないと思う。
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その他歴史 | 2006/09/30(土) 23:59 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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家族で那須へ
 充電中で休みなのを生かして家族で那須に行ってきた。犬と泊まれるペンションで、犬を拾ってきてすぐに嫁のヒトの妊娠が発覚したため、旅行に行くのはそれ以来だったりする。

 犬に酔い止め薬を飲ませて出発。車が動き始めると息子は寝るのでこちらの心配はなしで済む。運転さえ終われば、ゆっくりするのが目的の旅行なので何もやらない予定なのだ。

 と思ったのだけど、やっぱり宿に着いたら犬をドッグランに連れて行き、子供と遊び、嫁のヒトと酒盛りなんかしていたらあっというまに時間は過ぎる。それでも嫁のヒトが酔っ払って寝た後でこそこそと読み始める。息子が起きていたら確実に本を狙いに来ているところだ。

 ところが、もって来た本が2冊とも失敗。『近代日本の陽明学』と『空間の謎・時間の謎』だったんだけど。本を選ぶときにはタイトルだけで飛びつかない方が良いみたい。そうしたらこの本を読む時間で別の本を読めたんだから。

 翌日は那須動物王国のひろーいドッグランで犬を走り回らせる。ハーネスを外すとおいでの出来ない犬なので、こんな機会でも無いと好きなようにさせるわけには行かない。ワガママだと総合的には損をする、ということです。

 旅行は楽しかったのだが、本がつまらなかったのが残念。今度はよく吟味してからもって行くことにしよう。
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雑記 | 2006/09/30(土) 01:50 | Trackback:(0) | Comments:(4)

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196冊目 空間の謎・時間の謎
空間の謎・時間の謎

内井 惣七著

中央公論新社 (2006.1)

\840

評価:☆☆


 大仰なタイトルに騙されてしまった。

 哲学者から見た物理学の現状ということで、取り上げられているのはライプニッツから現在までの宇宙論と言っていいだろう。

 私が騙されたと思うのは、本書の前半がほとんどライプニッツとニュートンの論争(実際にはニュートンを支持するクラークとの間に交わされた)に終始していることと、彼らの扱い方。

 ライプニッツにしてもニュートンにしても、時代に先んじるだけの数学的才能を発揮し、それが数学や物理の発展に与えた影響は計り知れない。しかし、同時にまた彼らは彼らが生きた時代からは逃れられなかった。ニュートンは錬金術にのめりこみ、ライプニッツは神による創造を疑わなかった。それは座標平面をもちだしたデカルトにしても同じ。彼らは人間の形をした神が地上のつまらないことに介入するような、ユダヤ―キリスト教的色彩の強い神の存在は疑っていたが、世界を生み出した存在としての神は認めていた。

 したがって、彼らの論争の背後にも神の姿が垣間見える。それが時代というものだから仕方が無い。

 ところが、著者はライプニッツの言う神を自然法則と容易に置換し、置換した結果としてライプニッツが現在の最先端物理学の地平までをも包含することが可能な理論を唱えていたと主張する。

 そこが私にはどうしても納得がいかない。ノストラダムスの予言と一緒で、後出しじゃんけんで、実はこれはこう読み解けるんだ!!な、なんだってーーー!!!それは本当かキ×ヤシ!といっても仕方が無い。

 これを読むよりは、時間や空間の謎に迫る本として『エレガントな宇宙』と『なぜビッグバンは起こったか』をお勧めしたい。どちらも難解なところがあるのは否めないが、知的興奮に溢れた良書だと思う。
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素粒子・宇宙論 | 2006/09/30(土) 01:32 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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195冊目 近代日本の陽明学
近代日本の陽明学

小島 毅著

講談社 (2006.8)

\1,575

評価:☆


 日本の近代史を見ると、近視眼的に自分の行動こそが正義だと思いこんで暴走した挙句に社会に多大なダメージを与えた人々が少なからぬ存在した。それはたとえばテロによって政権の転覆を企てた5.15事件や2.26事件だったり、終戦の詔の録音を奪って徹底抗戦を目論んだ事件だったりする。

 その背後に陽明学があり、それが水戸学派と結びついているという指摘をしているのが本書。その独善的な行動主義は三島由紀夫の自殺にまでたどり着いていると主張する。

 だが、私にはそんな思想史的な流れには全く興味が無い。むしろ、水戸学派がどのような行動に出て、その結果としてどのような情勢の変化があったのかを説いて欲しい。結果については知っているだろうという態度で書かれても困る。

 それと、不要なまでに著者近辺の話がでているように思われてならない。著者と私の興味が異なりすぎていたのが敗因であろう。
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太平洋戦争・二次大戦・現代史 | 2006/09/27(水) 23:44 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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194冊目 戦争とオカルトの歴史
戦争とオカルトの歴史

W.アダム・マンデルバウム著 / 上野 元美訳

原書房 (2005.3)

\2,940

評価:☆☆


 タイトルを見た瞬間、これは買いだ!と思ったのだが失敗。

 戦争とオカルトの絡みといえば、ナチスがオカルトに傾倒していたことが挙げられるし、古代の人々が託宣や占星術を通して戦争の帰趨を左右しようとしてきたことが知られているだろう。そんな戦争とオカルトの接点を客観的に書いているのかと期待したのであるが、アメリカの超能力開発が中心だった。

 私は懐疑派である。たとえば居ながらにして遠方を窺い知る、あるいは念じただけで物理的な影響を及ぼし得る、という主張はとんでもない主張だと思う。とんでもない主張を裏づけるにはとんでもない証拠が必要だ。そしてそのとんでもない主張の証拠は本の中ではあったとされているものの詳細が明らかになっているわけでは無いので俄かには信じがたい。

 友人から「前の週末に軽井沢に遊びに行ってきたんだ」と言えば特に疑いを抱かないが、これが「前の週末に火星に行って火星人と握手してきた」となると証拠を求めるだろう。どこにでもあるような砂なんかではなく、決定的な証拠を。

 また、火星に文明があったことを遠隔視しただの、ユングの集合的無意識がどうの、という話が出てくるので信憑性が一気に失われる。ユング派がどれほど無茶で検証に耐えられない主張をしているかを考えればこのような話題を取り上げたのは失敗だっただろう。

 超能力の存在に疑問を感じている人にはとてもお勧めできないが、存在を確信している人にとっては意味がある本かもしれない。私としてはもっと冷静な研究を期待したい。
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未分類 | 2006/09/25(月) 00:44 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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193冊目 眠れぬ夜のグーゴル
眠れぬ夜のグーゴル

A・K・デュードニー著 / 田中 利幸訳

アスキー (1997.5)

\2,625

評価:☆☆☆


 グーゴルと、と聞いてもなにがなにやらさっぱり分からないけど、なにやら検索エンジンのグーグル(google)みたいな語幹だなぁなどというのが普通の方の感想ではなかろうか。

 グーゴル(googol)とはある数学者が作った単位で、数えようも無い、とてつもなく大きい数を表している。書いてしまうと、10000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000となる。ゼロが続きすぎて普通の感性が麻痺してしまうところだ。おまけにゼロが多すぎるために書き損じる恐れも多々ある(とはいえ、このレベルになるとゼロが1つや2つ前後しても誰も気にしないだろうけど)。通常10100と書き、10を100回掛け合わせた数字を意味する。グーグルはこの数にちなみ、ネット上の膨大な情報をグーゴルに喩え、かつその情報を余さず組織化しようという壮大な目論見から名づけられている。

 本書はそんなタイトルから想像が付くとおり、数学、なかでも身近な世界に現われる数学についての本である。たとえばスポーツの世界でよく聞く、ツキという言葉。あれは純粋に確率の問題で片付けることが出来てしまう。また、宝くじをはじめ、ギャンブルで得をする確率など、面白い話が載っている。アメリカ版の宝くじについての当選率は日本と比較すると面白いのではなかろうか。

 全体として面白くはあるのだけれども、類書と比較すると突込みが浅い。話題自体は広く、面白いのではあるが、どうもその点が残念に思えてならない。

 確率がどれほど多くのことを物語ってくれているのか、興味がある方は手にとってみてはいかがだろうか。
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数学 | 2006/09/22(金) 01:26 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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192冊目 もっと!イグ・ノーベル賞
もっと!イグ・ノーベル賞

マーク・エイブラハムズ著 / 福嶋 俊造訳

ランダムハウス講談社 (2005.8)

\1,995

評価:☆☆☆☆☆


 世の中には奇想天外な研究をしている人が沢山いるということを知らしめてくれる、あの『イグ・ノーベル賞』(この本の書評はこちら)に続編登場。以前と同じくらいのパワーを持っての復活は心から嬉しい。

 今回槍玉に上がっている奇妙な研究にはこんなものがある。


ニワトリは見た目の美しさで人間を選ぶということの実証
古代の彫刻と実際の人間では陰嚢の大小が左右逆になっていることの実証
ジッパーにペニスが挟まった患者に対する適切な処置法を解説した医学論文
カラオケの発明により、人々が互いに寛容になることを促進した日本人
ニワトリの羽の抜け方によって竜巻の風力を測定するのは、思われているほどには意味がないことを実証した研究
人々が検尿の際にどんな容器で持ってくるかを克明に調査した医師
片方の鼻が詰まっていると脳の働きが良くなることを証明した理論


 これらは単純に笑い飛ばすことができない側面を含んでいる。むしろ考えさせる(けど同時にクスリと笑えてしまう)研究としては、「シャワーカーテンはなぜ内側に膨らむのかという謎に物理学的に迫った研究」、「経済的に困窮すると歯周病のリスクが高くなることの実証」、「兵士が戦場に配備されると便秘になる確率が極めて高いことを示すデータの解析」、「ロンドンのタクシー・ドライバーの頭脳は一般の人よりも発達していることを実証した研究」なんていうのはその例だろう。

 ロンドンのタクシー・ドライバーに関しては、空間の記憶をつかさどる海馬が明らかに大きくなっているとのことで、脳の可塑性につてい大変興味深い事実を提供してくれていると思う。

 考えさせ、同時に笑わせる。それは困難なことに違いない。一見するとジョークだが、その真意はただ莫迦な研究を笑うことにあるわけではない。こういったジョークの奥底にある探求心こそが科学を進めてきた原動力だろう。だからこそ、イグ・ノーベル賞の授賞式にはノーベル賞の受賞者たちまでが参加しているのだ。

 ところが、中には明らかに揶揄が含まれている。それがまた面白いという人にはもうたまらない。それはこんな研究である。


「ニコチンに中毒性はない」と議会で証言したタバコ会社のCEOたち
核兵器を利用して、一触即発の平和を築いたインドとパキスタン
低温核融合の成功と錬金術の成功を高らかに宣した科学者
ブラック・ホールによって地獄の位置が特定できることの発見
エイリアンによる人類誘拐について詳細な実録をまとめ、世界に警告を発した大学教授


 確かに考えさせる点を含む研究でなら受賞したいけど、こんな理由で受賞するのはやだなぁ、というのが沢山ある事がわかってもらえるだろうか。そのほか、フランス現代思想が科学用語を濫用し、そのことによって権威を高めようとしている現実を批判したソーカルのこと(『「知」の欺瞞』に詳細な経緯が載っている)や、『聖書の暗号』(オカルト本なのでリンクはしません。興味があれば探してください)なども取り上げられている。日本でのと学会の活動に近い点もある。

 こういった知的なパロディーが好きな人にはたまらない一冊だろう。前著と同様、まとめて読むと疲れるのは間違いないので何章かずつ読んでいくとしばらくの間、笑いに困ることはないのではなかろうか。
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その他科学 | 2006/09/20(水) 00:35 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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191冊目 昆虫-驚異の微小脳
昆虫-驚異の微小脳

水波 誠著

中央公論新社 (2006.8)

\882

評価:☆☆☆☆


 昨夜は眠れなかった。ちょうど眠りに落ちそうになったとき、あの耳障りな甲高いぷ~~~~んという羽音が耳に接近。それは手で追い払ったもののやがて脚に猛烈な痒みが訪れる。しかも羽音は寄せては返す波のようでこちらの睡眠を効果的に阻害してくれる。

 最終解決として抹殺兵器:蚊取り線香の助勢を借りることで敵を駆逐することが出来た。そんな煩わしい思いをした人は私に限らず沢山いるだろうし、一晩限りでもないだろう。

 そう。こやつらはそのちっぽけな体には偉大な力が潜んでいる。蚊に限らず、昆虫たちは他の両生類魚類爬虫類鳥類哺乳類といった天敵やら競争相手やらと共にありながら何億年もの時間を過ごしてきたのだから。

 本書はそんな昆虫たちの見事な適応の背景にある、脳研究の最前線を垣間見せてくれる。実験に使われるのはトンボやバッタ、ワモンゴキブリ、コオロギ、アリにハチなど身近な生物ばかり。そして意外なほどに彼らが優れた神経系をもっていることが明らかにされる。

 たとえば、トンボのあの印象的な二つの大きな複眼の間には単眼があり、明暗について詳細な分解能を持ち、それが水平方向の検知に使われることははじめて知った。また、昆虫たちの記憶回路がどのようになっているか、かなり専門的なところまで解説されており、非常に興味深い。あのちっぽけな生き物たちにも我々と同じような短期記憶、中期記憶、長期記憶があり、それに対応する脳構造まで提案されているというのは驚きである。

 昆虫たちと他の生物との類似点は本当に興味深い。なにしろ、祖先が分かれたのが6億年以上前と思われているのに、哺乳類と明らかな遺伝子の共通点があったり、脳の使い方に類似点があったりするのだから。面白い話題が沢山あることと、新書でありながら専門的な点まできちんと説明されていることが本書の魅力である。

 ただ、専門に踏み込むところでは、ちょっと一般読者を置いていってしまっているのではないかと思われる点が多々ある。専門用語もそれなりに出てくるし、概念を分かりやすく説明してくれているとは言いがたい。

 そんな難点はあるけれど、昆虫の世界について興味深い視点を提供してくれているのは大きなメリットと思う。もし興味が沸いたなら、理解できないところは読み飛ばして面白そうなところだけ読む、という姿勢で読んでも十分に楽しめるのではないかと思った。
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生物・遺伝・病原体 | 2006/09/18(月) 17:48 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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190冊目 三国志 正史と小説の狭間
三国志

満田 剛著

白帝社 (2006.2)

\1,890

評価:☆☆☆☆☆


 「幻想工房」雑記帳の記事『三國志 正史と小説の狭間』(満田剛・白帝社)  読了を読んだ瞬間、これはもう買うしかないと決意したわけですよ。三国志好きはまずこのblogを見て欲しい。買わねばならない気になるので。

 私の読書における原体験の一つは間違いなく三国志である。吉川栄治『三国志』を貪るように読み、横山光輝『三国志』は何度読み返したか分からない。興味は高じ、陳寿の『正史三国志』も読んだ。

 正史の三国志は、とても読むのが困難な本である。紀伝体で書かれた歴史書の宿命だろうが、一つの事件や出来事の全体像を知るためにはそれに関わった全ての人の記事を読んだ上で総合的な判断をしなければならない。おまけに、個人の伝の中では、功績は書くが不利なことはできるだけ書かないようにしているという厄介な点がある。たとえば赤壁の戦いにおける曹操の敗北は曹操の記事ではほとんど触れられていない。

 こうした厄介さを全て払拭し、三国時代の動向を知ることができるという点で三国志演義はやはり大傑作である。英雄たちが勢力を伸ばすために相争い、謀略を巡らせ、戦場を駆ける。魅力的な一騎打ちには手に汗を握り、個性豊かな登場人物たちの活躍に心躍らせることができる。

 ところが、演義には演義の問題がある。ストーリーを面白くするために複雑な事象も簡略化され、主人公である劉備と彼の建国した蜀、彼の味方をする人々が実際以上に持ち上げられてライバルである曹操は貶められる。呉は蜀の味方をするときには正義の味方で魏につけば悪役になる、という具合に。また、個々のシーンを面白くするために過剰な脚色が加わってしまっている。

 演義と正史の間には意外と深くて広い溝がある。演義が好きで、だけど正史を手に取るにはちょっと抵抗が、という人には丁度良い本がなかったのが、その一因であろう。

 だが、もうそんな事態を嘆く時代は終わった。本書の登場によって。

 本書は三国前夜から晋による統一までの歴史を、正史に基づいて巧みにかつバランスよく記している。一冊にまとまっているため全てを詳細に、というわけには行かないので、三国志を知りたい人の入門書にはなりえないが、演義の流れを一通り知っていれば刺激的な説を多数目にすることが出来るだろう。

 史料の扱いについても詳しく書いてある。陳寿の三国志がどのような経緯で成立したか、先行文献はどのようなものがあったと考えられるのか、といった専門的な知識への言及は正史を紐解くに当たっても貴重なものになるだろう。

 また、客観情勢として寒冷化の影響(これはアジアに限らず世界的な現象だった。153冊目 気候変動の文明史で触れている)や党錮の禁、劉虞と公孫賛の軋轢、董卓政権での文武官の身の振り方など、小説ベースでは語られない話題が沢山ある。

 おかげで劉備を主人公にしては決して見えてこない時代の裏側が透けて見えて大変面白い。

 個人的には、曹操が長い期間にわたって袁紹の庇護にあったこと、かなりの機会主義者で戦略的に目的を立てて冷静に実行していくというよりもむしろ行き当たりばったりだったこと(袁紹の方が具体的で実行可能な戦略を描いていたのに対し、曹操は適材適所を心がければ良い、といったような抽象的目標を掲げていた)こと、更に漢中侵攻には全くやる気がなく、妖怪がいる地だから攻撃を辞めようと言い出すなど、イメージと実像が異なることが面白かった。

 三国志のファンであれば、読み始めたら引き込まれて更にこの時代を好きになるだろう。
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中国史 | 2006/09/16(土) 18:26 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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なかなか読了できない
 有給消化中で暇なのをいいことに家でごろごろしているわけだけど、それを格好のチャンスとばかり嫁の人は色々と予定を入れている。平日って結構暇なのね。

 そんなわけで息子の傍で本を読んでいるわけだけど、何をしている最中でも私の読む本に興味を示して寄ってくる。読めないのに。で、その姿が可愛くてつい相手をして時間が流れ、息子が他の事に気をとられた隙に本を読むとやっぱりまたやってくる。

 今のところのターゲットは本とメガネと携帯電話。そんなにメガネメガネとやってるとダメ人間になりますぞ。

 きちんと記憶力もあり、うっかりと息子の手の届くところに本を置いたままにすると確実にぐちゃぐちゃにされてしまう。寝る時にメガネを置いておくと、目覚めた息子が遊んでいる。その集中力たるや大したもので驚いてしまう。

 そんなわけで、息子が私の本に興味を示さなくなるまで闘いは続きそう。でも、いつか本来の使い方で興味を示すようにはなって欲しいものだ。
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雑記 | 2006/09/15(金) 23:21 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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189冊目 オルガスムスのウソ
オルガスムスのウソ

ロルフ・デーゲン著 / 赤根 洋子訳

文芸春秋 (2006.6)

\720

評価:☆☆☆☆☆


 多くの人が興味を持ち、心地よいと感じていながら開けっぴろげには語ることが出来ないことがある。性の世界、それもオルガスムスについてである。

 なぜ男の方がイクのが早いのか、女はなぜしばしば達したふりをするのか、男と女ではどちらが快感を得ているのか、セックスの後の心地よい眠気はなぜあるのか、といった身近に体験する話題から、動物のマスターベーションおよびマスターベーションの利点、オルガスムスに関する脳科学というように、大変に幅広い話題を扱っている。

 一般に誤解されているテーマとして、フロイトの影響で広まったヴァギナ・オルガスムスというものは存在しないこと、論争の続くGスポットに関しては解剖学的にそれに対応する器官は見つかっておらず、科学的な審査には耐えられないこと、女が快感を得るには女性上位が適していること、平均余命から見た最適な相手の数(浮気性の方には残念なことにその数は1である)、セックスが健康をもたらす、などを俎上に上げているので読んでいてどんどん興味が沸いてくる。

 性と性のもたらす快感についてここまで本格的に多角的かつ徹底的に論じているという点で本書は非常に貴重である。それどころではなく、論じにくいテーマを科学的に解明しているところも面白い。私が特に興味を引かれたのは、禁欲は抑鬱や自殺傾向などの悪影響を引き起こすが創造力など良いことはなにも引き起こさないということ。

 考えてみれば、セックスは必要なものとして進化してきた。そして、生物をセックスに向かわせる報酬として快楽も共に進化してきた。この快楽は生きるのに必要なこととして組み込まれているとしても全く不思議は無い。

 男は量、女は質を問うようで、性の満足感と人生の満足感はかなり一致するとのこと。快楽をただ貪るのではなく、中世キリスト教のように性を排除しようとするのでもなく、性と快楽がなにをもたらしてくれるのかを正しく知ることで、より豊かな生活を送ることが出来るのではなかろうか。


 本書を手に取ったのは、著者と訳者が『フロイト先生のウソ』のコンビだったから。フロイト~に負けずに面白い本であった。洒脱で違和感の無い翻訳は相変わらずで、読んでいてとても楽しかった。声を上げて笑ってしまう箇所も随所にあるので周りに人がいるときには注意しましょう。
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医学・脳・精神・心理 | 2006/09/13(水) 23:54 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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188冊目 誰も知らない日本共産党のホンネ
誰も知らない日本共産党のホンネ

大岩 悠吾著

雷韻出版 (2000.5)

\1,470

評価:☆☆☆☆


 公共の場でナチスやヒトラーを高く評価するとどういうことになるだろうか。良識を疑われるだろう。ヨーロッパに破壊をもたらし、600万人にも及ぶユダヤ人を殺害した罪は赦されることは無い。

 ところが、ヒトラーのナチスと同様にヨーロッパを破壊した共産主義政体たるソ連は国内で2000万人を粛清した。その後もこの思想は世界中で猛威を振るい、なんと共産党によって殺された人数は1億人にもなるという。これはナチスに殺されたユダヤ人の20倍近い数である。

 人数の多寡が問題ではないというのは分かっているが、それでも共産主義はナチスの20倍程度は非難されて然るべきではなかろうか。

 しかし、そんなことはない。今も日本ではこの共産主義を目指す政党がある。日本共産党である。1950年代は警察官相手にテロ攻撃を加え、それによって支持を失うと末端の構成員を切り捨てて指導者は温存する。その後、綱領を一切変更することなくソフト路線に転じた共産党は支持を拡大していった。

 そんな共産党を信じることができるのか。本書はソフト路線の裏に隠された事実を暴き出している。常にトカゲの尻尾きりに頼ることで指導者は責任を取らず、仲間で疑わしいと思われた人物には監禁して必要な医療も十分に受けさせない。共産党を抜けようとする人々には尾行や監視、果ては誹謗中傷を行う。

 銀行強盗や仲間内のリンチで崩壊した戦前の共産党のことではない。今の姿だ。兵本達吉氏や宮地健一氏といった、現在の共産党が行っている査問には人権擁護のかけらも見られない。政治姿勢を一にする仲間に対してまでこのような態度を取れるのであれば、彼らが”政治的に遅れている”と見做す一般大衆をどのように扱うか、想像もつこうというもの。

 また、驚くべきことに共産党は医療の世界や学校に浸透し、京都では入院患者の不在者投票を書き換えている可能性のある病院まであるという。これらの恐るべき現実を知って、考えてみて欲しい。本書はソフト路線の裏に垣間見える、旧態依然とした暗い組織の姿を暴いている、貴重な本だと思う。危機に対しては分かりやすく簡潔に危険を訴えることが何より必要で有効な手段だ。その点で重要な本といえる。

 あの党が異常であるということは、共産党のみ選挙で負けても指導部が責任を取らないことを見ても明らかだろう。他の政党は民主主義を標榜しているので、民衆の支持を得られなければトップは責任を取って退陣する。民主主義を標榜しているからにはその支持の有無に従うのは当然だろう。しかし、共産党だけは違う。選挙で負けてもトップは責任を取らない。なぜなら、トップが責任を負っているのは国民に対してではなく、党のトップに対してだけだから。自分たちが負けても自分たちが赦せばそれで終わり。国民の審判は受けない。そんな政党だ。

 私は過去、共産党の党員からトロツキストとの罵声を浴びた事がある。これは共産党の用語で、共産党が政権を獲ったら粛清する、という意味である。少なくとも、かつて共産党が権力を握った全ての国でそういう意味だったのだから、日本だけ例外と見做すのは愚かしいことだ。自分の命を守るためにも、共産党には反対してこうと思う。


追記
 宮地健一氏のサイトを紹介しておくので興味のある方は是非。
宮地健一のホームページ 共産党問題、社会主義問題を考える
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ノンフィクション | 2006/09/12(火) 20:13 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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187冊目 恐るべき旅路
恐るべき旅路

松浦 晋也著

朝日ソノラマ (2005.5)

\1,400

評価:☆☆☆☆☆


 2003年12月9日、火星探査機「のぞみ」は目的達成を断念、火星の1000km先を通り過ぎた。夢を託した27万人と打ち上げ前に非業の死を遂げた研究者との名前を載せた探査機は、遂にその夢を叶えることなく役割を終えた。

 乱暴に言ってしまえば「のぞみ」は失敗だったことになる。なぜ失敗したのか。その謎は本書に余すことなく語られている。そして、読んでみると「のぞみ」はただ失敗しただけではなく、探査機の運営に関する貴重な経験を積み重ねることができたという点で十分に投資を回収できたのではないかということも。

 本書を読めば、「のぞみ」が歩まねばならなかった苦難の歴史が全て分かるようになっている。愕然とさせられるのは、遥か火星を目指すという気宇壮大な試みに対して、金も、人手も、経験も、余りにも不足していたという現実である。

 その結果、少ない打ち上げ能力をカバーするために極限までの軽量化を図り、エネルギーを少しでも節約するために複雑な軌道を選択した。十分な信頼性を持って使える部品が無いためにアメリカのメーカー製のものを使うことも強いられた。重ねられた努力に、最後に加わったのは「のぞみ」に夢を託した人々からの沢山のメッセージ。「のぞみ」に名前を載せるというキャンペーンには27万人余りもの名前が寄せられ、その全ては縮小コピーされて「のぞみ」と共に火星への旅に出た。

 順調に旅を続ける「のぞみ」にトラブルが発生したのは地球の重力を利用して加速するスイング・バイのとき。そこからは苦闘の連続。研究者たちの執念、努力、問題解決能力には唸らされる。このプロジェクトでの経験の積み重ねは日本の宇宙開発にとって大きな財産になったと確信できる。

 本書を特徴付けているのは、機械に詳しい著者だからこそできる、部品についてのレクチャーと、複雑な原理や理論を分かりやすく説明することで当事者たちの苦闘っぷりが伝わってくるところではなかろうか。おかげで、探査機のどこに技術的な課題があって、どこが問題を起こして、どのように回避を図ったかということがとても分かりやすい。

 また、「のぞみ」のプロジェクトは、打ち上げてから5年以上、計画からは12年もの月日が流れている。その間に政治的にも社会的にも多くの変化があった。そんな世相を間に挟むことで、「のぞみ」はあの頃どんな闘いをしていたのか、と思いを馳せることができる。生活感覚の時間と結びつくことで、宇宙の距離を実感させられたものである。

 読めば読むほど宇宙探査には大変な困難が待ち受けていることが分かる。できれば、また大きなチャレンジに向けてのプロジェクトを計画し、宇宙への興味や夢を掻き立てるようにして欲しい。

 なにしろ、困難な以上、失敗は付き物としてその分の予算を増やすことが必須だ。失敗から経験を積んでいくことは将来への宝となるだろう。そして費用は国から出るわけだから、一般国民が出費を理解しなければいけない。宇宙への興味や夢がなければ、費用がなくなり、打ち上げ回数が減り、経験は足りないままで、一機の探査機にかかる負担は増大する。それではなにも進展がない。27万人もの名前が集まったことに、私は期待を寄せている。
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技術 | 2006/09/11(月) 11:42 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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100冊目であったか
 ふと気がつくと、空想科学「映画」読本が今年読んだ100冊目。目標にしていた年間100冊読破をクリアできた。記念すべき100冊目があれで良かったのかどうかは悩ましいところだけど。

 今のペースを保つとあと50冊弱読める計算。良い本に巡り会いたいものだ。そんなわけで、なにかお勧めがある方はコメントをお願いいたします。

 あとは、次の会社までの通勤などで、どれだけ本を読む時間を確保できるかが勝負の分かれ目になるはず。まずは有給消化中の秋の夜長を読書に費やそう。
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雑記 | 2006/09/10(日) 22:39 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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186冊目 空想科学〈映画〉読本
空想科学〈映画〉読本

柳田 理科雄著 / 空想科学研究所監修

扶桑社 (2006.8)

\600

評価:☆☆☆☆


 馬鹿馬鹿しいことは大真面目にやることで面白くなる。特に、特撮や映画など、そもそも真面目に語られることを想定していなかった場合にはなおさら。そんな見本のような実験は、多分『ウルトラマン研究序説』に遡ることができるだろう。単に馬鹿馬鹿しいことを大げさにして面白くすること自体は古くからの技法で古典的啓蒙思想家ヴォルテールの『カンディード』などもそこに入れられると思う。

 『ウルトラマン研究序説』が組織論や法律論を持ち出したのに対し、科学を武器に立ち上がったのが柳田理科雄。その映画版が本書である。って、タイトル見たら分かりますね。

 やっていることはシリーズ共通に共通する、映画の中のシーンを取り上げてそこにある科学的検証の当否を論じている。不幸にして取り上げられるのはハリウッドを代表するというよりも、著者の目に止まってしまった作品たち。その数、36。

 ゴジラやグレムリン、エイリアンにアルマゲドン、タイタニックにインデペンデンス・デイ、果ては2001年宇宙の旅と著者の暴走は続く。その結果、NASAが科学オンチとしか言いようの無い状態だったり、不可解な生物が跳梁跋扈していたり、思わぬ映画が科学的に正しいことが判明したりと驚きと笑いの連続が読者を待ち受けている。

 個人的に、こういった馬鹿馬鹿しさは大好きなのでとても楽しみながら読むことが出来た。ただ、残念なのはそのほとんどの映画を見たことがなかったことで、見た人はもっとずっと楽しめたのではないかと思う。

 もっとも、本書にも論理の飛躍が随所に見られることもまた事実で、そのあたりは読者側も突っ込みを入れる心構えを忘れずに楽しみたいところである。

 ただ、無茶なことはやりながらも必要とあらば『せん断加工』だとか『解体工法と積算』だとか『超伝導の探求』といった専門書を参考文献に挙げるほど、論理には気を使っているのが面白さの背景にあるのは事実。真面目な文献に当たってもそれを現さない。それがまた面白さを際立たせているのかもしれない。
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その他科学 | 2006/09/09(土) 21:01 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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185冊目 なぜ女は出産すると賢くなるのか
なぜ女は出産すると賢くなるのか

キャサリン・エリソン著 / 西田 美緒子訳

ソフトバンクパブリッシング (2005.7)

\1,680

評価:☆☆☆☆☆


 女性は妊娠すると頭の回転が遅くなる、という話を聞いたことがないだろうか。その現象にはマミーブレインという名前まで付いている、常識のような位置づけらしい。

 ところが、本書によると女性は出産を経て賢くなる、という。妊娠に伴ってホルモンバランスは大きく変動し、その結果として行動や認知に少なからぬ変化が訪れる。脳の活動にも一時的な、また永続的な変化が起こるとも言う。

 動物実験の結果では、妊娠出産したラットは記憶力が向上し、子のために危険を冒すことも厭わなくなる。そしてこの現象は人間でも同様に見られる。さらに、マルチタスクの能力は上がり、自制心も磨かれる上、子育ての経験は職場でも活かされるというのだからすごいものだ。

 確かに。妊娠し、出産した妻は、科学だの数学だのといった話題には以前に輪をかけて興味を示さなくなった。しかし、子供の状態については実に的確で細やかな記憶と気配りを発揮し、家事も遺漏なくこなしている。

 積極的にコミュニティを構築し、子供に最適と思われる環境を整備している。女性というよりも、母の賢さというのは確かにあると思う毎日である。

 出産に秘められた進化の奇蹟と言っていいかもしれない。その奇蹟を起こすのは子との密接な触れあいだというのだから、しばらく密着して暮らすだけで十分に奇蹟は起こる。妊娠を予定している方、出産を控えた方、親になった方には参考になることが多いだろう。

 なお、これと同じようなことは男性にも起こるらしい。生まれたばかりの自分の子を強く抱きしめる、そこから男も親としてのスタートを切り、変わっていくことが出来る。脳は可塑性に富んだ、可能性を秘めた臓器なのだから。子育ては煩わしいものではなく、自分を成長させるものと認識を変えさせる良書。
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医学・脳・精神・心理 | 2006/09/07(木) 23:57 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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184冊目 日本のいちばん長い日
日本のいちばん長い日

半藤 一利著

文芸春秋 (2006.7)

\620

評価:☆☆☆☆☆


 1945年8月15日、玉音放送によって日本の戦争は終わった。正式に終わったのはミズーリ号上にて降伏文書に署名した9月2日なのだろうが、ほとんどの者はこの時点で戦いは終わったのだということを悟った。

 それと同時に、もう一つ終わったことがある。天皇を奉じて日本国民最後の一人に至るまで戦い抜くべきだと信じる青年将校たちによるクーデターである。

 中心を占めるのは近衛師団。天皇を護るための軍隊が、天皇の意思から逸脱して動き出していた。和平こそが天皇の望みだということに思いを馳せることもなく。

 彼らは宮城を占拠して外部との連絡を絶ち、降伏を天皇に勧める国賊の影響を排除して天皇から徹底抗戦を引き出そうとした。その行動は師団長、陸相、参謀長らから追認されるものと信じていた。

 玉音放送によって絶望的な抵抗を止め、一人でも多くの国民を救おうとする者たちと、国体護持を確保できない以上降伏を認めることはできないとする青年将校たち。

 14日の御前会議から、翌日正午の玉音放送までの緊迫した一日の模様を、多くの文献と取材から冷静に描き出す。淡々とした筆致でありながら、臨場感に溢れ、事態の推移から目を離せない。歴史的事実として玉音放送はあったわけだから、クーデター部隊の失敗は分かる。それなのに一気に読み通させる迫力を持った、すごい本だと思う。

 だが、読み終わって釈然としない点も多々ある。クーデター部隊は命令に背き、上官を殺害し、自分勝手な妄想に酔った。そんな彼らの策動を、一部の人々は参加はせずとも止めもせず、綱紀を最も守らなければならない近衛師団の将校たちが平然とそれを破る。

 ところが最後は、この動乱は無かったこととして特に処罰も与えられない。張作霖爆殺や満州事変など、明らかに中央政府の意思と異なることが起こっていながら適切な対応を取れない異常な状況。私利私欲ではなく国家のための行動だからと免罪されてしまう点には納得がいかない。

 夢破れた決起部隊も、天皇の意思は降伏に非ず、と勝手な妄想を広げた挙句、近衛師団長を殺害するなど後先を考えない失敗を繰り広げる。勿論、その時代の背景として下克上だとか軍人が政治に容喙していたことが大きいのだろうが、それにしてもその勝手さは目に余るように思われてならない。

 阿南陸相の自刃と、並行してのクーデターおよびその処罰の甘さを見ると責任とはなんなのかを考えさせられる。終わりを想定することなくなし崩し的に太平洋戦争に突き進んだ判断の甘さにも思いを馳せる。

 理詰めで構想を練ることなく勢いで進んできて、敗北の状況を纏め上げるのは至難の技である。そんな状況に陥らないためには、やはり冷徹な計算と終わりを見つめられる視野の広さが必要なのだろう。漠然とそう思わされた。
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太平洋戦争・二次大戦・現代史 | 2006/09/04(月) 00:12 | Trackback:(1) | Comments:(0)

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データ移管終了
 ようやくサイトで書いていた分の記事を移し終わった。それにしてもつくづく管理が簡単で、なぜこんな便利なものを使わなかったのか自分を責めたい。

 まあ、褒められることなら無いけど怒られることだけなら引けをとらない私のこと、自責はまた別の機会にすることにしておこう。

 期せずしてサイトでUPした記事を見返すことになって、良い本から駄本までいろんな本に巡り会ったな、と感慨深かった。面白かった本の印象は今でも強く残っていて、ついまた読みたくなる。

 もともと、自然科学が好きな私にとっては面白いと思える本でも、他の人に言わせると”なにやら難しそう”ということで、手に取る機会も無いらしい。そんな本でも、読み物として十分面白いということを伝えたくて書いている。魅力の一端でも伝えられたら嬉しく思う。

 それと、ブログにして良かった点は、サイトのときよりも他の方の反応を見ることが出来るようになったこと。コメントやトラックバックを頂くとやはり嬉しいし、おまけに世界が広がる。欠点は自分の文章の拙劣さを痛感させられるところか。

 なんにしても、これからも1000冊目指して鋭意読書に励む予定なので、遊びに来てくださるのを待っております。些細なことでもコメントがあればよろしくお願いします。
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雑記 | 2006/09/03(日) 14:06 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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183冊目 漢帝国と辺境社会
漢帝国と辺境社会

籾山 明著

中央公論新社 (1999.4)

\798

評価:☆☆☆☆


 著者の籾山先生の講義を大学時代に受けた事がある。一般教養として、興味のある中国史の授業をとったらそれがすこぶる面白く、わざわざ他学部まで押しかけて卒業と何の関係も無い単位を取ったものである。風呂敷に資料を包み、冷静ではありながら歴史を学び教えることの喜びが伝わってきて、今でもその授業内容を思い出したりする。

 そんな学生時代を終え、卒業してから読んだ籾山先生の『秦の始皇帝』は、とても丁寧かつ抑えた筆致で秦の時代を語っていた。多くの資料を駆使しながらも平易な文章で、統一前の状況からその崩壊まで一気に読ませてくれる良書だった。

 本書は秦を継いだ漢の時代に、北方の異民族である匈奴と最前線で対峙した人々の日常を、遺跡から発掘された木簡から描き出している。万里の長城、それも西側の敦厚周辺ということで、長城の全体像を追いかけるわけではない。むしろ、その狭い範囲に注目することでそこに暮らした人々の生活や仕事を深く掘り下げる。

 英雄中心の歴史書では決して見えない、最前線の日常を垣間見せてくれること自体が面白い。たとえば、防禦に当たるための細かい取り決めや些細に見える事実を一次史料に基づいて説明してくれている。

 しかも、大局的な状況説明はきちんとしてくれている。なぜ秦の時代以降に匈奴が強大化したのか。漢と匈奴は何を争っていたのか。大雑把に状況を把握した上で辺境に目を向けているので細かい事実も頭に入りやすい。漢に限らず、中国に成立した王権と北方異民族の攻防に興味がある方には是非お勧めしたい。


 なお、万里の長城という防禦システム全体がどのように機能してその効果はどうだったのか、また時代ごとの性格はどうだったのか、ということに興味がある方には『万里の長城攻防三千年史』がお勧めである。
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中国史 | 2006/09/02(土) 23:36 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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182冊目 パンツが見える。
パンツが見える。

井上 章一著

朝日新聞社 (2002.5)

\1,470

評価:☆☆☆

 スカートの奥には何があるのか。パンツである。もちろん、昨今の世の中ではジャージと応える嘆かわしい一団が存在することを除けば至極当然な答えであろうことは疑い得ない。

 たかがパンツは多くの男性の心を掴んで離さない。雑誌には有名アイドルのパンチラ写真が踊り、パンチラスポットがどうだとかチラリズムがどうだとか、話題に事欠かない。挙句の果てにはアナウンサーが女子高生のスカートの中を盗撮するなんて事件も起こって、他社のことなら針小棒大取り上げる日テレが突如として人権意識に目覚めて容疑段階だからと匿名扱いして失笑を買ったことは記憶に新しい。なにやら日テレ批判っぽくなってしまったのは気のせいではない。

 さて、そんな男心をくすぐってやまないパンツあるいはパンティであるが、日本で履かれるようになったのはそんなに遠い過去のことではない。そんなパンツの歴史で必ず語られるのが、白木屋火災事件である。

 1932年12月16日、白木屋デパートで火事が発生。非難具を使って脱出が図られた。ところが当時の女性は和服の下に下着をつけていなかったため、そうやって降りようとするとパンツどころか、局部がモロに見えてしまう。それを恥ずかしがったために多くの女性があえなく焼死してしまった、という話である。

 本書はこの白木屋火災から話を始める。和服で誰もパンツを履いていない時代から、徐々にスカートが和服に変わり、その下にズロースを見に纏うようになる。面白いのが、ズロースが履かれる様になった歴史である。本書が詳らかにするところによると、男性の間に混じって働く女性が強姦防止として身につけていた猿股の話や、往時の女性はパンツを履いていなかった頃、その大事な部分がふとした拍子に見られても、それはそれで仕方ないと思っていたらしいこと、など意外な話に満ちている。

 一見、軽い読み物に見えるタイトルでありながら、確かに日本の服飾史を切り取り、生き生きと再現しなおしている様は実に見事。私のように戦後は勿論、パンツくらい見られてもなんということはないとされていた古き良き牧歌的な時代が目に浮かぶ。時代を再現し、意識を過去にさかのぼらせることができるということから言えば間違いなく一級の歴史書であると言える。

 今日も男たちはパンツに魅了されている。これからもパンツの歴史は続くことであろう。

 だけど、こう、一冊丸々パンツの話が続くと、流石に辟易するのも事実で、なんというか、こう、疲れてしまったことは申し添えておく。


2006.9.1
 大急ぎで追記。
 白木屋火災では死者の多くが女性だったかのように語られることが多いが、死者14名中女性は8名。かろうじて過半数であり、多くが女性であるわけではない。うち3名は絶望しての飛び降りの結果の死であり、残りの人々も脱出しようとしてロープが焼け切れてしまったりしたのが原因。

 そもそも、そのような火急の状況で見られる・見られないを気にして悄然と死に赴くような人は居ないだろう。


2006.9.19追記
 どういうわけかこの記事だけやたらと怪しいトラックバックが多いので、本記事のみコメント・トラックバックを不可といたします。ご了承ください。
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ノンフィクション | 2006/09/01(金) 23:42 | |

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