『貝になった男』を読んだので、そのついでに戦犯について思うことなど。
まず、東京裁判を初めとする戦犯裁判は、勝者が一方的に敗者を裁いていて、証人や物証などは全て検察側に有利になっていること、検察と裁判官が同一勢力出身であること、法の大原則である不遡及の原則を破っていることから法学的に判断すれば間違いなく問題だらけである。
そういった問題だらけの裁判で極刑を多発させたことは勝者による復讐であったと言ってもあながち間違っていないだろう。
特に、「被告は文明である」などと高らかに謳い上げた舌の根も乾かぬうちにアジアの再植民地化に乗り出した行動など、裁いた側も全く人道的ではなかったことは指摘しておいて良い。中国などは二次大戦後、国共内戦を終えた後でさえ、日中の15年にわたる戦争より更に多くの死者を出した程で、その最高責任者たる毛沢東は全く責任を追及されていない。
で、それを踏まえたうえで言ってしまえば、戦争に負けてしまえばそれくらいは覚悟しなければ行けないだろう、ということ。
1930年代の日本は中国を局所的には圧倒できるだけの軍事能力を持っていた。その力によって、住む人の90%以上が漢民族であったにもかかわらず、満族の国を作ると強弁して満州国を作り上げた。謀略と暴力に拠って。そうして出来た満州国は独自の外交権すら持たない、完全な傀儡国家だった。どこに正義がある?
南京が陥落すれば何とかなるだろうと甘い判断をしていた日本の思惑とは異なり、撤退を重ねる国民党政府は重慶に拠点を移す。その重慶に、日本は大量の爆弾を投下する。アジア初の大規模無差別爆撃だ。どこに正義が?
政治の世界に絶対的な正義なんてものは存在しない。原爆も東京大空襲も正しくて、南京事件が不正義だったというわけじゃない。日本軍の捕虜虐待は絶対悪で、欧米豪軍が降伏してきた日本軍捕虜を殺害したのが絶対善じゃない。どちらもよくよく見たら似たようなことをやったけど、日本は負けた。だから裁かれたってこと。
大体、仮に原爆投下後に日本がアメリカを降伏させていたらトルーマンはどうなったのかね?思考実験としては面白いのではないかな。(前提に無理があるのは仕方ないとして、挑戦してみて欲しい)
ツケを払わざるを得ないのは常に負けた方。だから、文句なんか言いたかったら戦争なんかしなければ良かったわけだ。ハルノートを受諾して、三国同盟を脱退、満州以外の中国から撤兵する。欧州戦線に介入したかったアメリカとしては日本を暴発させるのに更なる無茶を言ってきたかもしれないけど。
乾坤一擲、勝負に出て負けたのなら後はもう文句なんて言えない。それが戦争。
そういうものだという達観を持っているのだけど、それでもどうしても東京裁判の結果に納得いかないのは東條英機である。彼こそは自軍に降伏を赦さない方針を徹底させたため、外国で100万単位の同胞を死に至らしめた責任がある。また、降伏を赦さない方針は、捕虜となった外国人兵士の虐待につながったわけで、間接的にBC級戦犯を生み出したといって過言はあるまい。おまけに、捕虜となった場合の心得を教えなかったために捕虜から情報がだだ漏れであった。その被害は計り知れない。様々な点で、日本人の手できちんと裁き、罪に応じた罰を与えていなければならなかった。それを外国人に任せてしまったことこそ、禍根であると思えてならない。
まず、東京裁判を初めとする戦犯裁判は、勝者が一方的に敗者を裁いていて、証人や物証などは全て検察側に有利になっていること、検察と裁判官が同一勢力出身であること、法の大原則である不遡及の原則を破っていることから法学的に判断すれば間違いなく問題だらけである。
そういった問題だらけの裁判で極刑を多発させたことは勝者による復讐であったと言ってもあながち間違っていないだろう。
特に、「被告は文明である」などと高らかに謳い上げた舌の根も乾かぬうちにアジアの再植民地化に乗り出した行動など、裁いた側も全く人道的ではなかったことは指摘しておいて良い。中国などは二次大戦後、国共内戦を終えた後でさえ、日中の15年にわたる戦争より更に多くの死者を出した程で、その最高責任者たる毛沢東は全く責任を追及されていない。
で、それを踏まえたうえで言ってしまえば、戦争に負けてしまえばそれくらいは覚悟しなければ行けないだろう、ということ。
1930年代の日本は中国を局所的には圧倒できるだけの軍事能力を持っていた。その力によって、住む人の90%以上が漢民族であったにもかかわらず、満族の国を作ると強弁して満州国を作り上げた。謀略と暴力に拠って。そうして出来た満州国は独自の外交権すら持たない、完全な傀儡国家だった。どこに正義がある?
南京が陥落すれば何とかなるだろうと甘い判断をしていた日本の思惑とは異なり、撤退を重ねる国民党政府は重慶に拠点を移す。その重慶に、日本は大量の爆弾を投下する。アジア初の大規模無差別爆撃だ。どこに正義が?
政治の世界に絶対的な正義なんてものは存在しない。原爆も東京大空襲も正しくて、南京事件が不正義だったというわけじゃない。日本軍の捕虜虐待は絶対悪で、欧米豪軍が降伏してきた日本軍捕虜を殺害したのが絶対善じゃない。どちらもよくよく見たら似たようなことをやったけど、日本は負けた。だから裁かれたってこと。
大体、仮に原爆投下後に日本がアメリカを降伏させていたらトルーマンはどうなったのかね?思考実験としては面白いのではないかな。(前提に無理があるのは仕方ないとして、挑戦してみて欲しい)
ツケを払わざるを得ないのは常に負けた方。だから、文句なんか言いたかったら戦争なんかしなければ良かったわけだ。ハルノートを受諾して、三国同盟を脱退、満州以外の中国から撤兵する。欧州戦線に介入したかったアメリカとしては日本を暴発させるのに更なる無茶を言ってきたかもしれないけど。
乾坤一擲、勝負に出て負けたのなら後はもう文句なんて言えない。それが戦争。
そういうものだという達観を持っているのだけど、それでもどうしても東京裁判の結果に納得いかないのは東條英機である。彼こそは自軍に降伏を赦さない方針を徹底させたため、外国で100万単位の同胞を死に至らしめた責任がある。また、降伏を赦さない方針は、捕虜となった外国人兵士の虐待につながったわけで、間接的にBC級戦犯を生み出したといって過言はあるまい。おまけに、捕虜となった場合の心得を教えなかったために捕虜から情報がだだ漏れであった。その被害は計り知れない。様々な点で、日本人の手できちんと裁き、罪に応じた罰を与えていなければならなかった。それを外国人に任せてしまったことこそ、禍根であると思えてならない。
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上坂 冬子著
文芸春秋 (1989.8)
\387
評価:☆☆☆
BC級裁判にて1000名余の軍人・軍属が死刑に処されたことは広く知られている。そのうちの少なからずは文化の違いによる誤解や不当な訴えに起因していたのは間違いの無い事実である。
新潟県直江津にあった捕虜収容所からは8名の刑死者がでている。1942年12月にたどり着いたオーストラリア兵捕虜300名の2割に当たる60名もがここで死んだのがその原因である。
ノンフィクション作家の上坂冬子は収容所と裁判の実態を探るため、調査を始める。刑死者たちの遺族を訪ね歩くうち、彼女は懲役12年で自らは助かった収容所所長について興味を持つのだった。
本書の前半は、刑死者たちの経歴や裁判、さらには執行の模様を記す。検察であるオーストラリア側と被告である日本側の言い分はことごとく食い違い、中には戦傷のため腕がろくに上がらない者が捕虜を殴ったとして訴えられているケースまであり、まっとうな裁判というよりも報復であることを強く印象付けられる。
調査を進める中で、収容所所長が遺族たちの元を尋ねていたことが判明する。さぞ、訪れにくいことだっただろう。部下ばかり8名も死刑に処され、管理責任を追うべき自分は生きながらえているのだから。それでも、全員の遺族を尋ねたその生き様に興味を引かれた著者は所長の人となりを追いかけることになる。それが後半。
戦後、時間が経ちすぎてしまったこともあって収容所で具体的に何が起こったのかは明らかにされない。たとえば、日本側は捕虜に与える食料を確保するのに尽力したといい、オーストラリア側はろくな食料を与えられなかったという。オーストラリア側は、日本人がすぐ殴るといえば、日本人は日本人同士でも殴り合ってたと反論する。後者に関しては反論になっていない気もするが、立場の違いが同じ行為にも違う印象を与えてしまう。そこに不幸があったと思う。
疑問に思う点もある。
2年にわたる直江津での生活で死んだのは捕虜の2割。過酷で食料はピンはねされ、非人間的な空間が現出されたシベリア抑留は1956年まで10年以上の長きにわたって続いたが、通説では65万人の捕虜に対して死者は6万〜10万。9〜15%程度で、直江津の20%よりも低いくらいである。
本書を読むと、日本側の認識では捕虜虐待などなく、誤解や誇大な報告によって不当な裁判が行われたような印象を受けるが、シベリア抑留よりも致死率が高いのは背後に捕虜虐待があったと想定しなければ説明がつかない気がする。新潟の冬が厳しいとは言え、シベリアよりはマシだろうし。
真相は全て藪の中。誰も到達することはできないのだろう。敗戦国になる、というのはそういうことも甘受しなければいけないものなのかもしれない。
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