井田 茂著
日本放送出版協会 (2003.4)
\1,124
評価:☆☆☆☆
都会を離れたところで夜空見上げると、満天の星に包み込まれる。そんなとき、あれだけ星があるのだから、どこかに地球と同じような星があるのではないかと思ってしまう。そしてその星では生命で溢れているのではないか。そんな夢想に囚われる。
ところが、遠くの星を見つけるのは難しい。あの夜空で瞬く星は太陽と同じような恒星で、その恒星が明るすぎるために恒星を巡る微小な惑星など見えなくなってしまうのだ。
1995年5月、太陽系外の惑星探査に生涯を捧げたバンデカンプが失意のうちに死去、8月には10年以上探査を続けたウォーカーが「太陽系外に、惑星はない」とする失意のレポートを発表する。希望は翳った。しかし、そのわずか2ヵ月後、状況は激変する。1995年10月、ついに太陽系外に惑星が発見されたのだ。
ところが、その惑星はあまりにも想像からかけ離れていた。なにせ、その惑星ときたら木星の何倍もの質量を持ちながら水星よりも近い軌道をわずか4.2日で巡っていたのだ。この異形の惑星はホットジュピターと名づけられた。
その後、このような異形な惑星は決して異常なものではなく、宇宙に幾つも発見されることになる。地球型の惑星は発見されていないが、ホットジュピター型の惑星は幾つも発見されている。これは惑星を見つけるための方法が、ホットジュピター型ほど有利なためだ。
太陽系しか知らなかった科学者たちは、うまく太陽系の惑星系がどうやってできるかを説明できる理論を求めてきた。ホットジュピターなど想像すらしていなかった。そのため、ホットジュピターの発見は必然的に惑星形成理論の修正をもたらした。そのため、惑星形成理論は今とてもホットな話題なのである。
本書はどのようにしてホットジュピターが見つかったのかを説明し、発見がもたらした影響や興奮を余すところなく伝える。興奮を伝えられるのは、やはり著者が惑星形成理論に携わる科学者だからであろう。
ホットな話題を盛り込み、意外な発見を説明しようとする本書はとても面白い。地球がどうやってできたのか。地球は特殊な惑星なのか。そして、いつの日か宇宙のどこかに人類以外の生命を確認できる日は来るのか。もう分かっていること、まだ分からないことを丁寧に分けながら、そんな疑問を説明してくれるのが嬉しい。
遠い宇宙に思いを馳せるのに丁度よい一冊。
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土屋 賢二著
文芸春秋 (2001.2)
\490
評価:☆☆☆☆
ご存知、御茶の水大学で哲学を教える土屋教授のユーモアエッセイ。
世のありとあらゆることを笑いの題材にしてしまう。と言いつつ、やはり身近なネタがメインを占めるのは否めないわけで、必然的にネタは学生のことや恐妻家たる自分のことや下手なピアノの腕ということになる。なにやら自分自身をネタにしているようだが、その通りである。
卒業する学生相手に「働いているとつらいこともあるでしょうが、大学でやったことの罰として考えれば、耐えることができるのではないかと思います。しかし、考えてみると、実際に罰を受けるのは会社の方ではないでしょうか。」なんて言ってしまう。本の中だけではなく、実生活でも笑えることを大事にしているようである。
そんな本書だが、笑った後で考えさせられることもある。その点、やはり哲学の教授だ。哲学はつまらないもの、というイメージを打ち砕いている。大いに笑い、大いに考えさせるという見事な本である。
やはり、どんなことでもユーモアは必要だ。
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芹沢 一也〔著〕
講談社 (2006.1)
\880
評価:☆☆☆
年々低年齢化・凶悪化する少年犯罪や精神障害者による犯罪に対してどのように社会を守っていくべきか。
こんな問いが、2000年の少年法改正を導いた。実に50年以上も手付かずだったこの法律を改正させたのは、酒鬼薔薇聖斗に代表される”理解できない凶悪犯罪”にあったことは間違いない。
しかしながら、犯罪は低年齢化しているのか。凶悪化しているのか。増加しているのか。
その全ての答えは否である。少年犯罪は、観測史上最低レベルを推移している。殺人、強盗、放火、強姦などの凶悪犯罪は1960年代と比較すると数分の一にまで減少しているのだ。であるからには、少年法の改正は必要あったのだろうか。
本書はそのような立場から、少年法が目指したのはどのようなことだったのかを解き明かす。そして、少年の成育歴に光を当て、少年の更生を目指した少年法を根拠無い恐怖を背景として厳罰化させるべきだったのか、と問いかける。
しかし、本来少年法が対象としていたのは凶悪犯ではない。微罪を犯した少年を、若さゆえの過ちとして裁くことでその未来を奪うことを防ぐためにあった。あくまで対象は”凶悪犯ではない少年犯罪者”のことだったのだ。
ところが、本来そうあるべきだったのに、凶悪犯罪までをも少年法で括ろうとしたところにこの法律の無茶があった。その結果として、少年による殺人は事実も碌に調べられず、刑事罰も与えず、被害者にとっては将に殺され損の状況を招いた。同級生を殺した生徒が数ヶ月もすればまた学校でごく普通に生活できたのだ。これがあまりにも異常であることは明らかだろう。
その点で、私は少年犯罪は凶悪化も増加もしていないことを認めつつ厳罰化は必要であると考える。また、改正少年法に拠っても、生育環境によって歪んだ人格を直すことに視点が置かれているようだが、性格の大半は遺伝で決まる。つまり、環境を変えても犯罪者は犯罪者であると言える。そのような犯罪者を安易に外に出すべきではない。
私は米国のスリーストライク法を日本でも導入するべきだと考える。一定以上の法律違反を3度以上繰り返せば、もうその人物は刑務所から出ることはできない。そうするべきだ。
日本は安易に犯罪者を外に出す。その結果、たとえば強姦事件の犯人が、自分を訴えた腹いせに強姦の被害者を殺害するといった痛ましい事件が勃発するのだ。
本書ではこのような、今の制度でも決して更生しない(遺伝的背景があるので、更生なんて端から無理であるというのはこの際置く)犯罪者のことを書かない。再犯率が50%にも達しようという現実を書かない。少年法を含めた刑法は、はっきりと失敗しているのだ。その現実をもっと見て欲しい。
ただ、少年犯罪の質は以前と変わらず、件数は激減しているにもかかわらず少年犯罪への恐怖ばかりが募っているのは問題だ。その点で、社会がホラーハウスになってしまっているという筆者の指摘は首肯できる。事件を追いかけ、消費するマスコミや一般人が、正しく現実を知らなければいけないのは間違いが無い。
そういった意味では、本書が指摘するように少年法の根源に立ち返って考えるのは重要かもしれない。
なお、少年犯罪に興味があるなら『少年の「罪と罰」論』を、遺伝による性格への影響に興味があるなら『人間の本性を考える 上』、『人間の本性を考える 中』、『人間の本性を考える 下』をお勧めしたい。
追記
女子リベ 安原宏美--編集者のブログ内の記事、世界一少年に厳しいデータ(詳細)はとても丁寧に少年法改正の背景に無茶があったことを示しています。このような努力には本当に頭が下がります。
くどいようですが、私は厳罰化賛成なので法改正自体には賛成しております。ただ、だからといって根拠が誤っていてはならない、と思うのです。
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