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Author:Skywriter
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BK1書評の鉄人31号。
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156冊目 ニュースの裏には「科学」がいっぱい
ニュースの裏には「科学」がいっぱい

中野 不二男著

文芸春秋 (2001.8)

\500

評価:☆☆☆☆

 もはや科学や技術は生活になくてはならないものになっている。などと聞くと言い古された陳腐な言葉に感じてしまう。しかし、生活になくてはならない科学は、その姿を正しく認識されているのだろうか。どこか特殊で分かりづらく、敬遠するものになってしまっているのではないか。

 その結果だろうか、ニュースに科学が顔を出すときには、文系の学問にはない特殊な扱い方をされてしまう。本書で指摘されているのは、松本サリン事件が起こったとき、第一通報者の河野義行さんが犯人扱いされたときのエピソードだ。彼が「大学の理工系学部の出身で」などと報道されていたことについて下のように記す。


 状況をちょっとかえてみると、これは異常といっていい報道である。たとえば、の話だ。巧妙な手口で、法の裏をかくような詐欺行為を働いたものがいたとする。もちろん、まだ「被疑者」の段階でもいいし、または違法ギリギリだが合法で、処罰の対象にはならなかったとしてもよい。そして、この被疑者、あるいは処罰を免れた者が、大学法学部の出身だったとしたら、どうだろうか。マスコミは、「被疑者は大学の法学部の出身で……」と表現するだろうか。


 確かにそうだ。理系というだけで、ある意味特異な位置づけを与えられてしまう。後にサリン事件がオウムの仕業であることが明らかになったときにも、”理系の犯罪”と言わんばかりの報道が繰り広げられた。理系学生は本を読まず、人生について考える事が無いから安易にだまされるのだ、などといった言説が撒き散らされた。しかし、実際にはオウムの信者の文系出身者と理系出身者の比率は一般社会と変わらなかった。化学を犯罪に用いたため、たまたま理系の出身者が目立っただけの話だったのだ。

 科学を学んだヤツはうんぬんかんぬんという、理系蔑視の話は出たが、障害者バッシングは出なかったのも皮肉な話である(麻原は目が不自由だった)。これを見ても、特定の個人の、ある一面を取り上げてその個人が属する集団全体を貶めることが適切ではないことが分かるだろう。

 科学、技術が身の回りに溢れれば、当然事件や事故の背景に科学や技術が顔を出す機会が増える。それらは娯楽として消費され、背後の理屈や原理を知られることが無いまま消えていく。

 しかし、それでは問題を正しく解決することはできないだろう。問題を正しく認識し、正しく対処するためには、事件や事故の背後にある科学や技術の実際について知らなければならないのだ。

 本書が取り上げているのは、日本のロケット開発やスペースシャトル報道に見られるあまりにお粗末な体制、原子力発電、オウム事件、飛行機事故、原油流出、阪神大震災と救助体制のような事件や事故、湯川秀樹の功績やなぜ人型ロボットが目指されるのかといった技術論など多くの話題である。大体の話は敬遠されがちな科学事件であっても面白い背景があることの説明に費やされている。そして実に出鱈目な理解をされているのかを指摘してもいる。

 科学も技術も暴走すれば恐ろしい面も、確かにある。しかし、我々はもうこの生活を手放せない。であるからには、正しく理解し、飼いならす必要がある。そんなことを考えさせられた。
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その他科学 | 2006/06/29(木) 23:35 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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155冊目 恐竜はなぜ絶滅したか
恐竜はなぜ絶滅したか

ミカエル・アラビー著 / ジェームス・ラブロック著 / 中沢 宣也訳 / 萩原 輝彦訳

講談社 (1984.12)

\816

評価:☆☆☆☆☆

 正直に告白してしまうと、期待を裏切る本だった。私の性格の悪い予想を覆す、面白い本だったのだ。

 恐竜絶滅の理由は?と聞かれると、必ずや小惑星の衝突という答えが返ってくるだろう(もちろん私は聖書原理主義者の存在を無視している)。しかし、今では当たり前となっているこの説は、比較的新しい説である。

 1977年、ノーベル物理学賞受賞者のルイス・アルヴァレスとその息子で地質学者のウォルター・アルヴァレスらが率いる研究チームが白亜紀末期の地層に奇妙な黒い筋を発見する。この薄い地層には、宇宙起源と考えられる重金属であるオスミウムやイリジウムが異常なほど含まれていた。

 後にKT境界と呼ばれるこの薄い層が世界中から発見されたことが恐竜絶滅の謎を解き明かすためのキーだった。

 ところが、当時は隕石の衝突のような天変地異によって恐竜絶滅のような大変化が起こるとは考えられていなかった。そのため、隕石衝突説はトンデモ説に近い扱いを受けていたのだ。

 肝心の隕石が衝突した跡がどこにも見当たらなかったことも拍車をかけた。ユカタン半島の沖のクレーターこそがその証拠であるとされるようになったのはなんと1990年代に入ってから。

 本書が訳されたのは1984年。ということは、「恐竜絶滅の真相」と「隕石衝突説」が完全には受け入れられていない時期である。だから、私としては過去の古い説を眺めてノスタルジーに浸るような気分で本書を紐解いた。著者の一人がガイア仮説で知られるラブロックなので、そんなに酷いことにはなっていないだろうと思いながら。

 ところが、酷くないどころかとても面白い。隕石の衝突位置こそ不明だったのだが、隕石衝突がもたらす物理/化学的破壊の影響や規模について丁寧に説かれていて、隕石衝突説が恐竜絶滅の謎に迫っていることを納得させる力を持っている。

 また、隕石衝突説以外の説についてもその当否を追いかけることで、隕石衝突説以外に突発的な滅亡を説明できるだけの説が無いこと、恐竜がゆっくりと滅亡に向かったわけではないことを示している。非常に面白い本だった。

 ただし、やはり古いだけのことはあって現在の知見と比べると誤りも存在する。書かれていること全てを正しいと思うのではなく、批判精神を持ちながら読むのが丁度良いだろう(それはこの本に限った話でも無いが)。

 なお、近年では恐竜絶滅に新説「小惑星衝突後、数時間で全滅」という説が出されているそうだ。また、鳥類は恐竜の直系の子孫であることが明らかになってきているので、恐竜滅亡というのは言いすぎであるかもしれない。
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地球史・古生物・恐竜 | 2006/06/29(木) 22:49 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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列伝 其の三十一
 オンライン書店BK1書評の鉄人列伝 第31回にて取り上げていただきました。一般受けしない本を中心に紹介していたので目に留まりやすかっただけなのかもしれませんが、高く評価してくださったことは正直嬉しいものです。

 「科学書を中心に書評を書かれています。生き生きとした好奇心、緻密な分析が魅力です。 」と評していただいたので、今後もその路線で期待に沿えるよう、鋭意読書に励もうと思います。

 しかも、列伝31というのが良い。何が良いって、素数ですよ、素数。来年31になるという現実を忘れられればなお良いのですが。

 ちなみに、史記の列伝 其の三十一は鯨布を取り上げています。鯨布といえば、項羽と劉邦の時代、項羽から劉邦に主を替え、(追い込まれてた結果?)最後は謀反を起こして敗死したことで知られる将軍。なお、劉邦の死因は鯨布の謀反を討伐に向かった際の矢傷といわれています。

 反骨で憎めない性格だったそうで、個人的には気に入っている人です。武人なので私とは全然違うタイプですが。

 何はともあれ、今後も面白い本を紹介できれば、と思っております。
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雑記 | 2006/06/29(木) 21:06 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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154冊目 数学の出番です。
数学の出番です。

日沖 桜皮著

数研出版 (2006.5)

\1,260

評価:☆☆☆☆

 数学が苦手な方はしばしば「数学なんて社会に出れば何の役にも立たない」と言って忌み嫌う。その言葉には確かに説得力があるような気がする。私自身、そびえ立つビルの高さを三角法で求めたことなんて無いし、微分も積分も使わない。

 しかし、だからといって役に立たないというのは早計なのだ。それをやさしい事例と文章で教えてくれるのが本書。

 たとえば、7つのケーキを16人で公平に分けるにはどうすれば良いのか。ニアピン賞の決め方は?タクシーの割り勘を公平にするにはどうする?こんな日常で出会う問題を解決するのに、きっと数学は役に立つ。

 そして数学は美しくもある。素数ゼミや三角形の美しさの秘密、完全数にツェノンの逆説と、面白く美しい話題にことかかない。一つの話題を選んだだけで一冊の本が書けてしまうほど。

 豊富な話題をやさしく、なおかつ面白さが伝わるように書いてくれているので一気に読める。数学の美しさと意外な使われ方が面白い。肩の力を抜いて、楽しみながら読むべき一冊。
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数学 | 2006/06/28(水) 00:04 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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153冊目 気候変動の文明史
気候変動の文明史

安田 喜憲著

NTT出版 (2004.12)

\1,680

評価:☆☆☆

 これはまた評価が難しい。

 まず、事実の問題からで言えば、実に面白い。気候変動が過去の文明にどれほど影響を与えてきたのかということは、なかなか大局的見地から論じられることはなかったと思うが、そんな現状を打ち破っていて読み応えがある。

 たとえば、三国志の始まりを告げる黄巾の乱の背景としてアジアを襲った寒冷化と不作、栄養状態の悪化に伴う疫病の発生があったこと、同じ気候変動は日本にも影響を与え、倭国動乱の原因になったのではないかという推測など、とても面白い。

 気候の変動によって文明は伸張し、崩壊を重ねてきた。気候の変動に伴う異民族の大移動の結果として、異なる文化間の交流が生まれ、文明が発達した。その一面としていくつもの国家の興亡がある。

 こういった点は、本書を魅力的にしている。実際、読んでいてとても面白かった。

 ところが、事実を離れると眉を顰めることが多くなる。たとえば、筆者は「温暖期には女性が元気になる」としているが、その根拠として挙げられているのは邪馬台国の卑弥呼と、卑弥呼と同時期に雲南で発展した王朝ただ二つである。あまりに薄弱と言わざるを得ない。

 そんなことを言うのであれば、たとえば中国歴代王朝で唯一の女帝、則天武后の時代はどうなのか。女帝ではないにしても、皇帝をも凌ぐほど権力を振るった女性たちの時代はどうなのか。それらの説明は無い。

 また、過去の出来事を過大視して現実に投射した結果、あまりにも踏み込みすぎている発言にたどり着く。


(略)現在の北朝鮮の政治体制が変われば、日本と北朝鮮は、かつての渤海国との交流のように、深い友情で結ばれ、文化的交流が進展することは、まちがいないであろう。
(同書p105)



 子供による残虐な殺人事件やいじめは、戦後のハンバーガーや肉食の普及とどこかで深くかかわっていると私は思う(略)
 そしてももう一つ、大化の改新から日本のリーダーが学ぶべきことは、中大兄皇子の轍を二度と踏んではならないということである。(略)
 忘れてはならないのは中大兄皇子の大化の改新の延長線上にまっていたのは、(略)白村江での戦争と手痛い敗北(略)である。平成の改革が日本民族を奈落の底につき落とすような結末にならないようにするためには、親米と親中のバランスが要求されるだろう。
(同書p146-147 強調は原文どおり)


 北朝鮮の政治体制が崩れ、国交回復がなったとしても、その後に待っているのは厄介な補償問題である。さらに、東ドイツより圧倒的に貧乏な北朝鮮が、西ドイツよりずっと経済の弱い韓国と一体化すれば半島の混乱はドイツの混乱を遥かに上回る。

 その結果、待っているのは再安定化を名目にした日本からの多額の投資だろう。これまでの経緯から、朝鮮半島の人々はそれに感謝することなく歴史問題を蒸し返し補償を要求するだろう。韓国との講和の際に(韓国の強引な主張を呑み)北の分まで渡したことは南北ともに綺麗さっぱり忘れ去り、不当な要求を重ねるわけだから日本の反発も深まる。

 つまり、友好とは程遠い、やっかいな事態が持ち上がるはずだ。拉致問題を解決したら、あとはあの国はあの変な国のまま国際的に孤立していてくれた方が我々のためになるのではなかろうか。

 また、ハンバーガーや肉食は豊かになるにつれ広まっているはずだが、少年による凶悪犯罪は戦後の貧しい時期と比べ激減している。むしろ、激増しているのは老人犯罪なのだ。まさか、老人犯罪の原因がハンバーガーにあるわけもあるまい。

 ちなみに、今老人犯罪を犯している世代は、子供の頃は年に400件を越えるほどの少年犯罪を犯し(ここ数年は100件にも満たない)、子供を持つ世代になると嬰児殺を激増させた人々である。1946年生まれの著者の世代こそが観測史上最大の犯罪世代であるという事実に思いを馳せるとき、なんとも皮肉な思いがよぎってしまう。

 さらに、”のである”の多用による悪文は無視できない。笑い話のようだが、8章の最後のページでは文章が6つあるのだが、そのうち5つの文末が”のである”なのである。

 この手の本で悪文は仕方が無い、というのも一つの考えではあろうが、私はそうは思わないのである。悪文は文章を、そして本そのものをつまらなくさせるのである。その結果、どれほど面白いことを書いていようとも普及しないのである。それは損に他ならないのである。どのような立場であろうとも、本を出すのであれば文章にも気配りをするべきなのである。

 意図的に真似してみたが、やはり”のである”は強調したい文章のみにとどめておくのが良い。日本語はかなり文末が限られているのは事実だが、もっと上手く書く方法は存在するはず。

 事実だけで面白いのだから、あまり踏み込みすぎず、冷静に、文章は歯切れ良く、となったら絶賛するのに。
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その他科学 | 2006/06/27(火) 18:44 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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152冊目 収容所群島 2
収容所群島 2

アレクサンドル・ソルジェニーツィン〔著〕 / 木村 浩訳

新潮社 (1976)

\1,029

評価:☆☆☆

 2巻で犠牲になるのは教会関係者や技術者たち。

 教会は飢饉にあたり、政府の没収を認めなかった。神のものを強引に奪うのは罪に当たるとしたのだ。その代わり、彼らは自分たちの財産を自分たち自身の手で寄付しようとした。しかし、それは認められなかった。反対したものには銃殺、あるいは10年の懲役が待ち構えていた。

 しかし、飢饉をもたらしたのはレーニンが主導した、農業テクノクラート抹殺である。それなのに決して党主導部はその責任を取らない。もちろん、何事にも例外はある。失脚した人々だ。彼らは帝政ロシア時代の、なまぬるい監獄生活(監守は囚人を丁寧に扱い、散歩や文通の自由は認め、食料は質量ともに高水準のものを与えていた)とは比較にならない過酷な状況に置かれる。

 技術者たちには、ソヴィエト政府が現実を無視して立てた計画をクリアしなければ流刑や(やっぱり)10年の懲役が待ち構えていた。無茶な要求を叶えられないのは反ソヴィエト、反共産主義だというのだ。

 かくして群島へ向かう人々の群れができる。独房に30人以上を収容し、寝るスペースも無い。数少ない持ち物は、たちどころに奪われ、食料すらピンはねされる。様々な理由で死んでいく仲間たち。しかし、その死は決して明らかにされない。

 帝政ロシア時代にも、確かに目を覆うべき現実はあっただろう。しかし、革命後のソ連と比べるとどうだろうか。皇帝の暗殺未遂犯ですら釈放された帝政ロシア時代と、自分の農地ではない土地の、わずかな草を牛のために刈り取って死刑になるソ連と、どちらがまともな社会なのだろうか。

 ソ連に現出した地獄とはこのようなものだった。時に皮肉を交えながら、ソルジェニーツィンは自分も体験した異常な世界を描き出す。数千万人が体験した世界を異常と呼ぶべきかは議論の余地がある。なにせ、それはソ連の日常だったのだから。

 共産主義のもたらす、破滅的な世界を克明に描き出している。冷酷で恐ろしい世界。そこでは誰もが密告者で、法治国家なら罪になることも無いような些細なことが、容易に死をもたらす社会。それが共産主義が支配した国々での現実だった。

 我々もこのような貴重な記録を読み、歴史を学びたいものである。
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その他歴史 | 2006/06/25(日) 20:50 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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151冊目 異形の惑星
異形の惑星

井田 茂著

日本放送出版協会 (2003.4)

\1,124

評価:☆☆☆☆

 都会を離れたところで夜空見上げると、満天の星に包み込まれる。そんなとき、あれだけ星があるのだから、どこかに地球と同じような星があるのではないかと思ってしまう。そしてその星では生命で溢れているのではないか。そんな夢想に囚われる。

 ところが、遠くの星を見つけるのは難しい。あの夜空で瞬く星は太陽と同じような恒星で、その恒星が明るすぎるために恒星を巡る微小な惑星など見えなくなってしまうのだ。

 1995年5月、太陽系外の惑星探査に生涯を捧げたバンデカンプが失意のうちに死去、8月には10年以上探査を続けたウォーカーが「太陽系外に、惑星はない」とする失意のレポートを発表する。希望は翳った。しかし、そのわずか2ヵ月後、状況は激変する。1995年10月、ついに太陽系外に惑星が発見されたのだ。

 ところが、その惑星はあまりにも想像からかけ離れていた。なにせ、その惑星ときたら木星の何倍もの質量を持ちながら水星よりも近い軌道をわずか4.2日で巡っていたのだ。この異形の惑星はホットジュピターと名づけられた。

 その後、このような異形な惑星は決して異常なものではなく、宇宙に幾つも発見されることになる。地球型の惑星は発見されていないが、ホットジュピター型の惑星は幾つも発見されている。これは惑星を見つけるための方法が、ホットジュピター型ほど有利なためだ。

 太陽系しか知らなかった科学者たちは、うまく太陽系の惑星系がどうやってできるかを説明できる理論を求めてきた。ホットジュピターなど想像すらしていなかった。そのため、ホットジュピターの発見は必然的に惑星形成理論の修正をもたらした。そのため、惑星形成理論は今とてもホットな話題なのである。

 本書はどのようにしてホットジュピターが見つかったのかを説明し、発見がもたらした影響や興奮を余すところなく伝える。興奮を伝えられるのは、やはり著者が惑星形成理論に携わる科学者だからであろう。

 ホットな話題を盛り込み、意外な発見を説明しようとする本書はとても面白い。地球がどうやってできたのか。地球は特殊な惑星なのか。そして、いつの日か宇宙のどこかに人類以外の生命を確認できる日は来るのか。もう分かっていること、まだ分からないことを丁寧に分けながら、そんな疑問を説明してくれるのが嬉しい。

 遠い宇宙に思いを馳せるのに丁度よい一冊。
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素粒子・宇宙論 | 2006/06/24(土) 17:16 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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150冊目 間は笑う葦である
人間は笑う葦である

土屋 賢二著

文芸春秋 (2001.2)

\490

評価:☆☆☆☆

 ご存知、御茶の水大学で哲学を教える土屋教授のユーモアエッセイ。

 世のありとあらゆることを笑いの題材にしてしまう。と言いつつ、やはり身近なネタがメインを占めるのは否めないわけで、必然的にネタは学生のことや恐妻家たる自分のことや下手なピアノの腕ということになる。なにやら自分自身をネタにしているようだが、その通りである。

 卒業する学生相手に「働いているとつらいこともあるでしょうが、大学でやったことの罰として考えれば、耐えることができるのではないかと思います。しかし、考えてみると、実際に罰を受けるのは会社の方ではないでしょうか。」なんて言ってしまう。本の中だけではなく、実生活でも笑えることを大事にしているようである。

 そんな本書だが、笑った後で考えさせられることもある。その点、やはり哲学の教授だ。哲学はつまらないもの、というイメージを打ち砕いている。大いに笑い、大いに考えさせるという見事な本である。

 やはり、どんなことでもユーモアは必要だ。
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エッセイ | 2006/06/24(土) 16:54 | Trackback:(1) | Comments:(0)

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149冊目 ホラーハウス社会
ホラーハウス社会

芹沢 一也〔著〕

講談社 (2006.1)

\880

評価:☆☆☆

 年々低年齢化・凶悪化する少年犯罪や精神障害者による犯罪に対してどのように社会を守っていくべきか。

 こんな問いが、2000年の少年法改正を導いた。実に50年以上も手付かずだったこの法律を改正させたのは、酒鬼薔薇聖斗に代表される”理解できない凶悪犯罪”にあったことは間違いない。

 しかしながら、犯罪は低年齢化しているのか。凶悪化しているのか。増加しているのか。

 その全ての答えは否である。少年犯罪は、観測史上最低レベルを推移している。殺人、強盗、放火、強姦などの凶悪犯罪は1960年代と比較すると数分の一にまで減少しているのだ。であるからには、少年法の改正は必要あったのだろうか。

 本書はそのような立場から、少年法が目指したのはどのようなことだったのかを解き明かす。そして、少年の成育歴に光を当て、少年の更生を目指した少年法を根拠無い恐怖を背景として厳罰化させるべきだったのか、と問いかける。

 しかし、本来少年法が対象としていたのは凶悪犯ではない。微罪を犯した少年を、若さゆえの過ちとして裁くことでその未来を奪うことを防ぐためにあった。あくまで対象は”凶悪犯ではない少年犯罪者”のことだったのだ。

 ところが、本来そうあるべきだったのに、凶悪犯罪までをも少年法で括ろうとしたところにこの法律の無茶があった。その結果として、少年による殺人は事実も碌に調べられず、刑事罰も与えず、被害者にとっては将に殺され損の状況を招いた。同級生を殺した生徒が数ヶ月もすればまた学校でごく普通に生活できたのだ。これがあまりにも異常であることは明らかだろう。

 その点で、私は少年犯罪は凶悪化も増加もしていないことを認めつつ厳罰化は必要であると考える。また、改正少年法に拠っても、生育環境によって歪んだ人格を直すことに視点が置かれているようだが、性格の大半は遺伝で決まる。つまり、環境を変えても犯罪者は犯罪者であると言える。そのような犯罪者を安易に外に出すべきではない。

 私は米国のスリーストライク法を日本でも導入するべきだと考える。一定以上の法律違反を3度以上繰り返せば、もうその人物は刑務所から出ることはできない。そうするべきだ。

 日本は安易に犯罪者を外に出す。その結果、たとえば強姦事件の犯人が、自分を訴えた腹いせに強姦の被害者を殺害するといった痛ましい事件が勃発するのだ。

 本書ではこのような、今の制度でも決して更生しない(遺伝的背景があるので、更生なんて端から無理であるというのはこの際置く)犯罪者のことを書かない。再犯率が50%にも達しようという現実を書かない。少年法を含めた刑法は、はっきりと失敗しているのだ。その現実をもっと見て欲しい。

 ただ、少年犯罪の質は以前と変わらず、件数は激減しているにもかかわらず少年犯罪への恐怖ばかりが募っているのは問題だ。その点で、社会がホラーハウスになってしまっているという筆者の指摘は首肯できる。事件を追いかけ、消費するマスコミや一般人が、正しく現実を知らなければいけないのは間違いが無い。

 そういった意味では、本書が指摘するように少年法の根源に立ち返って考えるのは重要かもしれない。

 なお、少年犯罪に興味があるなら『少年の「罪と罰」論』を、遺伝による性格への影響に興味があるなら『人間の本性を考える 上』、『人間の本性を考える 中』、『人間の本性を考える 下』をお勧めしたい。

追記
 女子リベ  安原宏美--編集者のブログ内の記事、世界一少年に厳しいデータ(詳細)はとても丁寧に少年法改正の背景に無茶があったことを示しています。このような努力には本当に頭が下がります。

 くどいようですが、私は厳罰化賛成なので法改正自体には賛成しております。ただ、だからといって根拠が誤っていてはならない、と思うのです。
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ノンフィクション | 2006/06/24(土) 14:11 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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西へ出張
 大阪に出張してきた。読書人としてこんなときには本が欠かせない。我が部屋に積まれた山から4冊を選び持って行く。

 勿論、備えあれば憂い無し。読書に疲れた場合の息抜きも忘れない。それがなにかというと、エッセイである。それも本じゃないかと無粋な突込みを入れるヒトも中にはいるかもしれない。

 そんなわけで、4冊(数え方によっては5冊)をカバンに詰め込むと、仕事分の質量よりも明らかに本のほうが重い。なんて書くと阿呆だと思われるかもしれないが、それは事実である。

 結局電車の中で寝てしまった時間があったりして、3冊半しか読めなかった。それは明日にでも紹介することにして、5冊というのは保険も考えると丁度良い分量であったと思ったものである。

 なにやらこう書くと仕事をしに行ったんじゃなくて本を読みに行ったような錯覚を与えそうだけど、その点は問題ない。ちゃんと月曜日の徹夜まで決まってうれしなー(棒読み)といったところである。

 来週も忙しそうだ。。。
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雑記 | 2006/06/23(金) 23:02 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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どこまでも積読の山は高く
 昨日はブックオフなら、今日はBK1で頼んだ本が届く。積読が溜まるのは嬉しい。いつでも読める本があると思うと心底安心しますよね?ちなみに7冊。

 そんなわけで未読本を数えると結構な数になるはずで、心強い限り。とか言いながら今読んでいる本は時間がかかりそうな予感。

 といわけで、今読んでいる本で疲れたら気晴らしに別の本を読もう。
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雑記 | 2006/06/20(火) 23:51 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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今日もやっぱりお買い物
 今日は仕事が休みなのでお出かけ。帰りにちょっとのつもりで近所のブックオフに入り浸り。せっかくなので、ちょっとだけ買い物してきた。合計9冊\6,000。

 買った本についてはいずれここでUPしていくことになるので今は書かないで置くが、UPしたときに「すかいらいたあの癖にまだ読んでなかったの!?」という本を買ってきた。読むのが楽しみ。

 そこで、その本のタイトルを予想してみてください。当てた人がいたら何か企画をやってみます。
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雑記 | 2006/06/19(月) 23:17 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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148冊目 遺伝子は35億年の夢を見る
遺伝子は35億年の夢を見る

斎藤 成也著

大和書房 (2001.9)

\1,995

評価:☆☆☆

 地球上に生命が誕生してから、少なくとも35億年が経過している。地球最初の生命がどのようなものだったのかはまだ不明な点が多く、論争がかまびすしいのだが、最近のことはずいぶん分かってきている。しかし、進化については時間軸が長い話でもあり、まだまだ論争が収まる様相を見せていない。

 本書は木村資生の唱えた遺伝子進化の中立説に基づきながら、生物が進化するなかでの遺伝子の変化について簡潔に説明している。

 興味を持ちやすいようにとの意図か、ABO式血液型や骨髄移植などの話題を織り交ぜつつ、35億年の進化の過程を追う。

 進化論といえばダーウィニズムというのが一般的な中で、自然淘汰だけでは説明が付かないことを示した中立説を分かりやすく説明しているのがありがたい。また、遺伝子のわずかな変異が、アフリカ人によく見られる鎌形赤血球を引き起こすメカニズムを説明するなど、理屈の上での話だけではなく現実の世界に反映されていることを示しているのは嬉しい。

 ただ、鎌形赤血球はマラリアへの耐性が強いために、マラリアが猛威を振るう地域では有利な点があるが、しばしば重篤な貧血を起こすためマラリアの無い地域では不利になることは説明して欲しかった。

 また、最後は脳を還元論的に説明しようと試みているが、終わり方が中途半端なのは残念。意識に特別な座を与えようとする心身二元論を漠然と信じる人が多い中で還元論を唱えるのは有意義なことだと思うのだけれども、いくら研究途中で分からないことが多いからといって終わり方を手抜きしてはいけない。

 このあたりは、手抜きをしたと言うよりも、科学者らしく素直に分からないと書いてしまったのがすっきりしない原因かもしれないのだが。

 そういう点で、ちょっと一般読者のレベルを読み誤っているような気もする。ただ、生物の進化史に興味深い一石を投じたのは間違いないと思うので、意識や生物進化に興味がある方には良いだろう。
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生物・遺伝・病原体 | 2006/06/19(月) 22:45 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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147冊目 大育児
大育児

清水 ちなみ著

扶桑社 (2002.7)

\1,300

評価:☆☆☆

 育児に関する本音集。アンケート結果をまとめているので、一つ一つのコメントは短く、開いたページを適当に読めば良い感じの本。子育ての忙しい時期にも読めます。

 可愛い、楽しいだけでは済むわけもなく、見えないところで苦労もしているわけですよ。でれでれになったりもしてますが。

 で、本音だから参考になるかというと、そうとも言いきれない。やはり子供の個性もあるし、自分との相性もある。こんな話も世の中にはあるんだと思って、大変だったり悩んだりするのが自分だけじゃない、みんな正解を求めて右往左往しているんだと思うのが正しい読み方のような気がする。

 一方で、取り上げるのに面白いからという理由からなんだろうけど、不満のネタが多い。種類も多ければ根も深い。読んでいる分には面白いけどね。

 それにしても、男性への合格基準は随分厳しい。私も心しなければ。。。
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未分類 | 2006/06/18(日) 16:22 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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146冊目 お笑い!バリアフリー・セックス
お笑い!バリアフリー・セックス

ホーキング青山著

筑摩書房 (2005.9)

\714

評価:☆☆☆

 世の中には触れてはいけないことになっている話題が幾つもある。有名どころの”菊のタブー”については聞いたことがある人も多いだろう。そんなタブーの中に、身障者のことがある。あいつら、うぇーうぇー言ってるだけで何言ってるのか分からん、なんて書いたらたとえそれが事実だったとしても常軌を逸したと思われるだろう。

 しかし、それが許される人がいる。身障者自身である。ホーキング青山は、かのスティーブン・ホーキングにちなんで付けられた芸名を持つ、生まれながらの障害者だ。(ホーキング青山の公式サイト

 身障をネタにする彼が今回取り上げるのはセックス。身障でさえタブーに近いのに、その上セックスとはもうタブーのてんこ盛りみたいなものだ。しかし、タブーにされようとされまいと、セックスに興味が沸くのは自然なことだ。人間だもの。

 最近になってようやく『セックスボランティア』なんて本でも問題にされるようになってきたが、本書はそれと対を成すといっても過言ではあるかもしれないけど、そんな感じのものである。

 というのも、『セックスボランティア』は障害者の外からの視点であるのに対し、本書は身障者自身が語っている内側からの視点だから、である。

 で、読んでみたのだけど、これが下らない。ただのセックス経験談だ。しかし、そんな当たり前のことが本となり、社会に問題を問いかけるということがおかしなことなのだろう。著者はこう書く。「どうか、この本を読んで、いかに「障害者の性」ということが、他の一般のエロ話同様、実にくだらなく、バカバカしいものであるかということを、ぜひ知ってほしい」
その通りだと思う。傷害者にも当然性欲はある。当たり前な話だ。その当たり前を声高に言わなくても、なんとかなるように社会が進んでいくと言いと思う。

 しかし、現実はお寒い限りだ。本書で紹介されているのは長野県の田中康夫知事が「障害者のための『吉原』のようなビジネスも認めなければならないのでは」と発言したことが「知事の発言としては問題」などと下らない政治争いに転化された事例。じゃあ誰が言えば問題じゃないのか。

 もっとも、他人の7倍くらいは性欲のありそうなかのお人だから目が向けられたというのは間違いないだろうけど。

 というわけで、当たり前の話なのにそれが当たり前として扱われない不思議さこそが問題であることは分かるのだが、私はあまりお笑いが好きではないので、読んでいてそんなに楽しくはなかった。お笑い好きならもっと楽しめたかもしれない。
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未分類 | 2006/06/17(土) 15:48 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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145冊目 収容所群島 1
収容所群島 1

アレクサンドル・ソルジェニーツィン〔著〕 / 木村 浩訳

新潮社 (1977)

\1,029

評価:☆☆☆

 ソ連にはたくさんの島があった。と言っても、海に浮かぶ島ではない。この島は海によって大陸から隔てられているわけではなく、兵士と鉄条網と番犬によって外の世界から隔絶されていた。そして、その島の中には大勢の人々が詰め込まれていたのだった。そんな収容所(ラーゲリ)が、ソ連の中には大量に存在していたのだ。

 帝政ロシアを滅ぼした共産主義革命は、予想に反して自由にも階級の解放にもつながらなかった。むしろ、人類が作り上げたあらゆる社会の中で最も過酷な社会を現出させたと言っても良い。

 技術テクノクラートを憎むべきインテリとして、農業の知識をもち、豊かな実りを実現させていた農民たちを富農として、徹底的に根絶したヴラジミール・イリイッチ・ウリヤーノフ、すなわちレーニンの所業により、革命後たちまちのうちにソ連は農業輸入国へ転落。輸出するものもないソ連はロマノフ王朝が溜め込んだ財宝を売り払っても焼け石に水で、国内では飢えと労働力の不足が明らかになる。

 その解決方法として、発明されたのはタダの労働力である。逮捕、そして強制労働。国際法に違反して日本兵を抑留した事件もこの流れに沿ったものだった。レーニンの後継たるヨシフ・ヴィサリオノヴィチ、すなわちスターリンは非情さと地獄の創造能力においても前任者に匹敵していたことが更なる地獄を招き寄せていった。

 貴族の末裔で生業に就いたことすらないレーニンと、帝政ロシアとボリシェビキの二重スパイだったスターリン。どういうわけか彼らはプロレタリアートの代表となり、ソ連と東欧の人々を恐怖政治で支配していった。

 こうやって見てくると国内を不平等が支配していたように思うかもしれないが、あながちそうとも言い切れない。老いも若きも、男も女も、罪の有無を問わずにラーゲリに放り込まれ、10年や25年の刑期を勤めることになったのだからある意味平等だ。人は平等によって満足しないということだ。

 いや、ラーゲリに入れられたのは犯罪者ではないのか、と反論する人もいるかもしれない。刑務所のことをおおげさに言っているだけだ、そう思う方もいるかもしれない。

 しかし、著者のソルジェニーツィンが逮捕されたのは友人と手紙をやり取りする中で権力者に対する不満を述べただけであった。それによって大尉の位を剥奪され、反ソヴィエト的行動で10年の禁固。

 かくしてラーゲリの住人となったソルジェニーツィンは、やがてこの群島の実態を明らかにさせるべく行動をとる。その成果が本書である。地上に現出した地獄の、貴重な記録なのだ。

 日本に住む我々からは想像もつかないような些細なことが、たちまち身の破滅につながる実態には恐怖を覚える。本書に紹介されているのはアメリカには立派な道路があると言っただけでソ連を侮辱しているとして流刑に処せられた人。外国人。あるいは外国を見聞きした(!)一般人。インテリ。軍人。過去のほんの一時期であってもボリシェビキと敵対したことがある人々には決して赦しが訪れなかった。ありとあらゆる階層の、あらゆるタイプの人がラーゲリに放り込まれたのだ。

 本書で明かされるのは、逮捕からラーゲリにたどり着くまで、そしてラーゲリの中の待遇についてである。逮捕に続き魔女狩りを髣髴させるような取り調べの実態。結論があらかじめ出てしまっているため逮捕は確実なラーゲリ収容(あるいは銃殺)に結びつくということ。どれをとっても恐ろしい話だ

 これらの過去を、過去に行われた事実として知るのは重要だ。現在ソ連ではスターリンの再評価が進んでいるという。ヒトラーを破り、強いソ連を体現したとして。しかし、その強さと収容所群島は一体のものだ。

 また、ソヴィエト革命後、世界にはいくつか共産主義を標榜する国家ができたわけだが、その全ての国家で地獄絵図が展開された。これらの国はそのイデオロギーの他に、民主的権力集中制というシステムを持っていることに特長がある。文化大革命で数千万人の命を奪った中国。国民の約三分の一を虐殺したとされるクメール・ルージュのカンボジア。他国の人々を誘拐し偽札と麻薬の生産で命をつないでいる北朝鮮。

 日本にも共産主義を名乗る政党があり、やっぱり民主的権力集中制を誇示している。この政党が政権党になれば、どうなるか。過去に他国で起こったことをよくよく教訓にしなければならないだろう。あの党の権力承継の異常さが特筆すべきものであるのは周知のとおりだ。なにせ、選挙に負けても党首は責任をとらずに陰謀論を展開する始末。他の政党では考えられないことであろう。

 過去に目を閉ざすものは、未来を失うかもしれない。
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その他歴史 | 2006/06/16(金) 17:49 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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やってみた
 preciousss memoにて紹介されていたロードオブザリング占いおよび王の帰還占いをやってみた。

 ロードオブザリング占いの結果はこんな感じ。

●ガンダルフさんのあなたは、なにもしていないのに迫力があって立派な人に見えてしまうようなラッキーな人です。
とても運がいいので何度危険な目に会っても助かる事でしょう。
自由気ままでマイペース、友達の心配もしなければ友達から心配もされないようなタイプです。
たまには人の気持ちを思いやりましょう。
動物で例えるならイエティかユニコーンといったところでしょうか。イメージ的に浮世離れした人と言ってよいでしょう。
きっと長生きしますよ…
●すかいらいたあさんの辞書にない文字は「エレガント」です。
●そんなあなたの本日の運勢はこちらです!


 当たらずと言えでも遠からず、と言ったところか。どこが当たっているかって「たまには人の気持ちを思いやりましょう。」とたしなめられるところ。それにしてもイエティとユニコーンのイメージが全く重ならないのは私だけですか。そうですか。

 で、運勢を見に行ったところ……

12位 ★ガンダルフ
真性Mに目覚めるかも…


 な、なんだってーーー!!!
 Sだと思ってたのに(ばく)
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雑記 | 2006/06/11(日) 18:02 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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144冊目 ニッケル博士の心霊現象謎解き講座
ニッケル博士の心霊現象謎解き講座

ジョー・ニッケル著 / 皆神 竜太郎監修 / 望月 美英子訳

太田出版 (2000.3)

\1,995

評価:☆☆☆☆☆

 この世の中には科学では説明できないことがたくさんある。

 当然のことだ。全てのことを科学で説明できているのだとしたら、現在これだけの科学者が存在する理由がない。

 しかし、冒頭の言葉は、そういった意味ではない。ポルターガイストや超能力、第三種接近遭遇(一見難しそうだけど、その実態は宇宙人に会っちゃいましたというだけのこと)、妖精、天使、、霊魂、奇蹟に予言に怪物、イタコの口寄せなんとか占いスピリチュアルカウンセラーと胡散臭いことを信じるのに使われるのだ。

 しかし、これらの不思議とされていることを丹念に調べていくとただの悪戯や勘違いに行き着いてしまう。

 本書では霊媒と心霊写真、幽霊目撃談、ポルターガイスト、悪魔・悪鬼・魔女、天使と聖母マリア、狼男・吸血鬼・ゾンビ、妖精遭遇事件といった事象を丁寧に追い、どこにも不思議がないことを示す。

 交霊会やポルターガイストなどがいとも簡単に信じられてしまうのは、人がそれを信じたいからだ。愛する人を喪った後でもその人の想いは残っていて欲しい。そんな強い願望は容易に死後の世界を信じる思いに行き着く。信じれば、どんなに根拠薄弱な現象であっても自分の思いを証明する確固たる証拠になってしまうものなのだ。

 たとえばシャーロック・ホームズの生みの親、コナン・ドイルは死後の世界を信じ、妖精の写真にころりと騙された。この事件は、あのホームズの著者がいかに合理的判断力と縁遠かったのかを教えてくれていてとても面白い。ドイルも自分の思い込みを証明するものであれば見境なく飛びついてしまう。人間とはそうした弱いものなのだ。

 我々は批判精神を磨くために、まずは過去から学ぶのが良いだろう。心霊写真とされたものがどれほどいい加減なものなのか、知っておいて損をすることはない。

 そういった点で、とても役に立つし世間を啓蒙する好著である。賛成反対、どちらにしても興味がある方は目を通すべきだろう。

 誤解が無いように付け加えておくと、本書では上記のものが無いと主張しているわけではない。今まで死後の世界や妖精の存在を証明するとされた事件や証拠がどれほどインチキなのか、を指摘しているだけであり、無いことの証明をしているわけではない。

 最後に。心霊や予言などの不思議が世界から無くなってしまったとしても、それでも世界は美しいし楽しい。その上、不思議にも満ち溢れている。自然に隠された不思議を楽しむほうが、少なくともここ数千年も解決していない死後の世界の有無に悩むよりも楽しいのではなかろうか。
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反疑似科学・反オカルト | 2006/06/11(日) 11:58 | Trackback:(0) | Comments:(2)

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至福のとき
 読書人の誰もがそうであるように、私にとっても本屋に行ったり本を探したりレビューを読んだり書評を書いたりするのがなによりの至福のときである。

 結婚する前は実家に住んでいたこともあり、恐れるものは何も存在しない、破竹の勢いで本を買うこともできた。一度で2、3万くらい払うのも珍しいことじゃなかったし。

 もちろん今はそんなことできないし、読了本の置き場についても肩身の狭い思いをしなければならないわけではあるが、それでも楽しく読書の日々を送っているわけですよ。

 今日は他の方のレビューを拝見。同じ本について自分の感想と近い評価を書いている方には特に惹かれる。なにせ、他の本でも同じような感想をもてる可能性が高いわけだから。

 で、見つけたのはアヴェスターにはこう書いている?にある『ケルト文明とローマ帝国 ガリア戦記の舞台』。


 つまり、ガリアの北部と南部は文化的に大きな違いがあったということである。地中海世界とその外側の世界との違いとして私はこれを捉えている。


 と書かれているが、私としてはその文化の差が今に生きているかどうかが気になった。東京と大阪と九州では随分気質が違うように、きっと文化の差は隠然とした形で残るものだから。

 あと面白そうなのはFluffyにある『ジーニアス・ファクトリー』。遺伝の持つ影響の面白さは色々な本で教えられているので、こういう本はぜひ読んでみたい。

 こうして読みたい本ばかりが溜まっていくのですよ。読みたい本がたくさんあると言うことは将来の楽しみがたくさんあるということで、良いことなのかもしれないけどね。
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雑記 | 2006/06/10(土) 17:30 | Trackback:(0) | Comments:(4)

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143冊目 紫禁城史話
紫禁城史話

寺田 隆信著

中央公論新社 (1999.3)

\777

評価:☆☆☆

 元末、所謂紅巾の乱を経てようやく統一を迎えた明は、朱元璋の治下で安定を取り戻す。しかし、彼の定めた帝都・南京は、あっという間に再び戦乱に巻き込まれることになる。即ち、後継者争いである靖難の変である。

 靖難の変により、朱元璋の孫・建文帝は戦火の中で死亡し、朱元璋の4男である燕王が3代皇帝として即位する。明の永楽帝である。永楽帝はその経緯から南京を首都とはできず、北京に紫禁城を建設、遷都を断行する。

 以後、満州族の清を経て現共産党政権に至るまで、北京は中国の政治の中心であり続けた。

 本書が追うのは明から清にかけて、北京に皇帝が居た時代に紫禁城で繰り広げられた政治劇である。明と清の性格の違い、皇帝たちの振る舞い、そして王朝の盛衰も分かりやすい。国性爺合戦、鄭和の大航海のような話だけは聞いたことがあるといったエピソードから、アヘン戦争に代表される中国の分割、それに続く皇帝制度の崩壊まで取り上げているのだからそれぞれの記述は少なくなってしまうのは仕方がないだろう。そもそも、詳しく知りたい方は新書よりもむしろ他の形態の本を探すべきだ。

 政務に励む皇帝も居れば奢侈に溺れる者もいる。命を捨ててまで信義を貫く忠臣も居れば、私財を蓄え政治を私物化する悪漢もいる。彼らの姿に、敬意を抱くこともあれば嫌悪感を生じることもある。そんな混沌としたこの頃の中国が、今にも連綿と受け継がれていることが感じられて面白い。中国の今を知るためにも読んでおいて良いと思われる。

 なお、この頃の歴史に興味が沸いたのであれば、過労死するほど政務に励んだ謹厳な皇帝の事跡を追った『雍正帝』もお勧めである。
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中国史 | 2006/06/09(金) 23:42 | Trackback:(1) | Comments:(4)

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142冊目 飛び道具の人類史
飛び道具の人類史

アルフレッド・W.クロスビー〔著〕 / 小沢 千重子訳

紀伊国屋書店 (2006.5)

\2,940

評価:☆☆☆☆

 映画”2001年宇宙の旅”のあまりにも有名な冒頭部分。類人猿が骨を棍棒代わりにして相手を打ち倒したのが、人類の歴史における道具使用の始まりとされた。その骨は高々と投げ上げられ、それが、宇宙ステーションへと変わっていく。
 
 かの象徴的なシーンは、遠い歴史の彼方で初めて使った道具がやがて(残念ながら現時点ですら到達していない程の)最先端科学の粋である宇宙ステーションに結実するという印象を与えた。
 
 言ってみれば、本書はあの骨を投げるしかできなかった類人猿が進化の末に宇宙の彼方までロケットを飛ばすようになるまでの歴史を追ったものである。
 
 物を投げることと火を自在に扱うこと。人類はこの二つの技術をどのように発達させてきたのか。その謎を解くために、まずは投石に隠された進化の秘密や投石の持つ意外なまでの威力と、恐る恐る火を身近なものにしていった歴史が平行して語られる。
 
 人類の歴史のほとんど全ての期間、この二つの技術はさほど密接につながっていたわけではない。もちろん、争いの場面では火をついた棒を投げるようなシーンもあったかもしれないが。
 
 しかしながら、技術が急速に進化するようになると投げられる石のサイズはどんどん大きくなり、やがて火薬を用いるようになる。戦争とテクノロジーの密接な関係はその究極的な形としてナチスドイツのV-2ロケットや原水爆といった強大な破壊兵器となっていく。
 
 投石の歴史も火の歴史も、戦争の歴史なのだ。この二つの技術は戦争がどうエスカレートして行ったか、それを語るのに最も相応しい手段である。
 
 だから、本書でも少なからず血なまぐさい話に触れている。
 
 しかし、人類は戦争にだけ明け暮れていたわけではない。冷戦が背後にあったのは事実とはいえ、好奇心は月へ、金星へ、火星へ、木星へ、そして遂には遥か外宇宙までも到達する探査機をも作り上げたのだ。ものを投げるその究極の姿こそがロケットとも言えるくらいなのである。
 
 この二つの技術を、古今から現在まで縦横に集めて構成された本書はとにかく読み応えがある。テクノロジーの発達史としても楽しめるし、それを超えて人類の歴史とも言える。技術の発達には戦争という暗い背景があったのは間違いないが、それを見据えつつ人類が何を成し遂げたのかを知るには絶好の書ではなかろうか。
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その他科学 | 2006/06/08(木) 00:09 | Trackback:(1) | Comments:(0)

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141冊目 「社会調査」のウソ
「社会調査」のウソ

谷岡 一郎著

文芸春秋 (2000.6)


評価:☆☆☆☆

 ことあるごとに社会調査が行われ、世間の人々の意見を教えてくれる。それはたとえば消費税は上げざるを得ないと考えるかどうかということだったり、少年法は甘すぎるので改正すべきかどうかというようなことだったりする。こういった調査結果を見たことがある方は多いだろう。

 しかし、こういった調査のほとんどは、何の役にも立たないゴミである。と暴露してしまったのが本書。この本の他には パオロ・マッツァリーノが『反社会学講座』や『反社会学の不埒な研究報告』にて社会学というのが適当にやろうと思ったらどれほどいいかげんにできてしまうのかを痛烈に、しかし面白く評しているが、本書はその先駆けになったという点で価値がある。

 また、本書がすばらしいのは社会調査の正しさを判断するリサーチ・リテラシーの重要性を教えてくれるのと同時に社会調査の裏に潜む主催者側の意図や思い込み、誘導的な質問の手法などを分かりやすく教えてくれることにある。

 真面目に民意の在り処を知ろうとしたら大変な労力が必要だろうが、それだけの労力は実際には払われておらず、意図的で出鱈目な調査結果ばかりが蔓延する。その結果、たとえば買ってはいけないのようなオカルト本まで出てしまったりするわけだ。社会を知ることの難しさを簡単に教えてくれる本。

 さて、この本についてどう思いますか?
1.とても面白そうだ
2.面白そうだ
3.面白くなさそうだ
4.分からない

 この質問には問題がある。どこに問題があるのか。それを知るのにはもってこいである。
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ノンフィクション | 2006/06/05(月) 23:56 | Trackback:(2) | Comments:(2)

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140冊目 新動物生態学入門
新動物生態学入門

片野 修著

中央公論社 (1995.11)


評価:☆☆

 野外における動物の振る舞いを記述するのはとても難しいことだ。なにせ、全体としての振る舞いを見ると個別の差が見えなくなるし、個別の振る舞いを見ると全体を見失う。

 それでもサル類はかなり研究が進んでいるのだが、そのほかの生物についてはまだまだ分からないことが多いというのが現状だろう。

 それでも、たとえば生殖戦略としてr戦略/K戦略なんてものが知られていたりする。r戦略と言うのは、マンボウが2~3億もの卵を産むように、大量の子作りをすることで全滅するリスクを減らすもので、K戦略は少数の子供にできるだけ手をかけてそのほとんどを大人にする戦略だ。もちろん、人間はK戦略に属する。

 本書では上記のような生殖戦略や、個体の密度が与える影響、動物の個性(魚にも個性がある!)、社会的な振る舞い、種数の決まり方など、魅力的な多くの話題を取り上げている。

 ただ、文章が面白くない。読んでいて引き込まれるという感じがしないのが残念である。
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生物・遺伝・病原体 | 2006/06/03(土) 16:24 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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