竹内 薫著
光文社 (2006.2)
評価:☆☆☆
科学は所詮近似に過ぎない。科学は多くの成功を生んできたという確かな実績があるが、しかしその背後には強引にそう前提するのが楽だから、といったような必然性が感じられないものを含んでいる。でも、科学をやる人は悩まない。なぜなら、たとえ前提があやふやであったとしても、使っている仮説や理論が現実を説明できるのであれば何の問題もないからである。
本書は科学は完全で完璧な理屈や根拠に基づいて、唯一の真理にたどり着くなんてのは幻想にすぎない、と指摘する。問題は、たぶん、理系の人はそんなこと分かってるということだろうか。素朴に科学はすごいと思っている人が読んだら面白いのだろうけど、ちょっと拍子抜け。ただし、取り上げている例は面白い。飛行機が飛ぶ理由や冥王星は惑星か、といった一般に解決済みであろうと思われている問題が実はそうではないことを示した功績は大きいのではないのだろうか。
その一方で、進化論が完全に立証されたわけではない以上、仮説としてID説(進化の過程で神が介在したという仮説)も学校で教えても良いのではないかという提言には断固反対。なぜなら、進化論は反証しうるし多くの証拠を積み重ねてきている説であるのに対し、ID説はそうではない。証拠は出せないし、出せる見込みもない。そんなものは教科書のようなところで取り上げるべきではない。もしID説を取り上げるのであれば、胡蝶の夢のようにこの世界は現実には存在せず、蝶の夢に過ぎないといった、ID説と同じ程度(すなわち限りなく0%に近い)には説得力がある仮説も取り上げねばならないだろう。
ID説については、女は男より後に作られたから劣った生物だとか、黒人は神の作りたもうた天然奴隷だなんて類のトンデモを大量に生み出してきたキリスト教がまた新たな珍説にすがっている、というのが実情だろう。
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