レン・フィッシャー著 / 林 一訳
新潮社 (2006.1)
評価:☆☆☆☆☆
魂の重さは30g、という話を聞いたことがある。初めて聞いたときには根拠もなく何を馬鹿なことを、と思ったことを思い出す。魂なんてあるかどうかも分からないというのに、その重さを確定するなんてことできるわけないじゃないか。そう思ったのだ。
そんな噂の背景には実に冷静な、事実を見つめようとする目があった。医師マクドゥーガルは死の前後の体重を量り、30gほど軽くなることを見出した。彼は再現実験を行い、ミスの可能性を極力排除して、しかしそれでも死の前後で何かが起こって体重が減少している(ように見える)ことを確認した。
じゃあそれは魂なのか。そう問う向きもあろう。しかし、その短絡的な飛びつきこそが問題なのだ。マクドゥーガルは決して魂の存在に直結して考えず、あくまで懐疑的だった。研究には細心の注意を払い、細心の注意を払った。しかも、(誰も人間を対象にこんな実験を追試しなかった(あるいはできなかった)ので)マウスでは同じ結果が出たという。青酸カリを用いてマウスを殺すとその前後で秤は軽くなったことを示した。科学の要求する再現性もあることになる。その一方で、無酸素症で殺したマウスではそのような現象は見られなかったという。
では何を信じるのか。
そんな問いが、実は問題かもしれない。何かの実在を信じて、信じるものの実在の有無を判断する、ということが。
信じるがゆえに在るように見える(あるいは無いように見える)ことがらがどう科学の発展に影響を与えてきたかを、いくつかのエピソードを元に描き出す。
熱量の元となる元素の存在、重力の働き方、光の性質、雷と避雷針、錬金術と化学の連続性、電気と命、生命の設計図など、今の知見に至るまで、どのような試行錯誤が行われてきたのか。分かるのは、科学者は決して”冷静な態度で真理を探求することに情熱を燃やす”という人間離れした存在ではなく、功を焦り、相手を貶め、反論を認められないといった大変に人間的なものである、ということだ。
それなのに、科学は多くの成功を収めてきた。ニュートン力学に基づく知識は月に人類を送り、太陽系を超えて探査機を送り出してきた。相対性理論は原子炉(そして、悲しむべきことに原爆や水爆)の開発を導いた。量子力学がなければ半導体やレーザーといった現在必須の技術は生まれ得なかった。
また、生物学に基づいて大腸菌をインシュリン生産工場へと変貌させ、石油化学は身の回りに数多のプラスチック製品をもたらした。負の遺産も確かにあるが、科学の成功なくして今の生活を想像することは困難であろう。道義的に正しいかはさておいて、世界を理解しコントロールするためには驚くほどの成功があった。
そしてそんな成功を生み出す背景になったのが人間くささだったのだ。一見そうではないように見えるかもしれないが。あたかも矛盾があるようだが、本書に挙げられた例を見るにつけ、そんな思いが強くなる。科学が明らかにした断片的な知識を披露するのではなく、失敗を繰り返しながら真理のかけらを覗き見る。そんな営みを感じられるのが良い。それぞれのエピソードも専門知識がなくても興味をひかれるようなものであるのも良い。科学のリアルな姿を見せてくれる良書である。
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