レスリー・アドキンズ著 / ロイ・アドキンズ著 / 木原 武一訳
新潮社 (2002.3)
\2,310
評価:☆☆☆☆☆
暗号全般について幅広く、なおかつ詳細に、しかも分かりやすい上に面白く纏められた名著『暗号解読』でロゼッタストーンに記されたヒエログリフの解読までの流れはおおまかに分かっていた積もりになっていたのだが、それが大いなる勘違いであることを思い知らされた。
ヒエログリフの解読は、周知のようにフランスの生んだ天才・シャンポリオンの功績によるものである。シャンポリオンはなぜ、そしてどのようにしてヒエログリフを解読するに至ったかを、シャンポリオンを取り巻く人々、政治・社会的な客観情勢、研究の進展状況を丁寧に解説しながら解き明かす名著。ノンフィクションでありながらハラハラさせられ、研究の成果に感嘆し、と面白い小説を読んでいるような気分にもさせてくれる。
ハラハラさせられる一番の理由は、シャンポリオンが巻き込まれていかざるを得なかった、フランスの不安定な政治状況にある。ナポレオン戦争に駆り出されそうになったり、ライバルとの関係によって十分な研究材料も与えられなかったり、慢性的な資金不足に悩まされたり、政治闘争から逃れられなかったりと順風満帆とは言い難い中で、それでもヒエログリフを解読する夢を捨てないシャンポリオン。ナポレオンや数学者のフーリエ、シャンポリオンを終生支え続けた兄、そしてシャンポリオン自身と一癖も二癖もある人物達の織り成す人間模様も最後はシャンポリオンの夢を叶えるように動く様は感動ものである。
古代エジプトに関する知識を歴史の闇に埋もれさせないことに成功するまでの流れだけではなく、ヒエログリフがどのような構造を持った言語であるのか、またどのように発展していったのかについても触れられていて、この複雑な言語に多くの人々が魅せられた理由もよくわかるのも良い点だと思う。
ただし、タイトルは間違っている。本書を読むまで、ヒエログリフの解読にはロゼッタストーンが絶対的な役割を果たしたと思っていたのであるが、そうではなく、ヒエログリフはシャンポリオンが利用した資料の一つに過ぎなかったようだ。『ロゼッタストーン解読』というタイトルからはちょっと離れた、ヒエログリフ解読までの流れとシャンポリオンの生涯についての本だと分かるようにした方が良いと思う。原題の”The Key of Egypt”というのこそ、的を射ているように思われてならない。内容はとても面白かったので、ちょっとでも興味を感じた方はぜひ一読を。
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オリヴァー・サックス著 / 春日井 晶子訳 / 大庭 紀雄訳
早川書房 (2000.11)
\1,029
評価:☆
オリヴァー・サックスの著作で最も知られているのは『レナードの朝』だが、私はこれは読んでいない。『色のない島へ』や『火星の人類学者』を読んで、医者が患者を科学的に眺めるだけではなく、科学者としての視線を残しながら人間としての患者と触れ合っている印象を受けてファンになった。
そこで楽しみに読んだのだが、これがどういうわけか面白くない。全般的に面白くないわけではなくて、片頭痛のもたらす大変に多様で印象的な現象や、頭痛だけに留まらない広範な影響、そしていくつかの芸術作品が片頭痛を持った人々によって生み出された可能性(その中で一番有名なのはルイス・キャロルだそうな)といったような、トリビア的な面白さは散見されるのだけど。片頭痛という名前から頭痛だけが症状だと思っていた私にとっては、腹痛や麻痺、視覚異常のような症状まで片頭痛によって引き起こされ、場合によっては頭痛がなく視覚異常だけがでる場合もある、というのは驚きだった。
つまらなくなってしまった理由の一つは、先行する多くの研究と、多くの症例と、多様な解釈を織り交ぜた結果、患者との人間的なふれあいという側面がすっかり影を潜めてしまっていることにあると思う。もう1点は趣味の問題で、オリヴァー・サックスがフロイト的な解釈を随所にちりばめていることによる。アメリカでは今でも権威があるみたいだから仕方がないかもしれないが、『フロイト先生のウソ』などを見てしまっている以上、途端に信憑性がガタ落ちになってしまうのだ。
そんなわけで、期待していたのにがっかりなことになってしまった。ただ、純粋に医学的な研究を知りたいのであれば決して避けて通れないほどの質なのは間違いない。私の求めていたものとは違ったので採点は辛いけど。
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保阪 正康著
光人社 (2005.3)
\670
評価:☆☆☆
太平洋戦争のイメージではどうしても陸軍=悪の巣窟、海軍=陸軍よりマシとなってしまうのは否めない。大局的な見通しもなく無駄に中国戦線を広げて消耗戦を繰り広げながらもソ連を仮想敵国に軍備を拡張し、やがて無謀な太平洋戦争へ突入する。駐独武官(後に大使)が三国軍事同盟に邁進したことこそ最終的に日本を戦争においやった。政府の統制が全く利かない、そんな組織であったのは間違いない。
しかし、だからと言って陸軍という組織に属した者の全てが大局に立った見地を持たなかった訳でもないし、目先の戦果に釣られて無謀な戦争へ突き進んだ訳でもない。それぞれの立場にありながら、長期的な展望を見据えた行動を取ろうとした軍人も確かにいたのだ。
決して「反戦平和」を唱えたからと言って良識と判断するのではなく、きちんと自分なりの世界観を持ってあの時代を生きた陸軍軍人を取り上げ、彼らがどのような行動をとったのかをおおざっぱに纏めている。彼らの全員が戦争に反対だったということもないし、拡大する戦線を縮小しようと動いたわけでもない。そこには時代の限界もある。だが、だからと言って陸軍という集団を悪の巣窟と乱暴に纏めてしまっただけでは何故無謀な戦争が引き起こされたのかということも分からない。むしろ、良識派の動きが何故政策として結実させられなかったのかという流れを知ることこそ、過去にしっかり見据えていることになるだろう。
悪の陸軍というイメージから脱け出し、戦前・戦中の実像に近づくための入門書としてはとても良いと思う。
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